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異世界に誘われた陰陽師  作者: 垢音
第7章:神の試練
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第265話:お遊び


(ん? この魔力……)




 自分が感じた力に、ティーラは警戒する。

 彼の反応を理解したブルトは、ティーラと目を合わすと無言で頷いた。

 それぞれ槍を構え、戦闘態勢に入る。

 ティーラが警戒するだけで、ブルトは避けられない戦闘だと分かる。




(来た……!!)




 ランセが苦しげに息を吐いたのと、ティーラ達が地を蹴ったのは同時。

 入ってすぐに凄まじい速さでの対応。

 槍をさばく2人に対し、相手も同じようにしている。ただし素手で、だ。


 だが、ぶつかる音は金属音。

 それを不思議に思うブルト。そして、それを悟られたのか気づいた時には彼は空中へと浮かされた。




「へあ?」




 油断していた訳ではない。

 情けない自分の声がやけに、静かに聞こえてくる。そう思った時には、既にティーラと対峙した相手は場所を変える為に転移魔法を使った後。




「え、え。何……何が、起きたんスか」

「僕もその辺は分からないんだよね」




 ひょこりと顔を覗かせたハルヒに、ブルトは混乱した。今の対峙した相手は知り合いなのか?

 そう視線で訴えれば、彼は困ったように答えた。




「えっと、ね。魔王、なんだって」

「え、報復!?」




 だったらますますマズいではないか。

 そう結論したブルトにハルヒは待った、と止める。




「魔王は魔王でも、ランセさんと同じだから」

「え、あ……。そっか。味方してくれるんスね」




 ホッと安堵の息を吐いたブルト。それと同時に、外では派手な音が続く。

 思わず自分の言った事は当たっているのかと不安を覚える。そして、その反応はハルヒも思っていた。


 なにせ少し前まで、自分達も同じ事を思ったものだからだ。




「あー……言いたいことは分かるよ? 平気、平気。僕達だってこれで遊びだなんて信じられないし」

「魔王の手加減はそれぞれだ。魔王ギリムが言うには、あれで遊びなんだと」




 ハルヒの後ろから来たフィナント達。

 以前のブルトなら、エルフと言うだけで自分は殺されてしまうのではという不安に駆られた。が、今はそうはならないと知っている。

 彼等は、今まで会ったエルフと違う考え方を持っている。

 フィナントの妻であるエレナが言っていた。魔族にも、自分達エルフにも良い悪いがある、と。


 その言葉を聞いてから、ブルトは考えるようになった。

 自分が麗奈と話している時、世話係として彼女の服を選んでいる時に思っている事を――。




「……麗奈ちゃん、怖がらないんだね」

「え」




 それはまだゆきと再会する前の事。

 離れの塔での軟禁生活。浮かんでいる城から見る風景は、変わらない青空。しかし、彼女はそれをキラキラとした目で眺めていた。

 正直に言って、ブルトは怖がられると思っていた。


 麗奈が連れて来られた時、彼女はラークに襲われた。

 ティーラから聞いた話では、麗奈の血を気に入った事で性格が豹変したのだという。が、ティーラも麗奈の血を飲んだ事があるが正直に言ってマズいと吐き捨てた。




「あ、いや……。攫われた初日に酷い目にあったのに、僕と普通に接するから」

「あ、あぁ。それもそうか、な」




 頬を掻きつつ、彼女は一瞬だけ隣を見る。

 そこには何もない。傍から見ればただ壁を見ているだけに過ぎない。ギリギリまで力を存在を消している自身の式神の青龍と、死んだ者にしか現れない死神のザジ。


 麗奈1人では確実に参っている。それは本人が一番に分かっている事だった。

 それでも、今の彼女は無理をしているようには見えない。それは、心強い仲間が居る事もあるし何より麗奈自身はザジと居られる事に強い安心感があった。


 だからこそ、敵意がないと分かったブルトに対しても彼女は普通にしていられる。




「うん。私知ってるから……。私達に協力してくれるランセさん、すっごく優しい人なんですよ」

「へぇ……。その人も魔族なんだ」

「うん。元魔王って言ってたよ」

「え、あ……はい?」




 ブルトの処理が追い付かない。

 魔族が人間に味方するのも、かなり特殊ではあるがそれが魔王ともなれば更にだ。

 どうにかして無理矢理に納得させる。きっと麗奈はこれまでにも、色々なものに巻き込まれて来たのだろう。


 だから下手に達観してるのだ。

 そう言えるのは、麗奈から今までの事を聞いてきたからに他ならない。

 この世界に来てからの事を、麗奈は正直にブルトに伝えた。話し相手は彼しか居ない上、嘘を吐く理由もない。


 だからこそだろう。

 そんな麗奈の真っすぐ過ぎる性格と明るさに、いつの間にか惹かれていた。考えないようにすればする程に、彼女を思う気持ちは強まるばかり。そして、ブルトの価値観も少しずつ変化を生んだ。


 固定概念に囚われている自分を認め、広く視野を広げるべきなのだと。



 そんな経験をしたからこそ、ブルトは今のフィナント達に対して恐れはない。

 彼等に敵対心が見られないのもそうだが、彼等はエルフの国を追放された身。そして、彼等も自身の価値観を崩される経験をしてきた。


 魔族だからと魔王だからと敵対するのではなく話せるのであればまずは話そうと試みる事にした。




「そ、それで……。その魔王は、何でこの国に?」

「彼が言うには、今のランセは呪いを受けた状態なんだそうだ」

「え、でも」




 フィナントの説明に、ブルトは思わず疑問を口にした。

 ランセの魔王としての能力は呪いを解く事にある。それは、自動的に自分にかけられた時にも発動できるもの。

 それをティーラが自慢していたのを思い出した。だからこそ不思議に思う。今のランセの症状は、ただの熱ではなく呪いによるものだと。




「来た理由は分かったス。でも、何でティーラさんと……その、暴れてるのかなって」

「それはあの魔族の性格を知っての事だ。魔王ギリムが言うには、ティーラは感情を溜め込んだりすると周りを破壊する悪い癖があるんだ。それを発散させるには、あぁして遊び相手が必要なんだと言う事らしい」

「あ、はい。……凄く納得出来る。ティーラさん、状況が上手くいかない時やむしゃくしゃした時は暴れ回るんで。僕等、それを抑えられた試しがないもんで……」




 その時の事を思い出したのだろう。

 凄く疲れたような顔をし、その時の被害を教えてくれた。


 ティーラを暴れさせる為に、周りに誰も居ない状態にする必要がある。だから人が入らない奥地や森林を探しては、ティーラが暴れ回って落ち着くのを待つのが恒例になったのだという。




「で、でも、発散させるのはマズいんじゃ……? 下手すると、この国の半分は吹き飛ぶんじゃ」




 ティーラは上級魔族。

 彼を止められるのは、腕利きの冒険者でもほん一握りだろう。ラーグルング国は、魔法国家であり周りには結界の役割を果たす柱がある。

 ちょっとの事ではビクともしないであろうこの国も、ティーラの所為で半分は潰れてしまうのではないか。青い顔をしているブルトに、フィナントは言い放った。




「だから、魔王ギリムが相手をすると言ったんだろう。魔王を相手にするのには、手加減なんてしてられないんだし、ティーラの性格を考えれば遊び相手には良いのかも知れん」

「魔王が遊び相手って……。聞いているだけでヤバ過ぎ」

「流石はランセさんの部下ですね」




 そう言う問題か? と、思ったブルトとハルヒはベールを見る。

 そんな事をしている間にも、魔王ギリムとティーラは戦場を空へと移動し激しいぶつかり合いをしていた。




======



「ふ、前よりも強くなったな。ティーラ」

「はっ!! アンタも相変わらず底が知れねぇ……。だが、そこがいい。面白いってもんだ」




 舌なめずりをするティーラに、魔王ギリムは楽しそうな笑みを浮かべている。

 相手は魔王の中でも最古の存在であり生きる伝説。

 軽く息が上がっているティーラに対し、ギリムは涼しい顔をし息も上がっていない。次に何が繰り出されるのか、自分をどう驚かせてくれるのか。


 彼の視線を読み取り、ティーラは震えが止まらない。

 恐怖や威圧ではない。武者震いでもあり、自身の好奇心を抑えきれる自信がない。




(あぁ、本当にこの人は……。何でそうワクワクしたような目で俺を見れるんだ)




 主のランセは未だに目が覚めていない。

 部下であり、ティーラは彼の世話をする中でも苛立ちが大きくなっているのが分かる。何も出来ない自分をこうして苛立たせるのは2度目。

 1度目は、ランセの守る国を失った時。

 2度目は、今のこの状況。苦しんでいるランセにしてやれる事が少なすぎる事。




「ティーラ。我慢をするなよ。こうして余が来ている意味、本当なら分かっている筈だ」

「そうだな。このままで行くと、俺は苛立ちでこの国を壊しちまう。それこそ、主に怒鳴られるだけじゃすまないって事も分かる」

「……本当に変わったな。ただ暴れ回るだけのお前が、こうして冷静に見れている。ランセも良い部下に恵まれたものだ」




 以前のティーラなら、自分自身を分析するという事はない。

 ただ目の前に、遊び相手がいるなら問答無用で戦いを仕掛ける。そんなじゃじゃ馬のような魔族である彼を、抑えつけ指揮下に置けるランセの力量。


 ふむ、と顎に手を当て成長を喜ぶギリム。長く生きている中でも、こうした発見が出来るのは良い事だ。ある意味では長寿の利点とも言える。




「本来なら、ランセが行うのだろうが――今の相手は余だ。だが、遠慮するな。余に一撃でも与えられたら……そうだな。試しに何か命令してみてもいいぞ。今とても気分が良い」

「はっ、冗談言うなよ。そんな事したらアンタの右腕に、ネチネチ言われるし半殺しにされるわ」

「む。ならその時は何も言うなと伝えておこう。どうだ、これで良いのではないか?」

「……そう言う所だぞ。右腕が苦労してる原因は。その自覚持てよ」




 呆れ顔で言うティーラに「むっ」とギリムは不満そうに首を傾げている。あれは無自覚か、と納得しつつも直る気配がないのを感じ取った。

 しかし、それでもギリムは既に赤い槍を矢のように生み出し攻撃の準備を完了させている。


 ティーラは槍を構え直しながら、彼の右腕が以前「好奇心旺盛なのを排除したい」と切実に訴えていた時の事を思い出す。


 

 

(さて……。次はこの衝動を直さねぇとな) 




 イライラが募ると、暴れる癖をどうにかして直したい。

 それはランセを困らせない為でもあり、ティーラ自身も良くない事だと理解している。だが、今はこのお遊びに付き合おう。


 残っている魔力を引き出し、ティーラは渾身の一撃をギリムへと放った。



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