第289話:黒い力
「……ど、どうしよう」
喉がカラカラと乾いたように、優菜は緊張で体が強張る。
王と言うのが国のトップだというのは彼女達にも分かる。なんとなく天皇に近い感じだろうと、騎士達からの言葉とギリムの反応から見てそう判断をした。
天皇の顔なんて見たことはないし、その礼儀すら分からない。
しかし、魔物を対処しただけでいきなりすぎではないのか。そう思ったのは、優菜だけではなく同行していたドワーフとエルフも同じように感じていた。
だが、勘が鋭くまたギリムと同じように長寿のエルフはすぐにピンときた。
「まさかとは思うけど、知り合いなの?」
「恐らくな」
「はぁ~~。出たよ、君の悪い癖」
「む?」
キョトンとし首を傾げるギリムに、エルフは軽く睨んだ。
よく分からないでいる優菜達に、ドワーフである彼は簡単に説明をした。
魔族であるギリムは、大精霊アシュプと旅をしている。その目的は、人間の国や村、街を回り暮らしを見て行く為。実際に触れなければ分からないもの、知らない事もあり体験できる事は良いことだと。
何度も人の生死を見てきては、それまでの歴史や感じた事を日記として記す。
だから時として、幼い時に助けた誰かが国の王になっていたり、後の英雄になっていた。なんていうのはよくある事なのだと。
「だが、アイツは言うタイミングを良く逃す。実際に知り合いに会った時、自分は変わらずにいるが相手は年を取る。思い出した時には、既に死んでいたとかな」
「今回の場合、どうせ助けた人が幼い時の王様だった。そんな感じなんでしょ」
「だが会ってみなければ分からん。もしかしたら、助けた子供の子供かも知れん」
「迷いなく歩むから、来たことはあるとは思ったけども。そういう事は、事前に教えてって言ったよねー」
「悪い、気を付ける」
「出来た事ないのにそんなこと言わないでっ!!」
「じゃあすまん。慣れてくれ」
「そうじゃないってばー!!」
怒られているとは思っていないギリムに、エルフは「全く……」と言いながらも最後には君だからと納得する。
それを見て「お前だって変わらない癖に」とごちるドワーフに優菜達は、長寿だからこそ苦労しているのだろうと見守るしかない。
「国民達を助けていただきありがとうございます」
「っ……」
彼女達が通された王の間。
出入り口には警備担当の騎士がおり、彼女達を案内してくれた騎士2人はラーグルング国の王に事情を説明していた。その中で、ギリムは優菜達の様子がおかしいことに気付く。
青龍以外の者は、全員が床へと視線を落としている。
軽く青ざめているのが分かり、体調が悪い類のものでないのはすぐに分かった。
(彼女達にしか見えない何かか……?)
そこで彼は切り替える。
自身の蒼い瞳を紅くする。チラリと王の姿を見れば彼の周りに纏わりつくようにしている黒い塊が見える。
陰陽師である彼女達は、呪いの研究と対処を行っていると聞いている。
と、すればあの黒い塊はその呪いの力だろうと予想がつく。問題なのはその質と量だった。
(泥のように重く、彼の生気を少しずつ奪っている。治療しようにももう手遅れか)
「あ、あのっ!!」
優菜の声が大きく響いた。
緊張したままだが、その瞳には覚悟が読み取れた。その真剣さに、王は「なんだろうか」と優しく聞いてきた。
本来なら、歩くのも辛い筈。
そして声を発するのも、何をするのにも辛い筈だ。それを可能にしているのは、国を守る立場にあるからだ。弱みを見せない為、また見せてはいけない。それが国の弱点となってしまってはいけないからだ。
「手……手を、握っても宜しいですか?」
「む?」
優菜の言葉に首を傾げる王。
それは、事情を伝えに来た騎士も傍に控えている宰相にもおかしいように見える。ただ、日菜達は優菜が何をしようとしているのかが分かった。
「待て、それをするにはっ」
「平気。平気だよ……日菜」
「余も手伝おう。幸いにも見えているからな」
不安の残る答えに日菜は悔しそうに唇を噛む。だが、ギリムが言った言葉に青龍達はハッとしたように視線を向けた。
「まさか、見えてるのか?」
「見えるように切り替えた」
「……。そのとんでもない力、一体どこから来てるんですか」
「さてな。出来てしまうものは仕方ない」
青龍からの睨みも気にした様子がない。
優菜はそれで気が少し抜け、緊張していた体がほぐれているのが分かる。ギリムにその気はなくとも、場を和ませてくれた。
深呼吸をし今度はしっかりと王へと目を合わせる。
「貴方に纏わりついているものを引き離します」
「!!」
その言葉を聞き理解したのは王だけ。
自身に纏わりつくようにしている黒い影。自分にしか見えない不可思議なもの。何度、薬剤を変え宰相に伝えようとも理解はしてくれない。
それが――ここに来て、理解出来る者が現れた。
「手を握ればいいのか?」
「はい。浄化を試みます」
「うむ。そうか……」
そう言い、王は優菜の元へと近付く。
王自らが動いたことに宰相は慌てるが、それを制止したのも王だ。緊張しているのはどちらも同じであるが、その間をギリムが立つ。
「危害を加える訳ではない。治療だ」
「信じよう」
「では……。浄化をします!!」
気合を入れるようにして、王の手を握る。
ギリムはその力の流れを見つつ、優菜の浄化能力を見届ける。青龍と果たした契約で、優菜の浄化する力は増した。
自身の血を媒介にし、力を膨れ上がらせる。
それは怨霊に対して大ダメージを与えられる。しかし、血を流さずとも彼女には青龍と得た浄化能力が行使できた。
巫女の一族だからこそ出来た事かもしれないし、青龍と契約したことでその力は飛躍的に上がったのかもしれない。
(この呪いの力は一時的に外せる。長期的に安全にするには、この土地の事を調べるしかない。気の流れが通れば、水脈と龍脈を使って術式を新たに組めるだろうし)
今、全てをやろうとするのは無理だろう。
だから今は一時的にとはいえ、この呪いを退けよう。その思いで、浄化の力を行使していけば王の体に纏わりついていた黒い影が徐々に消えていく。
その変化にギリムは静かに観察を続け、青龍はその呪いの痕跡を見つめる。
「っ。はあっ……はあっ、はあっ……。どうにか、これで呪いは……」
「優菜!!」
青龍が呪いの力の後を追っていく。
それと同時、力を行使した優菜はグラリと体が傾く。咄嗟に日菜が駆け寄るが、ギリムが彼女を抱きかかえた事で床には倒れずに済んだ。
彼女の顔色を窺い、息をしていることに安堵した。
膝から崩れそうになるのを我慢し、彼女に代わりに王に纏わりついていた呪いの力を見る。
「大丈夫です。一時的ですが、今の貴方はとても体が軽い筈です。調子はどんな感じでしょうか」
「……そう、だな」
優菜の浄化を目の前で見たからだろうか。王は自分の体から黒い影が出ていくのを見た。
何度か自身の体を動かし調子を見る。今まで動かすということ自体が嫌になっていたのに、不思議と軽く心も晴れやかだ。
「驚いた。思うように動くのがこんなに嬉しいとは……。久しく忘れていた感覚だ」
実感すれば、心が満たされる。
今、この国の王は思うように動かせる事に感動を覚え気付いたら涙を流していた。
叶う筈がないと思っていた。
もう自由に外に出る事も、王としての執務をこなすのも難しいと諦めていた。そんな中で、突然来た来訪者に呪いの力が見えるという彼女達。
「ありがとう。本当に、何とお礼を言ったら……」
「俺達は呪いを解読して、対策を練る陰陽師です。手遅れにならずに良かったです」
「そうだ。まずは部屋だな。客室に案内を頼む」
「はっ、すぐに行います」
宰相が指示を出す間、ギリムは日菜に優菜を預ける。
彼は優菜の浄化を見た事で呪いの撃退方法を編み出した。近いことが出来るのも時間の問題と思いつつ、この国に深く根が張られた呪いの力に疑問を抱く。
(前に来た時、この国はもっと自然が豊かだった。呪いの解明が出来れば、その仕組みも分かるか)
そう考えれば、自身のやる事は自然と決まっていく。
ドワーフとエルフを見れば、彼等は顔を見合わせやれやれといった感じで肩をすくめた。ギリムのやろうとしていることになんとなしに察したついた。
(まずはこの国の弱体化の原因を探ろうか)
やる気が出てくれば、没頭するのがギリムだ。
今度は料理以外に何をする気なのかと、付き合いの長い2人は気長に待つことにした。そしてその様子は、創造主であるデューオも見ていることとなる。




