第283話:彼女達との出会い
空から降って来た人間が3人。
その3人とも黒い髪の黒い瞳、そして見た事もないような服装をしていた。
そして彼女達も、すぐに自分達の居る所ではないと分かりどうしようかと困っている。
「ユウナ、ヒナ、ユキヒコ。……うむ、3人の名前は覚えた。いきなりの事でこちらもビックリした。空から降ってくるなんてな」
「あは、あはは。そうですね」
「不思議な髪と目の色だな」
「それは向こうにとっても同じでしょ? 私達の事を見て、お互いにおかしな格好だなーとか思ってるよ絶対」
空気を読まない日菜と幸彦に、優菜は思わず腹を殴って黙らせた。
うずくまる男2人に、ギリムは「良いのか、あれは」と聞くも彼女は平気だと答える。
「あれでも鍛えてるから」
「ふむ。鍛えているとそういう確認をするのか」
《本気で受け取るな。どうも見ても黙らせただけだろうに》
話を聞けば、彼女達3人は森の奥深くにある泉の近くで遊んでいた。
鬼ごっこをするように、いつものように走り回る。あまり遅くなると家の人達が自分達の事を探しに来る。
そうなると、また家同士の付き合いだの格式がとうるさく注意される。それを何回も聞くのが嫌だった3人はこうして内緒で今日も遊びまわっていた。
まだ日が上がっているが、今日は早めに帰ろう。
そう思って森の出口へと向かった先――視界が開けたかと思えば空に投げ出されていた、と言うのだ。
(デューオの奴……勝手に人を呼んだのか)
「と、ところで、ここは一体」
《……信じられんかも知れないが、ここはお主たちの居た世界とは全く違う所だ》
「へ」
《ちゃんと戻すから少し待ってくれ》
アシュプがそう言うと、体を浮かせすぐに姿を消した。
彼が消えた事に驚いた3人はポカンと口を開けている。そして驚きはまだ続いた。ギリムが黒い槍を生成し、後方へと投げる。
3人を襲うとしていた魔物は、その槍に貫かれて消滅。
物体が消える事に驚いたが、3人は色々と意見をかわした。それは、今見た魔法の事や魔物の事も含めての事。
そこでギリムは気付く。魔法に馴染みがあるだろうと思った3人が、全くそれらに関わっていない事に。
「……魔法は初めて見たのか?」
「は、はい……」
「力の流れが全然違うね。真似は出来ないけど、近い形……いや、もしくは」
「おい、幸彦。おーい」
驚きながらも目をキラキラさせ優菜に、ブツブツと呟く幸彦。その幸彦を正気に戻させようと呼びかける日菜。
アシュプが戻るまで、ギリムから魔法と精霊について話を聞く事になり気付けば夜なっていた。
「ふふ、つい長話をしてしまったな」
《何がつい、だ。長話にも程がある……。分かっているだろう、ギリム。この3人は異世界人だ。あの方に聞いたら戻すからと軽く受け流された》
疲れたと嘆くアシュプは、体を小さくしギリムの肩に乗る。
手乗りサイズになりながら、ギリムの首に目掛けて頭突きを開始。ダメージを受けていないギリムは、彼の機嫌が直るまで暫く続けさせる事にした。
その間、優菜達は語りつくしたからか眠気に負けてコロンと寝ていた。
ギリムが少し横になれと言った途端、3人同時に寝たので思わず笑ってしまう。今まではアシュプが話し相手になっていたが、こうして彼女達と話して改めて気付かさた事がある。
「やはり人と話すのは良い。彼女達は、アイツの気まぐれで呼ばれたにしろ……こんな機会をくれたのだ。少し位は感謝するさ」
《そんな事を言えるのは、お前さんだけだな》
ワシも寝ると宣言され、アシュプもすぐに眠った。
そんな中、ギリムは自分の心が満たされていく感覚に喜びを覚えた。優菜達が扱う陰陽術と呼ばれるものと、目に見えない存在である怨霊を退治する陰陽師。
その話を聞くだけで、ギリムは胸が躍った。そして気付く、自分はまだ知らない事が多いと。
「知らない世界から来たからだろう。術の仕組みにも興味が湧くが、流石に完全に真似をするのには時間も足りない。近いものならどうにか出来そうだが……」
彼女達が扱う結界と呼ばれる術を、魔法で近いものに作り出した。
防御の手段が出来上がった事で、精霊達に戦いの幅が広がる。自分のものにしてしまうギリムの器用さと、試したい思いが膨れ上がり再びアシュプが疲れるのもまた彼にとっての日常になっていく。
「楽しいとあっという間に終わるねー」
「流石に朝だと、ウチの連中は騒ぐしな。……どう言い訳するんだ、幸彦」
「神隠しにあった、とでも言っとけ」
「いや、流石にそんなんで信じるかよ。頭硬い連中なのに」
気持ち良く寝たからか、自分達の知らない事もあったからか優奈達は翌朝になったのに慌てる様子がない。
3人で仲良く談笑しているのを見て、ギリムは同時に思う。せめて、ここに来て良かったと思ってほしいのだと。
「少しばかり時間をくれないか。送り届ける前に、見てほしいものがある」
「え」
「ん?」
「へぇ、何だろう」
優菜と日菜は不思議そうに首を傾げ、幸彦は何が出るのかとワクワクした様子でいる。
3人のそれぞれの反応の違いに、ギリムは思わず笑う。
パチン、と。指を鳴らしたその瞬間――彼等は空に立った。
「「「えっ……!!」」」
落ちる、と思い咄嗟に目を閉じる3人。
だがいつまでの下に落ちるような衝撃は来ない。恐る恐る目を開けていく3人は、そこに広がる風景に怖さよりも感動が勝った。
「うわぁ……」
「……綺麗」
「はは。し、信じられないな。空に……う、浮かんでるのかよ、これ」
幸彦と優菜は、朝日を浴びる森が魔力を帯びて光る光景に目を奪われた。日菜は、その感動よりも自分達が空に浮かんでいる事実の方が衝撃が強い様子。
今の現実なのかと、自分の頬をつねったり耳をつまんだりしている。
「せめてもの礼だ。迷惑を掛けたからな」
「いつ……?」
「こっちは迷惑じゃないのに。変な言い方するね」
「いやいや。お前等は、なんでそんなに受け入れられるのっ!?」
キョトンとする幸彦と優菜に、性格を知っているからか日菜は諦めたように息を吐いた。
彼の質問に2人は笑顔で「いいものを教えてくれたから」といい、逆に感謝したい位だと言う。喜んで貰えたからかギリムは笑顔で彼等を観察する。
いい贈り物を出来ただろうかと不安にも思ったが、3人の和気あいあいと話す所から見て成功した事を確認。自身の心もなんだか暖かくなり、不思議な気分になる。
「いい経験もしたし、こんな事を忘れろっていう方が難しいって」
「濃い1日だから忘れろっていうのは無理だね」
「はいはい。お前等、そういう性格だったわ。なんかポーンと忘れてたけど」
「それは、日菜がそれ位に夢中になってたんだよ」
「そうそう。でなきゃ、いつもより疲れないもんね」
「……疲れさせる事をした自覚があるって事か」
ジト目の日菜に、優菜と幸彦は黙って目を逸らす。
分かっていたが、更に気が沈む。こういう感じで、俺の負担は増えていくんだとブツブツと言いながらも結局の所は面倒を見てしまう。
幼馴染であり、同じ陰陽師。家格は土御門家を背負う幸彦が上だが彼は、そういう縛りを嫌う。
「まぁ……お前のお陰で、俺等みたいな外れ者でも上手くいってるんだ。一応はお礼を言うよ」
「外れ者って……。頭の固い連中を見て嫌気さしてるだけだよ」
「そういう無自覚が怖いって話をしてるのに……」
ダメだと諦める日菜に、首を傾げる幸彦。そんな2人を見て、優菜は嬉しそうに笑いギリムが3人の関係性が良いものだと理解しながら下へと下ろしていく。
「時間を巻き戻すのは流石に出来ない。すまないな」
「まっ。その辺の言い訳は、幸彦が上手くやるよ」
「急に人任せだな!?」
日菜も無茶を平気ですると抗議する幸彦に、何も聞かないかのように振る舞う。
ギリムは優菜が自分に向けて手を差し出しているのに気付き、習うようにして手を握る。
「また会えたら、今度はこの世界を案内してくださいね?」
「その約束は出来ないな。君達は、2度とここには来れん」
「そうなんだ。じゃあ、果たされない約束の握手って事で!!」
「……握手と言うのか? ん、記念に覚えておこう」
こうして3人と握手をしたギリムは、アシュプと共に魔方陣を展開。
足元に浮かび上がる虹色の魔方陣がひと際輝きに満ちる。
「本当にありがとう!! あ、そう言えば名前を聞いてない!!」
「「今、言うかっ!?」
「……ギリムだ」
「「答えんの!?」」
一瞬だけ、名前を答えるのに迷いが出たがギリムは素直に告げる。
すると、優菜は嬉しそうにしており何度も名前を小さく紡ぐ。
「うん、またね。ギリムさん!!!」
七色の魔法陣がまた強く輝きだす。手を振る優菜に、ギリムはどう答えようかと迷う。だが、応えようとしたトキには3人の姿はなく無事に送り届けられたのだと分かる。
《……思った以上に寂しいのか》
「自分の知らない事を知れたという意味では寂しいものだな」
《ワシが居ない間に、楽し気に話しているのを見て驚いた。お前さんが言うように、人と触れ合うのが良い刺激になったんだろ》
「そうかも知れないな」
元の世界に返したが、ギリムは寂しそうに3人の居た場所を見つめている。
一期一会で終わるかと思いきや、その再会は意外にも早かった。
これにはギリムも驚き、何かの意図を感じてしまう程。
当時15歳前後の彼女達が、再びギリムと会ったのはその5年後。20歳になった時だった。




