第269話:消せない奇跡
「クポポ」
それは、まだ誠一達が麗奈とユリウスの事を思い出す前の事。
怪我も含め魔力の回復も完璧に終えたアルベルトは、ラーグルング国の医室で目を覚ます。
目が覚め一番に思ったのは麗奈の事だ。
自分は巨大化を行い、サスクールを抑え込んだ。そこからの意識がない。まとめて自分も死ぬはずだったのでは? と思いつつ巻かれている包帯を見て、治療を受けたのが分かる。
「クポー」
軽く走り、向かった先は魔道隊が仕事をしている塔。麗奈とゆきもここで働いているのを知っているし、何度か足を運んだ事がある。
キョロキョロと周りを、見渡しゆきを発見。彼女に近付けば、アルベルトに気付いたのか笑顔で迎え入れた。
「フボポ」
「アルベルトさんっ。良かった、大怪我したって聞いてたから心配で」
「ポポ」
頑丈な種族で良かったと、アルベルトは思った。
嬉しそうにした後で麗奈を探す。しかし、どれだけ探しても彼女は見付からない。
彼女は何処にいるのか、ゆきに聞く。
だが、彼女はキョトンとし聞き返した。
「麗奈、ちゃん……? えっと誰ですか?」
「ポッ⁉」
何の冗談だと思った。
だってゆきは、麗奈の親友で同じ異世界人。そう説明しても、彼女は悩むこと数秒ののち答えた。
「ごめんなさい。やっぱり、覚えがないような……」
「……」
曖昧に答えられ、呆然となる。
こうしてはいられないと、次は裕二、武彦、誠一の事を探しそれぞれ聞いた。
娘の麗奈の事を話し、彼女が今居るかどうか。しかし、彼等の反応は先程のゆきと同じ。誰も覚えておらず、娘が居た事すら忘れている。
「ポポ……ポゥ」
トボトボと森の中を歩き、ふと大木へと背を預けた。
アルベルトから見れば大木だが、実際には普通の木。考えれば考える程にこの状況が理解出来ない。
この国で麗奈とユリウスの事を覚えている者が居ない。
しかも、アルベルトが手にしていた精剣もない。そして気付く。自分が契約したノームの気配が感じられない事に。
「……」
彼の魔力はどこかしらに感じるがそれだけ。
はっきりと分からない事に、不安を覚える。一体、自分が気絶している間にこの国に何が起きたのか。
そして、麗奈とユリウスがどうなったのか。
その情報が欲しい。なのに、上手く体が動かない。思った以上にショックを受けているのだろう。力が入らない上、何だか視界がぼやけて来た。
「アルベルト!!」
「ポ?」
声がした方へと振り向く。
走って来たのは父親であるジグルド。彼は息を切らし、アルベルトの無事を確認した後で膝から崩れ落ちた。
息子の無事も含め、そしてこの現象を知っているからだろう。
抱きしめられた時には、ジグルドは涙をボロボロと零していた。同時にアルベルトにも涙が伝う。
「驚いただろ。あの戦いが終わってから、この国の者は2人の事を覚えていないんだ。家族であるセイイチすら、自分の娘の事を忘れてしまっている……」
アルベルトのように、彼もこの国を走り回り聞いていた。
見れば彼の傍には同族のドワーフ達が居た。そして皆、アルベルトと同じように元気がない。
「ポウポ」
「シュポ……ポポ」
「ポゥ……」
泣いていた。
周りは覚えていないのに自分達にはしっかりと彼女との触れ合いを覚えている。魔王城で捕まっていた時、励ましてくれたのは麗奈だ。
彼女だって魔王の器だと言われ、不安でしょうがないというのに。
そんな素振りも見せず、ドワーフ達と触れ合いを続けた。楽しい事、嬉しい事を話し誰かとこんなにも話した事はない。
その思い出が、まるでなかったように消えそうで怖い。
自分達の記憶が間違っているのか。周りの記憶が違うのか。何が本当の事なのかもう分からない。涙を流す彼等は、アルベルトにそう訴え抱きしめた。
そう言われ、段々と実感してくる。
ハルヒに託された。
自分はもう力がないから、と。アルベルトに託したのに、なのに――自分は生きている。
彼女の無事が分からないのに、生きているのだ。
「ポゥ、ポウ……」
ジグルドは何も言わない。そのまま息子の涙を見続け、やがてポツリと言った。
「魔王ランセは今、体調が悪くて事情が分からない。エルフのフィナントが言うには、これ程の人数に対し個別に記憶に干渉できる魔法はないという」
「ポポ」
だが、今起きている事は現実だ。
麗奈とユリウスの事をゆき達は忘れてしまっている。記憶を封じたりする魔法があるのは知っているが、人数がこれだけ多いと難しい。
何より、ユリウスはこの国の王族。
昔から居る人物の事すら、この国の人達は覚えていない。もしくは、うろ覚えの状態だ。
「恐らく、相手は神だ。今度は神の干渉を受けている」
「……」
「手がかりはない。空には変わらずに虹が広がり、朝も夜も関係なく見える。普通ではない事が今、起きている現状。どう打破をすればいいのか分からない」
黙るアルベルトに、ジグルドは言葉をどう続けようかと迷う。
そんな時、彼等に駆け寄る人物達がいた。ハルヒと九尾、清、風魔だ。
「アルベルト、君は無事? 僕とアウラは、れいちゃんとアイツの事を覚えてる。大怪我したのにもう動くなんて凄いね」
『小僧の事はどうでも良いが、嬢ちゃんが気がかりだ』
『バカ狐、土御門。ユリウスが心配だと言え』
『柱には、四神の気が分かる。でも、凄く微弱で今も消えそうで怖いんだ。アルベルト、主に会えた?』
言葉に詰まった。
2人を覚えている人達がいるのは嬉しい。でも、アルベルトは最後までいれなかった。
何も返せないアルベルトに、ハルヒはハッとした。
「ごめん、僕が託した事で負い目を……? そんな事ない。全然ないよ。僕だって悔しいよ。力がもっとあれば、君と一緒に行けた。何か出来たかも知れないのに……」
「ポポ」
「れいちゃんなら、きっと大丈夫。今までだって、そうだった。だから……だから」
そう思うのは、今までの事があったから。
そして彼は知っている。麗奈が、自分の力に対して努力してきた事を。自分の力に振り回されずに、コントロールをする。
巨大な霊力を持って生まれた麗奈は、幼いハルヒと過ごしながら日々自分の力と戦ってきた事を知っている。だってその姿を、幼いハルヒはずっと見て来た。周りにバレないように、努力している姿を見られないようにしていた。それも知っている。
「っ。もう泣くな、アルベルト!!! その涙は再会した時に思い切り流せばいい。前以上に甘えれば良いんだ!?」
「ポ……」
「むちゃくちゃな状況を作った奴は絶対にぶっ飛ばす」
怒りに火が点いたのかハルヒの目は既に戦闘態勢になっている。
彼に感化されて他のドワーフ達も、こぞって自分も自分もと集まってくる。情報は欲しいが、ランセが今動けない以上出来る事は少ない。
だからハルヒは頼んだ。
ランセが起きてきたら必ず連絡を入れる、と。
「この国から離れても影響があるのか、それも確かめたい。僕達だって、いつ忘れてしまうかも知れないし。だから、君達はハーフエルフの里に居て欲しいんだ」
「フポポ」
「ポウ、ポウ」
ハルヒの指示にドワーフ達は頷く。
連絡が入ったら、ラーグルング国に来て今後の方針を決める。まずは、きちんと休息を取る所から始める事にした。
「僕は、この国の王族であるアイツの兄に接触してみる。なかなか捕まらないけど、無理にでも会っておかないと」
「……ハルヒ。1ついいか」
「え」
今までの成り行きを見守っていたジグルドから声を掛けられる。
恐らくこの状況を作り出したのは神である事。今もこの状況を見られている可能性すらある。それでも、ハルヒに聞いた。
相手が神でも挑むのか。
それを聞かれ、ハルヒはふっと笑う。
「当たり前でしょ?」
「魔王サスクールと違い、今度は存在が不確かな神だ。この世界を作り、今まで誰も接触できなかったもの。それでも……君は、怖くはないのか」
「怖い……? それって、踏み込み過ぎて消されるかもって事?」
「それもある。今、この瞬間にも何が向こうにとって逆鱗に触れるのか分からんのだぞ」
「だから怯えて生きていけと言いたいの。ごめんだね、そんなの」
ハルヒは言った。
自分がここまで諦めが悪くなったのは、麗奈と会ったからだと。生きているのか分からない程、幼い自分の心は疲弊していた。
そんな時に会ったのが麗奈だ。
彼女と過ごしたと事で、ハルヒは楽しい事を知ることが出来た。世の中全てを絶望しなくても済んだ。
「空虚だった僕を助けてくれたのはれいちゃんだ。例え記憶を消されようが、彼女が居ない世界には違和感しかない。そう言う貴方だって見てみたいんじゃないの。人間とドワーフが、また仲良く出来る日が来るのを。その可能性がある彼女を、このままになんてしておけない」
そう顔に書いていると、ビシッと指摘する。
ジグルドも諦めきれていない。それは、ノームが言っていた事が頭の中を巡るからだ。
《麗奈さんには、架け橋になる様にと頼んでいるんだ。最速でアルベルトと仲良くなったのもあるけど、彼女を見ていると何だか出来てしまう予感がある》
精霊としての勘と期待もある。だからこそ、それが成されるのなら見てみたい。
夢物語と思っていた事を、現実にしてくれるかも知れない人を――多くの奇跡を生んだ少女を探し出さなければいけない。
そんな気にさせてしまうのは、異世界人だからなのか。麗奈と誠一と話した事で、シグルドはそんな未来を見てしまったからか――。
「最初に会ったのがアルベルトさんなんだ。そんな奇跡を簡単に消されたら困るっての」
「クポポ!!」
「今に見てろよ……。絶対に神様、ぶっ飛ばしてやるからな!!!」
「ポ―――!!!」
そう宣言するハルヒとドワーフ達。
目的が神をぶっ飛ばす方向へと変わっているが、本来は麗奈とユリウスの捜索だ。そう思いつつも、シグルドは訂正もせずに見ている。
興奮状態から冷静になったドワーフ達と共に里へ戻っていく。
ハーフエルフの村長だけでなく、自分達も伝わっているであろう神の存在を調べる。
相手を知る為には情報が必要だ。過去、この現象に似た事がないか調べる為に彼等は動くのだった。




