第30話:本部襲撃~古代魔法~②
「呪文………ですか?」
質問された内容に思わずレーグは聞き返した。聞いてきたのは異世界から来た少女、ゆきである。本人はコクリ、と頷きもう一度魔道隊の隊長である彼に聞いた。
「この世界で使う魔法に呪文はないんですか?」
呪文。はて……と、首を傾げゆきの言わんとしている事を必死で考える。だが、何のことを指しているのか分からない為に、彼はゆきに聞いた。そもそも呪文とは?と。
「……そう、ですか。ゆき様達の世界は凄いですね。そのような考えはあるとは」
ゆきもそこまで詳しくはない。それはそのはずだ、呪文はよく見るアニメやファンタジー小説で出て来る単語であり現実に起こる事ではない。ゆきが疑問に思ったのは魔法の発動の仕方だった。
麗奈が行った試験で起こしたラウルの魔法。そしてお兄さんのセクトが起こした怪我を負っていた麗奈の治療の時にも思っていた事。呪文もなしでいきなり実行した事は印象としては無詠唱そのものだ。
「呪文、魔法を発動させる前段階。力を起こす為のキー…………」
ゆきのなんとなしの説明にレーグはバカにするでもなく、真剣に聞きそして自分達が起こす魔法の現象について考え始める。そしてそのまま独り言のようにブツブツと呟きそのまま、目を閉じ何かを考え込んでいる。
思案中なのは分かり、ゆき自身も時間を押している訳でもないので彼の答えを待つ。元々、忙しいレーグに質問したのはゆき自身である。何で隊長である彼に尋ねたのか……魔道隊の人達に質問したが、全員首を傾げ時間が止まったからだ。
(……おかしな、質問、だったのかな)
ゆきはよく見るアニメは魔法系が多く、そして今起きている転移物語。よく読んでいたファンタジー小説は、裕二にも勧め彼もその手の小説も読んでいるので共有出来る人が居るのでさらに盛り上がった。
「あれ~ゆきちゃん、どうしたの」
「キールさん。お疲れ様です」
ペコリ、とお辞儀をするゆきにキールは「そんな固いの要らないのに~」といつもの笑顔のまま。彼等が居るのは魔道隊の人達が共有する部屋の1つであり、レーグの仕事場として居る執務室。思案中のレーグに不思議に思いつつ、ゆきに何があったの?と質問しキールにも同じ質問をした。
師団長として力を振るう彼の事だ。ゆきでなくても彼は魔法に関してはかなりの知識量と、博識な彼ならゆきの言わんとしている事も含めて答えを知っているのかも知れない。
「………へぇ、呪文かぁ」
いつも笑顔、表情は笑みしかない。そんなキールはゆきの質問した内容に目を見開き、面白そうにニヤリとしたまま、ふむふむ、と思案しているレーグを現実に戻す為に軽く肩を叩く。
「うえっ、師団長!?………あ、もしや………はっ、ゆき様申し訳ありません!!!!」
「い、いえ………」
覚醒したレーグは事態を把握し、すぐにゆきに謝った。魔道隊の人達は仕事熱心であり、自分の興味のある事以外ではあまり興味を示さないし近付かない。だから自分の興味あるもの、もしくは知らない知識があれば突き詰めたくなる性分なのだろう、と最近魔道隊にお世話になっているゆきは知ったのだ。
その時の彼等は子供のように、自分の研究内容を仲間に言いそして議論し、新たな答えに辿り着けば共に喜ぶ様はおもちゃを与えられた子供のようで微笑ましく見ていた。そこに上官と言った壁はなく、貴族であるレーグでさえも同じようにしていたのだから、家族のような繋がりなんだなと羨ましく思う。
「ゆきちゃんの世界の書物は一度読んでみたいね。そんな面白そうな発想はないし、ここにはその呪文の概念は無いからさ」
「……概念、が………ない?」
「は、はい。ゆき様の話す通り、その……想像での話とも言いますか。その呪文が魔法を行う際のキーとなる役割を与えられているなら、その役割はマナがなっています」
「………マナ、ですか?」
「魔力と呼ばれている。その魔力は人によっては色で見極められるし、使う属性の色も見えるらしいからね。ゆきちゃんの言う呪文が我々で言う所の魔力に全て置き換えられている……属性の力を言うだけで、呪文として成り立ちながらもそれが魔法としての力を生む」
ほえー、とワクワクした気持ちで聞いているゆき。レーグも同じ見解なのか隣でうんうん、と頷いている。キールは何でそんな質問したの?と素朴な疑問をしてみた。
「あ、いや……不思議に思ってて、無詠唱なら近距離でもそれなりに使えるのに何で、離れた所で戦うのかなって」
「イメージが固まらないと無理です」
「えっ………」
その疑問にレーグが答えた。無詠唱と言う絶対的に有利な物、これなら魔道隊は近接戦闘でも使えるし何故皆やらないのか。魔法を扱うのに集中力が必要なのはゆきも分かっている。霊力を扱う麗奈も札を主な武器として使っているも、それを練るのにも集中し他が疎かになりやすい。
だが、彼女はそんな中でも周囲に気を配り、タイミングを見計らって戦いで有利な術を行使し確実に魔物を倒している。魔道隊の人達が接近しないのは自分が集中している間、他が疎かになるのを仲間に守って貰う為だ。
「一流の魔法師でさえ魔法を扱うのに数秒。まぁ、賢者様や大賢者様ならそれも瞬きもしない内に魔法を生成し攻撃は行えるだろうね」
「賢者様……?大賢者様………?」
知らない言葉に首を傾げる。コテン、としうーん、と唸るゆきに何故かニコニコするキール。レーグもその仕草にほんわかし静かに頭を撫でだ。そう……小動物を撫でるかのような感じで。
「賢者様とは闇と聖属性以外の属性を扱える者。大賢者様はそこにプラスして召喚士としての力を持った者を指します」
「おぉ、オールマイティーなんですね!!凄いです」
「まぁ、こんなの夢物語だよ。大賢者様も賢者様も数百年単位で居るか居ないかの確立。複数の属性を扱うだけでも規格外だしね」
「「…………」」
複数の属性を扱う、と言う時点で思わずキールを見たゆきとレーグ。その視線に「ん?」とキールが見返す。自覚があるのかないのか………キールはゆきの前でもレーグの前でも使っている複数の属性を。
「あ、ゆきちゃんならもしかしたら適性あるかもね」
「……適正?」
「ふふっ、君なら使えるかもね………『古代魔法』を。使える人を紹介するね♪」
======
「バオム………」
紡いだ言葉は知らないもの。しかし、そこから流れ出る魔力は涼しくも清やかな純度の高い力。ゆきの動きを封じていた影はその言葉を発した瞬間、消滅し動きがとれるようになる。
「ヴィント・ケッテ!!!!」
白い鎖がリーグを縛る。その瞬間、周囲に居た魔物達が一気に消滅していく。砂になって消えていく様に、フリーエ達も魔族であるグルーも驚きゆきを見る。
「バカな……!!!古代魔法だと………」
普段なら油断しない。しかし、この事態は魔族である彼にも予想がつくはずがない。古代魔法はエルフのみが扱える魔法だ。
だから、それを人間が扱えるはずがない。だが、この清やかな魔力は自分が嫌うものであり、魔物も同様に嫌う……闇の力を扱う者ならこれに覚えがある。そこで疑問が出てくるのと同時に嫌な予感が頭を過る。
(あの人間………初めから殺せば良かったな!!!)
初めに拘束し放置していた。ただの人間、仲間を殺してから女の叫びを聞きながら殺すのもいい。だから、ワザと放置した………が、今回はそれが悪かった。古代魔法を扱える者などこの中に居ない。
それが、間違いだと自覚したグルーは早かった。魔法を発動しているゆきは無防備だ。だからそのまま殺す為にそのまま腕を振り下ろす。バチッ!!、と弾き返され鎖が勝手に巻き付く。それと同時に崩れ落ち消滅する自分の腕。
「ぐあああああああああああっ!!!」
痛み。それは今まで味わった事のない感覚だ。焼けるような痛み、体のあらゆる所から来る苦痛、こんなものがいつまでも続くなんて地獄のようだ。こんなの、こんなのは耐えられない……!!!
「きっ………さま!!!」
「そこまでだ」
静かに、そして確実にグルーを貫いた力は同属性の闇。目の前にはランセが立ちはだかりゆきを守るようにして居る。同時に彼女の傍には精霊であるウォームが佇んでいた。
「お嬢さんはそのまま続けていい。なに、ちゃんと守るから安心して欲しい」
そう言っても今のゆきにはそれに答える余裕はない。けど、それに応える為にさらに力を込める。拘束されたリーグはもがき苦しむも、吹き荒れる風は止む事無く振るわれる。
「ぐぅ、このっ!!!」
その鎖は今のリーグにはキツイものがある。触れられただけで、体中が拒絶し魔力を引きずり出す。対抗するように鎖は輝きを強め、リーグを縛り付けている闇の力を表に出す。その力のぶつかり合いなのか、異空間として留まっているこの場所がピシリ、ピシリと音を立てて崩れていく。
「っ、リーグ君!!!」
声のする方を見れば自分を心配するようにしている人が居る。駆け寄るが、今のリーグには敵にしか見えない。カマイタチとして襲い掛かるそれが、ゆきの体を傷付き服が血に染まる。しかし、それでもゆきは足を止める事なく行くも傷はどんどん広がっていく。
「っ、くぅ………うぐっ」
「「ゆき!!!!」」
強い風がゆきを襲い倒れそうになるのを、リーナとヤクルが支える。2人共、この嵐が吹き荒れる中を負けじと突き進みなんとかゆきの元に辿り着く。それに感謝しつつ、自分達を憎い仇のように睨み付けるリーグに優しく声を掛ける。
「リーグ君、帰ろう?」
「…………」
それに返ってくる答えは無い。その代わりに3人には風が押しつぶすようにして、カマイタチが襲い掛かるもウォームが壁を作り弾き返す。それに驚いている内にゆきはリーグを優しく、優しく抱きしめた。
「……えっ」
零れたのは無意識なのか、分からない。ただ、リーグの目には敵として認識し、力を振るった。ゆきは抵抗がなくなったのを確認し、ポンポンと頭を撫で微笑みかける。
「私達は、敵じゃないよ。仲間、だよ」
「っ、違う!!!」
「違わない。……最初に私達を助けてくれたリーグ君。城の中を案内してくれたリーグ君。………ラーグルングが良い場所だって教えてくれた。何でそんな君を攻撃しないといけないの?」
「ちがっ………。お、お前は!!!なら、何で!!!何で助けてくれなかった!!!お母さんが殺されて、何も出来なくて。僕も殺そうとしたのに!!!!」
緑色の長髪の女性。優しい微笑みがリーグは好きだった。でも、何でか自分は『禁忌の子供』と罵られ、意味も分からないまま目の前で母親を奪われた。
助けてくれるなら、何であの時に助けてくれなかった。何故……!!!だから、奪った。向こうが奪うなら自分も奪ってやる。だって、最初に手を出してきたのは向こうなのだ。
「っ、だから!!お前も敵だ!!!何もかも僕から奪って!!!だから」
「奪わない!!!私達は何も奪わないし、何もしないから!!!!」
「っ、う、そだ………。そんなの」
なら、何で自分は泣いている……?知らない人なのに、何でこんなに、こんなにも知っている声なのか。
「団長、戻ってきて下さい。ゆきを悲しませたくないんでしょ?」
「お前とはいつも喧嘩ばかりだからな。……お前が居なくなっては喧嘩相手が居ないのは困る」
リーナはしゃがみリーグの目線になっていい、ヤクルはそっぽを向きながらも強がりを言う。それにリーナが傷を負っているであろう足に再度、強めに蹴りを入れる。
「っ!!!!」
声に出さず、だがズキリ、と痛む体に思わずリーナを睨み付ける。だが、当の本人は涼しい顔で「傷が増えて男前ですね」と笑みを浮かべて言ってのける。
「お、まえ!!!」
「なんです?」
「傷を負ってる所にさらに深く突き立てるのか、普通!!!」
「失礼、僕は普通ではないようです。すみませんね」
「何が僕だ!!!お前、普段は私って言うだろうが!!!!」
「それだけ元気ならもう平気ですね、ヤクル」
「アハハハッ、何で喧嘩してるのっ」
大笑いする。ゆきに抱きしめられたまま、おかしそうに笑い続けるリーグに
思わずキョトンとなるリーナとヤクル。あ、と目が合い……リーグを見つめること数秒が経ち
「………ご、めん、なさい」
「リーグ君!!!!」
謝ってすぐにゆきが嬉しそうになる。闇の力がもうないと判断されたのか光の鎖は自然に消滅し、ヒビが入っていた空間の亀裂も綺麗に元に戻っている。気付けば、嵐となって猛威を振るっていた筈の風も止んでいる。突然、ズキリと強い痛みを覚えたリーグは肩を見る。
頭が一つになっていた竜は、徐々に形を元に戻っていく。三又の竜に戻ったと同時に体を襲う脱力感と熱。いきなり熱くなっていくリーグにゆきは慌てて治癒の魔法を掛けようとしてリーナに止められる。
「ど、どうして!!!」
「団長のそれはおそらく、魔力欠乏。あれだけの力を振るったんです、同じ魔力で治療すれば恐らく拒絶反応でゆきの方が弾き返されます」
「っ、で、でも。私、これしか」
「フリーゲに診せるしかないね」
雷が周囲を張り巡らし新たに襲い掛かって来た魔物達を殲滅していく。イーナスは剣を地面に突き刺し、電流を流し地中に居ると思われる魔物を焼き焦がしていく。
「彼は薬草や霊薬を使って魔力欠乏を治した天才だ。あのだらしなさと言葉の悪さが目立つけど、努力してきた天才なのは私が保証するよ。ゆきちゃんの怪我も治さないとだしね」
そんな傷だらけだと、麗奈ちゃんに怒られるし、と本当の理由を言い怒られるのが嫌なのかと思われる。見れば襲い掛かって来た魔族の姿がなく、既に撤退した後かと舌打ちするイーナス。
「んじゃ、まぁ国に戻るかのぉ」
のほほーんと、欠伸をしながら杖をクルリ、と一回転。バキバキ、と壊れる音を立てながらもズドン!!と大きな音を立てる。砂埃に巻かれながらも、咳き込むゆき達。
見れば本部としてまだ建物の原型がギリギリ保っている。所々、ぺしゃんこになっている部分には目を瞑ろう、と考えればヒュウウと音を立てて上か降って来たのは木のボール型の家だ。
木の幹が絡みそれが丸いボールのようになっているのは、間違いなく本部の近くにあった家々だ。それが次々と降ってきている。ウォームはそれを風で包み優しく地面に降ろしていく。駆け寄る足音が聞こえ、その音を頼りに振り替えれば息を切らしながらもこちらを見て安堵するフリーゲ達、薬師の人達だ。
「ったく、いきなり声がしたかと思えば………。ちゃんと説明してくれるんだろうな、宰相」
ガシガシと、面倒だと言わんばかりに頭をかくフリーゲに安心したゆきはふっと力を無くす。リーグを庇いながらも共に気を失う2人にただごとではないと、判断したフリーゲはすぐに治療に取り掛かった。




