第326話:願いを決めた瞬間
一方で麗奈はふと目を覚ました。
客人用にと案内された部屋は、大精霊達が居ても空間がまだ広い。それはこの世界の支配者であるラフィの力によるもの。
静かに起き上がり、外が夜空になっている事に気付く。
何だか眠れなくなったと思った麗奈は、そっと足音を立てずに部屋から出ていった。
(ザジ……今日もラフィさんに突っかかってるんだよね)
一定の気温と湿度の保たれているので、薄着で居ても寒くはない丁度いい暑さだ。何もかもが完璧に整えられている空間。真面目な性格のラフィと少しいい加減な創造主であるフィー。意外にもこの2人の息は合っているのだと思わされた。
「おや。こんな夜更けにどうされたのです?」
「へうっ……!?」
真後ろから声を掛けられた上に、気配を消して近付いてきたラフィに麗奈は驚きペタンと座り込んだ。
「ふふ、申し訳ありません。なんだか考え事をしているように見えたので、邪魔をしたら悪いかと思って」
「うぅ、絶対にそうは思ってないですよね?」
「……バレましたか」
悪戯が成功したような表情をしているラフィに思わず麗奈は睨む。
本当なら蹴るなりしたい所だがそれが出来ない。何故なら、驚いた拍子に腰を抜かしてしまい動くに動けないのだ。
「そのお詫びと言ってはなんですが、散歩に付き合いますよ」
動けない原因を見抜いた彼は、麗奈を優しく抱き上げてそのまま転移。涼し気な夜空を飛び一面に広がる星空を麗奈に見せていく。
「わあ……」
現代でもこんなに綺麗な星空を見たのはいつ以来だろうか。
思わずそう思う位に、この綺麗さに圧倒され暫く我を忘れたように夢中で見続けた。
「……」
「あの。そんなに落ち込まなくても平気ですよ」
しかしテンションが高くなったが、すぐに冷静になった。
そして思い返していく自身の行動に、恥ずかしさが勝り自己嫌悪になる。2人が居るのは、ラフィの寝所だ。
中には入らず、大きな木の幹に寄りかかる。
お世話になっている人の前で、みっともない所を見せたと内心で思うもその内容はラフィには全て筒抜けだ。
「眠れない時は誰にでもありますよ。私だってあるんですから」
「……ラフィ、さんも?」
のろのろと顔を上げると、ラフィはニコリと笑顔を返す。
そして麗奈の隣に座っていいかと聞き、彼女は無言で頷いた。それを了承として受け取り、ラフィは座り眺めた夜空を見る。
「この世界の空を気に入って下さりありがとうございます。こちらは過ごしやすいようにしていますが、何か不便などはありませんか?」
「な、ないです。むしろ過ごしやすくて助かります」
これまでの事を思い出しても、環境はきちんと整えられている。自身の扱う霊力の回復も、魔力の回復は順調だ。その事を伝えれば、ラフィは「それは良かったです」と嬉しそうに返した。
「実を言うとフィー様以外で、おもてなしをするのは初めてでして……。これでも不安に思っていたので、安心しているようで嬉しいんです」
「え、そうなんですか?」
それにしては、ラフィの配慮が慣れているものだと感じていたので麗奈は思わずビックリした。出される料理も、お風呂の加減も良いのでつい慣れているものだと思っていたからだ。
照れくさそうにしているラフィに、意外な一面を見たと感じた瞬間だった。そして、麗奈はある提案をラフィにしてみた。
「良いですよ。こちらに遠慮はいりません。治療を目的にしていますが、お客人にとって環境が整うようにするのもこちらの務め。お手伝いさせて頂きます」
「ありがとうございますっ」
ザジの様子がおかしいのは分かっていたが、話す機会もなかなか作れなかった。そのタイミングは作ろうと考え、麗奈は計画を色々と練った。今、ザジは目の前に居るラフィを相手に倒そうとしている。フェンリル達から聞いてみると、ザジが勝てた様子はなくいつも負けているのだと言う。
死神であるザジを抑えられるラフィが凄いのか、復讐相手を倒した事で満足してしまったのかは分からない。青龍からの報告によれば、動きから読み取れるのはそういったものがなかったと感じたらしい。珍しく気が合う様子でいる青龍とザジは時々、ラフィと組み手をするようにして相手をして貰っているらしい。
式神の黄龍から報告を受けた時、意外とは思わず前々から何かと共通している部分があるから察してはいた。しかし、まさか青龍も相手にしていて勝ててないと聞いてラフィの実力が物凄いという認識にさせられる。
「……そんで急に呼んだ理由って」
「ザジ、おはよう!!」
「お、おう。おはよう……」
麗奈は用意して貰ったエプロンをしてザジを迎える。笑顔で出迎えられたのもあり、戦い以外では見ない表情の麗奈にザジは少しだけ戸惑った。挨拶を交わしつつ、こういうのが日常なのかと内心で思っていると「ご飯、一緒に食べたくて」と用意を進めていく。
「ゆきみたいに上手くはないけど、これでも上達したと思うから」
「へぇ。アイツ、いつもべったりなのにな」
「えへへ。でも、ゆきもゆきで色々と考えていたみたいで……。異世界に転移してからは、ずっと私のサポートが出来るって張り切ってたから」
ザジが思い出すのは、幼い頃のゆきと麗奈。
ゆきとは何度か麗奈を取り合った事もあると記憶しつつ、その中で彼女がお礼をしたくてずっと出来る事はないかと探り続けていた。
家事、洗濯など出来る範囲でやり始めザジはそれを見つつ自分も何かしなければと思った。
ゆきのしている事は、ザジにとっては出来ない事ばかり。子猫だった自身は、素早く動くか麗奈を出迎えるしか方法がない。
だが、それでも麗奈はいつもザジにもゆきにも感謝していた。
そしてザジも知っている。ゆきが麗奈だけでなく、自身を受けて入れてくれる朝霧家の人達にずっとお礼をしたいという気持ちを。
「アイツ……。ちゃんと出来てんじゃん、すげーな」
「ザジ? 何か言った」
「いや。なんも……」
ゆきの成長を嬉しく思い、ついポロっと言った本音。
思わず聞き返した麗奈に、何でもないようにしつつ視線を外す。それを終始見ていたラフィと大精霊達にはバレバレだったが、誰も口を挟んでいない。
『ね、ね、主。今、何作ってるの? 卵焼き? おにぎり?』
麗奈の背中をぴょんと飛びながら、聞いてきた白虎の声は弾んでいる。匂いから美味しそうなのが分かるのか、尻尾をふりふりとしている上に表情も嬉しそうだ。
「うん。簡単におにぎりと卵焼きも作って、お浸しと味噌汁も。焼き魚には鮭を用意してっと」
ラフィにお願いしたのは、厨房を貸してもらう事。
麗奈が異世界人であり、現代の趣味趣向を知る為にフィーが一時的にその知識をラフィへと覚えさせた。魔法とは違う科学技術が発展した現代社会。日本人というのもあり、米を使った食事が好まれるのも理解していた。
だからこそ発酵食品である味噌や醤油、一般的な調味料なども含めて全てが揃っていた。麗奈が得意なお菓子作りも最近では少しずつだが、やっており大精霊達にも喜んで貰えている。
「はい。食事は必要ないって前に聞いてたけど、ザジと一緒に食べた事なかったと思ってて。ダメだったかな」
「……いや。俺が知ってる記憶だし、興味はあった」
ぱあっと嬉しそうにする麗奈に、ザジはふっと表情を和らげる。
途端にざわめきだしたのは大精霊達だ。ザジの正体を知ったとはいえ、未だに死神と共に居るのも慣れずにいたがノームが《まぁ麗奈さんだし》と言えば、全員は無言で納得する始末。
見ていたラフィは、こうして麗奈に興味が湧いていくんだなぁと思いつつ多種族に好かれやすいのだと理解した。
「「いただきます」」
出来上がった朝食を向かい合わせて座り、手を合わせる。この光景をザジは子猫の時から何度も見て来た。もう叶う筈がないものとして記憶の奥底に封じたが、麗奈を前にするとどうしてもう狂うのだと自覚している。
すんなり箸を扱えるのは、サスティスに教えて貰ったのもあったが生前から興味があった。ずっと抱いていたある願い。もし、自分は人間になれたらこうして食事も出来るし、普通の会話が出来る。
動物だった時には諦めていた。もし――という未来。
(……決めた。デューオの奴には何が何でも、俺の願いは叶えて貰う。約束を交わしてきたのは向こうだし、勝手に進めて来た上に黙ってろと言った事は何一つ守ってない)
そう思えばまた腹立たしいと怒りが覚えてくる。
次にデューオに会った時、やはり殴るだけではダメだと自身に言い聞かせた。きっとサスティスも同じような事を考えていると思い、食事をしていく。
「箸の使い方上手いね。あれこれ、教える予定が……」
『次のプランは?』
「……ない」
『あちゃ~。ま、良いんじゃない。彼、楽しそうだし』
白虎は卵焼きの切れ端をパクリと食べつつ、黄龍が麗奈に聞いてくる。彼等もまさかザジが上手く扱える事に驚いていた。それよりも楽しそうにしているザジの表情を見て、ここ一番で力を抜いているのが分かりホッとした。
『ずっと緊張していたものね、彼。やっぱり主は彼の扱いを理解しているよ』
「そう?」
キョトンとする麗奈に、黄龍は『流石だよ』と褒めるもその本人はずっと分からないと訴える。
調子が良かったのかザジの中で、答えが出たからなのか。その後のラフィとの模擬戦では、痛み分けという判定になった。
今まで攻撃を当てられなかったのにと驚くザジに対し、ラフィはそれだけ迷っていたんだと告げると妙に納得出来た。こうして緩やかに過ごしていく内、ラフィはフィーからデューオの居る世界へと送り返すと連絡を受けた。
ズキリと今まで感じた事がなかった胸の痛みがラフィを襲うも、彼は表情には出さずグッと堪え麗奈達にフィーからの伝言を伝えた。




