第298話:魔王同士の関係
「お久しぶりです、ランセ様」
そう掛けられた声に海を眺めていたランセは振り返る。
クリーム色の髪を1つにまとめ、穏やかな笑みを浮かべて近付くのはギリムの息子であるラーゼ。挨拶を返そうとしたランセは、ラーゼの腕に抱き留められているアリサを見て固まる。
すやすやと気持ちよさそうにして寝ている彼女とそんなアリサの両手に収まるように、同じく寝ているのはドワーフのアルベルトだった。
「本当にね。……で。何でアリサの事を抱えてるのかな」
「遊び疲れたみたいで、そのまま眠ってしまいました」
「……世話好きなのは、ギリムに似てるね」
「父親ですからそこは仕方ないかと」
「アルベルトはホントすぐに仲良く出来るよね。私やゆきさんみたいに、言葉は分からなかったと思うけど」
「それは……この見た目ですからね。愛嬌もある上に、クポーと言う鳴き声ですから」
「鳴き声って、動物じゃあないんだから」
2人のやり取りをしている間、アリサの目がうっすらと開く。
少しの間、ボーッとしていたがランセの事を見付けるとぱあっと花が咲いたように笑顔になる。
「ランセお兄ちゃん!!」
「うわっ、と……」
全力で飛びつかれ、ランセは軽くバランスを崩れた位。
そしてここまで運んできたラーゼは何だが複雑そうな表情を浮かべており、ショックを受けているようにも見えた。
「クポポ……」
「あ、アルベルトさんもおはよう!!」
「ポ~」
まだ眠そうにしているアルベルトだが、アリサに手を振って答える。
ギューッと抱き着いてくるアリサに寂しかったのだと思い、ランセは頭を撫でた後で抱き上げた。
「話は聞いているよ。麗奈さんとユリウスの事を、一緒に探すんだよね?」
「うんっ。もう待ちたくないから、付いてきちゃった」
「ま、ヘルスが許してる時点でイーナスの負けだけだから良いけどさ」
「あとね。あのお兄さんが出した子犬を捕まえたの!! アリサも、少しは上手く出来たよ」
「へぇ……」
チラッと見るとラーゼの足元にちょこんとある黒い小さな物体。
体を包ませているが、時折アリサの事を見ているのかチラリと視線が合う時がある。
影の魔法で作り出したものだと分かり、ラーゼへと視線を向ける。
「珍しいね。君が人間の子に興味があるなんて」
「え、そうです? 父があれだから息子としては当然ではと思いますが?」
「……何か気に障るような事、言ったかな?」
「いえいえ。別に気になさらずランセ様に不満などないです」
そう言いつつ、ランセはチラリとアリサを見る。知り合いに会ったからか彼女は、安心したように全力で抱き着いている。
ラーゼが怖がらせてないのは分かりきっている。
もしかしてと思い、アリサに耳打ちをしある確認をした。
一方のアリサは、話された内容に無言で頷いている。じっとラーゼの事を見た後でアリサに告げた。
「平気だよ。彼は生きてるから」
「え」
「は……?」
アリサとラーゼの声が重なる。
本当? と首を傾げて聞く彼女にランセは迷う事なく言った。幽霊ではなく生きているから、きちんと触れられると。
「……」
その後、無言でラーゼの足をペタペタと触り彼の周りを歩く。
足元に居た子犬は、行動の意味は分からなくともアリサと一緒に付いて回る。やがて、観察した後と自分の感触を確かなものだと分かり安堵した表情をする。
「ごめんなさい……」
間違いだと気付き、ラーゼへと謝罪をする。しかし謝られた本人は訳が分からないと言った顔でランセを見る。
そこで彼は、アリサの親代わりの人が霊を見る力がある事を告げた。
加えてラーゼが普通ではない登場をしたのではないかと確認すれば、彼は確かそうしたと肯定した。
「何もない所からいきなり現れたのなら、幽霊と見間違われても仕方ないよ」
「いや、だからってそう思われるのもおかしな話じゃない?」
「これからは驚かすような方法で現れない事だね」
「えぇ~……。ま、そうしろと言うのならそうしますけども」
触れる実感を得られたからかアリサはラーゼに引っ付く。
影の子犬も嬉しそうに尻尾を振るが、アリサの体がガクンと傾く。地面にぶつかる前にラーゼが抱き上げて顔を覗いた。
力が尽きたようにスヤスヤと寝ている。
ランセに会った時に彼女が寝ていたのは強制的によるもの。その反動が来ていつもより早く眠くなるのだが、それが予想していたよりもかなり早い。
不思議そうな顔をしているラーゼに、ランセは足元に居る黒い子犬の所為だろうと指摘する。
「君の体力にアリサが合わせてたら、予想よりも早くバテるって。どうせ加減してないんでしょ?」
「クゥーン……」
思い当たる節があるのか、ションボリとしてそのままラーゼの影へ逃げていく。
気にしなくていいと言うラーゼをよそにランセは再び海を見る。
「それで。君がここに来た目的は?」
「様子を見に来ただけですよ。ランセ様にどう一撃を当てようとしているのか、それが楽しみでしょうがないです」
「……そういうのは本音を少しくらいは隠すものだよ?」
「えぇ。ですから隠してないですよ」
じっと睨むようにラーゼを見つめる。
しかし、魔王の息子だからかランセの睨みであっても怯える様子もない。父親は魔王ギリムであり、ランセよりも長く生きている。
ティーラが言う生きた伝説とは、そのままであり彼は世界が出来た時から生きている。
その年数は、原初の大精霊アシュプ、天空の大精霊であるブルームと同じ。世界の成り立ちをずっと見てきた神にも等しい存在の1つ――それが魔王ギリムだ。
「はあ……。あの小さかった君がここまで反抗的だとはね」
「そんな昔の話、言わなくていいですよ?」
「ミリーとリザークがこっちに来るのかな」
「来させないように私達が抑えているので、心配しなくて平気ですよ」
「ふぅん。……そんな事が出来る魔族が居るのも凄いよね。それだけギリムの所の武力も凄いんだよねぇ」
魔王ミリーと魔王リザークは、ランセとは旧友のような関係。
リザークからは面白い奴だと思われており、会う度に勝負をしかけられている。ミリーからは国の統治や戦いの技法を教わった事もある。
ギリムには、何かと相談にも乗ってもらった。
だからこそランセは他の魔王達に、接触しない選択をした。
ミリーからは水臭いと怒られるだろうし、リザークは変わらない態度で接してくるだろう。ギリムも同じ魔王として後輩にあたるランセを温かく迎え入れる態度なのも分かる。
だからこそ、そんな3人の態度が分かるからこそランセは接触を絶つ判断をした。
自分の感情に巻き込む事はしない。それはランセの意地だ。自分の力で、魔王サスクールを討つつもりで行動を起こしてきた。
「まぁ、1度接触を絶つと次に会う機会もなかなか踏み出せないんだよね」
「ミリー様に知られたら、殴られますよね?」
「扱いが分かってきたじゃないか、ラーゼ」
「私が接触しようと思ったのは、ただの興味です。ランセ様が気にする方が、どのような人物なのか気にならない方が難しいので」
「1人は死者が見えている上に、死神やドラゴン達にまで気に入られる始末の子。もう1人は親友の弟で、見ていて危なっかしいから心配なんだよ」
麗奈とユリウスの2人の事を簡潔に言うと、ラーゼは考え込むように唸る。
そんな2人を父がほっとくはずがないなと妙に納得し、アリサが自分の事を怖がる理由もよく分かった。
「つまりこの子は、探している2人とは親子のような関係って事ですね」
「そうだよ。死者が見える子が、アリサにとっては母親代わりなの」
「今までそんな人は、異世界人も含めて見て来なかったなぁ。今回はそういう人が多いの?」
「多いと言うより、彼女達の場合は職業柄だよ」
「へぇ~。ますます興味が湧きますね。ではランセ様が負ける所も含めて楽しみにしてます」
「は? ちょっと」
「では失礼します」
そのままアリサを抱えて姿を消すラーゼにランセは唖然となる。
結局、息子のラーゼが来た目的が分からないまま。これはどういうことかと、ランセは振り向かないままギリムへと質問した。
「余が自由にしているからな。逆に自由にさせ過ぎた弊害か?」
「どうせ貴方の事だ。自分の国にあまり帰ってないんでしょ」
「右腕がいれば十分だからな。だからこそサスクールが送ってきた魔物や魔族達は、滅ぼしてきているのに」
そうれでなければ、ランセ達の方に加勢が出来ないだろうと言う。
あの時の事に感謝しているが、同時にランセは過ごしていた時間も含めてある事を聞いた。
「本当は2人が何処に居るのか、分かっているのでは?」
「だとしたら、どうだと言うのだ?」
「……」
少しだけ空気がピリついた。
息子のラーゼはこうなるのが予想出来たから、早めの退散をしたのではと思い親子揃って侮れないと思う。
そう思いつつ、ギリムが意味のない事をしているとは思えないとも分かっている。
「……良いでしょう。貴方の思惑通りに乗らせて貰いますよ」
「聞いてくると思ったが良いのか」
「貴方がそうさせてくれる程、優しい方じゃないのは知っているのでね。それに魔界に行く気なら、力は付けておかないと危険です」
「理解が早くて助かる。サスティスも有能だっただけに残念だ」
少しだけ寂しそうな顔をしたギリムは、ニチリで有名になった温泉へと足を進める。その背中を見たランセは夜空になりかけるのを見て、ポツリと零した。
「そのサスティスが死神で、この戦いに参戦していたと言ったら……流石の貴方でも驚くんですかね」




