第32話:村、バーナント篇~領域~①
ゆきの居る魔法協会本部が襲撃を受けたのと同時刻。
ふと、目を覚めると目の前は青い光に満たされていた。火の玉。
それがユラユラと目の前に浮かび辺りを照らしている。そして、自分に背を預けている所が妙にフワフワとしているので手を触れて感触を確かめる。
(………毛並み?)
『主……起きた?』
「……風魔」
視線を向ければ、心配そうに自分を見ている風魔。大きな尻尾が顔をくすぐってくるので思わず笑ってしまう。
「っ、ちょっ、もう、もういいよ」
『ふふっ、ごめんごめん。あの高さから落ちたけど怪我はないようで良かった』
「あの高さ……?」
そう言えば……と思い出す。ユリウスと対峙した際に床が抜け落ち共に落ちた事。自分達は風魔に助けられたな、とそこまで思い重い頭をゆっくりと上げる。
「無理するな、麗奈」
足音が聞こえ、しゃがみ込むユリウスにあっ……と思い出した。思わず腕を掴み、顔や体を触り異常がないかをペタペタと確かめる。
「っ、ちょっ!!な、なんだよ、いきなり」
「いきなりじゃない。隣の部屋まで吹き飛ぶ前、急に体が動かなくなったでしょ」
「うっ……」
やっぱり見てたか、と視線を逸らすも麗奈に無理矢理に目線を合わせられじっと見つめられる。数秒で観念し「悪い……」と気迫に負けた。
『情けない……』
「悪かったな!!!」
「……今、平気なの……?」
今にも泣きそうな麗奈。上目遣いで距離もかなり近い。今更ながらにドキリ、となるが心配している部分と不安はきっと……当たりだ。
「平気だ。今、十分に動ける。ここら辺に敵は居ない。でも上に残してきたラウルが心配だから急いで戻るぞ。……呪いの影響で、動けなくなったとしても麗奈だけは絶対に守るし」
「風魔」
『はーい』
ズシリ、と大きな手がユリウスの頭に乗りその体全体に体重をかけられ風魔に乗りかかられる。体が大きい風魔に乗られても痛い感じはないのに、重たいと言うのだけは分かる。
見れば麗奈はさっさと歩いている。火の玉はまだあり辺りを照らしており、その幾つかは麗奈の周囲に集まり照明の役割を担っている。
「はっ……?ちょっと、待て麗奈!!!何で風魔に抑えられなきゃいけないんだ!!!」
「足手まとい、だから」
「っ……」
はっきりと言われた拒絶の言葉。言葉に詰まるユリウスを余所に式神達が結界を張り、ペタ、と風魔に乗られジタバタしていた両手に縛るように札を貼られる。
ただの紙なのに、見たこともない文字の羅列がびっしりと書かれている。
「……?」
『縛犀』
風魔が離れたかと思ったその時。呟かれた言葉に反応をしめすように、札から淡い光が灯り次の瞬間に鎖が現れた。
それは意思を持つようにして、あっという間にユリウスを縛り上げた。双剣で斬ろうにも、柄はグルグル巻きにされ目の前に吊されている始末。
『そこで反省でもしてろ。解除出来るの僕が主しか出来ないから。じゃ』
「お、おい、外せ!!!何でこんな目に合わなきゃならない!!!」
叫ぶユリウスに風魔は再度『じゃあねー』と明るく言われ腹が立った。本当に置いていった麗奈に、心の何処かで戻って来てくれると思ったが……風魔のあの言い方では戻って来る事はないな、と納得してしまった。
「……何なんだよ、あれ………」
何かマズい事でも言ったのか?
機嫌を損ねるような行動をしたのか?
答えが分からないユリウスは、溜息を吐き2人が戻るまで大人しくするしかなくなった。戻るまでに答えをはっきりしないと、思い当たる節や今までの行動を思い出して置こうと考えて込むのだった。
「あの、ウォームさん。お願いがあるんですけど……良いですか?」
「なんじゃい?陛下の見張りかのぉ?」
麗奈の頭に乗りウォームが楽しげに聞いてくる。彼女の声色的にそうでない、と判断しているが一応と聞いてみる。風魔は子犬の姿に変化し麗奈に抱きかかえられながらも警戒している。
「ユリィのは……後で謝ります。ゆきの所に行って欲しいんですけど、できます?」
「……理由を聞いても良いかの?」
「ここに魔族が居たのは偶然じゃない、気がして。魔法師さん達が感じた魔力の事、帰って来なくなったのと……何だが、釣られてる、気がします」
「……全部、仕組まれたと?」
「最初は違った、とは思うんです。……キールさんがあの場に残ったのとランセさんが門番の所で乗った感じは……仕組まれたと感じました」
「なら、ますます君も危ないし陛下も危ないな」
「ユリィのには、結界が破れたら自動的にラウルさんの所に行けるようにしました。彼にその札を渡しましたから、ユリィに危険はありませんよ」
ラウルが来たとき、念の為と思って渡した青色の札。陰陽師同士で一時的に場所を移動出来る手段のもの。
互いに同じ色の札を持っていること、半径500メートルの範囲と言う限定的なものだがないよりはマシと渡した。ラウルには詳細を言っていないが、自分達が下に落ちた時彼は上に居た。
ラウルの傍には黒騎士が居た。性格からして自分は残って、黒騎士にこちらを手伝うようにお願いしたに違いない、と感じた。だから、あの札を渡した。ユリィに危険が及ばないように、呪いの影響でまた動かなくなるのは……嫌だ、とそう思ってラウルに託した。
《見つけ、た……》
「あ、黒騎士さん」
ガシャンと音を立てながらも、敵意はない事として手を差し出す黒騎士。麗奈は握手をし「ラウルさんに言われました?」と聞けばコクリ、と頷いてくれる。
何故か風魔が睨み、ぐぬぬねと敵視している。
《サポート、頼まれ、た》
「ランセさんは?」
《本部、襲撃……されて、る》
「ん、ウォームさん」
「ほいほい、言われた事するぞい。終わったら戻るぞ、それまで頑張りなさい」
小さい体をふわりと浮き、麗奈の頭を撫でその場に音もなく消えた。黒騎士はキョロキョロと周りを見て《ユリウス、は?》と質問して「置いてきた」と告げてピシッと動きが止まった。
《なぜ……?》
「呪いの影響………発動しかけてる。だからどんな影響があるか分からないから、一緒はまずい気がする」
《……彼、の気持ち、考えた?》
「えっ……」
《影響、受けても……君は守る、と言ったはず。大事に、されて、る……》
「………」
確かに言った。死ぬのは怖いと言ったが自分よりも、他人を優先するのは……と少し考える。ヒョイ、と体が浮かんだかと思っていたら黒騎士が来た道を戻る。
「っ、ちょっと!!」
《謝る、なら、今。……後で、はダメ》
「うっ」
『せっかく縛り上げたのに』
《引き伸ばす、ダメ。……後悔、しても、やりきれないから》
「黒騎士さん……。後悔、した事あるんですか?」
《ある、たくさん。……主に、感謝している。力、くれた事……君達に会えた、事》
「私、達に?」
何故感謝されるのか。その答えは返る事なく、何だか楽しそうにしている黒騎士は、急いでユリウスの所に戻る。戻った先で反省したのか「互いに、気を付けよう」と何か異変があれば隠さずに言うと約束をしたユリウス。
互いに気まずくなりながらも謝罪し、奥から強い力を感知したと告げる黒騎士に新たに気を引き締め進んでいく。
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「はぁ、はぁ、はぁ………」
息を落ち着かせ辺りを見る。壁はズタズタに裂かれ隣り合わせの部屋が見える。顔を少しだけ出し辺りに居ないのを確認するも、ガシャンとガシャンと甲冑に身を包んだ騎士風情のもの。
それを視界の端に捉え、静かに座り込む。さっきから追っ掛けこが続くなと毒つくラウル。
(あの女の子、あの鎧を呼び出しさっさと消えた。陛下と麗奈の所に行ったのか……それとも)
今でもあの少女の慌てぶりが頭にこびり付いていた。ユリウスと麗奈が誤って下に落ちた時、自分よりも下に落ちたのが予想外とでも取れる狼狽ぶり。
下に何かあるのか、慌てなくてはいけない、何かが……。
「っ!!」
ガキィィン、と振り下ろされた剣と自身の持つ剣がぶつかり合い火花を散らす。思考していた頭を戦闘用に切り替え、反射的に防ぐ。今も思う。この鎧には人の気配がない。首を落とし銅を斬ったが、どれも空っぽで血も出ない。だが、カシャカシャ、と音を立てて元に戻るように引き寄せられる。
このままでは自分の魔力切れを招くと判断し、すぐに奥の部屋に入る。最初は3体程だった鎧も今や10体程にまで及びラウルを見付け次第に襲い掛かる。
(中身がない割に剣には魔力が纏ってた。俺達の使ってる武器はドワーフが作った特別製……魔力があった場合、淡く光る)
ラーグルングの団長、副団長の扱う武器はドワーフが作った魔石の特別製。初代の王はドワーフ、エルフといった種族との友好に力を入れていたと言う。
その理由は定かではない。王族のみに伝わる本があるがそれを開示できるのはその代の王の許しを得た場合だ。王族に仕え忠誠を誓った自分達の初代も、王の助けになれるように、と様々な形で次代の自分達の残した物がある。
武器、知識、魔法、王族に掛けられた呪い。友好のあったエルフ、ドワーフ、獣人と呼ばれる者達の特徴。
いつか、彼等と言葉を交わすとき。自分達が困らないように残してきたもの。だからラウルは知っていた。ユリウスに掛けられていた呪いの事、彼が倒れ命が絶たれた時、それは国が終わると言う事を。
(氷漬けにしてもまた新たに作り出される。術者があの子なのか、他の魔族がやったのか……)
ヒュン、と風を切る音が聞こえすぐにしゃがむ。対峙していた鎧は、その風を切る音と共に銅を凪ぎそのままガシャンと倒れる。
即座に移動をしようとしたラウルは、足を掴まれガクリと重心がズレる。見ればさっき倒れた鎧の腕が逃がさないように掴んでいる。
「チッ!!」
すぐに腕を蹴るが、その腕から細い糸が伸びそのまま足を固定する。糸を切ろうとし動けば剣を弾き飛ばされ、それに驚く間に自分を囲むようにしている鎧。
防御魔法を覚えていないラウルは、治癒も行う事が出来ない。構える武器は、剣、斧、弓矢、ハルバート、短剣など様々なものに囲まれ刺されると覚悟を決めた時、ラウルを中心として竜巻が発生した。
「サンダー・ランス」
立て続けに雷が降り注ぎ鎧を焼き焦がす。その声に思わず振り返る。弾き返された剣を持ち、いつもの涼しい顔、この場に似合わない笑顔。
彼の後ろでは炎と水が小さく圧縮され展開していく。まだカタ、カタ、と動く鎧に狙いを定めるように視線を合わせる。円を描くように、炎、水、風、雷、岩が次々と現れ同じように小さく丸く、圧縮されていきそこから強い魔力を感じ思わずしゃがんだ。
「アクルス・グランツ」
言葉と共に放たれた光線。強い光が部屋中を満たし壁が破壊されていく音が聞こえる。やがて音が止み、目を開けても良いかと思いゆっくりと目を開ける。今だにニコニコとしているキールは「平気?」と、言いながらもラウルの剣を返しお礼を言い後ろを振り返る。
「……………」
言葉が出てこなかった。強い魔力=強力な魔法。実際、大魔法を展開した魔道隊の人達は、倒れレーグ以外は殆ど寝込んだ事態。大きな力を扱った以上、何かしらの反動は来るはずだ。
囲んでいた鎧達が跡形もなく消し飛んだとしても、だ。
「別にしゃがまなくてもいいのに。私が敵と判断したものしか当たらないから、人が居ても平気だし当たっても無害だよ」
「そう、ですか………」
だが、あれだけの大きな力を感じたら誰でも怖いだろう。そして、あれだけの魔法を生んだキールに疲れた様子はなくピンピンしている。ラウル自身、大きな力を使った反動は、ふらつき、倦怠感が襲いとてもじゃないが戦いに備えられない。
「それより主ちゃんと陛下は?これだけ壁を消したけど姿が見えないんだけど」
ラウルの周辺の壁がなくなり、隣り合わせになっていた部屋まで消し飛んだ。2階に移動しており、そこに連なる部屋は今の魔法で全て消し飛んだ。壁、天井を破壊しそれでもこの建物が壊れる事無く建っている事に不思議に思う。
「あ」
キールが呟いた後に、すぐに異変に気付く。消し飛んだはずの壁、天井、部屋が巻き戻るようにして戻っていく。そして、自分達は変わらない何の変哲もない部屋になり、再びカシャン、カシャン、と鎧の足音が聞こえまた増殖した事を意味しキールを連れて部屋を出る。
「!!」
「バースト・フレア」
出た先で剣が振り下ろされ、炎が巻き付きそのまま爆発する。キールはそこでその鎧が壊れながらも、元に戻そうとする動きを見て「なに、あれ」と困惑しながらも何故かワクワクしてるような声色におかしい、と頭を抱える。
「さっきからこれなんです!!!魔法で動きを封じても壊しても、今みたいに勝手に戻る。それに部屋も全部元に戻るなんて……時間が戻ったみたいにおかしい空間に居る気分です」
「時間が戻る………おかしな空間………」
ブツブツと何やら思案しているキール。ここで魔法師としてあの謎の現象を調べようなどと、言わないだろうなと思っている。魔法に関してあらゆる研究、論文などを出している魔法師。一部では学者扱いにもなっている地域、国がある為、単に攻撃、防御、治癒を専門に行うのが魔法師と言う訳ではない。
研究が得意な魔法師が、攻撃にも秀でているのかと言えば答えは出ない。治癒しか出来ない者、防御・補助のみの者、攻撃魔法のみの者、特定の分野に強い彼等が全て得意とされればそれは……賢者、大賢者とされてしまう。
(あれ……………)
ふと、思案しているキールを見る。彼は、攻撃も治癒も、防御も出来る万能な魔法師。いや……万能すぎる、と考えが否定する。召喚士としているキールは、いつの間にか魔法を覚えあらゆる場面で秀ででいる。
「よし、久々に呼ぶか。インファル、エナミス、君等の出番だよ」
バキン、と何かが壊れる音が聞こえた。ラウルの目の前に展開された黒い円。その中からバキン、バキン、と音を立てていく何かに足を止めた。ズズズ、と黒い円から角が現れその全貌が見えて来る。
黒い一角獣と白い一角獣。
幼い頃、絵本で読んだ神獣の類。魔法を扱えると分かる前まで、よく精霊についての本を読み漁り自分にも扱えたなら良いなと、思っていた。その中で、精霊だけの住む世界を取り上げた本があり、こんな綺麗な世界があったなら一度は見て見たいと思った。
そんな神秘的な存在が今、自分の目の前にいる。召喚士が呼べる精霊は、その人物にあったものが選定される。炎の魔力を持っていれば炎の精霊に、水なら水の精霊にといった具合にだ。目に見えない存在の精霊は、召喚士を介して初めて人の目に触れ、触る事が出来る。
「悪いけど、あれをどうにかして」
≪………あれ≫
≪あの鎧、まがいの≫
黒い一角獣は女性の、白い一角獣は男性の声が聞こえてきた。そして分かりやすく面倒だと言う雰囲気を出している。それにピクリ、と反応するキールは「やんないの?」と怒りを少し含んだ言い方にラウルは思わず見てしまう。
あまりに麗奈とウォームとの関係と違うのでつい比較してしまう。麗奈は自分でやれる事は何でもやる。周りが心配する位に多くの事をやるので、ウォームが何かないか聞いてくるので孫とおじいちゃん的な雰囲気に和んでいるのを……恐らくは知らない。
仕事で疲れたり、連勤で心が荒んでいる騎士団や兵士達にとっては癒しの空間。ラウルもそれを見て心がほのぼのとした、心が落ち着くような感じになる。
(………慕われてないのか、キールさんは)
≪あまり呼ばないからもういらないんだと≫
≪また、あの子の世話?ホント、いつから年下趣味になったのよ≫
「勝手な事言わないでよ。反対するならもっと早く反対できるよね?しない時点で良いって事でしょ」
≪エナミス、言われた事するぞ。怒ると手がつけられん≫
≪はいはい。アンタ、今度あの子を紹介しなさい。アンタばかり良い思いしても困るし、こっちだっていい気分になりたいわ~≫
文句を言いながらも行動に移る2体。黒一角獣は迫る鎧にそのまま突進し、空っぽのそれを振り回し叩きつける。白い一角獣は魔力を練り上げていき閃光が放たれ、一直線に伸びたそれはその周囲を吹き飛ばしていく。
これではまた元に戻ってしまう。そう思ったが、ラウルが感じる異変が起きず壁と天井がさっき以上に壊れ崩壊しないのを見てふむ、とキールが納得した表情をする。
≪この糸が全ての原因≫
インファルと呼ばれた白い一角獣が持ってきたのは一本の糸。それは細く、光に当てても目に見えない程。触ってみればそこに僅かながらの魔力を感じる。
「この糸、恐らくあの鎧にもあった。私達が居るこの屋敷自体にも張り巡らせている。魔力での補強、修理をするって事はこの屋敷の持ち主が強く記憶に残っているんだろう」
時間が戻るみたいに直る、ではなく記憶に強く残った映像。それを元に戻そうとする力が強い。この屋敷は既に、魔族の領域として確立されている事を意味していた。
「領域、ですか……」
「自分の住処。テリトリーがあるなら、その中では最強を自負するんだろうね。……糸の元である本体をどうにかさないと、あれは増え続ける」
ほら。と指を指した方向から次々と鎧が現れる。糸に吊されたようにして現れたそれらは、再びシャン、カシャン、と音を立てて不揃いに並んでいく。
「無限に増えるねー。精霊での突破は無理だ。インファル、ラウルの事乗せて逃げろ。一旦、バラバラになる」
≪よし、乗れ≫
「うわわっ」
本来なら初めて精霊に乗せて貰えた感動があるはずなのだが、急いでいる事とこの状況についていけない事でそんな気持ちはない。即座に動いた精霊と合わせて麗奈とユリウスは1人の少女を見付ける。
自分達を襲ってきた少女。着ている服は紫のドレスにぬいぐるみを抱えて寝ている。しかし彼女を包む様な黒い蛇のようなものが麗奈達を敵視し、こちらに寄らせないように睨み合う。




