第339話:奴隷商会
奴隷商会。
戦争孤児や身寄りのない子供、職を失った大人達など様々な事情を持つ者達が強制的に集めさせられる。中には貴族の令嬢、エルフ、獣人の子供などもおり足がつかないよう徹底的に痕跡を消し――行方不明者として冒険者ギルドに依頼されるものも多い。
そうした商会の護衛には、暗殺者や人さらいといった裏稼業で動く者達が殆ど。
冒険者達が依頼で見付け、拠点を潰しても別の拠点がいつの間にか生まれており、常にイタチごっこが続いている。
今までの傾向を聞いていたハルヒは、1つずつ潰しても意味がないと悟り人海戦術を行おうと魔王ギリムに協力をと願った。
「サスクールの件でこちらも自由に動きが出来るようになった。奴の別件での事もあるし、同盟を結んだ以上は協力すると約束したからな」
「あ、じゃあ僕も?」
ドーナッツを満喫し終えたディークが会話に入ってくる。
思わずハルヒが良いのかと聞けば、彼は二つ返事で「平気」と返した。
「坊ちゃん⁉ だからそう言うのは勝手に決めては――」
「え、だってラーグルング国だけじゃなくて彼等と同盟を結んでいる国とも協力するって約束したし……。あ、別に報酬とか要らないから。執務をしなくて良いのならなんだってやりたいし」
「ぼ、坊ちゃん……貴方という人は……」
執務から逃げる為に協力するなどと、と項垂れるクーヌ。呆れた様に溜息を吐いたのは、ギリムの右腕であるリームだ。
「魔王様方が出向く必要なんてないですから」
「余は行くぞ」
「止めて下さい。行かせるなら部下達にお願いするんです。普通はそうなんです!!」
「……ランセは協力しているが?」
「あの方と、貴方達自身とを比べるのはダメです。事情が違い過ぎてるんですっ」
むっ、となるギリムと同じくディークも不満気。
しかし既にハルヒがダリューセクの聖騎士の協力も得ている事を知り、ディークを連れてギリムはさっさと姿を消した。
「逃げ足が速すぎです。普段の執務もそれ位にやって欲しいんですがねっ!!」
「じゃ、じゃあ……僕達も拠点を潰すのに遅れる訳にはいかないので……」
「待ちなさい」
「う……」
忍び足で執務室から出ようとするハルヒをリームが止める。
リームの両サイドには、ゆきとアウラ、咲の3名が捕まっている。ディルベルトと同じく影で拘束しているので、彼女達も察して逃げようとした所を取り押さえられたのだと分かる。
「はぁ……。ギリムがあぁも頑固なのは、理由がある時ですから協力しますよ。どうせ聞きつけたあの方達からの乱入も考えられます。今の内に出来る事はやっておきましょう」
「た、助かります」
「それとドーネル王、ヘルス様。貴方方、2名には追加の書類があるからとそれぞれの宰相から受け取っております。処理をお願いします、との事です」
「うげっ……。ギル、容赦ないな」
「お留守番がてらやってろって事ね。アリサちゃん、悪いんだけど追加のお菓子と紅茶の用意をお願いしていい?」
「あ、はい!!」
「ラーゼ様は引き続き、この方々の護衛と城の防衛を頼みますよ」
「はいはい。リームさんも頑張って」
いつから居たのかアリサの隣には既にラーゼが居た。気配を感じ取れなかったアリサ達は驚き、声を上げるのを忘れてしまう。しょぼくれるクーヌを引きずりながら、ラーゼはアリサと共に厨房へと消えていった。
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「ど、どういう事だ……。一体、何が起きているんだ!?」
慌てふためくのは、奴隷商会を仕切る者の1人でありとある国の貴族だ。
今回、この貴族が居る理由としてある奴隷を買い取る為に来た。長年探していた、ある獣人に特徴が似ており遂に念願が叶い手に入れられる、と思ったからだ。
しかし、噂で幾つかの奴隷商会が潰されているともあったが所詮は噂。
自分の所に来る頃には、痕跡は消しもぬけの殻となる筈だった。そんな予想を超えるかのように、商会にダリューセクの聖騎士を含めた騎士団が取り押さえに掛かる。
商会の護衛をしている暗殺者達との激しい戦闘が起き、奴隷売買をする筈だった会場も壊された。
「馬鹿な、何故こんな……。聖騎士達が動くなどあり得んっ。あれは特別な存在だぞ!!」
代々ダリューセクの王族に仕え、その命令で独自で動ける。
そして若くして王となった者は、聖騎士としての力も備えておりその影響力は計り知れない。
(ま、まさか……。セレーネ様が動いている、のか……!! あの方は異世界人にご執心の筈だろうに)
走りながら考える。
セレーネは異世界人の保護を優先しており、とある少女を保護している身。もしや、奴隷の中に異世界人が居たのかと恐怖する。
(く、だとすればあの方の事だ。既に調べがついているかも知れんっ……)
むしろ調べたからこそ、この機会を逃さず関わっている自身をも捕らえる気でいる。
そう確信した。その瞬間、何かにつまずき派手に転んでしまう。
「うぐっ、この……。誰だ!! こんな所に荷物を置いた奴、は……」
最初は怒りに震えたが、段々と声が小さくなっていく。
別の出入り口を目指し隠し通路を使っての出口。誰も知らない筈だ。よく利用する自分や商会の人間達しか知らない筈。
だが、万が一にも侵入者が来るかもしれない。
その為の護衛である暗殺者達を配置していた筈だ。では、何故自分の倒れた周囲に人が倒れているのか。
それも1人ではない。護衛として配置した全ての者達が、何者かの手により既に倒れされている。
「ひいっ……」
だとすれば、この隠し通路も意味をなさない。
急いで戻ろうとすると、後ろから近付いてくる足音が聞こえた。
「う、あ……」
「倒れている者達は死なせてないだろうな」
「えー、平気だよ。気絶が絶対条件って言ったのに」
「っ!?」
後ろから追って来たのはクリーム色の髪に蒼い瞳の男性。
彼は自分に目を向ける事もせず、前方に居るであろう人物に声を掛ける。一方で答えた側は、気の抜けそうな声を出しつつも笑顔で答えた。
「お、お前達……一体、何者だ」
「ただの協力者だ」
「うんうん。ある依頼の協力者ってだけだよ」
「協力者……? 冒険者共のか!!」
「んー。別に間違ってないけどね……。悪いけど、アンタの護衛をしてくれる人なら居ないよ。全員、残らずに気絶させておいたからさ」
ヒラヒラと人をおちゃらけたように、手を振る青年に思わず怒りがこみ上げる。
だが、そんな貴族の頭を鷲掴みにし持ち上げたのは後ろの男性だ。
「ぐ、な、何を……」
「悪いが記憶を見せて貰う。気になる事があるからな」
「ひ、い、命……命だけは……!!」
「命ではなく記憶を見るだけだ。他の奴隷商会とも繋がっているかも知れないし、動きに妙な所がある」
その者の目を見た瞬間、ガクリと力を失ったように気を失った。
次に目を覚ましたのは、ダリューセクの牢屋の中。奴隷商会に関わったとされる証拠も含め、ある国へ情報を渡していたと判明。
その国は東の大国と呼ばれるへルギア帝国。
奴隷商会との関りを持ち、密かにダリューセクの情報を聞き出そうとした。そんな不気味な国の動きに、魔王ギリムは警戒を強めた。




