第272話∶変化を望む
ダリューセクを治める王族のセレーネは、すぐに聖騎士達に集合をかけた。
咲が異世界転移で現れた円卓の会議室。セレーネは、既に咲とナタールから事情を聞いており小さく溜息を吐いていた。
「すみません、咲。貴方には休みをと思っていたのに」
「いえ。平気ですよ、セレーネ様。ナタールと良い気分転換になりましたし」
「そう、ですか」
敵意を持ってナタールを睨むも、本人は笑顔で返すのみ。
2人の間で何故か火花が散っているのが分かり、咲は隣に居た宰相ファルディールに助けを求める。しかし、彼は無言で首を振るだけだ。
「あれには関わらない方がいいので。咲嬢も、関わらずに無視して構いません」
「えっ」
その間にも、セレーネとナタールの無言の攻防は続く。
同じ聖騎士のフィンネルに助けを求めようとしたが、彼も無言で拒否を示す。他の聖騎士達についても同様であり、咲はどうしようかと視線を彷徨わせる。
そうしている間に、さっと現れたのはダリューセクを守っているルーと呼ばれたドラゴンと魔王ギリム。
ルーは、人間の姿になりギリムとまだ話をしていた。
《こっちがやるよりは、貴方がやった方が良いのかなーと。廃人にしたくないんだよ、あの子の事》
「どういう意味ですか」
《え、あ……》
ルーは失態に気付き、思わずギリムを見た。
一方でギリムの方は視線を向けるなと無言で訴える。
セレーネの逆鱗に触れたと瞬時に分かり、ルーは戸惑いながらも説明を始めるしかなかった。
《……あの戦いでまだ2人戻ってきてないんです》
「戻って……? どんな方ですか」
《サスクールに狙われ続けた女の子と、ブルーム様の契約者。その2人がまだ戻られていない》
「そう、だ。やっぱり……」
咲の小さな呟きを聞いたのは隣にいたナタールだけで、セレーネ達は思い出そうとするが無理だった。
そうしようとすると、必ず思考が停止するようになる。何を思い出そうとしたのかさえ、曖昧になった。
「ラーグルング国は強力にかけられている。だから、他の同盟国ならと思ったが……こちらも強いか」
《あんまりのんびりも、出来ないよね。結局、フェンリルや他の大精霊達は彼女に協力してるんだし。多分、一緒にいる可能性が強いし》
「あのっ」
勇気を振り絞り、咲が声をかける。
解く方法はないのか、と。ルーは思い切りギリムへと視線を向けた。
じっと咲の事を見るギリム。
少しした後で顎に手を当て考える。ギリムは咲に確認を行う。
「疑問に思ったのはいつ頃だろうか」
「戦いが終わってからずっとです。……なんとなく分かってたんです。フェンリルが戻らないんじゃなくて、戻れないのかもって」
「……君はここには召喚をされて来たのか?」
「いいえ。声に導かれて、気付いたらダリューセクに来てました」
その後、咲はギリムに説明したのはセレーネ達と同じだ。
男性の声で導かれ、気付いた時にはここに居た。それを聞きギリムの目が妖しく光る。
「!!」
咄嗟に咲の前に出るナタール。ギリムの視界を遮る様な動きに咲は戸惑う。
だがギリムは止める気はなく咲に問う。
「良ければ君の記憶を見たい。その時の状況を余は確認しておきたいからな。そうすれば、見せたくないものまで見る必要もない」
「……」
咲が導かれたと言う声は、恐らくは創造主デューオによるもの。
殆ど答えは出ているようなものだが、ギリムは確認の為として記憶を見るという。そして、会って間もないのに、彼女が記憶を見られる事に対して抵抗があるのも見抜かれている。
人は誰しも見られたくない記憶の程度はあるが、それなりに予想が立てていると言わんばかりの雰囲気。隠し事は出来ないと思いつつ、咲は答えを出そうとしてナタールに遮られた。
「失礼ですが、そこまで分かっていて確認する必要があると?」
「奴の残した痕跡を確認したいだけだ。予想だけで動いて、徒労に終わるのも良くないだろ」
「私なら大丈夫だよ。ナタール」
「しかし、咲……」
「変わらなきゃいけない。……4年もよくしてくれたのに、いつの間にか甘えてたんだ」
セレーネにも聖騎士達にも悪い事をしてきた。そう反省する咲が思い出していくのは、この世界に来て事。
最初にセレーネに保護され、彼女がその日の内に魔族に襲われた時。セレーネの身代わりになると言った時、支えてくれたファルディール達。何より、ナタールが献身的に支えた事もあってここまで来れた。
やっとわかった様な気がする。
戦いが終わってから、感謝されるが自分の中では上手く整理がつかなかった。それは、自分の中で大きなわだかまりがあるからだ。
「私……お父さんから暴力を受けてたんです。お酒を飲むと性格が豹変して、私やお母さんによく当たってた」
今思えば、この世界に来れたのも導かれた声に言われたからだろう。
変わりたいと願うなら、と。
初めて告白された咲の過去に、セレーネ達は黙ったまま。事情がある事は咲が初めてこの世界に来た時から分かっていた。
そしてセレーネとファルディールは、咲の怯えようから日常的に暴力を振るわれている事だろうと予想は出来た。咲本人から言わない限り、自分達は聞かずにいた。
心の整理がつくまでの時間も必要だからと、ファルディールは聖騎士達にも踏み込まないように頼んだ。しかし、その日の内にセレーネが襲われ咲が身代わりを務めるまでの間、忙しくして来た。お互いにゆっくり出来る時間も少なかった。
彼等は、咲の過去に関係なく受けていれた。
それを分かりつつ、咲もいつの間にかそれに甘えていた。だから――変わるのが怖かったが、覚悟を決めた。
「もう逃げません。セレーネ様達が真摯に向き合ってくれたのに、私が逃げてばかりではいけない。本当に恩を返したいなら、甘えちゃいけないもん。だから大丈夫……大丈夫だから」
ナタールの方に手を置き、平気だと伝える。
それでも止めようとしたが咲の決意を読めない程、ナタールは鈍感ではない。セレーネも止めない所を見ると、咲の意思を尊重するという現れだ。
「すみません……。出過ぎた真似をしてしまい」
「平気だ。それだけ彼女が大事だと言う事だろ?」
「ナタールは優しいですから」
《それだけじゃないよなぁと思うんだけど》
ルーの呟きに聖騎士達は無言で頷く中、セレーネだけは少しだけ不機嫌になっていた。
ギリムは咲の前に立ち、彼女の頭に手を置く。咲は自分が転移された時の事を強く思い出す。
(やはり、な。接触したのは、奴が自身の世界でも動ける為だな)
咲の記憶を覗き、デューオが導いた時の事をそう結論付けた。
だからこそギリムは咲にきっかけを送った。取り戻したいという彼女の願いを叶える為に。
「っ、咲!?」
セレーネが思わず慌てた。
突然、咲を覆う様にして青白い炎が発生。しかし、咲が慌てる様子はなく不思議そうにギリムを見つめるだけだ。
「あの、これは一体……」
「奴の干渉を防ぐ為だ。ドラゴン達と余の魔法とで防げるが、時間も少ししかない。その間に、失くしたものを思い出してくれ」
「失くした……もの……」
この炎がある限り、何らかの干渉は受けない。
そう捉え咲は思い出す事に集中する。
自分が感じた違和感。そのきっかけは何だろうかと思う。
フェンリルが戻らないのは、恐らくは自分がお願いをしたからだろう。誰かを守る為に……。
ではその誰かとは一体、誰なのか。
――願いは強いの。助けたい気持ちを思いを込めるの
それは誰の言葉だったのか。
そう思い、咲はその疑問が他にもないかと思い出す。
(そう、だ。セレーネ様を起こしたのは私じゃない……。周りは私だと言ったけれど、あの時の私は魔法すら満足に使えなかった。それでナタールの事も治せなくて、それで――)
徐々に思い出していく。
自分が何を忘れてしまったのか。あの危機的状況を脱したのは、それをしてくれた人の事を。
「あ……。そうだ、麗奈ちゃんとユリウス様……。まだ、あの2人が戻ってない」
身代わりをしている時に、魔族に襲われたナタールを治療したのは誰だったのか。
ダリューセクが大軍の魔物に襲われ、フェンリルが守っていた時に加勢したのは虹の契約者である2人だったと思い出していく。
「お、思い出しました!! セレーネ様。朝霧麗奈ちゃんと、ユリウス様です。虹の契約者である2人の事を私達は忘れていますっ」
「そ、その前にっ。燃えてます、まだ燃えてるんですよ咲!!!」
大慌てのセレーネに構う事なく、咲は思い出した事に喜びを感じた。
つっかえていた事がなくなり、過去を話したからか今の咲はとても晴れやかな気持ちでいる。
デューオの干渉を破った咲の様子を見て、周りが影響を受けるのも時間の問題。ギリムは徐々に崩れている様を見て、次に干渉する国を定める。
(次はニチリだな。あそこも、奴の干渉が強い所だが神子がその干渉を逃れている。今の内に手を打つべきか)
同盟国であるダリューセクは、咲が干渉を破った事で麗奈とユリウスの存在と記憶を取り戻した。この綻びをきっかけに、ギリムは感じ取る。創造主デューオの施した事が、逆に強い綻びを生むきっかけになるのだと。




