第313話:例えズルでも
そこからシルフとディークは仲良くなった。
お互いの気安さ、変に探らない所など気を使う必要がない。なんだか、ディークの心は晴れていく感じになりちょっとだけ嬉しい。
そして、気晴らしにとシルフはディークに風の扱い方を教えていく。
最初に見た時から風の魔法の適性に気付いていた。なんとなくだが、鍛えてやってもいいというのがシルフの言い分だ。
「確かにシルフは気ままな性格でしたが……。あの方を模範にするのはどうかと」
「えー、自由なの良いなぁって思ったんだけど」
「坊ちゃんの場合は自由過ぎます!!!」
一通りの話を聞きながら、契約者であるディルベルトは思わずそう口にする。ディークとしてはシルフの契約者だからこそ理解してくれると思ったのかも知れない。だが、執事であるヌークはそれを聞き彼の性格を変えた影響が大精霊であると聞きかなり青ざめた。
前から自由な性格であったのは認識していたが、まさか精霊と関わった所為でとは思わなかったのだろう。魔族が精霊と関わってはいけない訳ではないが向こうから来る事は殆どない。
(ま、ガロウの場合は同じ闇の魔法を扱うから関わるなって言う方が無理があるか)
そう思っていると、リーグの方で動きがあった。
自身の魔力を上げているだけでなく、彼の持つ腕輪が淡く光るのが見えた。すぐに結界の強度を上げたランセにクーヌは疑問を口にする。
「ランセ様。一体、どうなされたので」
「見れば分かるよ」
「テンペスト!!」
リーグの剣から放たれる暴風とも取れる攻撃。ただの風ではない。その中に、僅かに虹色の風が入り混じっている。
普通なら同じ風で受け止めるであろう場面で、ディークは本能的にそれを避けた。彼が驚いたのはリーグの攻撃よりも彼の発した魔力。
「始まりの魔法……。そうか、それが」
「僕自身が弱いのは自覚している。他に頼るしかないし、経験が少ないのだってちゃんと理解している!!」
ズルをしている自覚はある。
彼がしている腕輪は麗奈が作った魔道具。ちゃんと自分の魔力を抑えられるのだって最近だったと理解しているし、フィナントからはまだまだ荒いと言う評価を貰っている。
前までは暴走気味でいた自身の魔力。それが、自分の出自と関係しているのも知れた。
今までのリーグは自分の事などどうでもいいとばかりに思っていた。しかし、麗奈とゆきと関わった事でそれはいけないのだと分かってきた。
自分の決めた道に、迷いが生じている。復讐することが良いのか悪いのか、それは今でも分からない。ただ言えることは、今はその復讐心よりも麗奈とユリウスを見付ける事に全力を注ぎたい。
「麗奈お姉ちゃんは僕に色んな事を教えてくれた。ユリウス様には居場所を、僕なんかを世話をしてくれた大事な人なんだっ」
リーグの思いがそのまま魔力として力となる。
魔道具からは再び虹の力が発せられ、剣に纏う風が小さくも密度の濃い魔力にディークは警戒を示した。
「成程ね。良いよ……君等の全力、受け止めようじゃんか!!」
「っ、ディルベルトさん⁉」
「リーグ君の方が突破力はあります。こちらの魔力も魔道具に注ぎますよ」
ディークの双剣から闇と風の魔力が纏い、空気を変えていく。それはディルベルトの魔力を渡しているリーグにも伝わる。高密度の魔力が空気を震わす中、ランセは結界の力を最大にしようと力を籠める。
「こ、ここを、破壊なさるおつもりですか!?」
「全力のぶつかり合いだからね。諦めようか」
「ランセ様ー!!」
もう涙目のクーヌはせめてもと、ディスパドの墓石にしがみつく。何が何でも守る気でいるその姿勢にランセはクスリと笑う。
(僕が力として証明出来る事……。僕には一転集中しか出来ないっ)
剣に纏う魔力が一瞬にして消え、再びリーグへと流れる。
自分の体の中心、心臓に近い部分に魔力が流れていきそれが循環するようにして周りへと広がっていく。
静か過ぎる中でディルベルトはリーグに魔力を注ぎ続けた。彼からの反応がなくとも分かっていた。送られてくる魔力と合わせ、リーグは自分の魔力へと馴染むように変換し続けている。
その感覚をリーグは風車としてイメージを固める。
風がなければ回らず、一定の風力でなければ安定した回転には至らない。変換し、自分の体へと流れるようにする為にリーグはイメージし続ける。
ふと、そこでキールの言葉が蘇る。
彼はリーグの扱う風を突破力が強い攻撃性のあるものだと。初めは自分の生まれだからと思った。キールとリーグは、魔女との間に生まれた禁忌の子供。生まれながらにして膨大な魔力を持ちながら、それを抑える術を身に着ける前に死ぬ定めだった。
生まれながらの呪いが発動する。
周囲に自身の力が及ぶ前に、先に死ぬ事を定められた。キールはその呪いをランセに解いて貰った事で、今は安定した魔力を保ちつつ師団長と言う地位にいる。
リーグも、自分の命を削る呪いを異世界人のゆきにより呪いを消し去った。
畏むべき力だったものは、今はリーグの一番の武器としている。突破力があるのは風の魔法の特徴だが、リーグはその力が特に強い。
大きな力を、今は静かに感じ取れる。
不思議と静かでいるのに、力強いそれはリーグの体を巡り循環としてきちんと感じ取れる。それを剣に伝えれば、今まで静かだった魔力が爆発するかのように渦巻く。
(あ、これはヤバい……)
リーグの魔力に合わせていたディークは瞬時にそう感じ取った。
まともにぶつかれば結界を張るランセと近くに居るクーヌにも被害が出る。そうと分かりつつも、もう止められない。
既にリーグの準備は完了しており、ディークが繰り出した風の刃を放った。
「だったらこうしないとっ!!」
被害の大きさを考えたディークは同じように攻撃をぶつけるのではなく、守る方へと力を展開した。一転突破の強烈な一撃。しかし逆に言えば、一直線にしか伸びない攻撃でもある。現にリーグの風の力は真っすぐに強烈な突きとして放たれている。
同じ力でぶつけるのは簡単だが、被害が酷くなるのは分かっている。
衝撃の余波がどんなものか想像するのも恐ろしい。もう少し風がぶつかるという所で、急激に消えた。
「は……?」
見間違えではない。
拍子抜けするには早く理解するのも時間を有した。だが、その隙を狙ってなのか同じ速度で2撃目が飛んできた。今度は風ではない。虹の魔力を纏った風だ。
「げっ」
恐らく最初に放った風はリーグの計算で、自然と消えるように設定したんだろう。2撃目を隠す為に、ワザと魔力を大きくして――。
強大な力に気を取られたディークは、瞬時に風で自身を真横へと吹き飛ばす。距離を十分に離した筈なのに、通り過ぎた余波で脇腹が切られる。
「いててっ。あんだけ引き離したのに、掠ってこれなのか」
体も十分に動けたし終わりにしようとディークは降りる。
降りた所を見たリーグはバタンと倒れた。集中が切れたのと魔力が空になったからだ。
「うぅ……もう、無理……」
「最後のは驚いたな。2撃目の為にワザと1撃目の魔力を高めてカモフラージュとか」
それも膨大な魔力量がなければ、1撃目ので気力が持たないだろうに。
リーグが気絶している中、ディルベルトは彼の力量に驚いていた。確かに突破力があると思っていたし、キールからはそう聞いていた。
同じ属性で起きる現象だとしても、リーグの魔力を束ねる力は前よりも強いと感じ成長が早いのだと分かる。
「負けてられないな、これは」
「どういう事ですか……。ディーク、説明しなさい」
全員がゾッとする。
ディークが慌てて振り返ると、そこには笑顔で立っている女性がいる。クーヌは体が震え、ランセもヤバいと思いながら弁明をしようとして遮られる。
「お客人の事と言い、勝手をして……。今度は父の墓場を荒らす気ですか?」
「えっと、その……ごめんなさい」
既に正座をしているディークは小言を言われるのだと諦めている。
ディークの母親であるラバレルは、微笑むのだが空気が氷点下のように下がっていく。リーグが目を覚ました時、上質な掛布団にフカフカのベッドの上。
どうしたのだろうかと記憶を探る中、ディークは説教でこってりと絞られた。魔王であろうとも母親は強いのだと思ったディルベルトは、自分達の印象が悪くならない事を祈るしかないのだった。




