第26.5話∶ユリウスと仕える者達
「一発殴って良いか?」
「…………」
物騒な一言から始まれば誰でも嫌な顔はするのだろうが、言われた方のユリウスは別段そんな顔をせずむしろ来るなと分かっていたのでおかしい事はない。
「……………」
柱の警備と城下町の見回りを終えて来たリーグからは睨まれ、リーナはユリウスにその経緯の報告をしていた時に聞いた最初の言葉。思わずヤクルを見ると、彼は別に怒った表情をしているでもなくただただ無表情。
「安心しろ、顔にはやらん」
「なら早めに済ませてくれ」
「!!」
はっとしたリーグが止める間もなくヤクルは思い切りユリウスの腹を殴る。リーナも止めようとしたが、気迫が凄く一歩遅れた事でそれを見守る形になってしまった。
「げほっ、ごほっごほっ………あぁ、くそっ、お前マジでやったな」
「殴っていい許可は得たからなっ!!これで麗奈の分と俺の分を合わせたから満足だ」
「何でそこでお姉ちゃんの名前が出てくるの………?」
「だ、団長。抑えて下さい、抑えて」
今にも殴り掛かりそうなリーグをなんとか宥めて抑えるリーナ。思ってみない人物の名前にユリウスもリーグも困惑気味にヤクルを見る。本人は達成感からかなり良い笑顔になって「呪いの事黙ってたろ」と言われてしまう。
「…………」
「俺に隠し事するのは良いとは言わないが、ユリウスは王族だ。俺は幼馴染とは言え騎士で一応貴族だからな。壁は出来るのは構わない、それを含めて俺はユリウスに仕えてる訳だしな。安心しろ、麗奈から言われたからとかじゃない。………ただ、彼女の気持ちも考えろと言いたいだけだ」
「……代弁者だって言いたいのか」
「それだけの事をお前はしたからな。キール師団長が言ったあれは確かに悪いとは思うが………俺達に隠してても麗奈には全部言うべきだった。彼女の事を想うなら尚更だ」
リーグも口にはしなかったが、ヤクルの言い分には納得している。呪いの事を隠していた。
自分の寿命が残り僅かだと言う事にも驚いたが、何で自分達にも言ってくれなかったのか……先代達が早くから命を亡くす事に疑問を感じていなかった訳ではない。
ただ宰相や大臣達が「病で亡くなられた」と言われれば、それを疑問に思って踏み込もうなどとはしない。フリーゲの前の薬師長は彼の父親だから、彼もこの呪いについては知っていたはずだ。
知っていて息子にも言わずそのまま姿を消した。国民に不安を煽りたくない、魔王軍との戦いでも大変なのにここで王族は呪いの為に短命でこの先も短いなどと言われればそれこそ崩壊の一途を辿る。
「ラウルさんにもさっき怒って来た。全部知ってて俺にも黙ってて、仕えている麗奈にも黙ってた事にだ」
「手が早いな」
「兄様にも実行出来るなら速攻で行え、逃げられる前に逃げ道を塞げと教わったからな」
(実力行使………)
「じゃあ、今度は僕ね♪陛下の事殴ったんだし」
「悪いが話はまだ――」
炎と風がぶつかり一気に場が荒れる。城内でない事が唯一良かったと思うが、それでもここは兵士達が訓練としても使われる場所でもありたまたま来ていた兵士達が突然の事に固まる。
陛下が居る事に加え若い団長の2人が魔法を使っての殴り合いだか、特訓のように見れるようなそれに見てはいけないと思い静かに去ると同時に訓練場に来ない方が良いと静かに伝えらたなどとは4人は知らない。
「………すみません、団長止めて来ます」
「良いよ、リーグとヤクルに黙ってたのは事実だし………アイツも俺に一発殴りたい気持ちはあったんだろ。ヤクルがやったのが気にくわないからか今は本気で殴る気でいるようだし」
「………陛下」
「リーナも大変だな。昔と今………どっちがいい」
昔、と言われて思い出すのは血の匂いと葬って来た者達。それに一瞬だけ暗い表情をしたリーナも「今……ですね」と笑顔を向ける。その答えにユリウスは満足したように「そっか」と安心したように笑う。
「今も後悔はしていません。王族の剣となり盾となり……そういう家ですしね」
「兄様も王でも人間だから間違った事があれば、止めてくれる人間が必要だって言ってたな」
「本人から言われてましたから、自分じゃなくて弟の貴方に仕えろって。自分よりも暴走するから止めれる奴居ないとダメだって」
「………そんなこと言ったの?」
「えぇ。言ってましたよ…………自分にはファウストさん達が居るから良いけど、貴方には誰も居ないから同い年の自分がいれば良いって」
「ヤクルは抜きなのか……」
「ヤクルは幼馴染であり親友であるから仕えてる。私はバカな真似をした貴方を止める側で仕えている、の違うだと思いますよ?」
「ははっ。リーナは、怖い所あるからな」
「そう………ですか?」
リーナ・アクトル。
そのアクトル家は貴族であると同時に、国の不祥事や国に害をなす暗殺者達などの抹殺を担当する。裏処理としての顔を持つ一族でもある。
ラーグルングも今では貴族の名を持つ所は少なくなったが、昔はもっと多くあった。不祥事を起こした貴族の抹殺、汚職をした商人や繋がりのあった貴族など汚点になる前に全てを葬ったのは全て国の陛下の為、国の為。
暗殺者の刺客として来たイーナスも、本来ならリーナの父であるリーベルが処理をする予定だった。それを止め逆に国に居ろと言ったのはユリウスの兄であり、前の陛下として務めてきたヘルス。
「君、瞳が綺麗だね。素直に殺される気はないから、抑えたら言う事聞いてね♪リーベルは手出さなくて平気だよ~」
銀髪に金の瞳を持ったイーナス。
それが単純に綺麗だと、面白いと言った彼は文字通り抑えつけ観念させた。
殺そうとしたリーベルを止め城に置く、と言う常識外れの事を良い「は?」と間抜けな声を出していたのが懐かしい、と父が言っていた。
今では彼の言う事が正しかったと気付かれる。宰相に仕立てられた彼は悪態を付きつつも、この国の為に奮闘し皆に認められている存在だ。
それでも、念の為とリーナはイーナスを見張っている。
何時、何処で、陛下を裏切るか分からないからだ。しかし、そこは暗殺者として経験を積んでいるイーナスが上である事は変わりなく、そんな彼の行動を楽しく見守っている。
本人いわく、「やれるならやってみろ。裏切りなんてするかよ」とリーナ本人に言い放ったのだから。
「陛下はあまり無茶を言わないので助かります、と父が言ってました。そこは評価してるから頑張れとも言っていました」
「なんか………兄様が悪かったな。苦労させられたってのが滲み出てる」
「私は……貴方を殺す様な事はしたくないので。麗奈さんと言う大切な方が居るんですからお願いします」
「………リーナ。麗奈とゆきには言ったのかこの事」
「……………話題を変えないでくれません?」
(言ってないんだな)
引き攣った笑顔でユリウスを見返すリーナ。黙って見つめればそれが段々居心地が悪くなり、顔を背けたリーナは「言えませんよ」と小声で言う。
秘密にしている事は人間なら誰しもあるし、実際ユリウスも言ってない部分がある。それで麗奈とゆきに怒られたわけだが………と思い返す。
「じゃあ、先輩から一言。長く隠してるとすっごく怒るぞあの2人」
「…………」
「自分の事みたく怒って泣いて、苦しくないかって言われて……言われた側は結構辛いぞ。ってか、あの2人に泣かれながら言われる側の俺の事も考えてくれ。色々苦しんだ」
「それは………お疲れ様です」
「じゃなくて。秘密にしてなきゃいけないのも分かるけど、それで自分が苦しいなら言えって事だよ」
「苦しい、ですか………」
どうだろうか。自分はそういうのを全部捨ててきているような気がする、と何処か冷めた様な感情になっていると「リーナさん!!」とリーグに泣きつかれそのまま倒れ込む。
「っ、団長……?」
「ねぇ、ヤクルぶっ飛ばしてよ!!!アイツ嫌!!!」
「なんでそうなる!!!」
「身長デカすぎ!!!長身の暴力ってキツんだからね。小さいもんイジメるな!!!」
「先に殴り掛かったのはリーグだろう!!!」
「あ~ムカつくよな、ヤクルは。デカい分、なんか……イラっとする」
「ユリウス!?な、何でそうなった!!!」
ユリウスから言われた一言に傷付いた表情をするヤクル。リーグは何も言わないリーナに「どうかした?」と聞き返す。
「……団長、前に言った約束覚えてます?」
「覚えてるよ。……リーナさん相手でも陛下に手を下すなら、僕は貴方を殺すって」
リーナの前にフィルが副団長を務めていた時。フィルが人手不足が理由で兄であるベールの騎士団へと異動が決定。
裏処理をしていたアクトル家の長男でもあるリーナが、副団長としてリーグの騎士団に就任した頃の事。
彼の事も密かに見張っていたリーナは知っている。
陛下であるユリウスが国の国境付近で見付けたボロボロの状態のリーグ。
自分が何処か来たのかも言わない、ただ全てを世の中を憎んでいる目をしていた彼。しかしユリウスにだけは心を開いていた。
その頃から、リーナはユリウスの警備をする理由でリーグの事を見極める為に控えた。イーナスが刺客として来たのも考えると、子供でも油断はならないと思っていたからだ。
自分が見張ると言ったイーナスだが、そこにはリーナも含むと言うニュアンスがあり、それを受け取ったリーベルはすぐに息子に伝えた。
「あの時、陛下の傍に控えていた人だよね?副団長だったなんて知らなかったよ。これからよろしくね」
「えぇ、よろしくお願いします……団長」
まさか覚えていたとは思わなかった。傍に控えていたとはいえ、あの頃のリーグは周りに興味を示した様子はない。唯一感情を露わにしたのはイーナスが来た時と陛下と居る時のみだ。
「……私の家は代々、暗殺に似た事をします。……君もその対象だったんですが、まさか団長として現れるとは思わなかったですよ」
「………やっぱり、殺す気だったんですね。陛下も含んでるの?」
ゾクリ、背筋が凍った。リーグは…それを分かっていた、そしてリーナの役割も薄々だけど気付かれている。隠せるならと思ったが、こうも真正面から言われれば言わざる負えない、嘘を付いたら最後この子は殺すのに躊躇しない。
「もし、陛下に手を下すと言ったら君はどうします?」
「……リーナさん相手でも陛下に手を下すなら、僕は貴方を殺す。見張るなら好きにしててよ、僕も副団長としてのリーナさんに頼るから♪」
そう言って握手を求めた。そう言ってからもう3年だ。
そんな彼が全面的に信頼している人物達が現れた。異世界から来た麗奈とゆきの2人。警戒するでもなく陛下同様に、素直に自分の感情を露わにしたリーグ。そんな彼に驚いたのはリーナだけではない。
「………何で今、そんな事言ったの?」
「いえ。ただ聞いてみただけです」
不思議そうに聞くリーグはキョトンとしており彼が素で居る証拠だ。秘密を抱えるのは辛いが、それでも嫌われたくないと言う気持ちがある。自分の手が血で染まっているのを知られたくない、と一歩が踏み出せないでいる。
「こらーーーー!!!兵士さん達が困ってるんだから、訓練じゃないなら早く移動しないとダメだよ!!!」
「れ、麗奈様!?」
「あ、いえ、そんな怒らずとも」
そんな事を考えていたら麗奈が怒った様子でユリウス達に近付いてくる。その後ろには兵士達が慌てたように付いてきており、騎士団の面々がこちらを伺うようにして見ている。
「ユリィ達がここに居るから訓練をしたくても、出来ないんだって嘆いてたよ。喧嘩なら他所でしないと!!!」
「止めると言う発想は無いのか!!!」
「……なんか悪い事したな」
「ユリィ。イーナスさんが呼んでたよ?話したい事があるからすぐに来るようにてね」
「……………」
「ユリィ?……まさかにげ」
逃げた、と言う前にすぐに走った。これにはヤクル達も驚き、麗奈は「風魔」と声を掛ければ嬉しそうに『はーい♪』と姿を現す。
「ユリィ捕まえるのに手伝って。そのままイーナスさんの所に放り込んで反省して貰うから」
『ふふふっ、良いよ♪』
何でそんな楽しそうに言うんだ、とヤクルの表情から読み取ったのだろう『痛い目みろって思ってたから良い機会』とすんなり答えた。
麗奈に関してはもう……捕まえる気満々と言った感じでやる気がみなぎっている。
「王様は困らせるような事したらダメなんだってば!!!!」
風魔に跨りすぐにユリウスを追いかける。ヤクルは兵士達に「悪いな。俺達の所為で使えなかったな」と謝った後で麗奈を追いかけ、続けてリーグも楽しそうに追いかけていく。
(陛下。今、本当に楽しいです)
リーナはニコニコしながら彼等の後を追う。いずれ知られてしまうかもしれない、自分の役割。もし嫌われたとしても、受け入れて貰えなくても……悪い方向に考えてしまうが、ただ今だけはと思う。
自分に素直になれるような人達が居てくれた事。
友達と呼べる人達が居る事がおり、守りたいと強く思ったのはこれが初めての事。心境が変わっているのに驚きつつも、ただ今だけは………素直に楽しもうと思った。
その翌日。
魔法協会に飛ばされた麗奈、ラウル、レーグの3人。その3人を追ってキールがゆき、リーグ、リーナを連れてそのまま協会に行ってしまった。
そこにランセも向かったと聞き、ヤクルがショックを受けるなどこの時の彼等は知る由もない。
(戻って来たら覚えてろよ……!!!)
悔しそうにするヤクルも事件に巻き込まれるなどと、この時の彼も知ることはなかった。




