第302話:魔界を治める魔王
ギリムの転移により、ハルヒ達は一瞬の内に魔界へと着いた。
まず視界に広がったのは緑。ラーグルング国同様に広がる大自然に、思わずポカンと口を開けて驚いた。
「……空気が綺麗だね」
「魔界って聞いたから、もっとドロドロとしてると思ってた」
「どんな想像をしているんだ?」
思っていた魔界と違い感想を述べるハルヒとゆきに、ギリムは不思議そうに首を傾げる。ランセはそこで、ゆき達の世界には想像の産物ではあるが自分達のような魔王や魔族がいる世界を本にした物があると説明。
大体、魔界と言われると大地は荒れ果て生物はいないような環境にさらされているとか。
どんな偏見かと思ったが、魔界と名の付くものは魔族達のイメージが悪ければそういうのもあるのかと納得。
「あー、居た居た。おーい」
そこへ彼等に声を掛けてきた者がいる。
声がした方へと視線を向けると光沢のある青い鱗のドラゴンが居た。ギリムに気付いたのか、そのドラゴンは「やっぱり」と嬉しそうにしている。
「やっほーギリムさん。彼等がそうなの?」
「あぁ。そっちもどんな具合だ?」
「んー。僕の方はいつも通りかなぁ」
そう言ってそのドラゴンはすぐに人型になる。
降りてきたのは薄い青い髪の青年。彼の腰には剣が2本あり、手の甲と肘、膝の辺りにアーマーを装着。軽装を重点的に置いているのか、動きにくそうな鎧を着ている様子ではない。
緑色と紫色のメッシュが入った前髪。ラーゼに向けて手を振っているので、知り合いなのだと分かる。
「久しぶりじゃん、ラーゼ」
「はい。お久しぶりですね、ディーク様」
「えー、様なんて付けなくて良いって言ったじゃんかぁ」
「そういう訳にもいかないですよ。貴方も魔王の1人なのですから」
魔王の1人と言われゆき達は驚く。
ランセ以外に接触した魔王は、ゆきを執拗に狙っていたバルディル。協力関係であるギリムも居たが、こんなにあっさりと別の魔王に会うとは思わないでいた。
「ギリムさんから聞いてるよー。君達を城まで運べば良いんだよね?」
「え、え……」
ハルヒは思わずギリムへと視線を向ける。
行き先が分からないし、これから何処に行くのかも聞いていない。しかも、魔王の1人であるディークからは城だと言う。
それはギリムの治める城なのか、ディークの事を言っているのか。
説明を求める視線にギリムは「あぁ」と思い出したように言った。
「言い忘れていた。まずは余の城に来てくれ。もてなしがあると聞いている」
「やったぁ。ギリムさんの料理、好きだから嬉しいー」
テンションが上がったのか、再びドラゴンへと変化する。
ゆき達に乗っていいよーと言い、魔族達であるギリム達は空中を飛べるのでそのままディークに追随する形になった。
そんな中、ブルトは彼等よりも少し遅れている。
その様子を見てラーゼが、ブルトのスピードに合わせて隣り合わせになる。ディークも気になっていたのか緩やかに飛んでる。
「やはり慣れない?」
「え、あ……。ティーラさん、人に合わせないから久々で少し感覚が掴めないんス」
「ふーん」
少し思案した後、ラーゼはブルトの肩に手を触れる。
すると、フワリと軽い浮遊感になりギョッとなるもすぐに緩やかにしかし前よりもスピードが出ている。驚いてラーゼを見ると彼は笑顔で返す。
「肩に力が入りすぎていたからちょっと軽くなるようにって魔力を送ったの。気分は平気?」
「あ、ありがとうっス。ラーゼ様」
「私にそんなのは不要だよ。気軽に接してくれると嬉しい」
「え、あ……」
魔王の息子であるラーゼの言葉に少し迷いを見せた。
父親であるギリムも、ランセも格式にこだわりがあるようには見えない。それは今まで接してきたのもある。何よりブルトを育てたティーラの態度を見れば一発だ。
彼は主と言い慕うランセにも随分な態度だ。
ブルトにとって、魔王とは魔族の頂点に立つ存在であり王だ。人間達の王族と同じで、頂点としている彼等に対しては自然と言葉も改まってしまう。
その魔王の息子なら尚更だ。
だが、そのラーゼから不要だと言われてしまう。これはどうしようと思ったが、魔王ディークに声を掛けられる。
「深く考えるの疲れない? 面倒事は適当にすればいいよ」
「て、適当……」
「そうそう。そういう面倒な事柄は父様達に押し付けちゃって良いんだよ」
(そ、それもどうなんスかね……)
両方からそう言われ、心の中でそれで良いのかと自問自答を繰り返す。
チラリと2人を見ると、何かを期待しているような目に思わずハッとした。
肩に力が入りすぎている。それは確かにそうなのだろう。
よくよく考えれば、ブルトは魔王が治める魔界に戻ったのはもう数百年ぶりになる。サスクールに自分の育った村を壊され、運よく生き残りティーラに助けてもらってからそんなに経つのだ。
目まぐるしい上に、考える時間なんてなかった。
ティーラはとにかく実践しかなかった。やれと言われれば、出来るまで体に叩き込む。泥のように眠り、泥のように這いつくばってでも戦う力を欲した。
(肩の力を、抜く……)
思えば心穏やかになったなと思ったのは、麗奈と出会ってからだ。
彼女の纏う雰囲気、話し方。何よりブルトと話していく中で、笑顔を取り戻してくれている実感が確かにあった。
その変化を見たくて、自分に注目して欲しくて動いた。
思い返せばティーラの言いつけを破り、自分の考えで動いたのはあれが初めてだ。
自分にそんな変化をくれた人が、今はこの世界に居ない。
創造主によって保護されていると聞かされたがその事実も分からない。だけど、あの時にそう言われてホッとした。
彼女が生きている。
姿も声も見えないのに、生きていると言われただけでブルトは嬉しかった。
自分がこれ程までに単純な奴だとは思わなかった。
そうした変化をくれた麗奈に感謝をしつつ、再会を望むからこそずっと緊張が続いていた。知らぬ内、休息しても体が休まった実感がない。
ニチリの温泉に入り、湯が体に染み渡るのを実感してようやく疲れている事に気付く。
それ程までに自分は知らない間に、疲弊していた上に表情にも出さないでいた。
「えっと、よろしく。ラーゼさん、ディークさん」
「えー、さんだって」
「もっと砕けて良いよ? それで怒る奴居ないから」
どうにかして絞り出した言葉。ブルトにとっては精一杯の返し。
だが、2人はどこか不満げにそう答える。口を尖らせ、あーでもないと文句を言われる。
(ブルト君……良かったね)
「ゆき? どうした」
「ううん。ちょっと嬉しいなって思ったんだ」
ブルトの様子にゆきは嬉しそうにしていた。
彼女は、一番近くでブルトの変化を見てきた人物だ。麗奈と会ってその影響を受けて、思いもよらない行動を起こす。
その感覚は、自分にも思い当たる。
彼女は知らないのだろう。存在しているだけで、傍に居てくれるのがどんなに嬉しいのか。麗奈に影響を受けて変われたのが、ゆきだけではないと言う事に。
ゆきの様子を見て、察したハルヒはブルトを見る。
見た目は自分達より下に見えるが、実年齢はかなり上だ。しかし、彼の口数が減っているのは感じていた上に思い詰めている様子なのは分かっていた。
自分と同じく麗奈の傍に居れなかった事への後悔。
もし――と言う思いが巡らなかった時などないし、ハルヒだって何度も思ってきた。
それでもハルヒは前に進むと決めた。この目で確かめるまでは、例え神の言葉だとしても信用出来ない。その決意を秘めた思いをそっと察するようにアウラが手を握る。
「大丈夫ですよ、ハルヒ様」
「うん。分かってる。悪いけど、付き合って貰うからね」
「はい。何処までもお供します」
暫く飛んでいると大きな岩が見えてきた。しかし、近付くにつれてそれが間違いである事に気付く。
城なのだと気付きディークが緩やかに飛びながら説明をしてくれる。
「ギリムさんのお城は浮かんでいるんだよ。僕の所は地上だけど、いつ見ても圧巻だよ。それに城の周りにあるのは都なんだ。食べ物も美味しいから後で案内してあげる」
「待て。そこは余が案内する所だ。勝手に実行しようとするな」
「いや、無理でしょギリムさん。だってほら……あそこに怖いのが居るし」
「む……」
苦い顔をしながらもギリムはディークの見ている方へと視線を合わせる。
ドーム状の障壁に守られた3つの都。その中央に位置している浮遊する城はギリムの帰る場所でもある。
その城の正門に降りたディーク達。
笑顔で出迎えたのはギリムの右腕であるリーム。しかし、ゆき達はあの笑顔にある人物と被った。
イーナスが静かに怒っている時のそれと同じだと。
「お帰りなさい、ギリム」
「あ、あぁ……」
「今更、放浪するなとは言いませんよ。言った所で無駄だと分かっているので」
「……」
すぐにシュンとなるギリムの態度にゆき達は静かに驚きつつも、主導権を握っているのが誰なのかを察した。そして、全員が思った。逆らうなんて真似はしないし、そんな事も考えには過らないと。
「客人の事は我々に任せて、貴方は執務をして下さい」
「えっ」
「嫌だとは言いませんよね?」
笑顔で指を鳴らすリームに、ギリムは食い下がろうとしたが「諦める」と言い仕事に戻っていく。
軽く咳ばらいをした彼はゆき達を見て「お待たせいたしました」と姿勢を正す。
「ようこそ、魔王ギリムの治める魔界へ。異世界人の方々も含め、そちらの事情は把握しています。ギリムの命により、我々は協力を惜しみません」
まずは城内へと言われ豪華な食事と部屋を与えられる。
案内を受けている間、魔王ディークは協力してくれた礼としてデザートを嬉しそうに食べているのだった。




