第337話:その頃の彼等
麗奈とユリウスが創造主の力によって、両親との再会をしている中。
彼等の帰りを待つと決めたハルヒ達は、それぞれで忙しく動き回っていた。ラーグルング国に戻ったヘルスが待っていたのは、イーナスによる書類の整理の山だ。
「あはは……分かってたけど、こんなにか」
「分かってて行った癖に。今更嫌だとかいうなよ?」
「……嫌だなぁ」
「おい」
すぐにギロリと睨まれてしまい、冗談だと言ってもなかなか信じて貰えなかった。
ヘルスのこの状況は、同盟を結んでいたディルバーレル国でも同様に起きておりドーネルは早々に逃げようとした。
しかし、そこは幼馴染である宰相によりすぐに取り押さえられ逃げられないように、と厳重にされてしまった。
「だからと言って、こっちに避難してくるとは誰も思わんぞ。いや、許可をしたのは余ではあるが」
そう言いながらも、快く受け入れたのは魔王ギリム。
にこやかに、しかし無言で書類を積んでいくのはギリムの右腕でもあるリームだ。彼等、3人は仲良く執務室に押し込められている。
発端はドーネルの愚痴から始まった。
書類整理をしつつ、領地の細かい報告書などを呼んでいたヘルスは適当に受け流していた。仕事をしながら、ドーネルからの通信での愚痴を聞かされる。どんな仕打ちだと思いつつ、相槌を打たなければ彼が拗ねるのは分かる。
それは長年の付き合いから分かるものであり、王族としての苦労を知っているのもあるのだろう。
「いや、別に仕事量について文句はないけど……。こう、同じ風景だと目が疲れるよね」
「それが嫌ならとっとと終わらせるが良い」
ギルティスの言い分に思わず頷きかけたヘルスとイーナス。
この会話のやりとりは、キールが作った水晶型の通信だ。魔力を乗せれると、映像としてはかなり綺麗な部類にはいる。そして、ヘルスが仕事をこなしているという事は、大体の確率でドーネルも同じことをしている事になる。
無言で仕事を渡してくるギルティスに、返事をしつつも魔界での日々はとても興味深いものだったという話になった。
「まさかギリムさんから、ディルバーレル国とラーグルング国との成り立ちを聞くとは思わなかったからね。まぁ、それだけ彼が生きてきている証拠なんだろうけども」
「それだけの間、長生きしているのはかなり珍しいのかもな」
「相当、強くないと無理だよね」
「まぁ、ランセが確実に負けるって言う位だから相当でしょう」
ヘルスの話に、イーナスは心の中で(へぇ……)と唸った。
今まで、ランセに助けられてきた事が多かっただけに彼にも勝てない存在が居るのだと思った。それだけに、麗奈とユリウスの安全を保障していると言う創造主の存在もかなり特殊だ。
一応、ヘルスだけでなくハルヒ達の話も聞き理解していたつもりだったが、改めて相手の存在がかなりの破格なものだと分かった。
そんな会話の流れから、ドーネルが冗談半分で魔界の風景を見ながらなら効率も上がると言った。単にギルティスを困らせる為の言葉であり、ヘルスとイーナスは余計な事を……と、思っていた。
「……やる気はあるのか?」
「へ」
「場所が変われば良いんだな」
「え……? ギル?」
そう言って執務室から出ていくギルティスの様子に、ヘルスとイーナスは真顔で話していく。
「流石に怒るんじゃない?」
「怒った所で、どうにもならないってのは彼は一番分かっていると思うけど」
「ちょっ!? イーナス、その言い方はないんじゃないの」
ギルティスが戻って来たのはほんの数分後。
少しだけビクビクしていたドーネルだが、戻って来た彼の言葉にかなり驚かされた。
「魔王ギリムさんとの交渉で、執務の間なら自由にしていいと許可を取った」
「え」
「別に今日からでも良いそうだ。何なら……今からでも良いと言っている」
「はい!?」
流石のドーネルも斜め上過ぎて、素っ頓狂な声を上げた。
ヘルスはなんて災難なんだ、と同情した。しかしイーナスが「追加とか出来るかな」と笑顔で聞いてきた。
「え、ちょっ、イーナス?」
「逃げる癖のある王族って……管理する方も大変なんだよねぇ」
「あ……」
部屋の気温が一気に下がったのは、イーナスの機嫌が悪いからだ。
それを肌で感じた上に昔からの付き合いもあるヘルスは、彼の言う通りにするしか道はなかった。
「理由は分かる。だが、お前まで便乗しなくても良いと思うが?」
「え、嫌ですよ。ギリムを抑える方の身にもなって欲しいんだけど」
溜め息を吐くギリムからは、既に目が死んだように疲れ切っている。
しかしリームは、変わらずに書類の山を積み上げていく。ここ数百年分の物だと言われれば、かなり気が遠くなる。
そして、ギリムの行わなければいけない量を見てヘルスとドーネルは密かに頑張ろうと思った。そんな3人の居る執務室にノックの音が聞こえてくる。
「あ、来たね」
「えっと……こんにちは。皆さん、お疲れ様です」
「ここいら辺で休憩しないと、本当に倒れてしまうよ」
リームがアリサとラーゼの2人を中に入れた。
2人の手には、紅茶のポットやカップだけでなくお菓子も用意されている。
「はぁ~ありがとう、アリサちゃん。……温まるぅ」
「早すぎだって」
用意された紅茶を飲むドーネルは既にご満悦。ヘルスはそれに怒りつつも、アリサとラーゼにお礼を言う。
「ゆきお姉ちゃんに紅茶の淹れ方を教わったし、ママも得意なお菓子を幾つか作ってみたの。ママの方が上手だけど、ちょっとでも力になってればって思ってて……」
麗奈が作るクッキーやマフィンなどは、アリサもよく手伝いをしている。作った物をよく騎士団の人達に分けたり、皆のおやつの時間などによく提供していた。待つだけというのも、アリサにとってはどれだけの時間がかかるか想像もつかない。
不安になりそうな表情を読み取ったラーゼは、密かにリームへと相談していた。
少しでも不安を和らげる為に、何かお手伝い的な事は出来ないか、と。
「ありがとうございます。私も色々と忙しいので、ギリムの面倒ばかりというのも難しいのです。アリサ、ラーゼの言う事を聞いてちゃんと面倒を見て下さいね?」
「う、うんっ。頑張る!!」
「平気平気。君はいつも通りにやっても問題ないから。何かあればこっちが対処するし」
「ふむ、茶葉が良いのもあるだろうが何よりもその気持ちが大事だ。君が作ったお菓子も上手いし、休憩になっていいぞ」
「へ、へへ……。それなら嬉しいです」
笑顔になるアリサに、ラーゼは無言で頷きリームも穏やかな目で嬉しそうにしている。
ほんわかとした雰囲気に、ドーネルとヘルスの心も洗われていく。そんな彼等の行動を見ていたのは、ディークの世話係であるクーヌだった。
(……坊ちゃんにも、参加して貰いましょう♪)
ギリムとディークの魔界での同盟について色々と調整しようと思い、ここに来たのだが思わぬ収穫があったとルンルン気分で帰っていく。クーヌの喜びを感じ取ったギリムは、アリサにあと1人分の紅茶とお菓子を用意して欲しいと頼んだ。
「お客さん?」
「いや、余達と同じ状況にさせられる……かな。その者は甘い物好きだから、お菓子を少し多めにしてくれると助かる」
「うんっ。任せて作ってくる」
「え、更に犠牲者が増えるの?」
「ドーネル。言い方、言い方……」
呆れながらもヘルスとしては誰が来るのか分かってしまった。
甘い物好きなのは、魔王ディーク。
恐らくこの状況を世話係に見られたのだろう。やがてディークの「絶対に嫌!! リーグと訓練してる方がマシ!!」と大声で抗議しながらも、クーヌに引きずられて入れられてしまった。
「うぅ、なんだよいきなり……」
「坊ちゃん、今が頑張り時です」
「お前の怪力、ここで使う所じゃないし」
文句を言うディークだが、クーヌは慣れているのかテキパキと書類だけでなくその他の必要な物まで用意されていく。何でこうなった、と唸るディークだったがその数分後にアリサが持ってきたお菓子と紅茶によりすぐに気力を回復。
今まで以上に、頑張ろうとさせられた。
(ふふっ、坊ちゃんのこれは暫くは使えますね。……アリサ様には何かご褒美でも差し上げないと)
密かに悪い顔をするクーヌ。
ギリムとリームは、あの無限ループから抜けるのは難しそうだと小声で話し、クーヌはアリサに何か好きな物は無いかと会話を弾ませた。




