第312話:出会い
それはディークが8歳の頃。
気配を消し息を潜める。小さな子供であるディークは自分の身長を使い、よくかくれんぼをしていた。
「坊ちゃん、ディーク坊ちゃん!! 出てきて下さーい」
羊顔の魔族であるクーヌがいつものように、ディークを探しに来ている。
自分の父親であるディスパドの幼い頃からずっと一緒に居るらしく、2人の関係は主従と言うよりは気安さのある関係にも見えた。
クーヌはよく言っていた。ディークの父と会っていなかったら自分は死んでいたのだと。
「旦那様に運よく助けられ、拾われて今の私があります」
「ふーん……」
興味はないので聞き流している。
しかし、クーヌは気付いていないのか飽きもせず父の素晴らしさをよく語っている。
曰く自分のような同族を探しては仲間に引き入れて貰っているとか。クーヌを含めた彼等が得意としているのが幻覚などの類。
戦闘用ではないし、自分達を守れるような魔法でもない。
せいぜい逃げる時に、ちょっと時間が稼げる位のちっぽけなもの。だが、父ディスパドはそうとは思わなかった。
守れないのであれば、守れるように。
攻撃に転じられないのなら、それに近い事や機転を利かせろ。
ディスパドは、自身が龍魔族であるという誇りを持ちつつも他者を見下すような人物ではない。使えるものは何でも使い、糧に出来るものならば何でも吸収しようとする向上心があった。
そんな彼の行動に、彼と同じ龍魔魔族の仲間達、保護して貰ったクーヌ達も皆が惹かれた。強く気高い王は、慈悲をくれると同時に道を示してくれる、と。
(――って、言うそんな自慢話。息子の僕にする事かな)
前々からの疑問。
ディークがディスパドの息子であるのは間違いない。出産の際、クーヌだって居たのだと母親から聞いている。
父親であるディスパドよりも、何故だかヌークの方が大喜びしていたのだと聞いていた。
だからそんなクーヌが、ディークの世話係として仕える事に疑問を感じた。
だって、彼は父の事を敬愛している。それは誰の目から見ても丸わかり。幼いディークはそれをちゃんと理解していた。理解していたからこそ、自分が奪ったような変な錯覚に陥る。
(クーヌの奴も僕に構わないで、さっさと親父の所に行けばいいんだ)
寂しいとかではない。
父の自慢をよくしている上に、幻覚を扱う自分が役に立てた事が嬉しいのだろう。サラッと、自身の自慢話を入れてくる。もう耳にタコが出来る位に面倒でしつこいと思った。
だから、呆れられようと思った。
隠れて身を潜め、呆れてしまえばいいと思った。だが、クーヌは今日も懲りずにディークを探している。
《お前、さっきから何してんだよ》
「ん?」
少しだけ油断した。
身を潜めていても、周りに警戒をしていた。クーヌ以外にも自分を探しに来るのは父であるディスパドだ。
ディークが隠れていたのは、地上から探すクーヌがよく見える場所。大樹の太い枝に潜んでいた。かなりの高さがあり、子供で隠れようとはまずしない。
なんせこの大樹は、普通の木と違い掴む事が出来ない。
何らかの魔力の影響を受けているのか、簡単には登れないようになっている。しかし、ディークはそれを登ってきた。
自身に風を纏い、軽く地を蹴った。風の力を利用しトンッ、と木の幹に一瞬だけ足をつけてすぐに離れる。これを繰り返して、自分が落ちるよりも早く上へと目指していく。
登ってしまえば不思議な事。登れないようにされていても、拒否はされていない。木の枝に掴み、ちょっとだけ寝転がる様に体を伸ばす。
自分の事を呼ぶクーヌがおかしくて、よく観察していた。適当に遊んだら、クーヌにワザとも見つかって小言を言われる。
そんな何でもない日常を、今日も過ごすと思っていた。
見ればディークの他に人がいた。
気配が自分達のような魔族でないのはすぐに分かる。彼の纏う雰囲気や魔力は明らかにこちらとは異質だからだ。
《さっきから何をニヤニヤと……。俺の寝床なのに》
「ここが? 何でこんなバランスが悪そうな所」
《下だとうるさいからだ。上だったら誰も邪魔して来ない。こんな所まで来ようなんて奴はおかしいんだよ》
「じゃあ僕、おかしい人?」
《おう。俺が見る限りは、な》
初対面でいきなりだなと思いつつ改めて魔力を探る。
まず最初に感じたのは強大な風の力だ。全ての風の源と言っても等しい位の強大な力。それなのに、今の今までその存在にすら気付けなかった。
自分が鈍感だからか?
考え事をしていて判断が遅れたのか。
あらゆる可能性を考えるも、ディークに答えは導けない。目の前の人物は退屈そうに欠伸をして、ディークの事を探しているクーヌの事を見ている。
「坊ちゃん⁉ 拗ねてないで出てきて下さい!!」
《半分泣きながら呼ばれてんぞ。行かないのかよ》
「嫌だよ。呆れて帰ればいいんだ」
「何処ですかー!! 今日のおやつは甘い物を増量しますからー」
「……い、行かないもん」
《物に釣られてんぞ》
「う、うるさいっ」
ふいっと視線を外す。
指摘された事は正しく、ディークは思わず降りかけてしまう。長年仕えているのだから、とっくにディークの好みなんて知れている。あの手この手で出し抜こうとするには、まだクーヌの方は何枚も上手だ。
そう思からこそ分からない。
そんなにしてまで自分なんかを探す必要はない。クーヌは今まで通り、父ディスパドに仕えればいい。気安さの中にも、2人だけが味わうような自由さを――。
《暇なら付き合え》
「え。う、うわっ⁉」
引っ張られたと思えば、次に見えたのは雲の突き抜けた先にある大空。
一瞬の内にその場所に辿り着かれ、目をこする。何度も夢だと思いつつ、幻でも見ているのではないかと疑う程に。
《嘘だと思うなら、落としてやろうか?》
ゾッとすることを言われ、全力で首を横に振り拒否をする。
いくら風の適性が強いとはいえ真っ逆さまに落ちればただで済まない。いや、最悪は死ぬのではと思う。
いきなりな行動にどういうつもりだと睨むも、相手はケラケラと笑うばかり。
上半身に蛇のタトゥーが入った浅黒い肌の男性。
片側の耳にピアスをしており、肩まである淡い茶色の髪。緩そうにはいているズボンといっただらしがない格好だった。
「アンタ、何者?」
《お前こそ誰だよ。俺の寝床に勝手に来やがって》
そして、そこからお互いに少し語らった。
精霊であるシルフは、自由に気ままの旅をしている。魔界のこの地に居るのも、ただの暇つぶしである。
ディスパドの息子であるディークは自分の事も言った。
龍魔族の息子であり、今は世話係から逃げているのだと。互いに暇を持て余した者同士、不思議な意気投合をしていく中でディークはシルフから戦い方を学ぶ。
いずれ、大精霊としてその名を刻むシルフ。
しかし今のシルフには、そんなものは関係なくただの気ままな1人旅。そんな自由でだらしないシルフを見て、ディークは目標にするのならこの人だと密かに思った。




