第331話:ある親子の再会
「う……。ここは一体」
「あれは……宮殿?」
一方でデューオの魔法で飛ばされた麗奈、ユリウス、ザジの3人。
周りが黒い壁で覆われているような不思議な空間であり、立っている自分達を含めて宮殿までの道筋には青い光を放つ花々があった。
白い宮殿も、花と同じく青い光を持ちながら場所を見失わないようにと淡く光っている。
「おい、デューオ」
「流石に君達だけにするのは不味いからね。見届け人として私も一緒に居るよ」
「……」
「ザジ? どうしたの」
「別に。何でも、ない」
何でもないように話すが、ザジの顔色は真っ青だ。
思わず麗奈がギュっと彼の手を握る。ハッとしたザジは、麗奈にお礼を言いつつも言葉に迷うのか視線を彷徨わせている。
その様子のおかしさから、尋常ではないと分かる。思わずデューオを睨むユリウスだが彼は意に介していない。
「今から気になっても仕方ないでしょ。大丈夫だよ、嫌でも分かるから」
笑顔でそう言いつつ、デューオは宮殿の方を指す。
あそこに行けと言われているのは分かるので、麗奈達は素直に従う。歩きながらでも麗奈はザジの様子を気遣うように話しかけ気を紛らわす。
しかし、歩いている間もザジの様子は変わる事がない。
心配になる麗奈とユリウスだったが、デューオに着いたよと言われる。宮殿の扉が自然に開き光が満ちる。
次に目を開けた時、広がっていたのは青い光を灯した花々だ。その中心には3名の大人が楽しげに会話しているの見えた。
男性1人に女性3人。内2人の男女は1寄り添うようにしており、向かいに座っている女性は微笑ましそうに見ている。
「あ……」
「麗奈?」
ユリウスは麗奈の様子がおかしい事に気付いた。何に気付いたのだろうか、と再び3人に目を向ける。まだ距離があると言うのに、彼女はいきなり走り出した。ザジも思わず追いかけようと手を伸ばすが、すぐに止める。
「頑なだね、君は」
「……うるさい」
行けばいいのにとデューオは言うが、ザジはすぐに視線を逸らす。
ユリウスも慌てて追いかけていき、周囲を見ながら進んでいく。
「見た目は宮殿っぽくしてるのか。あの離れに居るのは大人……か?」
それにしても、とユリウスは考える。
何で麗奈はいきなり走り出したのか。ザジの様子がおかしいのと何か関係があるのかと思っていると、彼女の大きな声が聞こえた。
「お母さんっ!!」
その言葉に足を止めた。ドクン、と自分の心臓がやけに大きくなっているように思えた。
一気にフラッシュバックされるのは、自身が犯してしまった事。麗奈の母親である由香里を傷付けただけじゃない。
サスクールの操られてしまった事で、あの時の自分の意識は確実に消えていた。ヘルスが光の魔法で対処しなければ、上手く脱する事も不可能だった。
「っ……」
ギリッと奥歯を噛み、前を向くと決めたのだと覚悟を決めた。
ここで自分が怖がる理由がない。そう決め、急いで麗奈の元に――由香里の元へと急いだ。
「お母さん……お母さんっ……!!」
一方で泣きながら母の懐に飛び、何度も呼ぶ。そんな娘の様子に由香里は微笑み「あわてんぼうね」と生前のようにのんびりとした口調だ。
「麗奈、色々と見てたわよ。私の代わりに辛い思いもさせて悪かったと思ってる。でも、ありがとう。貴方達のお陰でサスクールは倒せたんだし」
「……ホント?」
「神様である彼が教えてくれたんだもの。間違いないでしょ」
ねっ、と由香里が笑顔で言いデューオへと視線を向ける。その途中で、ユリウスも2人の元へと辿り着いた。
「由香里さんっ」
「あ、ユリウス君。ふふ、麗奈もユリウス君もカッコよく成長してるよね」
「お、俺……。あの時の事、情けなくて申し訳なくて」
「こら」
「いてっ」
「あうっ」
言葉を続けようとしたユリウス、そして由香里に抱き着いていた麗奈にそれぞれデコピンを食らわした。流れ弾のような形になり、思わず恨めし目に母親を見ると逆にギロリと睨み返された。
「麗奈」
「はい……」
「何で怒ってるのか。もう分かるよね?」
「うっ」
その気迫に負けたのか麗奈はすぐに離れる。一方のユリウスは何に怒っているのかよく分からないでいた。思わず麗奈にそれを聞くと彼女は気まずそうに視線を逸らしてしまう。
「麗奈?」
「……」
「もう。聞いてよユリウス君。麗奈ったら、サスクールと一緒に存在を消す気だったのよ」
「え」
告げられた言葉に再度ユリウスは驚き言葉を失う。
後から来たザジもそのつもりで動いていたと聞かれ、麗奈の事をじっと見る。
「ごめん、なさい……」
シュンとなる麗奈にユリウスは仕方ないと言った。
自分も麗奈が完全にサスクールと同化していた場合、手を下す事も考えていたと言った。今はそうならずにいたのが心の底からホッとしているとも告げ、ストンとその場に座った。
「本当に無事で良かった。失わずに済んだのがこんなに嬉しいなんて思わなかったんだ」
「ユリィ……」
そこで麗奈はポツリとポツリと言った。
自分の方法がとった行動は、優菜がサスクールを倒すのに取った方法。自身に憑依させ、封印を行うものだが憑依させた瞬間に彼女は未来が見えたのだと言う。
「優菜さんがやった方法と命を、代償にしようとしてました」
「その結果は?」
「青龍とザジに反対されまくりました」
「ま、当たり前だよな」
青龍は麗奈を大事にしていたのはユリウスも知っている。しかも、初代と同じような事を麗奈が実行しようとしているのだ。彼は式神という立場を無視してでも反対するのが目に見えている。
そしてザジは麗奈を生かす為に今まで行動を起こしていた。その彼女を失うような真似を良いとしている訳がない。
「それで俺達に黙って実行しようとしてたのか」
「う」
「ランセさんやキールだって反対するに決まってる。いや、俺じゃなくても皆が反対するっての。俺は麗奈の言葉で立ち直れたのに、その本人がそんなつもりだったとは思わなかったよ」
「ほら見なさい。私だけじゃなくて、皆が怒ってるの。特にユリウス君とザジは相当よ」
「うぅ……」
更にシュンと落ち込み、心なしか体を縮こませている。
今はデューオを壁にするように麗奈が隠れており、彼は小声で「そろそろ自覚しなよ」と言われてしまう。
何の自覚だろうかと思っていると、彼は優菜と違い麗奈は周囲を引き寄せる力が強いのだとか。
「それにしてもザジ。もっとこっち来て良いのに……そんなに離れてるなんて寂しいんだけど」
「……」
麗奈が離れた時、由香里はすぐにザジに声を掛けた。ユリウスも、ザジにしては珍しく声をあまり発していないと思い不思議そうに見る。
「俺は……。アンタに近寄って良い訳じゃ――」
「麗奈みたいに素直じゃないわね。家族なんだから気にしたって無駄よ!!」
「う、ちょっ」
距離を置こうとしたザジに構わず、由香里は近付いてギュウギュウに抱きしめる。
恥ずかしいのか顔が赤いザジの反応に、ユリウスは物珍しそうに観察する。が、途端に視線がバチリと合い「助けろ!!」と訴える。
「く、くそ。この際だから言うが、アンタは昔からしつこいんだ!! 俺が何度も止めろって言っても、無視してこうして無理矢理抱きしめてきて。猫の時は諦めた方が良いって思ったんだ」
(成程。ザジが折れてお母さんの言う事を聞かせられていたのか……)
昔、ザジが疲れた様子でいるのが不思議でいた。
幼い麗奈は一緒に寝たり、話しかけたりとしていたが今にして思えば、母親から逃げるのを諦めようと考えていたのかも知れない。
「もうザジも立派になって」
「っ、結局逆らえない……」
大人しく頭を撫でられているザジに、麗奈とユリウスは母親強いなぁと同じ事を思う。次にユリウスはクスクスと笑っていた男女を見てハッとなる。ここに麗奈の母親が居る時点で、もしかしてと思っていたが確かめずにはいられなかった。
「……お父様、お母様」
「ふふ、ごめんなさい。声を掛けるタイミングが分からなくて」
「しばらく由香里さんと話をしていたんだ。ユリウスもヘルスも元気そうで良かった」
優し気に目を細めた黒髪に赤い瞳の男性と、嬉しそうにしている黒髪に茶色の瞳の女性。
白い生地の上下に、金の刺繍が施された綺麗な服。由香里も同じ服を着ており、デューオが今回の為に作ったのだと説明される。
「死者の魂はエレキが連れて来て、この空間は私ともう1柱が作ったんだ。賭けって言うのは、サスクールに勝てるかどうか」
「「おい……」」
ザジとユリウスから睨まれるが、デューオは気にしている様子はない。
最終的に由香里達はサスクールに勝つ方を選び、デューオは勝てずに世界が滅ぶと言うとんでもない賭けをしていた事になる。
一発殴ろうと動くザジだったが、由香里に抱きしめられてそれは叶わずにいる。
「無論、私だって自分で作った世界を壊されて良い気なんてしないさ。でも賭けなんだから、どっちかにちゃんと賭けてあげないと勝負にならないでしょ」
「こっちは必死でやってきたのに、お前は……」
「あぁ、そうそう。もう1つ言い忘れてたんだけども。ラーグルング国の王族って、私との相性をよくする為に血のつながりはまぁまぁ濃いんだ。だから、ユリウス。君等、兄弟は私の扱う魔法の適性が誰よりも高い」
「は……?」
突然のデューオの言葉に、麗奈達は固まりユリウスは最悪だと言わんばかりに睨む。
しかし、ユリウスの父親は何処か納得しているのか「あぁ、だからあの時見えたのは」とボソッと呟くのだった。




