第303話:魔王と勇者
キールと咲、ナタールは城にある図書館に来ていた。
その中でも秘蔵書ばかりが置かれている重要な場所へと簡単に通した。
右腕のリームが言うには、ギリムの命で自分達は案内して欲しい所があれば通すように言われている。見張りの兵士達が最低限なのもその影響らしい。
「なんか、驚いちゃった……。ギリムさんの命とはいえこうも簡単になるのかな」
「聞けば異世界人を招いたのは今回が初だと言う事です。なのに、私達の事をあっさりと信用した。何かあってもギリムさんには心の声が分かるんですから、企みを考えていても無駄ですね」
咲とナタールの会話に入ってこないキールは、ある単語を見た後で関連した本がないかと聞く。すぐにそれらの資料が運ばれ、気付けば本の山になっている。
「あ、あの。キールさん……? 何を探してるんですか」
「勇者について」
「え」
その単語を聞いて咲は驚く。
勇者と魔王は大体の場合、敵対する存在としている。咲も魔法と剣の世界でのファンタジーの漫画や小説を好んだ。
作者の設定で、時には仲間になったり和気あいあいしたりなどあるが魔王はその殆どが悪の親玉として書かれている事が多い。
魔王の更に上は魔神や悪魔などある。
この異世界にもそう言った存在が居るのだろうかと思い、キールの読み終えた資料を読んでいく。その時にふと誰かの視線を感じた。
「……?」
気のせいかと思ったが、似たような感じになり思わず後ろを振り向く。
だが、見えるのは本棚だけで誰かが居る訳でもない。むしろ咲達が集中出来るようにとされている位なものだ。
しかし、そう思っても自分に刺さるような視線を感じて――気のせいとはどうしても思えなかった。
「気になるなら見えなくしようか?」
「へっ」
資料を読みながらキールからそう言われ、思わず咲はキョトンと返す。
ナタールも言わないだけで、咲の不安げな様子は気付いている。そして、その理由も分かっている。
彼も、キールや自分に対しての視線と咲との視線の違いに気付いていた。
それはやはり異世界人だからだろうか。
(しかし……右腕のリームさんからは、そういった変化は見られなかった。気にしすぎか?)
だが、相手は自分達よりも長く生きてきた種族。
人間なんかよりも感情の隠し方を心得ている。そうなると、彼の表情が上手く隠せているとなるのだろう。
「……いえ。お気遣いありがとうございます、キールさん。もっと自分達の事、知らないといけない気がするので」
「そう? でも無理は禁物だよ。主ちゃんもゆきちゃんも、無茶してきてるから。ハルヒ君も普通に無茶してくるから君はしないでくれると助かるよ」
「え……。ぜ、善処しますっ」
「ナタール。彼女の事、頼むよ」
「えぇ、分かってます。そのつもりでいるので、ご安心を」
咲は「え、え……」と困惑する中で大人達も密かに感じていた。
異世界人の存在は、自分達が思っている以上の意味を――この魔界では持つのではないか、と。
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「ふふーん、やっぱり美味しい♪」
一方、魔王ディークは口一杯にデザートを頬張り幸せそうな表情をしている。
そんな彼に温かな紅茶が出される。
出した相手は執事服を着た羊顔の魔族であるクーヌ。幼い頃からディークに仕えたので彼の好みも把握している。
クーヌは「何を飲まれますかな?」と丁寧に聞く。ディークに用があるのは魔王ランセだ。
「いや。私は平気だよ。気にしないで」
「分かりました」
「……言い辛ければ答えなくていい。ディーク。君のお父さんは」
「うん、死んだよ。勇者と戦ってね」
「旦那様の最後をディーク様も、我々も見ておりました」
デザートを食べ終え、紅茶を飲みながらディークはそう答えた。
ランセは自分の予想が正しかったと分かりながら、ディークの父親を思い浮かべた。
彼の姿はディーク同様のドラゴン。その中で闇の魔法の使い手として新たな種族が現れた。
竜魔族。ドラゴンと魔族との混合で生まれ、強大な魔力を有する一方でその数はかなり少なかった。
竜魔族だけの国を作り、その中でも最も強い竜魔族がディークの父であるディスパド。
その息子であるディークは、自然と2代目魔王として期待されている。
「僕、そういうの苦手。ねぇ、クーヌ。交換しない?」
「無理ですよ、坊ちゃん」
「ちぇ~。……ホント、親父は豪快な性格してて意外に繊細だからなぁ」
仲間思いなディスパドには、同じ種族の竜魔だけでなく彼を慕う者達が多い。
現在、ディークの世話をしているクーヌもディスパドを「旦那様」と呼び慕っている1人だ。
「時間があったら、ディスパドのお墓に挨拶しても良い?」
「全然良いですよ。むしろこっちは歓迎しますって。親父と仲良かったもんね、ランセさん」
「うん。彼には色々とお世話になったから」
同じ魔王としてもだが、ランセよりも前に魔王になっておりディスパドはサスティスと同様に頼りになる存在だった。そして、国を失いティーラや一部の仲間達以外を全て失っていたランセにディスパドは何度も顔を見せてくれた。
思えば彼は、あの時からランセの行動を注意深く見ていたのだろう。
復讐する気持ちは募り、実行に移そうとした時に命を無駄にするなと言ってくる。それが分かるからこそ、ランセはディスパドには挨拶をせずに去った。
次に会う時は、全てがなされた時にと思って。
(実際、私よりも彼が死んだか……。色々と良くしてくれたのに、悪い事をしたな)
「でも驚いたよ。まさかランセさんが異世界人と行動してたなんて」
「……。やはり憎いかい? 父親を殺した勇者は、彼女達と同じ異世界人だから」
「ん~、どうでもいいよ。だって親父はそれを理解して、勇者と対決したんだし。そこに僕の気持ちとか関係ないでしょ」
そう言いながら、ディークは席を立ち部屋の扉を開ける。
そこには顔を真っ青にしたゆきと、緊張気味に立っているハルヒが居る。その2人の傍には、ヤクルとラウルも居る状況。
「それで隠れているつもりなの? 面倒だから中に入って」
「で、でも……」
「そう言えばランセさん。彼女達に説明してないの? 魔王と勇者について」
「サスクールを倒すまでは関係ないしね。意味ないと思ってる」
「ふーん。あ、クーヌ!! 人数分の飲み物用意しといて」
「分かりました」
入り辛そうにしているゆき達を、ディークは無理矢理に招く。
向かい合わせに座らせ、クーヌから飲み物の好みを聞かれる。だが、彼女達は黙って聞いていた事の罪悪感もあり全員が水で良いと答える。
ディークは気にしていない上、ランセは気付いているだろうから無駄だろう。
そう言われても、ゆき達の意志は固いので水を用意し配っていく。
「あ、そうそう。質問があれば何でもして良いよ? 君達だって疑問に思ってる事とかあるんじゃない?」
笑顔でそう言われ、言葉に詰まるがハルヒが意を決して質問をする。
ヤクルとラウルも聞きたい事はあったが、自分達が質問するよりもハルヒやゆきにまかせるべきだろうと思い口を閉ざした。
「で、ではお言葉に甘えて。その……結局の所、魔王ってどういう存在なんですか? 魔族の頂点っていうのは分かるんです。でも、それ以外で何か役割がありそうで」
ランセから一撃を当てるのにかなり苦労した。
そして、同時に思い知る。魔王サスクールとの戦いで、自分達が生き残れた奇跡。サスクール以外に、もう1人の魔王が居た。
エルフ殺し、精霊殺しの異名を持つバルディル。
彼は危険性のあるものから処理していく。その中に、優先順位があるかのように異世界人を狙う。その中でも、ゆきのような聖属性の魔法を有する者。
その一点に関して、彼からは並々ならぬ気迫が感じられた。
ハルヒよりも、それを実感しているのは現に狙われていたゆき。魔王の呪いを受け、死にかけただそれを助けたのは麗奈と親交があった死神の手によるもの。
麗奈の起こした行動がなければ、ゆきはあの時点で死んでいた。
それは覆しようもない事実でもある。
「あ、質問して良いって言ったけど面倒だ。ランセさんパス~」
「ディスパドと違って緩いね、君」
予想していたであろうランセは小さく溜息をしていた。
彼と同じく「坊ちゃん……」とショックを受けているのは、執事のクーヌだ。
「魔王と言う存在、か。そうだね。ハルヒ君達に分かりやすく言えば、私達は強者としての壁……って所かな」
「壁。それって、高みを目指すのに必要な絶対的な壁……?」
「うん、そういう印象で合っているよ。ギリムの国は、他種族が多くいるし私とサスティスの場合は人間との共存もしていた。ま、あの時代はそれをしている所がかなり少ないから当時は変人扱いされたよ」
「親父も不思議そうにしてたね。アイツ、また変な事でもしてるんじゃないかって」
「……ディスパドには、私の事をそう見えてたんだ。生きてたら殴ってた所だよ」
「だからって僕にしないでね?」
サッと距離を取るディークにランセは「しないから」と冷静に答えた。
何もしないと分かり、席につくとクーヌはハルヒ達に大きな地図を見せてくれた。
「ご説明します。我々、魔族の領土は共通で魔界と呼ばれておりそれぞれの魔王が国を有しています。ギリム様の魔界、ディーク様の魔界と言う風にね。魔王は全部で7人居ました。ランセ様を含めれば6人という数になります。そして――」
魔界の外側をクーヌは指をさす。地図には、何も書かれておらず空白になっている。
「この空白の部分、別の異世界人による侵攻とでも言いましょうか。貴方方のよく知る言葉で言い換えるのであれば勇者……我々の領土を攻撃しているのは他の異世界人である勇者と呼ばれる者達。ギリム様の説明では、彼等は他の神から遣わされたと聞いております」




