第287話:次の目的地
「まさか異世界からの来客かぁ。しかも2度目だなんて、そんな話は聞いてなかったよ」
「再会などしないと思ったからな。悪かった悪かった」
「……全然悪いって思ってないよね、その言い方」
優菜達が寝静まった頃、宿の屋根の上で話すのはエルフとギリムの2人。
別世界から人間を呼ぶ術はなく、何でそんなことになったのかと疑問を持つ。だが、ギリムは「神の気まぐれだ」と一点張り。
「前から思ってたけど、君って神様の関係者?」
「そんな訳ないだろ」
「ふーん。彼女達の見張りって訳でもなさそうだね。別に旅をするのには構わないんだけど、自分達の世界には帰さないでいいの?」
「帰りたくないから、ここまで来たんだ」
「そう。複雑な事情をお持ちのようで……」
そう話しつつ、お酒を注ぎギリムへと手渡す。
一気に飲み干し、魔力とは別の力がある事を告げれば驚いたように目を見開かれた。
「そっか。魔力がないのもそれが理由、か」
「あまり深くは聞くなよ」
「複雑な事情があるって知ってて聞かないから。彼女達が話したいと思った時でいいし、気長にでも待つから平気だよ」
「それならいい」
月夜を見ながら酒を飲み、思うのは次の目的地をどうするか。
今こうして共に飲むエルフも、行動を共にしているドワーフも目的があって行動している訳ではない。気ままな旅に仲間、思い思いに街を見て触れてと行動を繰り返し人の営みを感じ取る。
その中で、ギリムは優菜達が安心出来る場所を作りたいと思っていた。
ただの気楽な旅。
趣味になっている料理を極めるのも良しと思った矢先、彼女達と再び出会った。
「……奴の思うまま、か」
「え、何か言ったかい?」
小声でそう呟くギリムに、陽気なエルフは自分が何か言ったのかと問いかける。
違うと答えつつ、既に彼の顔は真っ赤に染まっている。どうやら酔っているという自覚がないらしい。
「部屋まで戻れるのか?」
「へーき、へーき」
「月が何個ある」
「へーき、へーき、へーき」
「……お前なぁ」
月は2つしか浮かんでいないが、彼の目には3つに見ている様子。
そうでなくても、既にフラフラと体が揺れている事から1人にするのか危険と悟る。
「強い酒ではないと記憶してたが」
「へへっ、嬉しくって随分前から飲んでた~」
「受け答えが微妙に出来ているのが腹立たしい」
「えー、何で怒ってるの?」
その後も、何でと繰り返し聞くのを無視しギリムは部屋へと戻る。
ただ、彼が嬉しそうに寝たのを確認し疲れたようにその日は熟睡した。
「で? 昼過ぎまで起きてこない原因はまたお前か!!」
「うー。頭に響く……怒んないでぇ」
「付き合わされてるギリムに申し訳ないと思わんのかっ」
「うぅ……響く。頭に……響くよ……」
彼女達が止まった宿屋は食堂と合わせられているからか、かなり大きな建物だ。
特別高くもないが、低すぎるという訳でもない。手ごろな値段であり、尚且つ3食の食事付きともなれば、人気が出ない方が難しい話でもあった。
この街はこういった宿屋と食堂が合わさっているのが多く、そういう所でも有名な場所だとも言える。ギリム達は、ここ数週間も泊まって居る事もあり何かと優遇されている。
「あのー。良かったらお水を」
「いや大丈夫です。コイツには罰が必要なので」
「答えるのはこっちでしょ……。何で代わりに答えた上で、断ってるの」
げんなりした様子で反論するも、怒りのまま睨みつけるドワーフに何も言えずに「うぅ」と情けない声を上げるしかない。
従業員は、断られたが二日酔いに苦しんでいるエルフを放ってはおけず水は人数分だけ出して仕事に戻った。優菜達は、朝食と昼食を食べつつお金をどうしようかと相談しあっていた。
「あの、少し良いですか?」
「なんだい」
「私達も、ギリムさんの旅に同行しても良いでしょうか?」
「ん? ギリムが連れて来たんだから、元からそうするつもりではないのか?」
「それはそうなんですが……。出来る事を捜しつつ、ギリムさんのお手伝いとか出来ればなって」
「アレの手伝いか?」
アレ、と言われて視線を追う先には客にも関わらず料理を振る舞うギリムの姿があった。
本来であれば、今日の朝には街を出て次の街へと寄る予定だった。だが、エルフは二日酔いの所為で起きてこずその時間を潰す為にとギリムが振る舞ったのがいけなかった。
彼の料理の腕も素晴らしいものだと知っている従業員は、流れるように出てくる料理を次々と運び続け――忙しい昼時を過ぎても、食堂の賑わいが続いている。
そしてその賑わいにより、二日酔いで苦しんでいるエルフにはダメージが大きく耳を塞き目も閉じてしまっている。
「……やっぱり無理ですよね、あはは」
「優菜様、あの方の場合は異常と捉えて良いかと思います」
「出発は明日に変更だな。この状態では、夜まで続くぞ」
「うぅ、頑張って起きたのに……なんだこの仕打ち」
「それはお前さんの自業自得だ」
日菜はそのエルフの周りを囲う様にして結界を張る。
昨日の夜、部屋に案内されてから密かに探っていたのだ。自分達の術が、この世界ではどの程度の影響があり強さがあるのかと。
自分達の霊力は、薄い青色として見えている。調整すれば、自分達にだけ霊力が見え周りからは見えないように細工が出来る。
「……はれ?」
「気分はどうでしょう。少しは周りの音が聞こえにくくなってますかね」
音が遮断された事に気付いたのか、すぐにガバッと顔を上げて日菜を見る。
すぐに嬉しそうに頷き「凄いねぇ~」と言った自分の声量に負けてたか、また頭を押さえてうずくまる。
「何してるんだお前は……」
「うぅ……多少は、平気になったよ。本当だよ? 本当だからね?」
小声でありながらも必死で答え、水を少しずつ飲んで体調を整えようと必死だ。
日菜はその答えが聞ければいいので、あまり無理をしないようにとお願いした。結局、予定とは違いギリム達が街を出たのは翌日の事。
その頃には、すっかり気分がよくなったのかエルフが陽気に歌う。そんな彼の無邪気さに感化されてか優菜はクスリと笑顔を見せるようになる。
「次は街というよりは国に近いんだ。自然に囲まれ、魔法の研究を進めているその名はラーグルング国と言うんだ」
「ここ最近では隣国と小競り合いがあったと噂されているが……。ま、何年も前の話だ。終わってるだろ」
優菜達は密かに顔を見合わせた。
自分達と彼等では、時間の感覚に差がありすぎる。彼等の言う何年も前とは、どの程度のものなのか計り知れない。密かにそう覚悟を決めて良かったのだと思った。
なにせ自然に囲まれたとされるラーグルング国は、その小競り合いの所為で土地が荒れ果て見る影もなかった。
ギリムの感じた気配を辿り着いた光景は、魔物達によって破壊され武器を持たない人々がどうにか抵抗している状態。
咄嗟に守らなければ、と動いた優菜に続いて日菜達も躊躇なく自分達の力を使い魔物の脅威から人々を守り抜く事に成功した。




