第292話:似たような状況
創造主デューオが、ヘルスの魔法を解いた。
それは彼が麗奈の居る世界へと向かった事と向こうでの生活を思い出させた。麗奈の母親である由香里は、魔王を1人封じたと同時に幼いユリウスにより重傷を負った。
それは、彼の意志ではなくもう1人の魔王であるサスクールがやった事。
実際に兄ヘルスは、彼女の傷を癒そうと動いた。魔力が残りわずかでも、関係なく治療しようとした結果として自身の生命を削る事になろうとも――。
その行動を止めたのは由香里だ。
弟のユリウスが居るのだから言えば、ヘルスは彼女にも家族が居るのだから生きないとダメだと訴えた。
しかし、彼女の意志はとても固い。
それでもヘルスは構わずに治療をしようとして、先に彼女の生命が終わるのが早かった。悲しみに暮れる彼は、せめてもと家族の元へと連れて行こうと考える。
それがキールに無理を言って実行した異界送り。
元の世界に戻る気もなかったヘルスは、罵倒されるのも覚悟で朝霧家へと足を踏み入れた。思っていた結果が違う事。朝霧家で面倒を見てもらう内、麗奈が幼い時に助けた子猫のザジがヘルスに対して警戒心を露わにしていた。
(そんなザジが……死神になってまで、麗奈ちゃんの事を守ろうと動ていてた。今までずっと、ずっと交流を重ねてた)
子猫のザジが死神になった経緯も含め、ゆきは失意し自分の事を責め続けた。
ザジの事を忘れ、ユリウスの兄であるヘルスとの過ごした日々も忘れていた。
彼が居なければ自分は裕二と共に、魔王サスクールによって殺されていたであろう事実。何もする気が起きない彼女は、客室にずっと閉じこもっている。
異世界に転移され、2人で使っていいと言われた客室だ。それが懐かしいと思う程、この世界で過ごした時間が濃いものだと分かると同時に気持ちが暗くなる。
麗奈とユリウスの状況を聞いても、自分が探しに行く資格はないのだと責めている。
苦し気に息を吐いた時、コンコンとノックする音が聞こえた。
もうそんな時間かと思うも、ゆきは返答する気力が起きない。
「ゆき。ここに夕食を置くぞ。食べたくなったらでいい……。あまり自分を責めるな」
ヤクルの気遣う声に、思わず泣きそうになるがぐっと堪える。
彼はいつだってゆきを支えてくれた。自分が上級魔族のティーラに攫われた時には、危険を承知で助けに来てくれた。
魔王バルディルの呪いを受けてしまった時は、彼の煉獄でそれを止めようと動いた。
彼はいつだって、ゆきの盾になろうと先に動いた。
大事に思ってくれるからこその行動だろうし、狙われやすいのもある。しかし、今のゆきにはそれに応える気力が湧かない。
(ヤクル……ごめん。私、麗奈ちゃんの親友なんて言えないよ)
ゆきが支えたいと思ったのは、親友である麗奈。
彼女は知らないだろうが、幼いゆきに元気をくれた。両親が怨霊によって殺され、自分も死を覚悟した時に助けてくれたのが朝霧家の面々。
無気力でいた彼女に、元気を勇気をくれたのは麗奈だ。
家の中を元気に駆け回る彼女は、九尾とよく遊んでいる。キラキラとした笑顔を見ると、不思議と自分まで嬉しい気持ちになる。
そんな元気をくれる彼女に恩を返したい。
だから、陰陽師として働く彼女のサポートをしたいと思った。
夜中から働く彼女の為に、毎朝元気の出る朝食を作ろうとした。その為に早くから料理を覚え、少しでも麗奈の助けになろうと動いた。
異世界に来てからもゆきの行動は変わらない。
麗奈が宰相であるイーナスの試験に合格し、ゆきと共にラーグルング国に置けるようになった。この国に来てから、自分に魔力が備わっていると言われた。
魔法に憧れを持っていたゆきは、それが麗奈のサポートになれると思い訓練を続けてきた。
それもこれも、麗奈をサポート出来ると思っての行動だ。
(どうすればいいんだろう。私……どうしたら、良いのかな)
一方で、食事を運んできたヤクルはノックをしようとしてその手を止める。
麗奈の母親である由香里と過ごした2年という日々。
自分の記憶にあった抜け落ちたと思われる穴。由香里から聞いた娘達の話、もし彼女達に会えたなら仲良くして欲しいなぁと言う願い。
不思議そうに聞きながらも、彼はワクワクしていた。彼女が住んでいる世界の事を聞くと娘である子達と仲良く出来るならと叶わない夢を抱いた。
まさか死んでからその夢が叶うとは思わなかった。
ゆきの過去を知り、支えたいと思ったのは事実。しかし、彼女の心は自分を責めている所為でヤクル達の声が聞こえていない。
「……ゆき」
「団長。その……ゆきの様子はどうです?」
小さくポツリと言ったと同時にラウルの声にハッと気付かされる。
その表情で、ラウルは大体の事を察してゆきが閉じこもる部屋を見つめる。
「ラウルは……もう平気なのか?」
「はぁ。俺よりも団長の方が重傷でしょ」
大きな溜息と共に言われた言葉に、思わずヤクルは視線を外した。
ラウルに言われて移動をし、連れてこられたのは城の敷地内にある花畑。その近くには、夜にしか咲かない花が保管されている黒い塔がある。
「俺はここで麗奈とユリウスに誓いを立てました。キールさんも一緒です」
「あぁ聞いている」
「2人の記憶がなかった俺は、今の団長と同じ位に酷い顔をしていました」
「うっ」
ゆきを心配するあまり、ヤクルは自身の体調を管理出来ていない自覚がある。
リーナにも睨まれて注意をしていたのも含めて苦い顔をした。分かっていると言いつつ、実行に移せていない。
この後も、リーナから小言を言われるのだろうと思って花を見つめる。
そんなヤクルにラウルは言葉を続けた。
「……俺は、ゆきの気持ちが少しですが分かります。何で思い出せなかったのかとか、思い出せない自分に憤りを覚えました。そして同時に怖くもありましたよ。1度、完全に忘れてしまった俺は……誓いを立てた2人に申し訳ないなって」
ヤクルもラウルの様子には気を付けていた。
彼は、2人の記憶がなかった時でさえ国中を駆け回った。理由は分からないが、彼自身は何かが違うと訴えていた。
しかし、何が違うのかと言われると表現が出来ない。
キールと同じようにこのままではいけないという違和感。そして、ラウル自身がこの現状に対して強い否定が出来るだけの違和感があった。
「違和感があって当然です。俺はこの場所で、麗奈とユリウスに誓いを立てた騎士です。なのに、その2人が戻っていないのに……日常になんて戻れないに決まってます。居ない何かを探していた正体が、2人だと分かって俺は心の底から安堵しました」
だからこそ今のゆきの状態は危険だと告げる。
ヘルスの話では、異世界人である彼女達には記憶を思い出さないようにする処置が強かったという。だからこそ、ゆき達が麗奈の事を思い出さないのは仕方がない事だ。
そして、麗奈と同じくヤクル達がユリウスの事を思い出せないようにされていたのも同じ理由。
ゆき達は麗奈と過ごした時間があり、ヤクル達はユリウスと過ごした時間がある。接した時間が長ければ長いだけ、思い出そうとする時に障害が生まれる。
「ゆきが責めるのは違う。責めるならそんな処置をした創造主に怒るべきです」
「それはそうだが……」
「現にハルヒはそう行動を起こしてますよ。アイツ、気に入らない奴には容赦ないですからね。俺が言うんですから当たってます」
「あ、あぁ……そうだな」
ラウルとハルヒの仲は悪い。
それは、最初の出会いもあるからだろうと思いつつ口には出さないでいる。
当初、ハルヒは麗奈を助ける為にと彼女の婚約者だと言った事がある。ユリウスが呪いによって苦しめられ、その呪いを解除しようとした時だ。
ラウルは、ハルヒの事が気に食わないらしく婚約者だと聞いた時に殺気をむき出しにしていた。
対してハルヒも、ラウルが気に入らないのか喧嘩ごしだったのを思い出す。同じ水系統を扱うというのに、どうしてこんなに仲が悪いのか。
余計な詮索をして、もっと仲が悪いのは困る。そう思って、ヤクル達は今まで触れないでいた。
「そう、だな。もう少し踏み込んでゆきと話してみる」
「その為には部屋から出てくれないと困りますね」
励ましてくれる副団長に感謝していると、ガシャーンと大きな音を立てて壊れる音が響いた。
顔を見合わせ、すぐに現場に向かう。
その激しい音から、魔物の侵入かと思う中で疑問が生まれた。柱は正常に機能しているからこそ、結界を形成できている。
それは、陰陽師である誠一達から得られた情報でありその腕をヤクル達は信用している。
そうして、ヤクル達が向かった場所はゆきが居ると思われる客室だ。
その音はイーナス達にも届いていたのか、皆が慌てた様子で集まり出す。ヤクルが慌てたように部屋に駆け込み、ラウル達もそれに続いていった。




