第315話:創造主への道
「僕達自体が鍵を持っている、か。ランセさんに言われるまで、全然ピンと来なかったけど……。今にして思えば、僕達が全員で揃った事はないよね」
「そうだね。咲ちゃんと交流する前なら、大体揃ってたけどねー」
武彦と誠一があまり咲の前に姿を現さないのは、彼女の過去も関係している。
ゆき達も、咲の境遇や家族については軽くしか聞いていない。父親との仲はこじれており、母親は行方をくらませており連絡もしてない状態。
だから、本人は言っていた。心配する筈がないのだと。
そうでなくても武彦達は気を使う。微妙な年頃の機微には疎い訳ではない。
咲本人が良くとも、彼等からすれば微妙かも知らないと思い今までいつに居る事を避けてきた。
「お待たせしました」
ラーグルング国から転移で来た武彦達。
武彦の手には手土産として緑茶、ハーブティー、どら焼きがありギリムへと手渡される。
「一通りの物をご用意させて頂きました。リクエストがあれば今度作ってきますので」
「ディークから貰ったどら焼きか。あんこ……以外にあるのだな」
「全部美味しかったよ‼」
力説するディークに、ギリムは頷きながら話を変えた。
ランセの仮説に彼等を呼び、その理由も告げた。正直、ハルヒ達も半信半疑だが試してないのであれば試そう。
緊張した空気が自然と辺りを包む。
キール達も武彦達と行動していたが、こうして全員で揃った事はないなと今更ながらに思う。
「咲……」
「うん。ナタール、頑張ってくるよ」
「あ……」
一瞬、ナタールは言葉に迷った。
もしこのまま咲が戻らなかったら――と。しかし、彼はその言葉を飲み込んだ。
咲の優先したい事。彼女が望む事を、自分の感情で邪魔する訳にはいかない。彼女は今、この世界で初めて出来た友達の為に動いている。
4年もの間、咲をダリューセクに縛り付けた。例え彼女がセレーネの代わりをしたいと自ら言ったとしてもナタールにとっては、その理由が自由を縛り付けているとずっと思っていた。
魔族の攻撃を受け、命が危うかった時に助けてくれた人。その人が今、咲が探し求めている存在でありナタールにとっては恩人だ。今までお礼を言うタイミングを見逃していたからこそ、彼は自然と咲と共に付いてきた。
会える可能性が少しでもあるのなら、試さなければならない。
「ナタール」
ほんの少し離れるだけ。
そう思っていても、上手く言葉が出ずにいると咲がナタールの手を握る。
「ごめんね。ずっと心配かけっぱなしだもんね……。心配しないでって言うと余計に心配しちゃうし」
「……いえ」
「私。麗奈ちゃんに会いたいの。会って、たくさん話してダリューセクに遊びに来て欲しいの」
「遊びに……?」
「うん。だって、ダリューセクはもう私にとっては家に近いし。ナタールやセレーネ様が居る。暖かい人達が居て、居心地が良いもの。だから麗奈ちゃんにも、ダリューセクの良い所を教えたい。私が過ごしたあの場所は、とってもいい所だよって教えたいの」
「そんな、風に……」
まさかと思った。
事情があったとはいえ、彼女の自由を縛ったのも事実。そう思っていたが、咲は暖かい場所だと言ってくれた。
ナタールの思っていた事が覆されていく。
「ゆきちゃんに色々と聞いたの。2人がラーグルング国に来た時の事も含めて、楽しい事も苦しい事もあった。私、ダリューセクに居なかったら2人に会えなかったよ」
だからそんなに責めないで。
それを言われハッとなる。顔に出さないようにしていたが、咲にはナタールがずっと苦しそうにしていると見えていたのか。
そんなに思い詰めているように、咲には見えてしまったのか。
「麗奈ちゃんに会いたい気持ちも本当だけど、ナタールと離れたくないのも事実だよ。けど、今は……今だけはワガママを言わせて?」
「それはワガママとは言いませんよ」
「そう?」
「えぇ。私も望んでいるんです。恩人にお礼を言いそびれるのは、格好が悪いでしょ?」
自分の迷いを切り捨てる。
ナタールは、自分の思いを飲み込み咲の思うままにしようと決めた。しかし、咲は一瞬だけ握る手を強くした。
「咲……?」
「でも、ね。戻ったらナタールに褒めて欲しいな……」
ほんのりと顔が赤い。
視線を泳がせる咲にナタールはクスリと笑う。ポン、と頭を撫でれば嬉しそうに顔を綻ばす。
(私の思いは……。咲も同じだと思って良いのでしょうか)
今まで聞けないでいた事。
咲の気持ちを考え、ナタールは静観を貫いていた。父親との不仲、日常的な暴力もあり、咲は男性が苦手だと思っている。
転移直後の時の錯乱を、ナタールは時々頭の中で蘇る。
怯えさせる訳にはいかない。例え大事に思っていても、愛しいと思っていても咲にとってはどれが地雷になるかが分からない。
しかし、今、素直に受け入れている反応を見て、少しは期待しても良いのかと思ってしまう。
「……コホン、もういい? 咲」
「っ!! ご、ごめんなさいっ!!!」
ハルヒの遠慮がちな声に、2人はピタリと動きを止めた。そして同時に現実に戻され、一気に恥ずかしさが出てきた。
「うんうん。全くと言っていいほどの2人の世界だよねー」
「ご、ごめん……なさい……」
ハルヒの言葉に、咲は謝りながらもゆきの後ろへと移動。
チラリと周りを見れば微笑ましそうに見られ、ますます恥ずかしさが倍増した。場を見ていたギリムは「準備は終わったぞ」と一応の気遣いをしてくれた。
「余を中心に、異世界人が立てば魔法はそれで完了する。ランセの言うように、鍵が出てきたらそのまま奴の所へと突撃する」
「あ。そうなるんだ……」
「また会ったら、殴っておきいたいだろ」
「確かに。倍にしておきたい……」
とことんデューオの印象が悪くなる。
特にハルヒは、殴るだけじゃ気が済まないとまで言っている。ブルトが「神を殴っても治まらないって」と、呆れるように言えばティーラがそれに大笑い。
「ハルヒ君、手加減はしといてくれ」
「……努力します」
「それはもうする気ないって事だよね?」
武彦の質問に、ハルヒはワザとらしく視線を逸らした。
ギリムの魔力が異世界人であるハルヒ達へと渡っていく。最初はズシリとした重みが全身にかかるが、それも一瞬だけ。
気付いた時には、自分達の目の前に何かのパーツが浮かんでいる。
「こ、これって」
「ランセの予想が当たりって事だよ」
ラウルとヤクルの驚きに、キールが答える。ランセも無言だったが、自分の予想が正しかったのだと分かり「よし」と思わず言った。
「では飛ぶぞ。衝撃に備えろ」
言ったと同時、ハルヒ達は自分の体が空へと引っ張られる感覚になった。
ジェットコースターを下ったような妙な浮遊感と軽い体の痺れ。なにより、引っ張られたと思った時には既に場所が変わっていた。
それはニチリで、初めて対面した時と同じ白い空間に居た。
それを把握するまでに、ハルヒ達は数十秒間は動けずにいた。
「……ここ、は」
「創造主様と会った時の空間と同じ、だよね?」
頭を少し抑える武彦と誠一。衝撃に慣れない2人には、まだ酔ったような感覚が残っている。
ハルヒが自分達以外に誰か付いてきているかと視線をグルリと見渡す。
居るのは自分達、異世界人と魔王ギリムだけ。他の人達は付いてきていない事に驚いていると、声がかかった。
「部外者は入れないんだよ。……全く何でそっと出来ないのかねー」
聞き覚えのある声に、ハルヒは素早く振り向く。
彼等の後ろにその存在がいる。この世界を作り、全てを見てきた存在――創造主デューオ。
「お望みの通りに来たよ」
「勝手にでしょ? せっかちだな、君達は」
「どう思われても、僕等はれいちゃんとユリウスに会うまでは諦めないって。会いに行く分には良いんでしょ?」
「……君、性格ねじ曲がってない?」
「嫌いな奴に、何で良く見せようなんて意地を張るのさ」
「あ、君はそういう……」
やはりと言うべきか、ハルヒは敵認定した相手をとことん嫌う傾向だ。
神だろうと人間であろうと。
2人のやりとりを見て笑うのは、魔王ギリム。彼にしては珍しくお腹を抱えて笑っていた。
「くっ、それ位にしろ。あまり笑わせるな」
「そんなつもりないんだけど……」
「こっちも同じだし」
埒が明かないと感じた誠一は、ハルヒを下がらせてデューオを対面する。
彼はそこである違和感を覚えた。
会った事がない筈なのに、何故だがどこかで会ったような気がしたのだ。
「……まさか、あの時の」
それは幼い麗奈がサスクールに連れていかれそうになった時。
ヘルスが自分達を助けた虹の魔法。その温かくも強い力を感じ取り、誠一は確信した。この創造主はあの時に起きた事を知っているのだと。
「あぁ、分かる人には分かりますか。そうですよ。ヘルスが使った魔法は私の力そのもの。だから、彼は今の今まで耐えてきた。サスクールに乗っ取られ、意識を削がれようとも私の力が邪魔をする。乗っ取る相手を変えたとしても、無駄だったという事です」
「貴方は……。今まで、いや。麗奈だけじゃない。妻の由香里の事も見ていて、全てを知っていたのか」
「……そうですよ。彼女の事も見ていた。最後の死の瞬間まで」
「っ、この……!!」
言い終えた途端、誠一はデューオに向けて雷を落とした。
しかし雷はデューオを避けている。それを認識した瞬間、彼はデューオに向けて霊力で作り出した刀を振り下ろした。




