第276話:魔王と言う壁
アウラの熱が下がり、食事も普通にしていた時の事だった。彼女は、世話係のウィルと義兄のディルベルトと3人で話していた。
「ディル。何だか疲れてる?」
「えぇ、疲れます。というより、魔王を相手にするのが大変で」
「そうねぇ。派手にぶっ飛ばされたと、警備隊だけでなく私達にまで広がってたもの」
彼女は、ハルヒと同行していた魔王ギリムの事を聞いていた。ゆきは治るまで、ラーグルング国から転移で来てはハルヒと共に食事を作っていた。
ダリューセクから来た咲と3人で作るのが定番になりつつあり、魔王ギリムがディルベルト達に手料理を振る舞った事も聞いた。
「今はハルヒと魔王が模擬戦をしてます。良ければ見に行きますか?」
「あ、じゃあお願いしても良い?」
「構いませんよ」
ディルベルトがアウラを抱え、ウィルが模擬戦をしているという広場へと案内する。
通る人々に、挨拶をかわし元気になったと伝えると皆は揃って「良かった」とか、「ハルヒ様のお陰ですよ」と嬉しそうに伝えていた。
「……なんだが、皆笑ってるね」
「そりゃあ……。ハルヒ、アウラの事をずっと介抱してたもの。見ていて微笑ましい位に」
「代わりにリッケルが、ハルヒを目の敵のように睨んでましたよ」
「えっ」
ウィルの嬉しそうな声に、ディルベルトは普通に返していた。
むしろリッケルの反応を楽しんでいる節さえある。その前に、アウラはふと思い出していく。
熱で弱っていたとはいえ自分はハルヒになんと言ったのか。
「……っ」
「あ、今思い出したんですか?」
「ちょっとディル。そう言うのは聞かないのが良いのに」
急に恥ずかしくなって、ディルベルトの事をギュっと抱きしめた。顔を見られないように強くしたが、それが返って行動の理由に繋がりからかわれる。
恨めしそうにディルベルトを見ると、彼はにこやかに笑顔を返すだけ。
「自分から言う分には良いですが、逆にされるとダメって事かな」
「……ディルのバカ」
「はいはい。そうですね」
「ウィルのバカ」
「あれ、私も!?」
飛び火に驚くウィルだが、広場に着くまでの間はずっと顔を上げられないでいた。
そんなアウラの様子を微笑ましそうに見ている義兄とウィルは、懲りずにアウラに怒られる形となった。
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一方で警備隊が訓練している広場では、魔王ギリムとハルヒの模擬線が白熱していた。ここまで4回戦い、その全てにハルヒが負けている。
魔王が相手だが、彼は条件として自分が使う魔法は闇の魔法にのみに留める事。その他の防御や強化魔法は一切使わないと言ったのだ。
前のハルヒならバカにされていると取られるが、彼は意外にもそれでいいと言った。これには、ハルヒの小隊として動いているメンバー達は驚き、互いに目を見合わせた程。
そんな彼等の動きに気付き、ハルヒは何かと聞けば「怒ると思った」と全員が素直に告げた。
「いや、その……隊長の事だから、バカにしたと怒るかと」
「容赦しないのは前からですから、その冷静になったんだな、と」
「ふーん。つまりは僕が一直線にしか進まない奴だって……そう言いたいんだね?」
「「あ」」
マズいと思っても遅く、ハルヒは笑顔を向けているが雰囲気が明らかに怒っている。
それをギリムが隊長の事と分かっている部下で助かるな、と言い雰囲気を和らげた。
「話は少しだが聞いている。ここに来て呪いを解いた後、知り合いがラーグルング国に居たのを知ったのだろう。多少の焦りは仕方ない」
「……そう達観されると、こっちは何にも言えないんですけど」
「さて。休憩はこれ位にして、最後を始めるか?」
「良いですよ。次は一撃入れたいし」
そう言ってハルヒは一定の距離になるまで下がった。
それと同時に、周りで見ていた人達も同じように下る。不思議に思ったアウラがディルベルトに聞くと、ハルヒに言われているんですと答えた。
「彼は前から言っていて、範囲攻撃や周囲に被害がある場合は自分と同じ位に下がれって。それと、ハルヒは下がっているのに対して彼が下がらない理由はすぐに分かります」
ハルヒの戦う姿をもう少し近くで観たかった身として、アウラはちょっとだけ悲しそうにした。ディルベルトが、自分の周囲に防御魔法を張りウィルには離れないようにと告げる。
「巻き込まれたくないなら絶対に離れては駄目ですよ?」
「もっちろん。死にたくないし!!」
「あっ、良かった。間に合った~」
その時、咲達が慌てて来た。
ハルヒとギリムとの模擬戦を聞き、場所を聞きこの広場にやって来た。一呼吸をおき、咲はディルベルトと同じく防御魔法を展開しナタールとフィンネルの2人を守る。
「場所を聞いている間に、感じてた魔力を探っててどうにか……。あ、アウラ様、もう平気なんですか?」
「あ、はい。ディルから聞いています。色々とありがとうございました」
「いえ。私もハルヒ君と作るの楽しかったので」
「話している所すみません。咲、始まります」
「「えっ」」
ナタールが声をかけた瞬間、ぶつかった衝撃音にアウラと咲は驚く。
距離は十分に離れているというのに、2人の間には火花が散っていた。更にハルヒが空と地面に札を投げ付け、瞬時に作り出された人型の式神。
それぞれに式神は、自身の腕を鋭い刃に変えて一気にギリムへと突撃。
「上下の同時攻撃……。それはさっきも見たぞ?」
上からと地を駆けながら突進する式神。
その隙にハルヒは2枚の札に霊力を注いでいく。
(もっと端的に――素早く、形に留めろ!!)
自分のイメージしたものが、2枚の札へ行き渡り形作られる。
4回戦ってた内に、何度も試したが全てが失敗に終わっている。だが、この5回目でようやく要領が掴めてきた。
ここまで戦ってきてのギリムの戦闘スタイルを考える。
ハルヒと同じ力をぶつけ、同じように返す。そして、実行している本人はそこから動いていない。それは今も、だ。
式神達の多角攻撃に対し、ギリムは動かないまま。彼が今も纏っている黒い霧が鋭い刃となり、式神の攻撃を対応している。彼はそれぞれの式神の動きを見ているだけで、自ら動こうとしはしていない。
(彼が動いたらその分、僕との衝撃に周りを巻き込む。動かないからこそ、僕は向かっていくしかない。自分からハンデを言ってきただけはある。全然、余裕って感じがまたムカつく!!)
これまで行動をしてきた魔王ランセを思い出す。
彼は気遣いをし、世話をするのには慣れさせられているように思えた。今にして思えば、生きていく術というよりはそうせざるを得なかったのだろう。
聞けば彼は、ラーグルング国に入れなくなっての8年はキールと行動を共にしていた。
貴族である彼だが、興味があるものには突き進んで行くという困った性格。国の外にはあまり出ず、触れるものは彼の欲を刺激させた。
(今思うと苦労しているな、ランセさん……)
ちょっとだけ遠い目をする。
麗奈と会わなければ、ランセの負担は増えるばかり。今にして思えば、会って良かったのか更に悪くなったのか。
ランセの戦闘スタイルは、身体強化と闇の魔法の応用。バリエーションの多さで周りをカバーしている感じだった。それはギリムと被るが、魔力の質がランセより上なのを感じ取り鳥肌が立った。
(最後は、絶対に当てる!!!)
その思いで具現化を果たしたものは、赤毛の狐。
9本の尾を持ち、ハルヒ達の世界では厄災と呼ばれた嫌われ者――九尾。
誠一が契約した九尾との違いは、ハルヒの想像であるということ。現に今いる九尾には、ハルヒの蒼い気が纏っている。ハルヒの作られた式神だからこそ、話しもしなければいつものような文句は出てこない。
「手数を増やしたか」
ならば応えようと言わんばかりに、ギリムは纏った霧全てを刃に変えハルヒへと迫る。ハルヒが具現化したその式神は、当然の如く術者であるハルヒを守る。
9本の尾が瞬時に硬質化し、黒い刃へと激しくぶつかり合う。その衝撃と火花は凄まじい上、ギリムが瞬時に周囲へと結界を張る。
(む、もしや――)
ふと思う。ギリムのこの行動は誘われたのではないか、と。
その考えが当たる様に、彼の真横で空間が裂けた。刀を持ち迫るハルヒと目が合う。九尾の尾は未だ、霧の刃とぶつかっている。
「これでっ!!」
「甘い」
ギリムの腕を狙うつもりで突き刺すも、寸前の所で刃が止まる。
黒い霧は確かに九尾との攻撃に当てているが、全てではない。僅かな霧がハルヒの刃を通さないでいる。
離れている者達からすれば、ハルヒが刺したように見えるが違う。残り1ミリ。だが、それが届かないでいる。
「くっ……!!」
「5回目にしてようやく掴んだ、と言った所か。思い出したぞ。土御門と言う名前……。そうか、君は幸彦の子孫か」
「は? 知り合いなの!?」
驚愕するハルヒはそこで力を少しばかり緩めてしまった。
自分の失敗に気付くも、相手はそれを見逃さない。ハルヒに叩き込まれた闇の魔力と衝撃に思わずアウラは悲鳴を上げた。
破軍の代わりに作った九尾は、術者であるハルヒが気絶した事で自然と消滅。ギリムは張っていた結界を解きながら、自分の服が少しだけ破けている事に気付く。
「意表を突いたつもりはないが、悪い事をしたな。ティーラに問題発言されても、文句はいえないか。しかし、掠り傷まではいかなくてもちゃんとダメージは貰ったぞ。流石は彼の子孫なだけある」
ハルヒの成長に喜びつつ、ギリムが担ぎ上げると医務室へと移動を開始。
あれだけ激しい模擬戦をしたのにも関わらず、広場は壊れていない。破軍もポセイドンも居ない中でのハルヒが、編み出した技。
人間の成長の凄まじさに、ギリムは改めて考え深いものだと喜びを嚙みしめた。




