第327話:互いの贈り物
ラフィから創造主デューオの居る世界へ戻れる事を聞かされ、すぐには戻らず1日だけ待って欲しいと麗奈は頼んだ。
ラフィとしても、覚悟していたのですぐ帰還するものと思っていた。しかし、麗奈の頼みな上これで最後と思えば自然と応える姿勢になっていた。
「お世話になりっぱなしだもの。何かお礼をしとかないと」
そうと決まればと行動を起こす。
使っていた部屋を掃除し、場所を提供してくれた創造主のフィーと世話をしてくれたラフィに何を贈ろうかと考える。
と、そんな麗奈にツヴァイがぴょんと飛びついた。
《麗奈。プリン食べたいっ!!》
「え、今……?」
《作った麗奈が悪い~》
前に作った時は大きめのカップを使ってのプリン型だった。
ツヴァイはその大きさに感動しただけでなく、既にプリンの虜になっていた。フェンリルが抑えにかかる程の熱狂ぶり。
今、こうして麗奈に突撃しているのはフェンリルが抑えられなかったのだと感じていると、部屋の扉の前に済まなそうにしている姿が見えた。
「フェンリルさん……」
《済まない。ノームとで抑えたんだが》
《好きな物に対する熱意って本当に凄い……》
疲れた様子でいるノームとフェンリルに申し訳なくなり、2人には休むように言い《プリン♪プリン♪》と既に食べる気でいるツヴァイを連れてプリン作りに取り掛かる。
一方でラフィを相手にザジと青龍が同時に攻撃を仕掛けていた。
「おっと」
交差する2人の攻撃をヒラリと回避し、空中へと留まる。その様子を眺めているのは、他の大精霊達だ。ザジと青龍以外とも、何度か模擬戦をし自身の体の調子や魔力の練り上げなどの状態を確認。
普段通りに行えていると切り上げたり、こうして観戦したりと自由にしていた。
「っとに。ヒラヒラ逃げやがって!! あの羽野郎っ」
《ちょっと待て。それ、俺も引っかかるんだが!?》
文句を言うザジに反応をしたのは大精霊シルフ。
彼もラフィとは違う形態の羽を持つ。同じようにまとめられ、ショックを受けるシフルと微笑ましく見守る他の大精霊達。
ラフィの背後には既に青龍がおり、雷を纏った拳を振るう。
「っ、上手いね」
自身の羽を使い、全身を包むようにして守るもその防御すら貫通する。
その中でラフィはザジと青龍が、何が何でも時間稼ぎをしようとしているのが読める。だが、その目的はと更に心の内を探る。
(これは……。そうか、彼女の為か)
「あ、お前まさか!!」
『ちっ。更にその奥を覗けるのか……』
「貴方はしようと思えば出来るのでは?」
雷を打ち払い、多少の痺れはあっても動けない程ではない。
ラフィの中では掠った程度とし、青龍を改めて見る。龍の腕を持ち、長い尾を持つ姿。それは青龍が人としての姿を保ちつつ、自身の神としての姿をも表現している。
『……やろうと思えば、か。だがする気にはならん。人間、誰でも奥底を覗かれたいとは思わんし秘密にして欲しい部分はある。俺は……例え主であろうとも、その力を使う気にはなれん』
「素晴らしい忠誠心ですね」
『好きに言っていろ。人間が好きな神が居ても良いだろう。俺の場合、それが主だった。それだけだ』
『えっ!? やっぱり好きなんじゃん!!』
イラッとする声に思わず青龍は苦い顔をした。
下を睨めば黄龍が大はしゃぎしており、数歩下がっている姿が何人か見えた。破軍、朱雀、玄武、白虎の4名は呆れ顔で居ながらも、安全地帯を確保していた。
『主にそれ言った? あの子の事だからきっと嬉しがるよ』
『黙れ……』
ラフィに迫った時よりも素早く動き、地面に着地した時点で拳を振りぬいていた。
『え』
驚き顔を見る間もなく、青龍に殴られた黄龍はそのまま吹き飛んだ。
真横に殴り飛ばせば地面が割れると思い、咄嗟に空に飛ばそうと切り替えた。思わず地面への被害がない事に感謝するラフィに、ザジが「良いのかよ」とボソリ言った。
『何でアイツはからかうかね』
『昔から……それこそ破軍の方が知ってるじゃない』
『そうねぇ。青龍の事、未だに弟みたく思ってるとか?』
『そう思われた青龍、かわいそう……』
誰も黄龍への心配はなく、いつものようにしていた。
ラフィはそれを見つつ、彼等の性格なのだろうと思ったが黄龍の心の内が『主に言ってやる~』と反省している様子はないので仕方ないとした。
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『聞いてよぉ……』
「黄龍が悪いよ。青龍が怒るのも仕方ないし、皆も助けないのは当たり前でしょ」
『うぅ……』
しょんぼりとして、今までの経緯を話す黄龍だったが麗奈からも悪いと言われ更に落ち込む。そんな彼の横では出来上がったプリンを嬉しそうに頬張るツヴァイが居る。実に幸せそうにしており、口いっぱいにプリンを入れて満足している。
その後、むすーっとしたまま麗奈に寄り掛かる黄龍。それを仕方ないなぁと思いつつも、麗奈はお菓子作りの手を止めない。表情はいつものように真剣だ。ディルバーレル国で、お世話になった人達にと魔道具作りをした時と同様。
思わず黄龍は聞いた。何故、そこまで出来るのかと。
「本当なら、黄龍達にだってお礼はしたいよ。感謝してるのは本当だから、私はいつもお礼を言ってるでしょ? ディルバーレル国の時は、お礼の品として魔道具を作ったし……。フィー様とラフィさんにはもう会えないんだろうから物よりは自分の得意な事でお礼をしようかと」
自分に出来るのはこれ位しかないからだ。
チラッと麗奈を見る黄龍は、その横顔に優菜を思い出す。縁を大事にし、その時に出来る全力をする。ただそれしか自分には出来ないのだと言うが、黄龍からすれば凄い事だと思っている。
だが、それを本人に言っても彼女は同じように返すだけだ。
自分の出来る精一杯を、その時に行うだけ。
『……じゃあお菓子作って、なんて言ったら作ってくれるの?』
「うん、良いよ。何にする?」
《プリンが良い》
「それはツヴァイの食べたい物でしょ」
《もちろんっ!!》
《はいはい。邪魔しないでね》
《あ、ちょっ!!》
ノームに強制的に連れて行かれ、ツヴァイが《プリンーー!!》と大声で訴える。
思わず互いの顔を見て、笑い合い黄龍はそれで良いと言った。
『逆にあんなにおススメされたから気になる。主の作れる時で全然構わないから』
「うん、そうするよ。青龍達にも喜んで貰えると嬉しいからね」
嬉しそうに言いながら、また真剣にお菓子作りに集中する。
体を慣れさせる為にも麗奈は軽い運動をしつつ、こうしてお菓子作りをしては大精霊達に振舞っていた。現代でも作っていたのでその勘を取り戻したいからだ。
ラフィから麗奈達の居る現代での知識だけでなく、使っていた事のある機器を見て思わず練習をしたいと思ったのだ。ラーグルング国に居る間、作っていたのはクッキーやマフィンなどの焼き菓子が中心だった。
電動ハンドミキサーやケーキの型を見て、そう言えばとある事を思い出す。
ゆきや裕二の誕生日には、小さいケーキを作った事があるし式神達にも味見をして貰った事もある。どうせならとそれらの機器をラフィの力で生成し、手元に現れた時には珍しくずっと眺めていた位。
(よしっ、飾りつけもこんな感じで……!!)
出来上がった小さなケーキが2つ。何か大きな袋なり箱で包みたいと思い、探そうとするとシュルシュルと蔦が伸び持ち手には小さな花が咲く。小型の箱が出来上がり、持ち手もちゃんとあり驚いているとノームが笑顔で返す。
《こんな感じで良いかな?》
「嬉しいです、ありがとうございます!!」
《麗奈さんにはお世話になりっぱなしだからね。ちょっとした手助けが出来て良かったよ》
「そんな!? 私だって皆さんに助けて貰ってばかりなのに」
《そういう謙虚な部分も好かれやすいよね》
《麗奈、運ぶなら背に乗ってくれ。今、ウンディーネから連絡を貰ったから俺達が行けばすぐにでも移動が出来る、と》
長くなると予想したフェンリルは強引に会話を切り、簡潔に伝えていく。
ケーキが崩れないように持ちながら、ウンディーネ達が集まっている場所へと向かう。移動している間、窓から見える浮遊している島や森林を見てここから離れるという実感がヒシヒシと募る。
(……これから会えるんだよね、ユリィ)
最後の時まで居たユリウスの事を想う。
無事な姿を見せたいと思いつつ、ずっと我慢して来た。彼を忘れた事など1度もない。会いたいという気持ちは募るばかりだが、焦ってはいけない事も理解している。小さく息を吐き、会えるかも知れないと思うと緊張してきた。
「あ、来たな」
『む。もう良いのか』
麗奈の姿を確認したザジと青龍はすぐに駆け寄った。2人にはラフィに贈り物をすると言っているので、出来れば時間稼ぎをして欲しいとお願いをした。どう時間を稼ぐのかは知らないでいたが、模擬戦をしていたのかなと予想。
そんな麗奈の心の呟きにラフィが無言で頷いているのが見えた。
……行動で止めてくる2人で申し訳ないと心の中で謝ると、気にしないで良いと笑顔で返される。その間、フィーはデューオと話をしているのか色々と確認をしているのが見えた。
「あの、ラフィさん」
「はい。どうされましたか?」
「今までお世話になりました。ちょっとしたお礼ですので受け取ってくれると嬉しいんですが」
「え」
ノームの作り出した特別製の箱。ラフィが受け取ると自然と解け、現れたのは小さなケーキだ。
小さなスポンジを3枚乗せ、クリームで綺麗に塗り仕上げたもの。幼い頃にゆき、裕二にも作った事があり麗奈にとっては思い出深いものでもある。
「自分の小さい時に練習してた物なんです。でも、一番の自信作でもあるんですよ」
胸を張る麗奈は、幼い時の実績も含めて自慢の一品を贈る。
麗奈の心情を読み、幼い時の思い出も含めての贈り物にラフィの表情は綻ぶ。麗奈だけでなくラフィにとっても良い経験なのだと実感した。
「ありがとうございます。味わって頂きますね」
「うっ、そ、そんな風に言われるとちょっと自信が……」
「では私からはこちらを贈ります」
「へっ」
麗奈が身に着けているネックレスにラフィの指先が触れた。小さな光が現れネックレスを包むようにして光の膜が見えた。
「気に入ったのであれば、ここで使った機器などをプレゼントしますよ。先ほど使っていたのも含めて、全て差し上げます」
「使っていた……え、もしかして見えてたんですか!?」
「お客人の場合、保険として何かしら付けておかないと無理をしそうで怖かったんです。これで許してくださいね?」
「うぐっ、それを言われると……」
「ふふ、では受け取って下さい。お客人からの贈り物も大事にしますから」
警告を無視した事がある麗奈にとっては耳が痛い。
ラフィと話す内、フィーから互いの準備が出来たと聞きデューオの世界へと道を開く。フィーが何もない所に手をかざし空間がぐにゃりと曲がる。
現れたのは洋室の扉。フィーから既に場所が繋がっている事、扉を開けた瞬間にデューオの世界へ辿り着くと言われて緊張が増した。
「フィー様も、今までありがとうございましたっ!! こ、こんなものでしか贈れませんが、良ければ食べてみて下さい」
「お、さっき話してたケーキって奴だな。じっくりと味わうからな」
「あと、さっきの……」
「ん? あぁ、ラフィがやったやつか。良いよ別に。アイツなりの餞別って事だしな。そのネックレスに使いたい時に願えば勝手に出てくるから。悪用されないの分かってて贈るんだ。ラフィから信頼を勝ち取れてる時点で十分だし」
「そ、そう、なんですか。では……ありがたく頂きます」
「そうそう。貰えるもんは何でも貰って良いと思うけどね」
楽し気にそう言われ、いつの間にか緊張していたのが少しずつ解かれていくのが分かる。
勇気を振り絞りながらも、覚悟を決めた麗奈は扉のノブへと手を伸ばす。ガチャリと開く音が聞こえ、一瞬で光が視界を奪う。
眩しさに目が慣れてきた頃、ゆっくりと瞼を開ければ《キュウ~》と可愛らしい声が聞こえる。あの白いドラゴンだと認識した時に、パタパタと羽音をしながら笑顔で出迎えられた。




