第26話:精剣の主
「はい、これ。君に渡すよ。武器は持っといて損しないし」
「……これは」
ランセから渡されたのは大剣。それを収める鞘には透明の宝石が埋め込まれ、収められている剣を抜けば柄も刃も黒いそしてかなり重い。剣を抜くのに凄く重いとか聞いてないぞ、と心の中で思うも質問する。
「あ、あの、何で……こんなに、重い………んですか」
「そりゃあ剣が認めてないんだよ」
「み、認めて、ない………?剣に意思が宿ってるんですか?」
「そうだよ。それは精剣と呼ばれる特殊な剣だよ」
「精剣………」
キールから精剣について知っていたユリウスは改めて剣を見る。魔族を倒す為に作り出された代物として、本数は各国の4本しかないと言う話だったがと疑問を口にすればランセは笑顔で「それ精霊いないんだよ」と答えた。
「精霊が、居ない……?」
「精剣と呼ばれる条件には精霊が宿っているかいないか、だ。精剣もやっと4本だけど実際はもっとあったんだよ。ただ、精霊を宿して完成されたのが4本と言うだけだからね」
「………じゃあ、これに精霊が宿るような事態になれば………」
「うん、5本目の精剣の出来上がりだね♪見た目からも分かるけど、それは黒い剣だから闇の属性を纏う精霊しか入れないから他の精霊達には無理なんだけど」
「闇の、精霊………ですか」
「大精霊と呼ばれる彼等は世界が出来た時に神が作り出した監視者の1つ。精霊自体、人間社会に踏み込まないのが常識だしね」
「常識………ですか」
「うん、常識………なんだけど」
チラリ、と子供達と遊びに混ざるウォームに2人して肩を落とす。彼も精霊の中ではかなり強い力を持つから大精霊に入るんだけど……と説明してくれる。キールから呼び出されたランセが来たのは魔法協会本部。森に囲まれ木作りの家が並び子供だけでなく大人達も生活をしており、離れた所では魔法の訓練を行う若い魔法師が集まり各々勉強している。
ラーグルングから来たと言う事でレーグとキールの周りにも集まっており、魔法を学ぼうと集まり人だかりが出来ている。改めて2人は凄い人物だな、と思うユリウスは何だが誇らしいなとさえ思った。
「そう言えば知らないんだっけ。ラーグルングは他国よりも魔法に関する力なら上だよ。魔法師同士の通信の確立、魔物や魔族の魔力感知、魔法師でない者との通信……師団長のキールも凄いけど、支えているレーグも十分も凄いから」
「……何で魔道隊の人達は人見知りなんですかね」
「………群がられるのが嫌、とかかな。驚いたのはキールの母親だよ、まさか魔女だったとはね」
(魔女………か)
魔女。
魔力のコントロールに優れその魔力量も人間よりも多いとされている。その特徴から男でも女でも共通で魔女と一括りにされている。彼等は何処から来て今、何処に居るのかも分からず不明な部分が多い。
「イーナスからも許可得たけど、あんまり突っ走らないでね?」
「気を付けます………」
「若いから突っ走るけどそんなに慌てないでよ」
「…………はい」
ヨシヨシと頭を撫でられ気恥ずかしさで一杯だが、あまり年上から撫でられていないと言うものあり大人しくしている。滅多に見られないユリウスにランセは「弟が出来たみたいで嬉しいよ」と言いまた撫でるのだった。
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「宰相、本当に行かせて良かったんですか」
「ん?あぁ、陛下の事………行けなくて寂しいんだ」
「そ、そういう訳では………なくも、ないです」
最後が段々小さくなっているので、素直になった自覚があるなとイーナスはニコニコとヤクルを見る。そんな彼はラウルの代わりに報告書を届けに行けば、完全に扉が無くなった執務室に驚きつつ入り宰相から陛下も魔法協会へと送り届けたと伝え一瞬、寂しそうな表情をしながらもすぐに仕事モードへと切り替える。
「良い機会だ。魔力のコントロールは元々陛下にとって訓練であると同時に命綱手もあるんだ。……ランセから呪いを解いたのもごく一部で完全にとはいかないのは聞いてるね?」
「………はい」
「彼から言わせれば魔力の暴走、過激な力の使い方でも呪いは発動する条件になるんだって。今の陛下の状態がそれだから……魔力のコントロールが出来てるかで彼の命が長くなるか短くなるかの違いだ」
「そう言えば、誠一さん達はここ最近柱についてと図書館に良く閉じこもってますね」
「聞いたら呪いの元を取り除く為の術を考えてるんだって」
「呪いの………元、ですか」
「先代たちが受けて来た呪いは今の陛下にかなり負荷がかかる様にしてるんだ。ランセのお陰で少しは軽減されていても、起爆装置扱いでいつ暴走するかも分からない。そうなれば………死ぬ」
ぐっ、と言葉に詰まり現実に戻される。イーナスの言うように今のユリウスは起爆扱いだ。ランセのお陰で呪いは外したがそれも一部、そして誠一達が行おうとしているのはその呪いの元を排除する方法の模索。
「浄化師の裕二君が負担を掛けずに元を排除する方法を探してるからね。きっかけが何で起きてるか分からない以上、覚悟はしておくんだよヤクル」
「………分かり、ました」
「失礼します、宰相。今、ディルバーレル国から近衛騎士達が戻って来たと報告がありました!!」
「!!……に、兄様が」
「分かった。報告ありがとう。……ヤクル、早くお兄さんに会いに行きなよ?」
「は、はい!!!」
少年のように嬉しそうな表情のヤクルにイーナスは安心したようにふぅと息を吐く。
(恐らく彼等もキール同様に柱の結界の為にラーグルングに入るのに苦労したのだろう。……向こうの状況を聞けるから良いが、休ませないとヤクルに睨まれるしね)
『いつもお疲れだな、お菓子食べるか?』
「今日は子供達と遊んだんですか、清さん」
『まぁね♪魔物に襲われた恐怖心を和らげるのは簡単ではないのは知ってる。とりあえず、これでも食べろ』
そう渡されたのは黄色い生地のクリームを巻いたもの。不思議そうにじーっと見ていると『早く食べないと崩れるぞ』と言い見張りの兵士達にも配る。
(麗奈ちゃん達の世界の食べ物って、色々と豊富なんだね)
羨ましく思うが、自分にそんな感情があったのも驚きつつクレープと言う名前のお菓子を堪能する事にした。
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「はぁ~~。お風呂だ」
「城のお風呂も良いけど、こういうゆったりしたのも良いよね麗奈ちゃん」
「喜んでもらえて結構。久々に女同士ゆっくりしようじゃないか」
「……………」
「まだ恨んでいるのか………しつこい女はモテんぞ」
セルティルから頼まれた魔物退治について詳しく知る為にランセ、レーグは事情を聞きに別室に向かい、本部の地図を見て場所の把握をするユリウス達。麗奈とゆきは何故か、休むように皆に説得されセルティルと共にお風呂を借りている状態。ゆきの魔法師としての登録も明日に引き伸ばした為、全員本部に泊まる事になった。
「あ、麗奈ちゃん私もう出るね。子供達にお菓子作る約束してたから」
元々、子供に好かれやすいゆきはここに来てから案内して貰っている間ずっと子供達はコソコソと見ていたが、案内が終わった瞬間彼女の周りに集まりだした。嵐のように過ぎるのが早く、そしてゆきも慣れたように子供達の相手をし……気付いたらお菓子作りをする約束まで取り付けた。
「うん、分かった」
「じゃ、セルティルさん失礼しますね」
「あぁ、悪いね。来たばかりなのに……あの子達の事頼むね」
「はーい♪」
先に上がったゆきを見計らうようにセルティルが麗奈に話しかける。「あのバカ息子、手が掛かるだろ」と話題を変えて来たのでビクリとなる。じっと見て来るセルティルに答えなければ……と気持ちが焦る。
「キールさんには……いつも、助けて貰ってます」
「ほぅ、アイツがね………息子の事、何処まで知ってる?」
「えっ………。国の師団長で魔法の扱いも長けてて、イーナスさんとよくケンカしてますね。何より私なんかに誓いも立てて………役立たずな主なのは当たってますね」
「ふっ、ふふふふふ、アハハハハハハハ!!!!!そうかそうか、アイツも愉快にやってるんだな」
豪快に笑ったセルティルに目を瞬きをし不思議そうに見ている。彼女の見た目はかなり若く大人だ。……子供の自分と比べるのは悪いと思うがどうしても胸に目がいってしまう。
(……ラウルさんとレーグさんに下着見られるしかなり最悪。………やっぱ男の人って大きい方が良いのかな?)
「陛下はそんなに大きいのは要らんと思うぞ。むしろ君みたいの位の方が良いと思うがな」
「はい!?」
思わず体にタオルを巻き湯船にさらに浸かる。セルティルはふふふっと麗奈を見れば彼女は顔を真っ赤にしている。暫くして「……まっ、だからアイツの事は任せるか」とパチンと指を鳴らしバシャアアン!!!と湯の中に再び潜ったような感覚に思わず這い上がる。
「げほっ、げほっ………な、何が、どうなって………」
「え!?…………主ちゃん?」
「………えっ!!!」
ビクッとなり声がした方にゆっくりと振り向く。そこには腰にタオルを巻いていたと思われるキール。お互いに黙りすぐに麗奈は湯船に浸かり「ごめんなさい、ごめんなさい!!!!見てない見てないです!!!」と繰り返し言われる。
「良いよ、どうせあの人のイタズラだ。それで………本物かな?」
「ひぅ!!!」
ビクリ、と体が硬直し頬に触れるキールの手にどんどん赤くなる。その反応だけで本物なのはすぐに分かり、はぁ……と大きなため息を吐き「お願いだからそんなにビクつかないでよ」と言われてしまう。
「う、うぅ………すみません」
「空間の移動の魔法が……母の魔法の特徴でね。移動する場所を明確に想像できるなら何処でも物でも人でも飛ばせる。瞬間移動みたいな感じかな」
(だ、だから気配無くいきなり現れるんだ)
今までキールが神出鬼没の理由が分かりほっとしたような複雑な気持ち。そして不思議に思っていたのがもう1つありチラチラと見ながらも聞いてみた。
「あ、あの………キールさんのそれタトゥーか何かですか?」
「ん?あぁ、これ………。なんだ、主ちゃん。ちゃんと見てるんだね」
「ち、ちがっ!!め、目に入ってしまったので、聞いただけで!!!」
気になっていたのはキールの右胸部分に描かれている三又の竜。かなりハッキリと描かれていたので目に入ったのだが、何か誤解を生むような発言をしたと思い再び赤くなる。
「ふふっ、冗談だよ。これは………うん、親子の印、みたいなものかな」
(親子の……印?)
「じゃ、上がるね。あんまり入り過ぎてのぼせないでね?」
「は、はい………」
そう笑顔で出て行くキールに麗奈は振り向かずにずっと下を向いたまま。着替えたキールは「あ、着替えか……」と思い当たりゆきに着替えを持って行くようにお願いしに行った。
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「前よりは良いけど………もう少しかな」
事情を聞いてすぐユリウスとリーナの特訓を再開したランセ。本部の中でやる訳にはいかないが、こんな機会は無いなと困った様子を何処からか見ていたセルティルが「特訓したいならここ使いな」と言われて空間を切り離した異空間に3人を放り込んだ。
鳥が鳴く声に耳を傾け、広がる森林に驚いているとさっそくとばかりにランセが2人に攻撃を開始。リーナはすぐに対応したがユリウスは未だに剣を持てない状態であり最初に攻撃を受ける状態。
「防御は前よりも正確に出来てるし、リーナもコントロールも上手いからあとは……ガロウ」
≪ガウ≫
「彼を鍛えてあげてきて。剣筋も鍛えておいて損はないしね」
≪ガ~ウ≫
言った瞬間、リーナに向けて大きな影が襲い掛かる。それを自身の影を大きくして相殺させる。その隙に割り込んできた黒騎士は大剣を振り下ろし、レイピアで応戦。
「くっ………!!」
力の押し合いに負け、勢いよく吹き飛ばされる。大鎌を構えたランセはユリウスに斬りに掛かり無理矢理弾き返すもすぐに後ろに迫られザクリと斬られる。その斬られた痛みよりも反応出来なかった事に悔しがり、すぐに態勢を整え剣を構える。
「重いよね?持ち上げる方法教えてあげるよ」
「えっ……」
「簡単だ。精剣は魔力を通して精霊の力を利用する。精霊が入っていないその剣も魔力を通せば持ち上げるのも簡単だ……精霊が居なくともその剣は今まで携わって来た人達の想いと魔力がある。怨念、執着、とも言えるそれ等を君は支え切れるかい?想いに潰されずにちゃんと自分を保っていられるかい?」
(………自分を、保つ)
鞘から抜いたその大剣。自分よりも大きなそれに一体どれだけの想いが願いが込められているかユリウスには分からないし、それを全部支えられるのかと言われれば……正直自信がない。
「!!!」
「攻撃しないとは言ってないよ」
目前に迫ったランセに驚く間もなく、蹴り飛ばされ真上から黒い雷が襲い掛かる。真横から噛みつこうとするガロウに咄嗟に腕を差し出して急所の首を守るも黒い斬撃により体が大きく吹き飛ばされる。
「ぐっ、げほっ……」
「魔力に集中しようとすると、周りが疎かになる。……出来れば、同時にこなして欲しいな」
「ど、同時、ですか……?」
「今度は私は攻撃しないけど、影は攻撃するからね♪頑張れ」
ズズズッ、と影が意思を持つようにしてウネウネと動き獲物をユリウスへと認識したように一気に襲い掛かる。慌てて剣を取るも地面に刺さったまま動こうともしないのにそろそろ爆発しそうになる。
「っ……いい加減にしろ。いつまでそんな駄々こねる気だ………。俺は力を得なきゃないんだ、守らないといけない人達が居るんだ。絶対に使いこなしてみせてやる………だから力を貸せ!!!!!」
ドクンッ、ドクンッ、と大剣が脈を打つような音が聞こえてくる。その反応に目を細めたランセはその場を離れる。同時に影がユリウスに向かって行き光を宿した大剣が振り下ろされ爆発が起きた。
リーナと黒騎士もこの反応に驚き、黒騎士がリーナの前に立ち剣を突き刺して防御魔法を展開。異空間を作り出したセルティルも、ビリビリと空気が震えるのを感じニヤリと笑みを深める。
「ユリウス陛下………やればできるじゃないか。惚れた女の為って言うのは凄い力を出すもんだね」
土煙と焼けるような匂いが充満し、リーナを連れて来た黒騎士はこの状況を聞いてくる。ランセは笑顔で「彼、使いこなせるようになったんだよ」と言い土煙が晴れていく。
「はぁ、はぁ、はぁ…………ランセ、さん。出来た、ぞ………」
爆発が起きた所はクレーターが出来ており、その中心にユリウスは居た。大剣として渡した精剣は今は姿を変えている。彼の手には2つの剣があった。そのどれもが黒い刃で黒々しく、太陽に当たっていようとも光らない全てを飲み込むような刃は美しいとさえ思わせる。
鞘も1つだったものが2つになり、ユリウスがいつも使う双剣として姿を変えた精剣。それだけでランセは満足したように「合格♪」と言えばフラフラとその場に倒れてしまう。
「陛下!!!!」
「あぁ、力を吸収されてダメになったか。………次はそれにも慣れてくれないと」
「……が、頑張ります………」
「ちょっ、まずは休ませますよ!!ゆきの所に行きますよ、彼女なら一発で治せますから」
「わ、悪い………」
「へっ?きゃああああ!!!!」
≪ガウガウ!!!≫
突然、空から降って来たゆきを黒狼がキャッチすれば助け出された本人は「な、なにが………」と目を回しながら聞く。ランセが2人の怪我を治すように言えば理解が出来ないままだったが、2人に治癒魔法をかける。
「……おおおっ、凄いなゆき!!」
「す、すみません助かります」
「ううん。………あの、ランセさん。私、何でここに居るか理解出来ないんですけど」
「治療要員、だろうね。セルティルさんが予告なくここに君を呼んだんだと思うよ」
「治療、要員……?」
「今から特訓するからゆきさんは、怪我した2人を治す係。ついでに、離れた所と的確に魔力を当てられる練習にもなるから……君にも得な訓練だよ?」
「ちょっ!!!」
(巻き込む気満々だな、ランセさん………)
「はい!!!頑張ります、何でもやります!!!」
「よし、訓練開始♪」
その後、地響きが起きようが木々が薙ぎ倒されようがリーナとユリウスに怒涛の攻撃を繰り出すランセ。余裕の表情で繰り出されてくるので、1発は攻撃を当てたいと思うも簡単には行かず………結局、2人が気絶するまでにランセに攻撃は当てられずゆきも怪我を治したりするのに大忙し。
「頑張って2人共!!!!」
((や、休ませて………!!!))
魔王相手に攻撃を当てる事自体、どれだけ難しいかを分からないゆきは応援する。ランセも「今日はこれくらいで」と何処か満足気に言えば見計らったように、降り立った場所が変わる。セルティルが仕事場としている部屋であり、周りには書類の山が詰まれ足の踏み場もない。
「見させてもらったよ、陛下。まさか、魔王直々に訓練して貰えるとは………世の中、変わるのは早いもんだね」




