第346話:神殺し一派
「うぅ、クーヌさんが無事だぁ~」
「ご心配おかけして申し訳ないです……」
大泣きするアリサに、クーヌは答えつつ(どうしよう……)となる。共に来ているラーゼへ説明が出来ていないのだ。
彼からは、本人の意思によるとは言ったが基本的には反対していた。アリサの意志を尊重して行ったが、やはりラーゼを抜きに始めるべきではなかった、と後悔している。
「事情は聞いたよ。こっちの事は気にしないで」
「そ、そうですか。良かったぁ……」
ホッとするクーヌにアリサは嬉しそうにしていた。ラーゼとしては結果がどうあれ、アリサが元気そうにしているのなら良いのだ。
やり方はどうであれ、実行するかを決めたのはアリサ自身。そこに口を挟むような真似はしない。
「私としては見張りを任せたのに呑気に寝てた方と、突撃して驚かせた方がよっぽど酷いと思うよ」
「うっ……」
「クゥン……」
ラーゼの言葉に反応を示したのはディークと護衛として任せた影の狼。体を縮こませ、申し訳無さそうにしておりゆき達の中で、ラーゼは怒らせたら駄目な人だと認識。
密かに頷き合い、自分達はあぁなるまいと気を付ける事にした。
「僕はクーヌの気配を感じたから、行っただけなんだけど」
「話して良いなんて、言ったかな?」
「あ、はい。すみません……」
同じ魔王の息子なのに、と思わずにはいられず既に彼等の中で上下関係がしっかりしている。それをクツクツと笑うのはギリムであり、助ける気はない様子。
朝食を食べ終え、ハルヒ達は任務を続けようと相談しに来た。そこでアリサがクーヌに泣き付く場面を見てどうしたのだろうかと思った。
ディークの反省している様子から、彼が何かをしたのは明白でありラーゼがそれについて怒っているというを読み取り、邪魔しないようにと見守る選択をとった。
「ラーゼ様。その、坊っちゃんに夜食を届けるのが遅くなったのも原因ですし……。あ、いえ、夜食ではなくておやつですが」
「あ、あと私がクーヌさんにお願いしたから」
「2人共、甘いよ。しっかり反省させないと次もやる」
しょんぼりしているディークは言い返す気もないのか、更に体を縮こませた。本人としても、クーヌだけと思っていたので傍にアリサが居たとは思わなかったのだ。
「ごめんね、アリサ。怪我してないよね」
「大丈夫だよ、ディークお兄ちゃん」
「ん。なら良いんだけど」
そう言うとアリサがディークの元へと行き、手を握ってもう怒ってないと言う。ラーゼにも、仲良しアピールをしもう大丈夫だからと念押しをした。
「ラーゼお兄ちゃん。怒ってくれるのは嬉しいけど、ディークお兄ちゃん反省してるからもう良いよ。次から気を付けるって事にすれば」
「はぁ……。ディークもそれでいい?」
「うん。気を付けるっ!!」
優しいアリサに感動したのか、ディークは嬉し涙を零す。そのままぎゅっと抱きしめるとアリサも、同じようにして抱きしめ返した。
「じゃ、これから出掛けてくる」
「はあ……?」
ラーゼがその発言に驚いている隙に、ディークはアリサを連れてそのままギリムが治めている都へと飛び出す。ダメじゃん!!、と怒鳴るラーゼは急いで追いクーヌも慌ただしく付いていった。
「ホント、嵐みたいな魔王だよね」
「行動が読めないのは楽しいからな。さて、そちらは何か収穫はあったか?」
「いくつかのクエストをしながら、何名かの異世界人を保護しました。あと、神殺しについてはその一派みたいなのと接触した。それと同時に魔物の数がなんだか多い気がしてて」
「分かった……。ミリーとランセを呼んでくれ、共有しておきたい」
リームに告げ、すぐにミリーとランセが合流した。
きっかけは昨日行ったゴブリン退治。
洞穴を住処としている魔物であり、ハルヒとアウラ、ゆきと咲のパーティーを組みつつディルベルトが同行を申し出た。自ら見張り役をすると言い、ハルヒ的には過剰戦力とも思ったが良いかと思った。
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「確認するよ。ギルドからの依頼は、村から攫われた女性達の救出。今日の昼頃に起きてから、2時間程が経った。大きい洞穴の前には見張り役がいる、と」
ディルベルトの風を読む力とハルヒの上空からの捜索で、洞穴の前には見張り役と思われるゴブリンが数匹いた。
「村から随分と離れた所なんだね……。近くにないのは冒険者や村人達が、定期的に見回りをしてるって事だからか」
「あ、ハルヒ。見て……」
ゆきが指をさし、ハルヒ達は視線を追う。
ガタガタと木の牢屋に入れられた女性達がおり、それが3つも確認された。そのお手製の檻には、木の車輪が付いてる。この時点でハルヒは疑問が浮かんだ。
あの魔物は、そんなに手先が器用な事が出来るものなのか。
背格好は子供ほどの背であり、武器と呼べる物はボロボロのこん棒だったり、弓矢や手入れのされていない剣。しかし、攫われている女性達の中には子供も居る上に手荒な真似をしている様子も見受けられない。
「……」
「ハルヒ。どうしましたか?」
「うん、ごめん。ちょっと引っかかって……」
「引っかかる、とは」
ディルベルトの質問にハルヒはすぐには答えられない。
なんというべきか、自身の勘が告げている。
ただのゴブリンではない、と。
それを確かめるべく、ディルベルトに周辺の様子を見てきて貰う事にした。
彼自身が動くのではなく、風を使っての探索を念入りに頼まれた。
「……。あの洞穴の入り口は狭く作られていますが、中の空間は広いですね。地下? いや……複数の穴があるようですけど」
「魔物の個体で、妙に強いのが居るか頭のいい奴が居るんだと思う。でなきゃ捕らえるのに、車輪付きの牢屋なんて作らせないでしょ。多種族との繁殖の為だけじゃない感じかな……?」
「目的が分からないとはいえ、慰み者になる前に救出するべきでしょう。集めきってから行動されると被害が増えます」
「ディルベルトさんには、見張りと増援の阻止を頼んでも良いですか?」
「他からも来る、と?」
「その可能性は考えていいかなって。だってディルベルトさん自身、付いていこうと思ったのは勘でしょ?」
「ふぅ、君には敵いませんね。……そっとしておくのも時には必要ですよ?」
「分かってる。もしもの場合、アウラ達は必ず逃がすから」
え、とゆき達は互いに目を見合わせた。
ハルヒとディルベルトの会話から、ただのクエストではないのだという緊張感が漂う。それでも、彼女達の帰りを待っている人達が居る。少しでも早く助けようと、覚悟を決めてハルヒ達は洞穴へと向かう。
「ギギッ!?」
接近に気付いた時には遅く、ハルヒが刀で両断し見張りを素早く倒す。
ハルヒ、ゆき、アウラ、咲の順で中に入り彼は皆に声を掛ける。
「一本道じゃないのはディルベルトさんから聞いた通り。僕も、偵察用に小鳥を飛ばして情報を得ている最中だけど……。ゆき、ここを街灯みたく炎を照らせる?」
「出来るけど、侵入してきたのがバレるよ」
「うん。バレて良いんだよ。外から妙なのが居るのが分かってるのに、対処しない奴は居ないでしょ。少しでも意識を削がないと」
「分かった。じゃあ――行くよっ」
ゆきは洞穴の両側に小さな炎を灯す。炎の周りを聖属性の魔法で固め、簡単には消えないように工夫。それを一定の間隔に広げていき、ある程度の視界は確保できた。奥へ走りながら、ハルヒは作戦を告げていく。
まず目的の女性達が居れば、すぐにハルヒの結界で保護。近付かせないようにした後で、咲の広範囲による氷漬けを行い動けなくさせる。その隙にゆきとアウラで、ある程度の回復を済ませたら自力で共に逃げると言う作戦だ。
「戦いながら出口まで行かないといけないからね。頑張って自力でやれそうな所はやって欲しいからさ」
「結構な人数だから、固まって動かないといけないし……。守りながら戦うのは、私達よりハルヒの方が慣れてるもんね」
「そういう事。僕の指示で必ず動けって訳でもないけど、出来る範囲は勝手にやって良いよ」
「が、頑張りますっ」
「ディルの方も無理をしないと良いけど」
アウラはディルベルトの居る方を思わず見る。
風を扱う彼は、護衛を務めつつ暗殺していた時期もある。そう簡単には負けないと分かりつつも、少しだけ不安を覚えた。
「アウラ。気持ちは分かるけど、僕達も僕達の任務をしないと。ほら、来るよっ!!」
「!!」
光が灯されていない方から、小さな影が3つ出て来た。
それぞれに剣と斧、槍を持っているゴブリンだがハルヒは即座に切り捨てる。偵察用に放った鳥からの伝言で、更に奥から怪しげな雰囲気の場所があると言う。
「生贄か? だとすると、そういう召喚魔法を身に付けてるゴブリンが居るって事になるけど……」
そんな疑問を抱きつつ、ハルヒ達は出てくるゴブリン達を次々と倒していく。
そして最深部と思われる所は空間が更に開いており、天井がかなり高い。巨体を誇るゴブリンが3体、門番のように立ち塞がる。
「――居た。咲、頼むよ!!」
「はいっ。グラセ・フィールド!!」
式神で虎を作り出し、その背に乗りながら咲に指示を出す。いつでも魔法を放てるようにしていた咲は、巨体のゴブリンがハルヒに迫ろうとした時に魔法を放つ。
瞬時に凍り漬けになり、通り過ぎながらハルヒが軽く刀を振るう。その衝撃で、ガラスのように割れていくのを見て他のゴブリン達は慌てている。
(あれが親玉かっ!!)
手足を縛られている女性や子供を中央へと寄せ、少し離れた所で何かを唱えている背の低いフードを被ったゴブリン。魔法が発動される前に、割り込むようにして結界を張り発動を邪魔をする。
「っ……!!」
「遅いっ!!」
そこで、ようやくなのかフードのゴブリンはハルヒへと視線を向ける。
術の発動に気を取られていたのか、視線を合わせたと同時にハルヒは刀を突き刺した。
だが、その直前にぐにゃりと空間が曲がり刀があらぬ方向へと捻じ曲げられていく。
「ちっ……」
即座に離れて矢を近距離で射る。
霊力を込めた特別製であり、魔物でも人間でも多少のダメージにはなるものを放った。
「……成程、最初から疑ってたのか。お前」
ゴブリンと思っていた者の口調ではない。ハルヒは自身の勘が正しかったと認識しながら、更に警戒を強める。
「答えろ。彼女達を使って何をする気だったんだ?」
「答え? え、何それ。予想は付いてるだろ」
ククク、と笑いながらフードを被っていたゴブリンから青年の顔へと変わる。
「そんなの生贄に決まってるだろ? 実験だよ、実験」
子供の背の位しかない筈のゴブリンから、徐々に大きくなりハルヒより少し大きめ青年が姿を現す。ボロボロのフードがいつの間にか、黒いフードへと変わり気怠そうに答えながらも残酷な答えを突き出した。




