第323話∶鳥籠
心にあったわだかまりもザジ達のお陰で解消され、麗奈は順調に大精霊達を呼び出していく。イフリートは再会したサラマンダーと話し、今後についてと楽しげにしていた。
やはり、家族がいるのは良いものだと思う麗奈は自然と笑顔になる。微笑ましく見ていると、サラマンダーと視線が合う。なんだろうかと思っていると、お礼を言われた。
「え、一体、どうしたんです?」
《貴方が魔道具を作らなければ、俺は兄と再会する事は叶わなかっただろう。改めてお礼を言わせて欲しい。ヤクルとの契約が出来たのも貴方のお陰なんだ》
「え、え……? ヤクル、精霊と契約出来たの?」
《待ってサラマンダー。麗奈さん、全然意味が伝わってないから》
《むむ……》
止めに入ったのはノーム。彼はそこから麗奈へと話す。
自分が作った魔道具のお陰で、被害が少なかった事。イフリートとサラマンダーは、強力過ぎる炎の為に引き離されていた事。再会出来ないと思っていたのに、今はそれが出来た奇跡。
「そ、そんな事が……。やっぱり途中から、自分でやったのがいけないのか」
《は……?》
フェンリルが思わずそう反応を示し、ノームは心の準備を既に決めている。
そこで彼女に聞いてみた。何を途中から自分で行ったのか、と。
「あ、えっと。ドーネルお兄様から、魔石は貰ってたんですけど数が足りなくて。同じように出来ないかと思って、どうにか作って」
《っ、待って!! 魔石を、自分で作った!?》
ズイッと顔を寄せてきたのはウンディーネ。
真剣な目で見つめられ、麗奈は思わず勢いで頷く。そして、精霊達は揃って大きな溜息を吐いた。流れ的にダメな事をしたのだと思い、麗奈が謝れば違うと言われる。
《麗奈さん。まず魔石って、自然発生するものなんだ。それで、形を成すのにかなり時間を使う。小さいもので10年単位かな》
「……自然発生?」
精霊達の中で、更に魔力の扱いに秀でているノームがそのまま説明を続けた。
魔石は目に見えない魔力の粒子が、一定のスピードで積み上がるものだと。空気を漂う目に見えない粒子は、ノーム達の居る世界では普通であり害はない。
その理由は、世界の満ちる魔力の元がアシュプとブルームから作り出されている事。
魔法が当たり前にあるのは、彼等の魔力があの世界では満ち溢れている。視覚化すれば、目の前が見えない程で不便。
だから、視覚化出来ない程の粒子として空気中に漂わせている。更に魔石は純度の高い魔力が集中して出来たもの。
数年単位で作られ、鉱石の欠片にもなれば良い方だ。それを自力で作り出し、魔道具の制作をしたなら通常より強い力を発揮する。
今回の戦いで言えば、それだけで十分であり被害が最少になる理由。麗奈が作ったタイミングが良かったとしか言えない。
《それに麗奈さんの魔道具がきっかけで、精霊達と契約出来た者達も多い。私達、4大精霊が揃うこと自体も初めてなんだ。契約者も揃ってとなると本当に、奇跡としか言えない確率なんだ》
「そう、なんですね。……まさかお礼として作ったのに、そんな効果があるとは」
《しかも自力で作って、新たに付与したのなら強力なのが出来て当然よね。もぅ……》
エミナスは麗奈を見つつ、本当に体に異変はないのかと尋ねてくる。
普通にないと答えても何故だか信用して貰えない。
「……エミナスさん、何に怒ってるんです?」
《怒ってるんじゃなくて、魔石も付与もそう簡単に出来ちゃうのが凄いって事。ノームからの説明でも分かる通り、魔石の形はそれぞれで自然に出来たもの。中には鉱石と勘違いして、ただの装飾品が実は魔道具なってたなんて話はあるもの》
だからこそ魔力がすぐ読み解けるキールの目は凄く、一目見ただけでは魔道具だとは分からない物でも意外に溢れている。それを聞き、キールの凄さに感動していると《だけど》とエミナスは続けた。
《これでますます麗奈の事、1人で行動させたらダメだってよく分かる》
「え」
《興味を惹かれるのは仕方ないし、貴方って純粋に行動するからね。悪意ある奴が来たら利用されるわよ》
『それを防ぐのに俺が居る』
ぴょこん、と麗奈の膝の上を占領している青龍がそう宣言する。それも分かっているが、それでも予想をつかない事をするのが麗奈だと力説する。
《麗奈はキールと同じトラブルメーカーだもの。キールと違うのは、良い方向に行くって事ね》
「ト、トラブルメーカ―……」
チラリとノーム達を見れば、彼等はその意見に賛成なのか深く頷いている。
式神である青龍達を見ると同じ反応を返された。ザジは無言の肯定だ。少し拗ねていると、何か妙案が浮かんだのか両手を合わせる。
「魔石ってそんなに難しくないですよ。――ほらっ!!」
麗奈はいつものように、魔道具に付与するのにと小さな欠片をイメージしている。
魔道具の核になるようにする為でもあり、周りから見ればただの水晶だとしてもそれが核だとは誰も思わないだろう。
キールのように、魔力が見える人間や種族でなければ分からない。
欠片を1つと小さな水晶を1つを作り出し、ノーム達に見せる。
そのどちらも高密度に圧縮された魔力であり、その効果は計り知れない。それをなんなく、しかもこんなに早く出来上がらせるとは――と、大精霊達の表情が曇っていく。
そして、麗奈はそこに大きな影がかかっている事に気付く。誰が背後に居るのだろうと思っていると、無言で立っているラフィが居た。
「あ……」
しまった、と思った。
今日はもうエミナスとインファルを呼び出した上に、1日1つの大精霊を呼びだけと約束までした。だと言うのに、彼女は普通に大精霊を2つ呼び出しただけでなく魔石もポン、と作ってしまった。
青い顔をする麗奈に、ラフィは顔を近付けた。
「何をしてるんです、お客人」
「あ。その……」
「約束を守れないのですか?」
「あう……」
「しかも、それだけの事をして倒れないとは……。回復しているのは良い事ですが、それだけ戻りが遅くなると言う自覚を持って下さい」
「すみ、ません」
シュン、となりつつ体がグラつくのが分かった。倒れる、と思った時にはラフィに抱き抱えられた後でありその場を離れた。
ザジと青龍から、待つよう言われたがラフィはそれを無視。
自身のお気に入りの場所へと麗奈を運んでいく。
場所が一気に変わるが、酔った感覚もなく体への負担がない。ラフィがそれだけ空間魔法に長けているのに加え、天使族だからこその治癒力もある。
「今日は特別です。ここでお休みください」
「え」
案内されたのは、大きな樹木が1つある花畑。
その樹木の枝もかなり太く、枝から変形したのか鳥籠のような不思議な形をしている。その中にラフィは普段通りに入り、麗奈を横たわらせる。
平気だと断ろうとして、ふと眠気が襲ってくる。
寝かされた場所は、フワフワの感触。触れれば返ってくる弾力、何度も触れたくなるような不思議な居心地と安心感がある。
「そのフワフワした所は、私自身の羽から作ったもの。1つの羽から、魔法で作り上げた最高級の敷布団です」
「うぅ、癖になりそうで恐ろしいです……」
「これ位の罰でなければ、お客人は寝ないでしょ。働き過ぎも良くない。何事も程々に、が1番です」
寝てたまるかと思うも、ラフィが再び麗奈を沈ませる。
動きを抑えられ、下は体の重みで良い感じに沈み眠気も強くなってくる。最後のダメ押しとばかりに、ラフィは片翼だけを器用に麗奈の上へと被せる。
自身の羽を布団のように使い、そんな事をさせているのだと慌てるのに太陽を浴びたかのような匂いと暖かさに次第に思考が沈んでいく。
「うぅ……」
「フワフワなものに包まれていく感じは、気持ちが良いでしょ? 疲労が溜まっているのなら、尚更」
「う……その通り、です」
答えながらも、ストンと麗奈は眠りにつく。
無防備に素直になる麗奈は、ラフィの片翼を離さないままだ。可愛らしい寝顔を、彼はじっと観察する。
幼さが残る寝顔にスラリとした肢体。フワフワを手放さないと言わんばかりの力強さに、思わずラフィはクスリと笑う。
「ふふ……。そんなに必死にならなくとも、目が覚めるまでここに居ますよ。今は、今だけは――私の鳥籠に囚われてなさい」
優しく頭を撫でれば、反応を示すように安心しきったのか気持ち良さそうにしている。
素直なのに、辛い経験をしてきたであろう麗奈にラフィから送れるものは何もない。出来る事といえば、激闘を生き延びた彼女に安らぎの場所を与えられる位だろうか。
「深く関わるな、と忠告を受けましたが……。貴方は今まで会った人間とかなり違う気質。それを無自覚でいるからこその恐ろしさと、私の力を分かっているのに近付けられる勇気。放る対象ではないのですよ、貴方は……」
ラフィの美しさの見た目から、彼を慕い集まる人間達。しかし心が読める彼は、そのどれも欲に塗れたドス黒いものだと早々に理解した。1つ叶えれば、また2つ3つと願い事が増えていく。尽きる事のない願いの数々に嫌気がさすのも早かった。
自身の心がすり減っている自覚はあった。
だが、それでも人間を守り導く存在へと作り上げたのは創造主であるフィー。天使族を簡単に触れさせたのは間違いだと気付き、神の補佐として彼等を天へと導きこの天上界を作り上げた。
人々の営みを、時の流れを見ているラフィ達。
魔物はいるし、デューオの所の世界のように魔法もある。そんな世界に異世界人を呼んだ時、どんな変化が起きるのか。
冒険をしようと思うのか、元の世界へと返せと騒ぎ立てるか。
フィーの代弁者としてラフィが赴けば、何を勘違いしたのか増長する者も居た。神も従えるだの、神の代弁者だから従えと威張る者達も居た。
「私には心の内が読める。最初にそう言えば、勝手な行動を起こそうなどと思う者も減る。お客人の場合、素直に凄いと褒められた時に驚いて反応が遅れてしまいましたね」
その時の事を思い出す。
神の代弁者であると言い、麗奈も邪な考えを持つような人物だと思っていた。能力を褒められた上、麗奈はラフィの羽が本物なのかという方が気になっていた。
それがずっと心の内に漏れており、能力の事を伝えれば凄いと言いつつ自身の恥ずかしい思いを知らせ謝罪された。
心を読まれての不快感ではなく、恥ずかしい思いを知られた事への謝罪に反応が遅れた。
これは、彼女の事を種族たらしと呼んでもおかしくない。そう思い、ラフィは飽きずに麗奈の寝顔を見続けた。




