第330話:頑張ったご褒美
エレキに叩かれた事で、気絶してしまったデューオだったが甘い香りがして慌てて起き上がる。
見ればエルナの淹れた紅茶を飲みながら、麗奈が作った様々な種類のお菓子を食べているフィー達が居た。
最初はフィーに渡したケーキとクッキーにしようと思ったが相手は創造主。
それだけでは不味いかと思い、クッキー以外にスコーン、マフィンも作ってみた。スコーンそのままでも良いが、ジャムなどがあれば良いなぁと思っているとエルナが笑顔で「これで良い?」と出されたのは淡い紫色のジャム。
エルナの創造した世界は、動物や精霊が多く果物が多く育っている。
だからこそその果物を使ったワインが有名であり、デューオ達も気に入っている。最近ではワイン以外に何か作れるものはないかと思いジャムや果物のソースなども作り出している。
「良いんですか?」
「良いの良いの。ジャムってパンに付ける以外にも使い道があるのなら、知っておきたいし。お菓子にも使えるとは知らなかったの。甘さが控えめだから、他にも試してみたい事があるなら何でもやっていいよ」
目をキラキラさせながらそう力説するエルナに、研究熱心な神様だとほっこりとした気持ちになる。
麗奈と違い長身であるエルナ。少し見上げる位の目線に緊張気味でいる。
女神という存在が目の前に居るのも驚きであり、自分達が居るこの場所が普通の方法では来れない場所だと言うのも理解してきた。
神という存在を見る事はないだろうからと、何度かチラチラと見ているとエルナと視線がぶつかる。
「あ……すみません」
「えへへ、気にしないよー。貴方は憧れや純粋な気持ちで私達を見てるのが分かるから。ふふ、ちょっとくすぐったいけど悪い気分じゃないなぁ」
「そ、そうですか。気分を悪くしなくて良かった……。でも嫌でしたら言って下さい。直しますから」
「ふふっ。もう可愛い」
ぎゅーっと抱きしめられた時に、フワリと花の香りが感じられた。
少し緊張気味でいた体もその花の香りで解されていく。しかし、ハッと気を取り直した麗奈は集中しようとお菓子作りに取り掛かる。
麗奈の慌てた様子に、エルナはずっと笑顔で見つめている。
エレキはその様子を見ながらサスティスへと小声で話しかける。
「で。貴方が命まで捧げて守りたいのが彼女な訳ね」
「話をしている時に全部見てた上に、心を読まれているんで知ってますよね?」
「デューオ同様に生意気ね。ちょっとムカつく」
「人の事殴っておいて話を進めるのもどうなの」
睨みながら文句を言うデューオに、エレキは笑顔で「あらもう起きたの?」と対応する。
ムスッとしている間にも、麗奈は必死で準備を進めている。デューオが揃ったタイミングで、エルナが淹れた紅茶をラフィが運んでくる。
一方で新たにケーキを作ってくれた事で、フィーは嬉しそうにしていた。2度と奪われないようにと自身の魔力を使ってまでの厳重さ。
思わずそんなので力を使って良いのかと、呆れた表情をしているユリウスとザジ。相手は創造主であるから、自身の力をどう使おうが構わない。が、なんだか釈然としない感じで2人は見ていた。
「んー。こういう甘さも良いね。頭使う事が多いから助かる」
「ちょっと!! 先に気絶しておいて、そんな量を食べないでよっ」
「エレキが殴らなければ良いだけの話なんだけども!!」
言い合いを始めるデューオとエレキの2柱。
思わず麗奈は妹であるエルナに止めなくて良いのかと聞くが、彼女は「んーー」と少しだけ考えた後でいつもの事だしと答える。
「い、良いんですか?」
「止めても同じように言い合うだけだしね。言い合う仲っていうのは仲良しの証でしょ?」
「冗談じゃないわよ、エルナ。何でこんな奴!!」
「そっくりそのまま返すよ。突っかかるエレキの方が意味わかんない」
「アンタが不真面目だからに決まってんでしょが!!」
((それは分かる……))
エレキの反論にユリウスとサスティスが同時にそう思った。
ザジは不真面目なのは最初から分かっているので、無反応を示しながらクッキーをパクリと食べて無視を決め込む。
フィーはそもそも会話に参加していないからと、どうでも良いとばかりに聞き流す。
そんな言い合いをしながら、用意したお菓子も紅茶も終わりかけた時。デューオは麗奈とユリウスに話があると告げた。
「帰す前に2人には会って欲しい人達が居るんだ」
「え」
「会って欲しい、人達?」
片付けをしながら麗奈はキョトンと返し、ユリウスは訝しむようにデューオを見る。
そして麗奈と代わるようにラフィが続きをしていく。小声で行っても平気だと伝えられ、お礼を言いながらデューオの近くに寄る。
詳しい話を聞こうとする姿勢の麗奈。続けてユリウスも何かあった時の為にと麗奈の傍へと寄っていく。
「そうそう。君が自力で大精霊達を引き離したから今は結晶体の中で休眠させているよ。ほら、さっきまで居たツヴァイも大人しいでしょ?」
「そう言えば……」
お菓子を作っている間、ツヴァイからのリクエストもないなと感じており不思議に思っていた。指摘されるまでフェンリル達はどうしているのかと思っていただけに、休眠という言葉に思わず首を傾げた。
「あの、フェンリルさん達は何で休眠なんて……」
「ユリウスの中で眠っているブルームを呼ぶ為に、ね。回復させるには、やっぱり同じ世界で生まれた精霊同士が良い。時間が掛かるからその間に伝えておきたい事が多いんだ」
「伝えたい、事……」
そう言われ思い出すのは、母である由香里の死。
幼いユリウスがサスクールに乗っ取られ、瀕死の状態で由香里へと乗っ取ろうとした部分を一瞬だけ思い出す。
伝えられる内容が分からない。不安に思う気持ちもあったが、ユリウスが傍に居る事でそれも緩和されていく。覚悟を決めた麗奈は再度、デューオからの言葉を待った。
「……ある人と賭けをしていてね。勝負に負けたら、君達と話したいんだって」
「俺達と……話したい人って、一体」
「かなり特別な処置だよ。エレキの協力もなしにこんな事出来ないし」
(っ!! この、感じ……いや何でだ!?)
「ザジ?」
ある気配を感じ取ったザジは慌てた様に周囲を見渡す。そんな様子の彼にサスティスは名前を呼ぶが、まるでこちらの声が聞こえないのか答える様子もない。
ただ、ラフィはその正体に気付くも心を読まれないようにと無になる。
「待て、デューオ!! これは、どういうつもりで――」
「あ、ザジはすぐに分かるよね。懐かしいでしょ?」
「それはっ……!!」
「素直になれない君に、素直になって欲しいから。私からの贈り物だよ、頑張ったご褒美といった所だね」
デューオがザジ、麗奈、ユリウスへと目を合わせたその瞬間3人の足元に虹色の魔方陣が現れる。眩い光が辺りを満たすがすぐに納まっていく。サスティスとヴェルは急な明かりにより、目が見えなくなり再び見えるようになった時――3人の姿が消えていた。
《ムキュ!?》
「な、3人が……。待って、何処に送ったの!!」
「この世とあの世の狭間よ」
「狭間? そんな場所、生者である彼等が行くのは危険すぎるでしょ!!」
「だから私が居るんじゃない。私が何処を管理しているのか……もう忘れたの?」
ハッとなる。
エレキが管理しているのは、冥界と呼ばれる全ての魂が行きつく場所。3人がそれぞれ後悔している事は何かと思い浮かべ、答えに辿り着いたサスティスは可能なのかと聞いた。
「それを可能にしてるのが私達よ?」
「それはそうですけど……」
ヴェルはユリウス達が居なくなった事で大慌て。周囲を飛び回ろうとした所をラフィに捕まり、大人しくすればまた会えると説得させられる。
《キュウ……》
「大丈夫です。彼女達にとってはちょっとした再会ですから」
落ち込むヴェルに、彼の背中を撫でながらラフィはそう説明した。
瞳に涙を溜めていくのを見ながら、サスティスとラフィは必ず戻るからと必死で宥めたのだった。




