第31話:本部襲撃~敗北者~③
カリカリ、と薬草の数とキールとセクトに無理を言って持ってきて貰った霊薬となる薬草の原材料の確認をしていたフリーゲはふと天井を見た。
「あ~、次は何処に行ってもらうか」
師団長のキールは一度行った所なら一瞬でその場所へと向かえる。彼には国境など関係ないだろうに、何で自分の所属している国には帰ってこれないのか。
以前、聞いたら拒否された、とのこと。拒否ってなんだよ、国に拒否される位の事を………したんだな、アイツ、と日ごろの行いを考えて合点が行く。
【おーい、薬師長さん】
「ん?」
彼が居るのは薬草を保管する為の倉庫だ。そこには部下も居ない彼1人のみ。だから声など聞こえるはずもない、はず……だ。
【おーーい無視しないでくれ】
「………だ、誰?」
聞き覚えのある声。
そう、フリーゲが会った初めての精霊である……初老の精霊によく似ているな、と頭の隅に置きながらも自分は疲れてるなと無視をする。
疲れているから聞こえないものが聞こえる。そして、疲れているから頭がおかしいのだと考えていると【お、お前さん、酷い奴だな】と呆れながらもフリーゲに現れたのは紛れもないウォームだ。
最初に会ったのと違う点はただ一つ、彼の姿が半透明であること。
「………は?」
【さっきから呼んでいるのに……うぅ、悲しいぞ】
「………す、すみません」
目の前で悲しそうにしょんぼりされ、尚且つ体が丸まりいじける。自分が悪いのが肌で感じ早々に謝った。
【まぁよい。悪いが今から東の森に来てくれ。今から協会そのものを転送する、怪我人も多いだろうから手当を頼みたい】
「……はい?」
今、何と言った?協会、建物ごと、怪我人……信じられない言葉の羅列だが、フリーゲが反応したのは怪我人、と言う言葉のみ。
「…すぐに人数を教えてくれ、部下と一緒に向かう」
【ん、城に出たと同時に東の森に転送するようにしているから準備出来たらで構わんよー】
「の、割に随分と呑気なんだな」
【んふふふ、ゆきちゃんがな成長してるんじゃよ。もう、嬉しくて嬉しくて……若者の成長は嬉しいもんじゃよ】
「ほー、あのお嬢ちゃんがね。すぐに用意する」
ゆきは麗奈と違って戦いに向かない性格だと思っていた。魔物に立ち向かうなんて、あんな優しくて周りに気を配れる子がそんな真似出来るのか。フリーゲが持っていたゆきの印象はそんな感じだった。
だから、薬を取りに来た兵士達から何気ない事を聞いてみた。最近のゆきの様子を。彼等も魔力を持っているゆきを心配しているので、フリーゲの心配する所はきっと同じだ。
「最初は……ダメだよと思ったんです。麗奈様は元の世界で、戦いの経験があるのはあの試験内容を見て思いましたから」
それはフリーゲも思った所。麗奈が試験を行ったあの映像はその日の内に、兵士達や騎士団、魔道隊の人達全員に見せ、麗奈の実力を見て貰った。宰相の計らいでもあり、陛下であるユリウスもそれに許可を出していた。
まだ年端もいかない少女。言葉で聞いていた上級クラスと言う魔物の姿。巨体を誇り凄まじい破壊力を持つ暴力を振りまく歩く生物兵器。騎士団の何人かが必ず怪我を負い、もしくは腕や足を無くす者の居る驚異の相手。
それを治すはセクト団長だ。
水の使い手であり、攻撃と治癒が出来る器用な団長。彼は水の適応がかなり高く、水の力を介した治癒に関しては右に出る者はいない上、欠損した部分の完全な再生を可能にしている。
(あのめんどくさがり、どんでもないもん持ちやがって)
口に出すのは面倒、ねむい、怠い……と仕事が嫌だと言う彼。ベールは笑顔で道を塞ぎ、セクトを文字通り引きずり倒してでも仕事に向かわせたのは既に兵士達の間でも周知の事。
なので、何かあればベールかセクトの弟のラウル、姉のイールに伝えるのが当たり前。弟のラウルは兄に容赦なく、凍り付かせて運び出しイールに至っては両手両足を縛り上げ蹴り飛ばし、悶絶し「イテェェ!!」と叫びながら行く様は、面白いと騎士団と兵士達の中では和んでいるなど本人は思わないだろう。
「ですが、ゆき様も果敢に立ち向かっています。この間なんかも、我々を守りながらも治癒をしてくれましたし」
感謝する兵士は笑顔そのもの。聞けば大型の魔物に襲われかけた所をゆきが抑えそのまま倒したと言う。しかも怪我を一瞬で治し「だ、大丈夫ですか。他に気分とか悪くないですか?」と、何故か自分以上に泣きながら聞いてくるゆきに呆気に取られていた。
「ホント、あの子達は凄いです。……自分もまだまだですね」
そう言って一礼し仕事に向かう兵士。確かに、とフリーゲは思う。見知らぬ世界に放り出され、いきなり試験を行えなどとキツイ事を言う宰相に答えた麗奈もだが……ゆきも十分規格外だったなと思い知らされた。
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「痛い者はすぐに言え!!!治療に取り掛かる。イーナス達も動くなよ!!!」
ウォームに転送され、言われた通り部下を総動員し待つ事数秒。ぐにゃり、と空間が歪み降ってくるのはゆき達。状況がまだ把握してないが、倒れたゆきとリーグを優先して診てすぐに部屋へと運ぶように指示を出す。
すると、自分や部下達に小さなウォームが次々と現れては転送を繰り返していく。本人は【これで城との行き来は出来るじゃろ】との事。
(助かるね、精霊様は)
感謝しつつ、怪我人を見ながらすぐに治療する。泣きじゃくる子供の相手をリーナに頼むように放り投げ、それを慌てて受け取り流れで子供を落ち着かせようとする。
ヤクルがコツを教えようとして、バシッとフリーゲに殴られる。ギロリ、と睨めばそれに思い当たる節があるのかダラダラ汗が流れる。
「お前も……行け」
「は、はい」
低い声に逆らえず肩にウォームが乗り笑いながら城に送られる。フーリエはそれを見て笑い、彼にも子供を押し付ける。
「イケメン、ここで使わずいつ使うんだよ!!!」
「……あ、そういう事ですね。分かりました」
納得してくれて助かる。と心の中で感謝しつつ、部下を動かしながら仕事を進めるフリーゲに安心したイーナスは乱暴にその場に座り込む。服が汚れるなど、お構いなしだ。
「っ、きっつ………」
ゼェ、ゼェ、ゼェ、と珍しく声を荒げる。ランセはベタリ、と体を襲う気だるさに思わずイーナスと同じだと言いたくなった。
(まさか、ゆきさんが古代魔法を扱えるだなんてね)
古代魔法。
この世界が出来た時、最初に出来た魔法。清やかな魔力が必要とされるこれを扱えるのは聖属性を主としているエルフ族のみ。管理者でもあり監視者としてこの世界に居るエンシェント・ドラゴンのバームルと原初の精霊のアシュプ。
その姿形は誰も見た事が無い。長寿であるエルフも見た事がなく、文献としてその特徴も記されていない。だが、彼等は確かに存在している。その証拠が古代魔法として残っているからだ。
(………まぁ、アシュプ自体は心当たりあるんだけど)
はぁ、と溜息を吐く。ランセも姿形は見た事がない伝説上の存在。だが、と最近ではその存在が近くに居るような不思議な感覚だ。そう、麗奈の近くに必ず居る……と何故か確信がつけた。
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「っ、ぐうっ。ゲホッゲホッ………」
大木に背を預けズルリ、と座り込む。消滅した腕を何度再生させようと試すも戻る事がない。古代魔法を直撃で受け、腕だけで助かったと思うもあれがきちんと発動していたのなら……今頃、自分は居ない。
それをまざまざと見せ付けられたようで腹が立つ。ラークの言うように、ただの人間と侮るのは危険と判断し、古代魔法が使える人間が居る事を報告しようとしザリッ、ザリッ、と近付く足音に視線を向ける。
「……あの時と立場が逆だな」
「ラーク……。何、前に笑ってたのまだ根に持ってるの?」
「いやいや。……魔力、分けておく」
リートが自分にしたように、グルーにも魔力を渡し回復を促す。が、バチッ!!と拒絶され目を見開く。それはグルーも同じ表情をしており、彼がやった事ではない事を示している。
「……何があった」
「はっ。……古代魔法がここまで厄介だとはね。悪いヘマした。人間が古代魔法を使った影響で、僕の片腕持って行っちゃってさ」
(古代魔法を、人間が……?)
「あれは聖魔法に通ずる力。……魔族である僕達が軽く触れればご覧の通りマヌケな姿だよね」
「軽い……それがか?」
存在は知っていても実際に使った者など居ない。エルフがこちらに牙を向かない限りは……。
「……くくくっ、やはり面白いね」
「ラーク?」
何を納得したのかラークは笑う。可笑しそうに、狂ったように、なんとも言えない雰囲気にグルーは少し恐ろしいとさえ思った。
「都合がいい」
「は?」
グチャリ、と。全方位に向けされた黒い腕。それは、足を、腕を、胸を貫き動かなかったグルーにさらなる追い打ちを掛けている。
「ぐっ、がはっ……お、お前……!!!」
向けられるのは怒り。裏切りに対する怒りではない。ただ、何故今更と疑問が出てきた。
「痛みはあまりない。……仲間だったからな、最後は苦しまずに逝け」
「おまえぇぇぇ!!!!」
ブシュ、ザシュ、ガリ、ガリ、と音と共にグルーは呆気なく散った。その肉を、血を、魔力を。体を形成していた物を喰らうラークは更なる力の増幅を感じ喜びに浸っていた。
「うはっ、ひひひ。くはははは!!!コイツは良い、良い感じに力が溢れる。共食いなんて趣味じゃねぇが、たまには良いかもな!!!
うははははははははは!!!!」
彼の不気味な笑い声は森を震わせ、それに嫌悪感を抱いた魔物達がラークを囲む。恐らくは縄張りを主とし、侵入者を排除しようとしている。
それらはギラギラ、と怪しい光を帯びた目が囲む。だが、ラークはグルリ、と首を一回転しニヤリ、と気味の悪い笑顔をし
「……邪魔だ、消えろ」
ザアア、と黒い波が魔物を飲み込む。波のように見えていりが、それは違った。黒い腕が折り重なったように、それが波のように見えそのまま魔物に触れ沈んでいく。
声を上げることもなく、静かになった場所。血の跡も無いこの場所。そこに第三者の足音が入って来る。
「気分は良いな。……なにをコソコソとしているかと思えば」
「リート。なんだ、つけてきたのか」
手には資料を持ちラークを見もしないまま会話を始めるリート。モノクルをクイッと上げ、魔物とグルーが消えた場所をグルリ、と見渡す。
「あぁ、最近のお前は変だ。ラーグルングから戻って来てから、な。……人間の女が関係してるのか」
「言いたくない」
「……8年前にこちらを足止めした女に関係してるのか?」
「言いたくない」
「はぁ……。お前、答え言ってるようなものだぞ」
呆れるリート。ラークは舌打ちし「横取りされたくない」と、ただをこね始めた。「アサギリ、だ」とリートが言った言葉にラークは耳を傾けた。
「確かアサギリ、とあの女は言ってたな。血縁関係者でもいたか?」
「………」
思い浮かべる。
短い黒い髪、キリッとしながらも大きな瞳が印象的な黒い瞳。明らかに自分達の方が弱いのに、負けじと立ち向かっていくあの姿。
(そうか………娘か)
くくくっ、とまた狂ったような笑いにリートはやれやれと、ラークに気に入られたであろう相手を気の毒に思った。
「……あぁ、リート。ありがとうな、お陰で今日は良い夢見られそうだ」
「それは良かった。……グルーが倒された、と報告するんだろ?サスクール様の前で嘘は通じないが、合わせてくれるんだろうよ」
今後の予定もあるし、と話し出すリートにラークは面倒くさそうに聞き流す。仲間の事など無かったように、いつものように振る舞う。
彼等にとって……仲間、とは蹴落として這い上がるものと本能が告げる。
例え隣で意気揚々と話す間柄でも、気の許した相手であってもだ。
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「リーグ君が……起きない?このまま………?」
魔力が切れた事と、今までの緊張感で倒れたゆきはフリーゲから聞かされた内容に愕然とした。魔力が切れた場合、人によっては数時間から1日単位で目を覚まさない人が居るとレーグが聞いていたが、リーグの状況は違うようだった。
「フーリエから聞いたのと魔王から聞いたからな。魔族に操られた影響も大きいし、暴走状態からいきなり元に戻った所為でもあるな。アイツはまだ小さい……急激な力に翻弄されて体が付いてけなかった。
……魔力持ちの悩みは分からないが、原因が分かれば持ってない俺も役には立つだろうよ」
まずは自分を治せ、と頭をガシリと強く握られる。頭が割れそうな位に痛く、思わず「痛い!!!」と訴えるも相手は無視だ。
「リーグの事は時間が経ってからもう一度診る。が、まずは自分の怪我を治せ。魔法にばっかり頼って自己治癒すらままならないようなら、魔法なんて使うな」
「うぐっ………」
「ついでに危険な目に合うならもっと使うな」
「……無理、です」
「あ?」
「…………でき、ません…………」
睨むフリーゲに負けじとゆきは言い返す。顔を逸らすでもなく真正面から言われ、溜息を零せば何故かビクリとされ今にも泣きそうな表情のゆき。……小動物をイジメているような、凄く気分が悪い感じになる。
「イジメるのはそこまでにしたらどうですか、フリーゲさん」
そこに優しく制止を掛けてきたのは紅い髪の男性だ。白いマントに白い騎士服を着こなした鮮やかな印象。ほわぁ~と、思わず見惚れる。そんなゆきに気付いたのかニコリと笑顔を返される。
「ゆき嬢ちゃん気を付けろ、コイツこの見た目で毒を吐くぞ」
「ふえええ、そうなんですか!?」
「心外な言い方ですね」
「キールの野郎と一緒で笑顔でグサグサ突き刺さる事言うしな。あれで堅物ヤクルの兄だって言うんだから信じられないだろ」
「ヤクルの………お兄さん!?」
バッ、と音がしそうな位に勢いよく見る。紅い髪に紅い瞳は、確かにヤクルの見た目と被るなと思いじっと観察する。兄が居た事にも驚いたが、リーナはそれを知っていたのだろう?何で言ってくれなかったのか、と疑問が湧く。
「まぁ、ヤクルは質問されないと答えないしね。聞いたら彼、君ともう1人、親友の子にも酷い事をしたって言うし………土下座させるよ」
「いえ、それはもう……平気ですから。麗奈ちゃんもそんなに気にしないと思いますし」
「女性に手を上げた時点で、私にとってはアウトなので」
有無を言わせない雰囲気に思わず(怖い、人だ……)と本能的に思いフリーゲが「な、言ったろ?」と小声で教えてくれる。その後、フリーエと共に協会の復興を手伝うと言い夜になるまでにリーグが起きて来るのだが……それはあとの話。
麗奈達が合流するまで、あと数時間後。




