第340話:たとえ狙われても
セレーネと宰相のファルディールは、騎士団達からの報告とハルヒ達と行動をしていたギリムの報告を聞いていた。
最初は何故魔王が……と思ったのだが、追求はせずに受け流す事にした。
「お疲れ様でした。それで魔王自ら動くのには何か理由があるのですか」
「あぁ。ラーグルング国の次に穴があると思った国は、ダリューセクだと思ったんだ。その理由は明日話そうと思う。時間は作れそうか?」
ギリムの提案に、セレーネはファルディールと目を合わせる。
急ぎの用事はない。復興をしつつ、各地の被害状況と物資の確認もあり今は落ち着いている。魔王ギリムからの話なら確実に大事な事になると思い、時間を空けると告げた。
「あぁ、すまないな。では明日、ディークと共にハルヒ達も連れて行く。久々に大賢者とも話したいだろ」
「ありがとうございます」
咲と話すのは久々だ。
彼女が麗奈とユリウスの事を探したいと言い、その手がかりを見付けた事も知っている。セレーネが咲の事を自由にしているのも、彼女の意思を尊重しての事。
そして、面倒を見ると決めてた時から彼女の中で決めていた事がある。
元の世界に戻れる、戻れないに限らずに不自由のないように過ごさせたい、と。
「ではまた明日。あまり遅くまで仕事をしていると、大賢者が心配する。そうさせてしまうのは本心ではないだろう?」
「お気遣い、申し訳ありません……」
ギリムからの報告が終わり、咲に心配させる訳にはいかないと思う。
少しでも仕事を終わらせようと思ったが、時間的にもう遅いからとファルディールに止められる。
「魔王ギリムが動いたのには理由があり、その事は明日に理由が話されます。彼等がこちらに積極的に動けるのも魔王サスクールの存在が消えた事と関係があると思われます。どう思いますセレーネ様」
「そう、ですね……」
彼の指摘に頷きながら、前例がないので動きようもない。
まず魔王自体が人間と行動を共にするとは聞いた事がない。だからこそ、セレーネも大きな戦いがあるという予感はしていたがそれが魔王が動く程のものとは予想していなかった。
しかし、この同盟に魔王ランセが入った事で現実味が帯びた。彼がラーグルング国に協力しているのも、前に襲われた経験があるからこそ。
セレーネもまだ幼い頃、魔法国家であるラーグルング国が滅んだと言う噂を聞いた。
詳しく調べようにも、魔物の活性化がこの頃から酷くなりそれらの対応に追われ調査も上手くいかなかった。
そんな中で咲がこの世界に呼ばれてすぐに、空間を扱う魔族が強襲。
セレーネが対応した事で咲への被害はなかったが、代わりに自身が昏睡してしまう状態になってしまった。
「魔王サスクールが倒された事で、魔王達の間でも変化が起きているのも事実でしょう。ですが、咲達に会えるのも嬉しいです」
「では、すぐに寝て下さいね。聖騎士達の報告は私が聞いておきます」
「すみません。あとを頼みます、ファルディール」
大きな戦いを終えての変化に、セレーネは少しばかり不安を覚えた。だが、咲に会えるのも嬉しいと思いその気持ちが強く勝った。
次の日、ギリムがハルヒ達を連れてダリューセクへと到着。
城内へと案内をされながら、咲はワクワクしている気持ちを抑えられない。
「咲ちゃん。セレーネ様に会えるのは久々だもんね。やっぱり嬉しい?」
「そ、そりゃあそうだよ。通信で話したりはしたけど、実際に会うのとはまた違うしね」
そう言いながら、麗奈とユリウスの痕跡も気になっていたがゆきとハルヒから「そこは気にしない」と言われてしまう。
ダリューセクに向かう前に言われたのだ。自分達の体調管理も出来ていないと知れば、あの2人の事だ。自分の事のようにショックを受けるのが目に見える。
だから、再会した時に自分達も元気でいるというアピールをきちんとしておく必要がある。
ダリューセクに戻りたいと思ったのなら、いつでも戻っても良い。そう言われ、ハルヒとゆきの言葉に甘えた上にギリムからも実際に話す事は良い事だと言われる。
「探している2人を気にするな、というのも無理な話だろうが……。奴の管理下なら心配はいらない。もっと素直になって良いんだ」
「い、一応、前よりは素直かなと思うんですが」
「……だ、そうだが。その辺はどうなんだ?」
「んー。私からすればもっと素直でも良いんですがね」
ギリムがナタールへと目配りをし、彼も素直に答える。
咲としては(え、これ以上……?)と困惑する。そんな先の反応に、ハルヒとゆきは困っているなぁと思いつつ見守る姿勢を貫いた。
「わざわざありがとうございました。ゆっくりとして下さい」
通された応接間にはセレーネと宰相のファルディール。そして、セレーネの両親、聖騎士のメンバーが揃っていた。
ひょこりと顔を出したディークはテーブルに用意されていたお菓子を見て、目を輝かせたがすぐにギリムに睨まれてしまう。
「目的を忘れるな」
「忘れてない、忘れてないよー」
「戻る皆さんの為に、とお菓子と紅茶を用意してあります。自由に食べて下さいね」
「っ!? ギリムさん、こう言ってるのに貰わないのは失礼だよ!!」
「ディーク。目的をすり替えるな……」
セレーネの言葉に、即座に反応を示すディーク。
ハルヒ達の中で、ディークは末っ子のイメージがあるので随分と慣れたものになる。溜息を吐くギリムを気にしている様子もなく、ディークは嬉しそうに席に座り早速とばかりにお菓子を頬張る。
「昨日、奴隷商会から逃げようとしていた貴族の記憶を覗いた。彼以外にも何人かの者達が捕まり、それぞれに記憶を見て帝国が関わっているのは間違いなさそうだ。が、既に証拠も接触した人物も処分されているに決まっている」
「やっぱり、そうなるんですか」
ハルヒは思わずそう聞き返す。
接触した人物の生存はないに等しい。証拠も含め、ただ記憶を覗いたというだけでは立証も出来ない。だからこそ証言が必要になるが、その証言者は既にこの世には居ない。
「あぁ。そうでなければ、記憶を覗かれる事を前提にした動きは取れん」
「……前提?」
「あの隠し通路も含め、定期的に証拠となるものは潰すような動きがある。記憶を覗かれる事を前提に動いているのなら、似たような者が居るか――あるいは外部からの協力者、ともいえるな」
「え、外部って……魔族が関わってるの?」
「違うな。奴が警戒している神殺しの方だ」
「……神殺し」
小さく呟いたハルヒは思案する。
何故、次に狙われるのがダリューセクなのか。セレーネの思っていた疑問もある中で、ギリムは真っ先に彼女に聞いた。
「1つ確認をしたい。君が襲われたのは大賢者が来て、ほんの数時間後……だったな」
「はい」
「……何故、君は1人で対応しようとした」
「それは咲を保護していたのとファルディールと話していたからです。彼女の力を狙う者が、居るかも知れないから注意をしようと」
「タイミングが良すぎると思わなかったのか」
「そ、れは……」
「確かに彼女も狙われる要素はあっただろう。が、君も同様に狙われている立場だと何故そう思わなかった?」
「……咲が狙いではなく、私が狙いだと?」
「空間を使う魔族が居るのは事実。だが、痕跡を残さないようにしてまで狙ったとなると指示を出したのはサスクールだ。異世界人が来たのを感知してからの行動にしては、かなり早すぎる対応だと思うが……その辺はどう思う」
ギリムからの指摘に、セレーネは思っていた疑問の正体を掴む。
あの時、自分が対応したのは咲に近付かせない為。そして、狙われていると思ったのは異世界人でありながら大賢者にも匹敵する程の魔力量を有していた事。
その時、まだ咲の存在を知る者は聖騎士達しか知らず自身の両親にも報告しようとした矢先だった。
何もかもタイミングが良すぎると思っていたが、最初から咲ではなくセレーネが狙いだったのなら――と合点がいく。
「……。例えそうであっても、私がとった行動は変わりません。自身が狙われたとしても、まずは異世界人の保護が優先です。住んでいる世界が違うのなら、不自由なく過ごさせるのも王族としての務めですから」
「最初から覚悟はあった、という事か。変な質問をして悪かった」
「いえ。その時の私はまだ幼かったですし、実際に咲には負担をさせてしまいました。私が抜けた穴があり奴隷商会の件でも踏み込めなかったのです。ご協力感謝いたします」
ダリューセクの王族はセレーネだけな上、まだ力を付けるには幼い。潰すのなら今の機会だというのであれば、ラーグルング国の次に狙われると言うのがギリムの指摘。そこでふとゆきは、彼に質問した。
「でも、ギリムさん。この国には精剣があるのに……と思ったんですが」
「その時のフェンリルは、使い手が居ない事で眠りに入っていた。彼が完全に目を覚ましたのは、アシュプとブルームに契約者が現れたからだ」
「あ……」
「精剣は、虹の大精霊であるアシュプとブルームのサポートも兼ねている。国の繁栄の為、結界を常時発動してはいるがあくまで魔物の侵入を阻む程度。空間を介して使う力に関しては、使い手が居ないと対応が出来ないのが難点だ」
「ダリューセクの有する土地は、ラーグルング国に匹敵している。領土支配をするなら、ダリューセクから抑えれば全体を見渡すのに丁度いいからな」
「む、むぐぐっ!!」
「っ……!!」
お菓子を頬張っていたディークが焦った表情になり、ギリムはすぐに読み取る。
反応をしたランセが結界を張ると同時に突風が吹き抜ける。壁や窓が破壊され、残されたのは咲達が座っている椅子と長机。
聖騎士達が動こうとした瞬間、ディークが動かないようにと大声で叫び自身の剣を振るう。
「ふ、気付いたか」
「分かりやすいんだよっ!!」
ディークの風が不自然に左右へと分かれ、姿がないのに声が響く。
ランセが静かに舌打ちをしていると、その人物はすぐに気付いたのか声を掛けて来た。
「久しいな、ランセ!! どうして俺の所に顔を出さんのだ」
「君と会うのは面倒だから」
「はははっ!! 相変わらず素直な奴めっ。ま、そこが気に入ってるんだがな」
「じゃなくて、また勝手に突っ込んで被害広げて。誰が修理すると思ってんの!?」
ディークは風から空間を切る魔法へと切り替え、すぐに目の前を切りさいた。
そこから脱するように1人の男性が姿を現す。
褐色の肌に大柄な体格、灰色の髪に背中には大剣が見える。
ニヤリとした表情からは、好戦的な雰囲気が纏いハルヒ達は警戒を強めた。
「精剣の結界も大した事がないな。契約者が現れたからと思い、少し強めにしたが……拍子抜けだな。まだラーグルング国とやらの方が耐えたぞ?」




