第280話:課題を言い渡される
「帰るけどまだ自由にする、か……」
伝えられた内容に、やはりかと溜め息を吐く。
そんな様子に周りは「お疲れ様です」と労いを言いつつ、自分に被害がない事を喜んでいた。
「まぁ、リームさんは右腕ですからねー。仕方ないですよって」
「自分に被害が来ないから、だろ?」
「もっちろん!!」
「元気でよろしい……。ん?」
会話を終わらせようとした矢先、ギリムの右腕であるリーム。
彼はギリムが居ない間、魔界の代理人を務める。それだけの力量があるのもだか、ギリムとの付き合いが一番長い。
互いの性格を知っているからこそ任せられるし、ギリムも好きに動けるのだろう。
それを利用されていると分かりつつ、リームの方は別に構わないとしていた。何よりギリムが楽しそうにしているのが、そうして自由にしている姿に彼は支えて来て良かったと思っている。
その忠誠心の高さもあってか、彼は唯一ギリムの対して容赦ない言葉を浴びせられる人物。
あまり焦る様な事がないリームだったが、聞かされた報告にどんどん青ざめていく。
その内容から、ただ事ではないと周囲はすぐに察しそして彼の言葉を待つ。
「分かりました。では、そのまま通して下さい。場所は客間で、2人分の紅茶とお菓子の盛り合わせを用意して置いて下さい。あの方は甘い物が好きですから」
念話での報告をしていた相手からは、すぐに「了解です」と短い返事を貰う。
「皆、今から来る相手はギリムと同じ魔王の1人。女帝ミリー様と弟のレファル様。いつもの通りだが、突然の訪問だ。そうなると、自然ともう1人の魔王であるリザーク様も来るだろう。忙しくなるぞ」
一瞬の間が空くが、周りはその意図を読み即座に動く。
「うえっ!? あのお2人ですか!!」
「ヤバい、ヤバい!! すぐに防御結界の強化の通達をします」
「警備隊への連絡を急げっ。リザーク様の餌食にされるぞ!!」
「と言っても、リザーク様は適当に遊ぶとか言いながら破壊していく人ですよー」
「あの破壊魔、先日も面白い事ないかとか言ってギリム様に攻撃して来たし。俺達で対処出来る訳ないですよ!?」
一気に騒がしくなる室内。
これから来る魔王の内、1人は通称「破壊魔」と呼ばれるリザーク。
ギリムと女帝ミリーと同じく魔王を務めているが、その力加減が難しいの意識をしていないのか。彼が歩いて来た所は焦土と化していく。
彼に護衛は必要ない。
彼自身がそれを望まない上に、護衛が必要ない程の圧倒的な強さもある。彼が未だに勝てないのは同じ魔王であるギリムとミリー位のもの。
ランセとサスティスは、自分と同じ位の力があるからか勝ったり負けたりを繰り返しているが彼の中では面白い部類にされている。
そして、同じく突然来ると思われる女帝と呼ばれるミリー。
魔王の中での紅一点。同時に女性魔族達の憧れの的でもある。彼女は必ず護衛として弟のレファルを連れて来る。
その弟は、姉であるミリーが好きなシスコンだ。
近付く異性を全て敵と認識している。彼が認識していても、対処出来ないのは自分よりも力の強い魔王達だけ。なので、彼は内心ではリザークを気に喰わないと思っているのもここに居る者達は知っている。
リザークの場合、喧嘩の相手が増える事を嬉しく思うのでたまに構っている。位にしか思われておらず、弟のレファルはそれも認識している為に更に仲が悪い。
(あぁ、ギリム……。貴方が戻らないのってこれを知ってたからか? ただの偶然なのか、必然なのか)
タイミングが良い事と、その勘の良さに助けられている。だが、今回は上手く逃げられた。
あの2人の魔王の相手を自分達がどれだけの時間で、稼ぐ事が出来るのか。そして、キリの良い所でギリムが戻ってくれば良いがそうはならない気がした。
(最悪。知ってたな……絶対に来るっていう予感を持ってたな!!)
既に疲れた顔をするリームに、周りは察した。
これから自分達も、彼のように物凄く疲れた表情をするのだろうな、と。
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「下手だね」
「うっ……」
ハルヒの一言に咲が分かりやすく傷付いた顔をする。
その後ろでは、ナタールが無言でハルヒを睨み付けておりその隣ではそれを止めるフィンネル。
彼女達は、ニチリの訓練場で魔法の練習を続けている。
それも咲がハルヒに魔法を教わろうと引き止めたのがきっかけだった。
「僕も人の事言えないけどさ。それでも咲は魔法の威力がバラバラすぎるよ。的を絞るのだって苦労するし、何より魔力の巡り方が滅茶苦茶だよ?」
「ですからそれはっ……。ハルヒ君、咲の事情は少し話したよね?」
「そりゃあ、本人から聞いたしその本人に頼まれてるんだけど」
ナタールが責めるも、ハルヒも負けじと言い返す。
咲がハルヒを頼ったのも、自分と同じ水属性に近い力を持っているからだ。ハルヒが契約した大精霊はポセイドンでイカの姿を持つ。そして、キールと同じ大賢者である咲は国の象徴でもあるフェンリルと言う大きな狼。
そのどちらも、表面の色は水を司るからか青系である。
同じ大賢者であるキールにお願いする手もあったが、彼等は今――ラーグルング国へと戻っている。
「多分というか、今、あの国の中でまともに動ける人って居ないし。事情は私達が話すから、一旦ここで解散。何かあればこっちから連絡をするよ」
そう話すのは、ラーグルング国の王族の1人であるヘルス。
彼が隠してきた事実が、今やここに居る全員に知られている状態だ。
創造主によって見せられた現実。
幼いユリウスが、魔王サスクールに乗っ取られ麗奈の母親を致命傷まで追い込んだ事。母親の由佳里は、サスクールだと分かるとすぐに対処して見せた。
ヘルスが正気に戻させ、彼女を治療しようとしたが本人から断られた。自身の魔力の無さに嘆き、約束を果たせないで終わった所。
キールに頼み、異界送りを成功させ同時に彼の記憶の一部も消した。
そして――幼い麗奈との出会いと別れ。
彼女がヘルスを慕い、「お兄ちゃん」と呼ぶ中でサスクールに狙われた。
その後の経緯も含め、ヘルスが何故ユリウス達の前に現れたのか。その全ての情報量が、一気に広がっていく。
その膨大さに、咲もアウラも処理が追い付かずにフラフラになる。
ハルヒは辛うじて受け止め、自分の記憶も一部ない事を知った。
麗奈の拾った黒猫が死神になった、その経緯と名前も全て叩き込まれたのだ。
「……今、ラーグルング国は混乱してるからキールさんに頼めないし。でも、ギリムさんに言われた課題はやらないとだし」
「その課題が、一番の無理だと僕は思うんだけど」
「それも、そうだけど……。でも、そうなると手がかりが掴めないよ?」
「分かってる」
ギリムに言われたのは、2人の居場所を見つける手助けだ。
その可能性として、自分の国が治める魔界に鍵があるのだと彼は言った。
そして、その鍵を探す間に最低限の力は身につけるようにとも言われた。
「でも……その、本当に出来るかな」
「いや、無理だよ。だってあの人に一撃を浴びせるんでしょ?」
思わずそう小声でハルヒは言い、咲は思わず彼の見たその視線の先を追った。
訓練場の少し外れの所にはランセが居た。木陰に居ながら読書を楽しんでいるようにも見えるが、これでも異世界人である2人の世話をしている。
「悪いけど、僕はあの魔王ギリムにだって掠り傷すら負わせられなかったんだよ? その彼より強さは下って言っても、ランセさんに攻撃を当てるのだって難しすぎるって」
「……ううっ、この後に模擬戦するもんね。も、もう少し魔力の調整を練習しないと」
「思ったんだけど、さ。身代わりをしてた間に、魔法の練習なんてしてないんでしょ? 力の調整の大部分はフェンリルが肩代わりしてたんじゃないの?」
「……」
そこでハッとなる。
咲は、魔法について学べるようになったのはハルヒ達と比べてもかなり遅い。にも関わらず、彼女の魔法の威力は凄まじかった。それら全ての調整を、契約したフェンリルが行っていたのなら説明がつく。
「えっと、ほら彼は君と契約する前にれいちゃんと行動を共にしてたんでしょ? 聞いた所によると、フェンリルってかなりの世話焼きな精霊だって聞くし。れいちゃんと行動をしていて、咲の事も世話をしたいって思ったんじゃない?」
「あ、あり得ます……。彼、本当に優しいですし」
思い返せば、フェンリルは咲を心配しながらも訓練に付き合ってくれた。
水の魔法の数々と氷の魔法を少し。本来、適性があると言われているのに咲はあまり氷の魔法を使ってこなかった。
それはフェンリルがコントロールしているからこそ、教える必要がないと思われた可能性もある。
「れいちゃんの事がなければ、彼は咲の傍にずっと居る気だったんでしょ。ポセイドンと離れて僕も気付かされたよ……。僕も彼に助けられてきてたってね」
そう言われ咲は改めて決意をする。
フェンリルが戻って来た時――彼に誇れるように、もっと自分の力を制御出来るようにならないといけない。
魔王に一撃を浴びせられる位には、と。
「ランセさんっ!! 模擬戦をお願いしたいです」
「待って待って。やる気なのは良いけど、絶対に攻撃は当たらないからね。それよりもコントロールを上手くしてくれないと!!」
「良いよ。じゃあ、ハンデに読書をしながらでいい?」
「ハルヒ君も手伝ってよね」
言わんこっちゃないと思うハルヒと、新たに目標が出来た咲。
そんな2人を見ながら、ランセは麗奈とユリウスの事を思い浮かべる。きっと、2人も同じようにやる気に満ち溢れているのだと思いながら――容赦なくハルヒと咲を叩き伏せた。




