第297話:消えて欲しくない
精剣は大精霊が武器に力を与えると同時に、自身の心臓にもなりえる武器。
なので精剣が壊れるというのは、その力を与えた大精霊の死を意味する。対して魔剣は、魔道具や武器に対して魔力の通りが良い。
それは精剣と並んでもおかしくない程に。
「魔剣は魔力を蓄積する能力がある。それは、精剣に並ぶようにとして作った時代でもあったからな」
「初めて聞きましたし、ランセさんからもそのような話は聞いてないですね」
「それはそうだろう。魔剣には本物と偽物がある」
「……偽物?」
「魔力を蓄積する能力があると言った。逆に言えば、その能力が付与できるかどうかで性能が変わる。そういう特殊な武器や魔力に関しての武器は、俺達ドワーフにしか作れない」
「もしかして、ドワーフ以外の人達が作ってそれを魔剣としてバラまいた……?」
セクトの意見に、ジグルドは無言で頷いた。それが答えてあると同時に、彼等ドワーフにとっては苦い時代だとも言っている。
「もしかして、そういう要因も絡んで貴方方が人間と関わるのを止めたんですか」
「そうだ。特殊な技術は、その扱いが上手い者にしか扱えない。素人が手を出していい領域じゃない。だが、どうやらあの時代は精剣と並ぶ武器が欲しかった。だから生み出されたんだ、魔剣は」
ドワーフにだけ許された技術。
魔力加工を上手くしなければ、武器を扱った反動で何が起こるが分からない。それは、ニチリに侵入した魔族達によって証明された。
過剰な魔力を注げば、武器が耐え切れずに爆発する。
それが連鎖反応のように起こしてしまえるのも、彼等ドワーフにしか出来ない。
「ニチリだけではなく、ダリューセクにも同じような事が起きた。あれをしたのは、間違いなく同族だった。後から聞いたら助けた魔族からそうするように言われたんだと」
「ランセさんと同じ国の魔族でしたよね。名前は確か……ティーラ」
ラウルはそう言いつつ、ティーラがランセの部下である事、ゆきを連れ去った魔族なのを知り複雑な気持ちになる。
ランセからも戦闘好きな上、自分の命令も殆どは聞かない。だが、黙って背中を預けられるだけの信頼があるのは確かな絆があるから。何よりもティーラの勘は外れない、と言うのはランセから聞いている。
自分の欲を優先するが、ランセからの最低限の命令は聞くらしいとはゆきから聞いた話。
その気まぐれでゆきが無事でいた。ヤクルも複雑な感情を抱きつつも、今ではお互いに切磋琢磨し合い仲にまでなる。
まさか魔族と行動するとは思わず、ラウルは戸惑った。
豪快すぎるティーラとは反対に、周りの様子を見ながら行動を察するブルト。そういう魔族もいれば、人間を殺すのに躊躇しない魔族もいる。
(……彼等も良い悪いがある。俺達、人間と変わらない)
ギュッと拳を握る。
ジグルドはラウルの複雑そうな表情を見て、魔族に思う所があるのだと察する。
彼自身も、未だに信じられないのだ。麗奈とゆきが居た城には同族達が居た。彼等も魔族に脅され無理矢理に武器を作らされていた。
ティーラは自身の欲に従う。だからこそ、ドワーフ達の過酷な環境に耐え切れずについ手が出た。
理由は気に入らないから。
ゆきとブルトからそう聞いていた。そして、捕まっていた同族達は気まぐれだとしても助けられたのだ。あのまま行けば、武器を作り終えた後に待っているのは死。
本当ならジグルド達にも再会も叶わない。そこまで覚悟をしていた。
「まぁ、互いに魔族に対して良い印象がないのは分かっている。一応、礼を言ったら奴は気まぐれだから言うな、だと。それでは気が収まらないから武器の手入れはしといた」
「そういう所はアルベルトさんの父親って感じですね」
「ふん。受けた恩を返す、ただそれだけの話だ」
「……では、俺の依頼を受けてくれたのは何故なんです」
「アルベルトがここで世話になっているのは聞いている。エルフのフィナントから詳しくな。……俺はセイイチとの約束を守れなかったんだ。協力しようと思うのがそんなに不思議か?」
「いえ。……剣がないと落ち着かないので助かっています」
「それに彼の娘には、同族の不安を解消した礼もある。今まで姿を現さなかったノーム様の件もあるんだ。俺は1度、その子に刃を向けた。殺すために、だ」
「っ!?」
目を見開いたのはラウルだけではない。
ターニャを含めた使用人達、兄のセクトも姉のイールも同様だった。だが、ラウルは目を見開いて驚いただけで渡された剣を鞘から抜こうとはしなかった。
「……襲い掛かると思ったぞ」
「出来ないですよ。ユリウスも、貴方と同じ覚悟をしていましたから。……本当なら、麗奈は死んでいたかも知れない。次代の魔王の器だと言われてしまえば、止めたくても止められない」
ユリウスがどんな覚悟を持っていたかをラウルは知らない。
世界の為だと言い、好きな人を殺さなければいけないと思った時にどんな言葉をかけて良いのかもラウルには分からなかった。
すぐに反対し、別の方法を模索しようとしたのは異世界人のハルヒ。
いつも喧嘩気味に言い合うが、その時ばかりは彼の事を羨ましいとさえ思った。すぐに動けなかった情けない自分と比べ、ハルヒの起こした行動の方が早い。
「それに俺は思ってしまったんです。覚悟を決めた彼女は……自分の命すら犠牲に出来るだろうと。俺と同じく最小限の犠牲に留めるのなら、絶対にやってしまう人だと」
「覚悟、か。彼女が決意を固めたのが相当のものだろうな。だからこそ、屋敷を含めた幾つかの場所にこれがあった」
そう言って出してきたのは赤い紙きれだ。
ただの赤ではなく、赤黒いその紙切れに思わずラウルは手に取る。
「……これは、麗奈が使ってる札?」
「城を含めた場所にこれらがあった。セイイチに確認したら、確かに娘の扱う術で間違いない。そしてこうも言っていた」
人型に切り取られた札に、秘術を仕込んだのは術者が居なくても発動出来るように細工したからこそ。何か所もそれらがあった事から、麗奈がいつも遅くまで見回りをしている理由に気付いた。
「こんな大掛かりの術……何日もかかる訳です」
「それだけじゃない。聞けば本来の鮮血の月の効果よりも、貴方方を受けるダメージを最小にしていた。魔道具を持たない者や魔力を持たない者達を守る為に施した術だと、そうセイイチから聞いた」
「……ホント、こんな事して。これじゃあ、いつ自分が消えても良いように準備した様にしか見えないじゃんか」
一体、いつからその覚悟を持っていたのか。
初めて死神と関わった時から、麗奈は消えるかも知れないと言う予感があったのか。
そんな時が来ても良いようにしてきたのかと思うと、やるせない気持ちが沸き上がる。
「これじゃあ、麗奈の騎士なんて名乗れないですね。仕える主の心情すら、把握できてないようじゃあ」
「そんな事ないっ!!」
ターニャが割り込む。ラウルは驚いて顔を上げると、彼女はボロボロと涙を零していた。
「ラウル様、麗奈の事を大事にしてるよ。だって麗奈が言ってたもん。ラウル様と居ると楽しいって。お菓子作りしてると楽しいって……友達なのに、私だって見抜けなかった。ラウル様だけの所為じゃ、ないよぉ」
「ターニャ」
「う、ううっ……。消えて欲しく、ないよ。麗奈……麗奈……!!」
ついにはペタンとその場に座り、大声を上げて流す。隣に居たサティ、ウルティエは背中をあやすようにしてターニャを連れて退出。
麗奈とゆきに接するようにと言ったのはラウル自身。思った以上に、ターニャが寂しがっている事に驚いた。そんなラウルにバシッと頭を叩いたのは姉のイールだ。
「この馬鹿!! 主の心情を察するのも騎士だろうに。例え察したとしても、死ぬ気で止めるべき所は止めな」
「ど、どっちなんですか。姉さん」
「このままあの子が消えて良い訳ないんだ!! ユリウス様だって消えて良い存在じゃない。何が何でも連れ戻せ!!」
「その相手が問題で」
「神だろうがなんだろうが、あの子達を連れ去ったなら死ぬ気で連れ戻せ!! そんでもって1発以上は殴っていけ」
「息子のアルベルトも、神は許さんと言っているしな。俺も最後まで付き合わせて貰う」
「えっ。それじゃあ……」
「魔剣の使い方も含めて、神探しに同行する。確かニチリで課題をしていると聞いたが」
ハルヒ達が、魔王ギリムから言われた課題を聞き思わずげんなりとした表情を見せる。
無謀すぎないか? 言葉を言わずとも、その態度からそう察する。だが、長寿であるギリムがその課題を言ったのには訳がある。
そう思わずにはいられないのは、同じく魔王であるランセと行動を共にしてきたからだろう。
方針が決まったとばかりにラウルは立ち上がる。打ってもらった魔剣を手に、彼はある事を決めていた。
麗奈とユリウスを連れ戻した時、改めて誓いを立てよう。
止められないと自分で言っていたが、実際に麗奈が居なくなった時に自分はぽっかりと穴が空いたように毎日が苦しかった。
あんな思いはしなくない。2度とごめんだと心に近い、氷の騎士は立ち上がる決意を固めた。ニチリに行く前にとシグルドから魔剣の扱い方を学ぶ。今度は何が何でも守らなければと誓い、合流出来たのは夕方近くになってから。
吹っ切れた様子のラウルを見て、ヤクルは安心した様に笑って出迎えた。
ハルヒが嫌味を言いつつ、大人げなくラウルが応戦。少しの不安を覚えつつ、魔王ランセへ一撃を与えようと何度も挑戦した。




