第285話:離れていても
「家ね……」
魔王ギリムの目標を聞き、その日の日菜は一睡も出来なかった。
見張りをする意味でもあるが、ギリムが必要ないと何度も言われたがもう意地で決行した。
5年もの間、ギリムが楽しいのだと語った料理。
自炊も含め彼は楽し気にしていたのを思い出す。今は既に夜中であり、夜空を見つめながら思う。
(ここの自然は向こうよりも豊かだ。ここでならゆっくり出来るかもな)
見上げる星空は、自分達が見たものと変わりない。
だというのに、ここでの夜空の方がもっと綺麗に見えている不思議さがある。
(俺が……俺が守れなかった。幸彦を責めたって仕方ない。分かってる、でも……!!)
今、思い出しても自分の情けなさが苛立った。
この行き場のない怒りと悔しさをどう埋めればいいのか。そう思った時、ふと自分の隣に座る気配を感じ取り視線を向ける。
「え」
『なんだ……』
「え、だって」
信じられないとばかりに、日菜は目を見開いた。
そこには不機嫌そうながらも、隣に立つ青龍が居た。ただし視線を合わせずに返事をしているので、日菜からは青龍がどんな表情をしているのかが見えない。
ただ、雰囲気が苛立っている訳ではないのが分かり一応は自分を心配しているのかと思った。
「励ましに来たのか?」
『そんな訳あるかバカ』
「……だよなー」
青龍は、優菜の事を敬愛しているが関わった日菜との仲が微妙だ。
何かにつけて青龍は、優菜の傍にいる日菜が嫌い。その接し方を悟りはするが、そうなれば優菜の守りが手薄になる。
嫌われていると思いつつも、青龍の事は好ましいと思っている。
だって、彼は裏切ったりしないから。
それは神様であるからだ。それも事実だが、日菜は漠然とではあるがそう認識している。
彼は、絶対に優菜を裏切るようなことはしない、と。
だからここまで来ている。本当なら嫌いな自分とだって協力したくはない。それも、彼女の保護を優先しての我慢だとも日菜は知っている。
『ふん。暗い顔ばかりしているかと思ったが、意外に元気だな』
「心配してくれるんだ」
『自惚れるな』
「はいはい」
そう言いつつも、日菜は分かっている。
青龍は不器用で表現が上手く出来ない事を。
本当は仲間を思いやり、大事にしているのも分かっている。ただ、それを表現するのが苦手なだけであり気恥ずかしさもあるのだろう。
『……なんだ』
「別に」
気が滅入っているであろう日菜の様子を見に来た青龍。
だが、接してみれば日菜は何故だか笑顔でいる。心なしかスッキリしたような顔立ちに、嬉しいとは思いつつも口には出さない。
だが、青龍本人も気付いていない。
彼がどんなに表現するのが苦手であろうと、彼の体の一部である尻尾が静かにパタパタと動いている。それを知っているのが、日菜と優菜、幸彦の3人であることも。
そして、その彼が察し、青龍に内緒にしておこうと2人に告げているのも知らないでいる。
「悪いな。気を使わせて」
『ふんっ。勘違いをするな』
「はいはい、分かったよ。ほら、お前も優菜の傍に居ろよ」
分かっているとばかりに青龍は歩く。
だが、すぐにその歩みを止めた。まだ何か用だろうかと日菜が見つめると――。
『お前が責任を感じる事はない。俺も神とはいえ所詮はただの子供。協力したのは、優菜を助けたかったのと何かと便利だからだ』
「へ」
『っ、何でもない!! 空耳だと受け流せ、馬鹿者』
足早に行かれたが、日菜はポカンと見送るしかなかった。
しかし段々と笑いがこみ上げてくる。
「くっ……なんだよ、あれ。励ましてるつもりかよ……」
大声で笑うと青龍に聞こえてしまう。そうなれば、朝から睨まれるのは分かる。だからこそ、我慢をしているのだが、ついには耐え切れずに笑い転げる。
「いてっ!?」
転がった先で、石に当たったのか思わず起き上がる。
小石だが、転がる日菜からすればそれでも痛い。痛い思いをしたが、彼はその場でパタンと再び横になる。
「でも意外だな。青龍が俺を心配するなんて」
嫌いだと思われていた相手からの気遣われた言葉。
隠していたつもりだが、長く共にいた青龍からすれば既にバレていたのかも知れない。
日菜が自分自身を責めていた事も、その悔しさをどうにも出来ない事も。
「神様だもんなー。見抜かれてて当然か」
そのまま寝ころんだ状態で夜空を見る。輝く星空を見て、段々と自分の考えている事や抱いている感情が小さいものだと理解してくる。
この夜空を見て、日菜はぐっと拳を握った。
「何も言わないままで悪いな、幸彦。お前の事だから、事情を知った上でも無理に来る。それが分かってるから、俺は最後の最後までお前に相談なんてしてこなかった」
だって、幸彦はもう土御門家の当主という立場がある。
幼いままの関係ではいられない。いや、いるべきでないと分かっている。日菜の考えるように、彼に相談すれば絶対に力を貸すだろうし、優菜の為にと匿う場所を作るであろうと予想できる。
「お前に頼ったら、当主に頼ると苦しいだろう。相談しなかった俺を馬鹿だと言うだろうし、全力で俺達を守る為に動く。だから言えなかった」
幼馴染だからこそ、彼の行動は分かるし自分達の為に動くのも躊躇しない。
しかし、それではダメなのだ。
それをすれば、いずれ幸彦の事を苦しめる。自分達の所為で、彼がやろうとしている道を閉ざしてしまうのを恐れた。
「ホント悪いな……。意識改革しようとしてるお前の重荷になりたくない。これは、俺のワガママであり勝手な願いだ」
幸彦が聞けば馬鹿だと言うだろう。
なんで相談しなかったと怒ってくるのが目に浮かぶ。そんな親友の感情も考えも分かるからこそ、日菜は相談しないと決めたのだ。
(ギリムさんの言うように、落ち着いたら考えもまとまってきた。まずは優菜の元気を取り戻そう)
憔悴している彼女を完全に戻すのは時間がかかる。
完全でなくてもいい。せめて、彼女が心から笑える場所を作るべきだと考える。
「よーし、いつまで落ち込んでられない。見張りをやりつつ、これからの行動も決めてないと!!」
起き上がり、これからの予定を考える日菜。
そんな彼の行動を、ギリムは離れた場所から見守りふっと安心したように笑みを零す。目標を決めたであろう日菜を微笑ましく見た後、彼は静かに姿を消した。
そして、同時刻。土御門家の本家のある一室で、幸彦は渡された報告を読んでいく。
「馬鹿野郎……」
ぐしゃりと握りそのまま燃やす。
証拠を残さない為でもあるが、残っていれば未練があるのだと自分で分かってしまう。
「優菜……日菜……」
彼に届いた報告書には、優菜の置かれた状況も含め行方を捜している事が詳細に書かれている。
彼女の逃亡を手助けしたと思われる日菜と一部の分家の朝霧家。
少数で動いているにも関わらず、その足取りが全く掴めていない。幸彦も優菜との婚約を白紙にされた上、用意されたと思われる別の家の者との婚約を結ばされた。
既に子供が1人居る上に、彼も忙しく動き回っていた。
報告の遅れなどと言っていたが、最初からそのつもりだっただろうと思い腹が立った。
(行方が分からない。……なら、2人は向こうに居るんだろう)
手がかりがつかめないのも当然だろうと思った。
3人が共通しているのは、1度だけ別の世界に呼ばれた事。3人しか知らない秘密であるからこそ分かった。
優菜と日菜は、あの世界に居るという可能性に――。
(私を騙すつもりで動いてたんだろうな、間抜け共。もう彼等はこの世界には居ないんだから)
直感でもあり確信もあった。
それだけの体験を3人はしたし、簡単には忘れられないものだ。ならば自分は、心を鬼にして目標の為に自分自身を酷使しよう。
そう決意した彼は、ある閃きが浮かんだ。
のちの時代、自分が死んだ後に繁栄を見守る為にあるいは導く為にある術の開発を急いだ。
それが輪廻転生の術であり、自分自身を式神として残す。
その時には名を捨て新たな名前を名乗らないといけないな、とどんな名前にしようかと思った。
(……破軍。これでいくか)
名前は力を持つと言われている。
北斗七星の柄杓の柄の先端にある星。
星の指し示す方角を万事に不吉として言われているともされ、陰陽術を扱う自分達にとってはよく知られている。
「星……。アイツも見てるのかな」
星の名を使うのはとも思ったが、なんだか星の名前を用いたものを使いたくなった。繁栄を見守る為、また自身の霊力を最適に使える者が現れるまでの間――自分はこの地に縛られよう。
そういう意味も込め、幸彦は死んだ後の名を決めた。
その数百年後、彼は同じく式神として主に仕える日菜と会う。似た者同士やることは似ているなと思いつつ、麗奈とハルヒを見て思った。
自分達が最初に呼ばれた縁があるからこそ、今の主を伝い再び巡り合えた。
未来はきっといいものになる。
優菜の希望が、幸彦の願いでもあり目標でもある。そう心に刻んだ幸彦は、自分が死ぬまでに多くの術を残したとして歴史に名を刻んだ。




