第263話∶一筋の光
あの大きな戦いから2週間が経った。
1人の異世界人を巡る戦いを終え、誰もが安心でいると思っていたがそうではない。
ヘルス・アルクス。
ユリウスの兄でラーグルング国の王族。弟と同じ黒い髪に紅い瞳。人当たりがよく、周りには威厳をと求められるも出来ていない。
滲み出すふんわりとした雰囲気がどうしても出てしまうのだ。
しかし、今の彼にはそんな面影もなかった。
「ヘルスっ、また行くのか!?」
「……今日の書類は終わった筈だけど?」
「そうじゃない!!!」
身支度を終えた彼は、東の森に向かう。
その前に止めに入ったのは宰相のイーナス。彼の制止も聞かず、ヘルスは執務室から出て行こうとする。
それを腕を引っ張り、無理矢理に止める。
「痛んだけど」
「そうしなきゃ、また森に行くだろ。なら言ってみろ、何日寝てない」
「仮眠はした」
「そうじゃない。まともに寝てないだろ!!」
「……」
抵抗を止めイーナスを再度見る。
その目には心配そうに見つめられた。
変わらない彼の様子。
それが、今のヘルスにはどれだけ辛い事かを彼は知らない。
「夕方には戻る。夕食はいつもの通り、部屋の前に置いていて」
「っ。何でそんな事……この国の王族は君1人なんだぞ。無理なんて」
「1人じゃない」
絞り出すように、否定の言葉を口にしたヘルスにイーナスはそれ以上、何も言えない。
「ごめん」と謝ったヘルスは、掴まれた手を丁寧に外すとそのまま出て行った。
ラーグルング国は魔法国家と呼ばれ、第2の精霊の国とも呼ばれている。
しかし、今はその精霊の力を感じる事は出来ない。前には出来ていた事が、今は出来なくなっているのだ。
「また傷付けた……くそ」
ソファーに乱暴に座り、自分の過ちを反省する。
ヘルスの記憶と自分の記憶で違いがある。
魔王サスクールに、乗っ取られたヘルスを取り戻す。その為の戦いではなかったのか。自問自答を繰り返すが、やはり答えは出ない。
「1人じゃない……。しっくりこない筈。なのに、何でこんなに胸が苦しい」
自分の言った事は間違いではない。
それなのに、妙に引っ掛かりを覚える。イーナスの右手には、麗奈から貰ったブレスレットがある。
ディルバーレル国で、彼女が作った魔導具。イーナスにお世話になったと言う、彼女のプレゼントが変わらずにキラリと輝いていた。
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「ランセの様子はどう?」
「変わらず、だな。水分はどうにか与えるが、熱が下がらないままだ」
「……ん。ありがとう」
「アンタもちゃんと寝てないだろ。倒れるぞ」
熱にうなされているランセの世話をしながら、ティーラは念の為と注意をする。
それに力なく頷きながらもヘルスは、無理だとポツリと言った。
「……眠れる訳ないよ。2人が居ないのに」
「それは、そうだが」
言えば言う程、墓穴を掘る。
負の連鎖が続く。だからこそ、ティーラもそれ以上は言えずにいた。そこに、コン、コンと扉をノックする音が聞えヘルスが対応。
そのヘルスに、とブルトがおにぎりを持ってきたのだ。
「今日も行くんスよね? せめて、ご飯は食べないと」
「あ、そうだね。……今日、朝は食べたかな」
おにぎりを食べつつヘルスがそう言えば、ブルトとティーラは同時に目を見合わせた。
精神が疲弊し、心と体のバランスが悪くなる。誰が見ても、今のヘルスは普通ではないのが明らか。
だが、2人は強く止める事が出来ない。
その事情を知っているからこそ、言い出せないでいた。
「……っ」
その様子を、ランセはぼんやりとだが見聞きしていた。
うなされる熱が早く治るように、自分を調整するも上手くいかない。早く自分が起きなければ、ヘルスが壊れていくのが分かる。
だからこそ、急がなければいない。
(くそ……。どうして、こう……上手く……)
自分を叱るが、意識がまた重たくなってくる。
今のヘルスを止めなければと思いつつも、ランセの瞼は再び閉じられた。
《やはり範囲が広がっている。いや、行かせないでいるようだ》
「……ホント、創造主ってムカつくね」
ドラゴンと共に来た空は、2人を見失った場所。
しかし、昨日よりも行ける範囲が少なくなった。ドラゴン達がどんなに前に進もうとも、必ず元の場所へと戻される。
この繰り返しがあるからこそ、ヘルスは誰の仕業でそうなっているのかが見当がついていた。
《魔法も消えていない。しかし、大精霊達は未だに消息が不明。……その力の行方も分からないまま》
「麗奈ちゃんは召喚師だ。そうでなくても、彼女に力を貸している大精霊達が多い。その彼等も未だに戻らないなら……2人は生てるって事だよ」
旋回し様子を見守るも空は変わらずの虹に染まっている。
麗奈と共に戦ってきた大精霊達の姿はない。誰も戻って来てはいない事を考えれば、麗奈とユリウスの傍に居る可能性の方が高い。
ユリウスが契約している大精霊は、天空の精霊であるブルーム。
またブルームと原初の大精霊であるアシュプとは、同じ虹の魔法の使い手にしてこの世に魔法を生み出した存在。
前にディルバーレル国で、その2つの精霊を消そうと試みた魔族のユウトが居た。
狙われたのは、彼等が居なくなればこの世から魔法を消せるからだ。その思惑は、麗奈達によって阻止されている。
今、この世界で魔法が健在なのは大精霊ブルームが生きている証拠。
その契約者であるユリウスが無事であるという事にも繋がる。2人が生きていると信じながらも、その手掛かりが一切ないことに、胸が締め付けられる。
「……あの時に、もっと早く手を伸ばしていれば」
最後に麗奈を見たのは、サスクールに空間へと連れていかれる所。
フェンリルと共に連れていかれ、ヘルスが手を出すよりも早くにユリウスが追って行った。あの時に、もっと早く手を出していればと後悔が募る。
《ここで戻れば、また範囲は狭くなる。しかし、痕跡がないのでは……》
「居たっ!!!」
ヘルスを乗せたドラゴンが、そう思案していると下から追って来る影が見えた。
白い大きな鳥は、1人の男性を乗せていた。
鳥の見た目をしたそれは、陰陽師が作る式神。その背に乗っているのはハルヒだ。
「やっと見つけた。タイミングは合わないし、イーナスさんに聞いても答えてくれない……。何よりこの状況は何なんだっ!!!」
ヘルスとは初めて会うが、今のハルヒには関係がない。
そのままヘルスへと詰め寄り、彼の胸倉を掴んで睨み付ける。
「答えろっ。何でこの国の人達は、ゆきだけじゃない誠一さん達まで……。れいちゃんとアイツの事を忘れている」
「え」
「誰に聞いてもそんな人居たかみたいな反応して、覚えてないの一点張り。ふざけんなって思って、貴方を探せば夕方まで戻って来ないとか言うし!!!」
あまり長くは居れないからと、イラつくハルヒは文句を言う。
しかし、ヘルスは飲み込めない。自分と同じように、2人を覚えている人が居ることに――。
「事情を知ってるなら全部話して!!! このふざけた状況を――作った奴を知ってるなら教えて」
絶対にぶっ飛ばす、と怒りに燃えるハルヒにヘルスはただ驚くばかり。
同時にホッとしていた。
あぁ、自分だけじゃないと気付いたからだ。
ラーグルング国の人達は、麗奈とユリウスの事を忘れている。2人を覚えているのは、ドワーフ、魔族、エルフのフィナント達だけ。
状況は絶望的だが、そこには確実に一筋の光が見えようとしていた。それを破れる可能性があるかも知れない。麗奈と同じ異世界人であり彼女の幼馴染である、土御門 ハルヒ。
彼とアウラだけは、幸いにも2人を覚えていた。
偶然か必然か。ここから巻き返さないといけない、とヘルスは強く思った。




