第271話:変わっていく環境
場所は変わり同盟国、騎士国家のダリューセク。
異世界人である弓川 咲は、この国の象徴となっているフェリンリルの像の前に居た。
黒髪に黒い瞳。日本人の特徴の顔立ちである彼女は、今日もその像に向けて祈りを捧げている。
(フェンリル……貴方は今、何処に居るの? 何で何も答えてくれなくなったの)
魔王サスクールが倒れてから1週間。
彼女達の中での最大の脅威を倒し、この国は大きな祝宴を行った。魔物の大軍による侵攻を3度も受けて来たがその度に彼女達は戦い生き残って来た。
だが、咲は祝宴をしている中でも何かが引っかかる様な気持ちの悪さがあった。
その1つとして上げられているのが、彼女が契約した大精霊フェンリルの存在だ。
この国の守護となり、精剣として祀られたフェンリル。銅像にある通りの大きな狼で、彼は幾度となくこの国を助けた。
水色の毛色は彼の扱う魔法が氷からきている。
太陽の光に反射し、悠然としながらも気高く美しい存在。しかし、強大な力を持つフェンリルを扱えた者は僅か。それも、咲のように膨大な魔力を持っていないと具現化も出来ない。
「咲……。咲、聞こえていますか?」
「え」
ハッとなり、呼ばれた方へと振り向く。
必ず咲の視線の下になる様に、身をかがめて聞いている男性。彼はナタール・フィスタリア。
商会をまとめ上げるフィスタリア家の長男で、近衛騎士として咲のサポートをしている。
4年前から彼は咲と行動を共にしてきた。だから分かる。
今の咲は元気がない上に、それを隠している。だから気分転換にとナタールは誘った。
「少し散歩をしませんか?」
「え、でも」
咲と違いナタールは仕事があった筈だ。
そう言おうとしたが、既にやるべき事は終えている。今日は早めに上がらせて貰ったのだと伝える。
「あ、そうなんだ。……じゃあ、気分転換に付き合って貰ってもいい?」
「こちらが誘ったんです。いくらでも付き合いますよ」
「ありがとう」
ナタールはいつもの騎士服に身を包まず、軽装なのを見てふと不思議そうに見る。
その視線に気付いたのか咲に「どうしました?」と聞くと、彼女は慌てて下を向いた。
「ご、ごめんなさい。……その、ナタールのそういう格好は見た事ないから珍しくて」
「ふふ、そう言えばそうですね。その服、似合ってますよ」
「っ!?」
耳元でそう言われ、顔を真っ赤になる。
城で居る時にはセレーネが用意した服を着ていた。そして、今はナタールの妹であるアリエルとで選んだ服を着ている。
黄緑色の上質なスカートと上着。いつもより日が照り付けるという事から帽子も被っている。ナタールにそう言われ、急に気恥ずかしくなった。
「い、行こうよっ。なんか暑くなっちゃたし!!」
「そうですね」
幸いナタールには顔が赤い所は見られていない。
そう思った咲は、彼の手を握り歩く。彼女は気付かなかったが、ナタールは自分から手を握って来た咲の行動に思わず小さく笑った。
彼女の小さな変化は見逃さない。
そう思っているからか、彼は咲の行動が嬉しくてしょうがない。
(もう4年だ……。今の咲になら、伝えても平気だよね)
そんな思いを秘め、ナタールは咲と散歩をしていく。
街は活気を取り戻していた。魔物の侵攻を許してしまった事が多かったが、サスクールとの戦いではドラゴン達が加勢しに来た。
彼等はある方の命を受けて同盟国に参戦。
魔物だけを倒していくドラゴン達に、咲だけでなくセレーネも驚きを隠せないでいた。
(あ……)
ナタールとの散策の途中、咲は城のてっぺんに居る人物に思わず足を止めた。
煌めく水色の髪は、水が流れるかのように美しく光を受けて反射している。遠くからでは男性か女性かは分からないが、この国を守りに来たドラゴンなのは分かる。
「ナタール。あの……彼に会ってもいい?」
「あぁ。あのドラゴンの」
少し前なら驚いていたが、今ではすっかり慣れてしまっている。
咲のお願いにナタールはダメだと言った記憶はない。フィンネルから甘やかしているんじゃないのかと責められたが「甘やかしてます」と即答して、喧嘩になったのは良い思い出だ。
なにせナタールは、咲の事を既に1人の女性として意識している。
気付いていないのは本人だけ。
聖騎士やセレーネはその態度を察した。セレーネは察した上で、ナタールの事を「咲の事を奪った。泥棒!!」と抗議されるが、当然のようにかわした。
「あ、でもお腹減ってるよね」
そう考え、何か果物でも良いから買って行こう。
そう思い2人は屋台がある大通りを行く。咲の姿に気付いた女性は「今日も持って行って!!」と言われ、果物を渡される。
「え、あの……」
「おぉ、咲ちゃんじゃないか。今日も、あのドラゴン様の所に行くのかい?」
「だとしたら沢山用意しないとな。ほら、これも!!」
「お姉ちゃん。あの、手作りクッキーも……」
咲の周りには、多くの人達が集まってくる。
彼女が大賢者だというのは、国の上層部だけが知っている。ここの人達には、咲が異世界人である事は既に公表されていた。
咲がフェンリルに跨り、多くの魔物と戦い守って来たのを避難誘導されている国の人達は知っている。
そうした経緯もあり、咲に感謝したい気持ちとしてこうして食べ物や装飾品を貰う形になる。すっかり人気者になり、戸惑いながらも懸命に対応する咲を、警備担当の兵士達も手伝う形になるのも日常だ。
「皆様、いつも言っていますが咲様に貢がなくとも」
「何を言ってるんだい!! 助けてくれた英雄様に感謝したいっていうのがダメなのかい?」
「そうではなくて……。いつもこのように、多くの物を渡されても消費が大変でして」
「も、もう少し控えめにしてくれると助かります……」
「でも、ドラゴン様に持って行くんだろう? 食べきれないなら、持って行けば良いじゃないか」
「それもそう……なのかな」
小声で納得しかける咲に、ナタールが「そう言うとまた多く渡されますよ」と言い慌てて口を閉じる。
結局、咲とナタールだけで持てる量ではないので、何名かの兵士と騎士に運ぶのを手伝ってもらう形になった。
この国の人達に毎日のように感謝され、フェンリルの代わりに守護をしているドラゴンにと食べ物を貰う形になる。そんな流れに咲はふと足を止めた。
「どうしました?」
「あ、えっと……。まだ慣れなくて。私、感謝されるような事したんだなって、やっと実感でてきたというか」
「咲様の勇士は、我々の中でも広く知られています。フェンリル様と合わせて魔法を放つ姿は、圧巻です。それに――」
自分の戦いぶりをこう披露されるとは思わずナタールを見る。
しかし彼に止める様子はない。それどころか自分の事のように喜んでいる感じがあり、咲の中で彼の役に立てたのなら良いかな位に思った。
ドラゴンの元に着くまで、咲の勇士を熱弁する彼等に圧倒されつつどうにか笑顔を返す。
現代では慣れない光景に戸惑いも多いが、誰かに喜んで貰えるという形が彼女の中で満たされる。
《ん? 今日も来たのか》
「こんにちは。ルーさん」
咲達の姿に気付いたのか人型になったドラゴンが降りて来る。
上質な生地を使われたされる上着に、ゆったりとしたズボン。太陽の光に反射されキラキラと輝く水色の髪に、毎度のことながらじっと見てしまう。
《毎度思うが、貴方の人気は凄いな》
「そ、そうですね……。でも」
歯切れの悪い咲にルーはじっと観察した。
心のどこかで思う。まだ終わっていない。フェンリルが戻ってないのもあるが、もっと別の大事な事を忘れている気がする。
でもその正体が掴めない。
分からない筈なのに、知っているような気がした。でも、と考え込む。
《何か心配な事があるのか?》
「多分……」
《ここ最近の元気のなさは、それが原因だな。正体が分からない不安、迷い。いやそれだけではない》
グイッと顔を上げられ、顔を覗かれる。
端正な顔に近付かれ、咲は赤面して慌て出す。
「ちょっ、ルーさん⁉」
《解けかけているな。自力で破るなら手を貸そうか?》
《あー待って。下手に負荷かけられないから》
咲との間に割り込んだ別のドラゴンが、そう言いながら引き剥がす。ナタールの所へと避難した咲に、付いてきた騎士は「た、大変ですね」と返す。
ドラゴン達が持ってきた食材を食べるとなり、周りと分けている間。ルーはずっと叱られることとなった。
《前に言ったろ、負荷かけ過ぎるとヤバいって。あと、もうすぐここに魔王ギリムが来るから。ってか、もう居る》
「えっ⁉」
後ろと言われ、咲達が振り返るといつの間にかギリムが居た。気配がなかった事に警戒するナタールに、魔王は待ったと言う。
「2人目の大賢者が異世界人だとは驚いた。安心していい、報復とかではない」
話がしたいと言うギリムに、咲達は急いでセレーネの元に報告しに行く。これからの為にとギリムはドラゴン達にあるお願いをするのだった。




