第274話:干渉する力
「咲。見えてきましたよ」
「わあ~。綺麗な所……あれがニチリなんだね」
ニチリに戻るとハルヒが思い立ち、同時に彼に連絡が入った。
同盟国のダリューセクで、異世界人の咲が麗奈とユリウスの事を思い出した。きっかけをくれた魔王ギリムも同行する形で、ハルヒと共にニチリへと向かう事になったのだ。
咲の護衛は変わらずナタールが務め、聖騎士からはフィンネルが同行する。
フェンリルを使わずに行く初めての国外に、咲は心なしかテンションが上がっている。ナタールはそれを微笑ましく見ており、フィンネルが「勝手に居なくなるなよ」と注意をする。
そんな中、ハルヒは通信用の札をじっと見ていた。その表情は少しだけ暗い。
「何か心配事か?」
「え、あ……」
何気なく聞いたギリムに、ハルヒは一瞬迷う。しかし、それもすぐの事で、アウラとの連絡が取れなくなった事に不安を覚えているという。
「結界も強化して魔物の侵入はないし、定期連絡もないから何があったのかな、と」
「確かに心配だな。だが、もうすぐ着くんだ。確かめるのはその時でも良いだろう」
「ですね」
「ポポ~」
「そうだね。アルベルトさんも居るし安心だ。何かあったら癒してね」
「クポ♪」
嬉しそうに頷くアルベルトは、咲の元へと走り途中で派手に転ぶ。
慌てて掬い出すようにして咲は両手にアルベルトを収める。痛そうに頭をさするアルベルトに、咲も習って頭を軽くこする。
「クポ」
「気を付けて下さいね。船の揺れはそんなに大きくないですけど、落ちたら大変ですもん」
「ポポ」
コクリと頷き、咲の肩へと移動する。
麗奈と行動をする時の定位置でもあったその場所に行くと、自然と思い出すのは麗奈の事だ。軽くしょげるアルベルトに、咲は優しく頭を撫でた。
「大丈夫。絶対に見付けるよ……。一緒に頑張ろう?」
「ポゥ♪」
元気を取り戻す様に頷くアルベルトに、咲も負けないように気合を入れる。
アルベルトはハルヒ達と行動し、父親のジグルドや仲間達は引き続き調べれる所を探す形になった。
ダリューセクに行っていたギリムは、同じ大賢者のキールの様子を診た事を話しだした。
彼は創造主が相手であると、仮定し魔力を限界まで引き上げた。自身の魔力と周囲に集めた魔力。その魔力を吸収し、貯めてる性質の水晶を用意し、記憶を封じる魔法への干渉を強引に行った。
「今はその無茶で絶対安静中だ。ランセの方も、余が呪いを解いたから目が覚めればこちらに来るだろう」
部下であるティーラに伝えており、彼が覚えてなければブルトが代わりに告げる事も伝えた。咲のダリューセクに来たのは、キールのような無茶をしないか心配になった為だ。
「平気です。そんな事させませんから」
「だと思った。過保護で助かる」
(良いのかそれ……。ま、れいちゃんも似たようなものだから良いかな?)
それ以上考えるのを止め、ハルヒは会えなかった分と思いアウラを甘やかすと決めた。
ラーグルング国からニチリへは、転移で行けるが咲が船に乗りたいと言う事で海路での移動になった。アウラの声色がいつもより元気がないのが気にかかり、元気になれるようにとゆきから色々と貰っている。
その中には、日本で食べていた味噌や醤油などがあり思わず「えっ」と驚いたものだ。
「……ここで和食に触れられるとは思わなかったな」
「えへへ。お米や緑茶とか、私達が食べて来たものも出来て楽しいよ」
「へぇ。誰が作ったの? と言うか、こういう発酵食品って酵母が必要なのに」
「あぁ……それはね」
ゆきは話し出す。
これらを作ったのはキールだ。ゆき達が食べて来た食文化に興味を示し、魔法での再現が出来ないかと研究に励んでいたのだという。
「あの人の知識欲を満たすのって大変じゃない?」
「あ、あはは……。引き出しが減っていくから、ハルヒにも手伝って貰う事があると思う」
自分達が住んでいる日本について話せそうな話題が、尽きるのを心配する。ハルヒは、ゆきの事をじっと見てヘルスから言われた事を思い出す。
「良いよ。私も君と同じ事を思ってた……。アイツはぶん殴りたいし、準備が出来たら私も行くし」
笑顔でそう言い切るヘルスに、ハルヒは心の中で協力的で良かったと思う。
アルベルト達の話も含め、今のゆき達の状態を話していた。ラーグルング国は、干渉される力が強く下手に思い出そうとすれば頭痛だけでは治まらない。
「ま、私も人の事言えないけどね。記憶を封じている力を持っているからこそ危険だと分かる。なのに、キールときたら……」
「まぁ彼はれいちゃんの事を主って呼んでだし、いつもアイツに注意されてたから別に良いんですけどね」
「……ラウルの事、気になる?」
「別に。思い出さないならそれはそれで良いですよ。会う度に喧嘩されるのも困るんで」
つい思い出してしまう。
キールが疑問に思っていたのなら、麗奈の騎士となったラウルのはどうなのだろう。ハルヒとは必ず喧嘩をするが、その原因を作ったのも自分自身なので反省はしていない。
口は気にしないと言いつつ、表情では気にしているのを察したヘルスは話し出した。
「やっぱりね、2人の記憶を消すっていうのは難しいんだよ。特にユリィは私の弟で、私が居ない間はここを支えていたんだ。イーナスも含めて、皆は疑問に思っている。でも、あまり踏み込むと頭痛だけじゃなくて思考を停止させられる。そうなると、体の方が拒否反応を出しちゃうしね」
「……下手に刺激を加えて、酷くなるのは避けたいって事ですね」
「うん」
「やっぱりあの大賢者は変だ」
「うん。そうだね」
「……変だけど、助かってる。覚えている人が増えて、嬉しいし……」
視界がぼやける。
そっとヘルスが抱き寄せる。泣いていると言われ、自分の状態にハッとなる。
ヘルスの執務室には、彼しかおらず誰も立ち入りを許されていない。イーナスも気にはなっていたが、理由は聞かずに退出した。
「君は、麗奈ちゃんと幼馴染だったね。ありがとう、君が覚えてくれたのは私にとっても嬉しいよ」
「っ……。絶対、取り戻す」
「無理は禁物だ。こっちはどうにかしておくから、君は君の大事な人の所に行くべきだよ」
「はい……ありがとうございます」
最初にヘルスと対面した時に、ハルヒは麗奈との関係を話した。
自分が土御門家で冷遇されている時、救い出してくれたのは麗奈の母親である由佳里。そして、そんな彼を受け入れて面倒を見てくれた朝霧家の人達。
なにより、彼は麗奈と会って楽しいという感情と恋を知った。
命の恩人であり、変わるきっかけをくれた人が居ない。戻ってくれないと困るのだ。
「やっぱり由佳里さんは凄いな。あの人の優しさや素直さが、麗奈ちゃんにあってここでの縁を繋いでる」
「それを引き剥がすなんて……。やっぱりぶん殴るだけじゃ収まらない」
「私も手伝うから。連絡はこれはを使えばいいのかな?」
アウラにも渡した通信用の札をヘルスにも渡す。
伝えたい相手を思い浮かべば、繋がるという仕組みのものでハルヒは5枚ほど渡していた。既に霊力を込めた上、無くなれば誠一達に作ってもらう様にと頼んだ。
「はい。その、落ち着いたら僕から連絡します。なのでそれまで待っていて欲しいんです」
「良いよ。私も魔王ギリムさんにしっかり休めとキツく言われたから。休養がてら、書類整理を片付けておく」
「お願いします」
涙も引き、落ち着きを取り戻したハルヒはヘルスと別れた。
魔王ギリムに言葉を借りれば、同盟国から崩していけばラーグルング国に掛けられた圧は解消されていく。
干渉の力が強力であれば、周りから崩していけばいいというものだ。
「ところで……貴方は、いつまで僕達に協力してくれるんですか?」
「ん?」
ヘルスとの別れを思い出していたハルヒは、共に来てくれるギリムにそう問う。
海を見ていたギリムはハルヒに向き直り、2人を見付けるまでは一緒に居るという。
「ランセさんみたいに、国を滅ぼされたんですか?」
「いいや。サスクールには個人的な恨みがある。現に奴は、我々の動きを封じようと魔族と魔物を差し向けて来た。ま、全て滅ぼしたがな」
「え……」
「余が治める国は右腕に任せて来た。余が居ないから統治が出来ないなど泣き言は言わんよ」
(それは言わせないだけでは……?)
まだ会っていないギリムの右腕となった人物に、ハルヒはご苦労様と心の中で労わる。
船はそのまま順調にニチリへと到着。
ハルヒの案内で、咲達と行けば城内が少し慌ただしい。世話係のウィルに話を聞けば、アウラが昨日熱で倒れたという。
今も苦しそうにしているが、薬草などの薬は作らないでいる。その理由としてアウラはそういった物はを一切受け付けないのが理由にある。
「こればっかりは、こっちも出来る事は少なくて……。何とか水は飲んでくれるけど」
「そう、ですか」
「あ、同盟国のダリューセクの人達ですよね。えっとそちらは?」
「申し遅れた。余は魔王ギリム。彼に協力している者だ」
「まっ……!?」
「待ってギリムさん!? いきなりすぎです!!」
青ざめるウィルに、ハルヒと咲はギリムに慌てて説明を始める。
ラーグルング国に協力してきた魔王ランセが居たからこそ、どうにか落ち着きを取り戻したがそうでなければ報復に見られてしまう。
まだ自分達は、魔王同士の関係を知らないでいる。
それも知らないといけないが、ハルヒは熱で苦しんでいるアウラの為に出来る事として食事を作ろうと考えた。
咲も協力すると言い、ゆきも交えて3人で料理を作ろうと気合を入れる事となった。




