第282話∶約束の話
魔王ギリムはふと空を見る。
創造主ディーオが居るのは空だ。彼の空間は、空と自身の創り出した空間が合わさっている。
その扉を開けるのには2つの方法がある。
ブルームの眷属であるドラゴンの住まう場所から行くか、ギリムがデューオに通じる扉を開ければいい。
ギリムが管理する魔界の奥深くにある、ギリムにしか開けられない扉。その扉の先には、デューオが住む彼の創る空間が存在している。そう、彼は最初から自由にデューオの所に行ける。だがそうしないのは、今そんな事をすれば彼等が2人を見付けようと必死になるのが目に見えている。
そして――ギリムの耳に直接、ある事実が告げられた。
――お探しの方は現在、こちらで治療しています。今、無理に戻せば魔力暴走によって体が朽ちます。そうならない為、その力に慣れて貰う形を取りました。
強大すぎる力により、麗奈とユリウスの体は耐えきれずに飛散する。それを防ぐ為、誰の邪魔も入らないデューオの居る世界に避難させた事。2人が慣れる為の時間を稼ぐ事が、今ギリムが出来る役割。
居場所が分かり、保護をしている相手も分かった。
本当なら殴りに行っておきたいが、それはまた別の機会にしよう。そう思い、目を閉じたギリムにランセは話しかけた。
「どうした? あまりに昔すぎて思い出せなくなった、とか?」
「そういう君は、記憶をどこまで覚えてるもんなの?」
「ん。まぁ、所々だね。今はキールに会って、麗奈さん達と会ってるから記憶はかなり濃い状態で残るけど」
「あぁ、キールの奴が迷惑をかけたんだ。彼、自分でそんな事してるって自覚しないしね」
「麗奈さんも、無自覚に周りを巻き込むので一緒に居て飽きないです」
「うん、流石は私の義妹だね!!」
「貴方が無理矢理にそうさせた、の間違いではないですか?」
ティーラは別に会話に介入するでもなく黙り、ブルトは麗奈とドーネルが義兄弟として互いを結んでいると言う内容にギョッとなった。
その会話を聞きながら、ギリムはふっと力を抜きつつランセとドーネルの会話に懐かしさを覚えていた。
「周りの巻き込むのは、優菜もしていた。どうやら、朝霧家はそういった方面に力が向くのかも知れないな」
そうして語られた、彼と彼女達との出会い。そして、ドーネルの住むディルバーレル国とラーグルング国が今でも友好関係になった出来事を――。
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それは世界が出来て数百年後の事。
この時代、まだ魔王という言葉すらない。人間、獣人、エルフ、魔族、精霊、妖精が存在し共に手を取り合っていた平和な時代。
そんな中、名を与えられたギリムは大精霊の父と呼ばれる原初の大精霊アシュプと共にこの世界を周り旅をしていた。
「ふぅ。流石は泉の大精霊だな、助かったよ」
《いえいえ。お父様と一緒に居るんだもの。私がお礼をするのは当然の事です》
「いやぁ、それにしてもバカな事をしたと自覚している。飲まず食わずでどれだけ耐えられるかと試したのが間違いだったな」
《止めろと言っても続けるお前さんもどうかと思うが……》
魔族であるギリムは、自身の力の大きさを自覚していた。
一体どれだけの事が出来るのか、どれだけの強度なのかと気になると試したくなった。その結果、飲まず食わずをし耐えられるのかと自分自身を実験してみた。
分かった事は1カ月は無事でいる事。勝手に溢れる魔力が彼を生かそうとあらゆる形で、生かそうとした。だが、その間の彼は無防備。呆れたアシュプは死ななない程度には、結界を張り魔物の侵入を阻み退治した。
《それにしても不思議ですね。水を与えただけで、元に戻るなんて》
泉の大精霊はそう告げ、不思議そうにギリムの周りを飛ぶ。
姿は羽の生えた妖精の様な姿であり、プルプルとした見た目の女性だ。彼女がギリムに水を与えたのは、彼から合図を受けたからだ。
耐えられなければ、手を伸ばせとアシュプと決めた。彼女は、泉を管理するだけでなくその周囲にも影響を及ぼす。なので、彼女が居る所には植物と木の実がよく育つ。丁度いい気温に、食料がすぐ近くにある。
ギリムとしては実験をするのに良いと判断された。
そして、1カ月後で自分は瀕死の状態になったのだ。どうにかこうにか、手を伸ばした事でアシュプから水を与えてやれと言われ彼女は一口分の水をギリムに与えた。
その後は様子を見ながら続けるつもり、だった。
彼はその一口分の水を摂取した瞬間、やせ細っていた体も魔力も全てが元に戻った。まるでさっきまでの惨状がなかったかのような光景に流石に大精霊もビックリした。
《んー。魔族と言うより、もっと別の存在じゃない?》
「それは理解している。魔族よりかなり強固だからな。だが、自分自身の力がどれだけ秘められているのか気になりはしないか?」
《だからって、実験をして死にかけるのも間抜けよ》
「ははっ、違いない。だがこればかりは仕方ない。気になると解決したくなる性分なのだ」
《……お父様。何でこの人と一緒に居るのか分かった気がする》
《理解しただろ? コイツ、気付いた時には死にかけてくるおかしな奴だ。見張りが必要だ》
《……》
お疲れ様です、と視線でそう訴えギリムの育てた木の実を渡す。
水色の手のひらサイズの実。それを受け取り、かぶり付けば途端に「うっ」とくぐもった声を上げる。
《無茶した罰よ。反省しなさい》
「……っ。だからと言っていきなり、こんな酸っぱい物を……」
《あら、眠気覚ましにはピッタリじゃない》
「はは、そうだな。……分かった分かった。こんな無茶はしないと約束しよう。1度、味わったんだからもうやらない」
《それって味わなければ、続けるつもりって事?》
睨み付けられ、視線を静かに外す。
アシュプがもっと怒る様に言えば、彼女は《命を粗末にしないで!!》と説教を始めたのだった。
「……アシュプよ。お前の子供は、かなり厳しいな」
《何言ってる。お前さんの方がおかしいわ》
説教を終えたその日の夜。
野営をしているギリムがふと、アシュプにそう言うも彼はジト目でそう返す。アシュプと同じ虹の大精霊のブルームは、この時点で空に姿を消していた。
自身の眷族であるドラゴン達の住処を作る為だ。そして、用が済めば自分はそのままその住処に居続けるとそう言われた。理由として彼の面倒くさがりな性格だ。アシュプが世界を見て回る旅をしようと誘うも、ブルームからすれば自分がやる必要がないと判断した。
そんなブルームの事を分かりつつも、アシュプは今度の機会にまた誘うと考えていた。そんな時、ギリムが夜空を見ており《どうした》と聞くも返答がない。
《どうした、ギリム》
「降ってくる」
《は?》
何が降ってくるのだろう。思わずギリムと同じように、アシュプも上を向いた瞬間――悲鳴と共に強い衝撃が彼を襲った。
「う、いたたっ……。あれ、なんか踏んだような気も……?」
「ちょっと待て、それ俺等だ」
「優菜、日菜。ゆっくりでいいから、早くどいて。……潰れるんだけど」
アシュプの上に、3人の男女が乗る形で着地した。3人共、黒い髪に黒い瞳であり着ている服も違っていた。
ギリムが降ってくると言ったのは、この3人の事でありアシュプは下敷きにされている状態。すぐにでも助け出せばいいのだが、ギリムはそのまま見守る事にした。
《この恨みは忘れんぞ!! 覚えておけギリム》
アシュプを助けたが、彼はずっと怒っている。すぐに助けないギリムに怒り、落ちて来た3人には仕方ないとした様子。一方で落ちて来た3人は申し訳なさそうにしながら、身を縮こませていた。
「大精霊にどれだけのダメージがあるのかと思い、ふと見てしまった。許せ」
《バカなのか!? ワシを使って実験をするな!!!》
この突然の出会いが、優菜とギリム、アシュプの運命を変える形になっていく。
だが、この時の彼等はそんな事になるとは知らずギリムとアシュプの言い合いが終わるまでじっと我慢する。
その彼等の様子を見ているのは、優菜達を誘った創造主デューオ。
少しの変化を付け、世界の発展へと繋げていく。この時の彼もほんの軽い気持ちで彼女達を呼んだが、思わぬ方向へと行くのだと――彼にも予想がつかないのだった。




