第256話:アルベルトの覚悟
「続けていきますよ、イフリートさん!!」
《ガンズ・フィスト!!》
麗奈の呼びかけにより、彼女の体から炎の結晶体が現れる。
その結晶体はひし形で大精霊達にとっては、自身の心臓とも言えるもの。
麗奈が炎をイメージして、結晶体に魔力を宿す。虹とオレンジ色の魔力が合わさり、一瞬だけ魔方陣が浮かび――イフリートの声と共に魔法が発動。
炎を纏った巨大な拳がサスクールへと直撃。
体は焼かれないが、代わりに中にいた怨霊達が居なくなっているのを感じた。今の攻撃で、精霊達の狙いに気付いたサスクールは距離を取る事にした。
(ちっ、精霊の魔法で怨霊達を全て祓う気だな)
精霊の魔法でもそこまでの力はない。
だが、今彼等を纏う魔力は虹の魔法によるもの。白いドラゴンからの経由でもあるが、怨霊を祓う力が強いのは麗奈の持つ陰陽術によるものだと分かる。
巫女の一族としての力も含め、今の彼女の術は全て怨霊に対して有効だ。
しかも、ただ祓われるだけではない。その魂が浄化され、恨みや妬みを一切抱かなくなる。そうなれば、彼等が向かうのは死者の魂を管理している冥府。
この世界で死んだ者は必ず冥府に行く。
魂だけであろうと関係なく、最初に行きつく場所。そうなれば、サスクールでも出て来る事は叶わない。
(くそ。だからあの女の体は、乗っ取らなければならないのに!!)
どこで計算が狂ったのか。
死神と縁を結んでいた麗奈。同じ死神でも、サスクールの方が力は弱い。
だからない体をどうにかして調達しないといけなかった。
異世界人だけを狙っていたが、一番に適応するようにさせられたのは誰かは分かっている。
(アサギリ……ユウナ。あの女が、全ての計画を狂わせた。あの、一族の所為で!!)
殺気を感じた麗奈にすかさず守るのはツヴァイ。
彼女の水の守りが、麗奈の周囲に展開。触れた瞬間に、氷となって攻撃をする仕様だ。
《麗奈にこれ以上、辛い思いなんてさせないっ》
「ツヴァイ」
《それに私は他の水の精霊と違うって所、見せてあげる》
そう言うと、彼女の周りが水以外の魔力を纏った。
水色と黒の魔力で練り上げられ、そして水柱を発射。即座に避けたサスクールだったが、掠った所から凍り始めていく。
効果はそれだけではない。
体が段々と重くなっていくのを感じていく。すぐに掠った部分を切り捨て、怨霊を使い再び体を再構成。
(あの精霊、僅かに闇の魔法も混ぜているのかっ)
精霊も扱える属性は1つだけ。
だが、ツヴァイはかなり特殊だ。彼女はザジの手により1度死んでいる。人間に森を荒され、ディルバーレル国にしかない貴重な薬草が独占された。
それらを行ったヘルギア帝国は、近い内にディルバーレル国と同盟を結ぶ気でいた。
しかし、ツヴァイ――泉の精霊であるフォン・テールにとっては関係がない。自然を荒す人間達を泉を毒に変えて殺した。
帝国の人間を執拗に狙った事で、精霊としての役目を放棄。
更には自身も闇の魔力により正気を失い、そして純粋な魔力を欲する為にと麗奈を襲った。
そういった過去があり、転生し生まれ変わった彼女は改めに麗奈からツヴァイと言う名を与えられた。自身の過去を覚えている事もあり、彼女は水の属性と闇の属性を扱えるようになった。
魔族のラークと同じ重力魔法。
闇の魔力でそれを再現し、少しでもサスクールの行動を妨害する。その隙に、ザジとユリウスが再び接近をし攻撃を繰り出す。
「ぐっ……」
だが、ユリウスがその最中に意識が一瞬だけ飛んだ。
どうにか踏みとどまろうと意識を保ったが、気付いた時には怨霊が迫っている。
「ユリィ!? うっ……」
気付いた麗奈が援護に向かう。しかし、彼女も目の前が一瞬だけ真っ白になり意識を失いかける。
どうにか意識を集中するも、手足に力が入っているのかが分からない。すぐにツヴァイが自身の魔力を送り、麗奈の様子を診た。
《(契約者を介さないで行ったツケが一気に来てる。マズイ、2人共もう限界だ)》
一方でユリウスを乗せたガロウはサスクールから距離を取り、彼に声を掛け続けた。
どうにか反応を示すユリウスに対し、ガロウはある事に気付く。
《何で急に……。そう言えばお前、さっき薬を飲んで――副作用か!?》
「いいっ。構うな……」
《でもっ》
「奥の手を、使わせたんだ。……ここまで来て、諦めきれるかっ!!」
《そうは言うがなっ。お前がもう限界なんだよ。麗奈の方も見てみろ、顔が真っ青だぞ!!》
「っ……」
チラリと麗奈の方を見れば、彼女は必死で意識を保とうとしている。
ツヴァイとウンディーネ。ポセイドンと背に乗せているフェンリルが、麗奈に魔力を送りつつ水の属性の特性である治癒を行っている。
ユリウスはそこで悟った。
自分も麗奈も、とっくに限界は超えているのだと。今、満足に動けているのは死神のザジだけだ。
そして、ザジはその間にもサスクールの動きを止めつつ2人に攻撃を及ばないようにしている。
「ちっ、死神が人間に構うのか」
「うるせぇよっ。俺が好きで組んでいるだけの事」
サスクールの体に掠り傷を多く作り、彼を形成している怨霊達を少しずつ浄化させていく。
所詮は作り物。
魂だけのサスクールは、こうして作らなければザジに殺されるのを知っている。防ぐ為に怨霊を自分の体を作る道具として使っている。
相手を観察し、攻撃の隙を見抜くようにと訓練して来たのはサスティスのお陰だ。
彼はランセよりも魔王になり、先輩になる。実際、ランセは1度もサスティスに勝てた事はなく返り討ちに合う。
癖を見抜いて攻撃しても、それも全て読まれている。
ただ感情に任せれば、相手には単調に見えて攻撃が読まれて当たらない。ザジはどうしても、感情を優先して攻撃してしまう。
憎い相手が目の前に居るのであれば余計に。
それを無理にでも抑えろと教えたのはサスティスだ。
(今なら分かる。サスクールが奥の手を出して来たのは、それだけ追い込まれているって事。そして、これは俺だけの戦いでもない。アイツ等にとっても、これは大事な戦いで決着を付けないといけないんだ)
彼はただ麗奈を守る為に行動をしている。
今、彼女は自分の体を無理に動かしてでもサスクールに止めを刺そうとしている。それはユリウスも同じ事。自分も2人も、サスクールによって人生を狂わされた。
これはもう自分だけの戦いでないことを、今のザジはちゃんと理解している。
「お前は散々、人間を見くびっていた。だったらその人間に倒されるのを見るのも一興だと思ったんだ」
「弱い存在を弱いと言って何が悪いっ」
「その弱い存在に、散々振り回されているのは誰だよ。言ってみろよ!!!」
「ちっ」
大鎌を振るい、ザジはサスクールの脇腹を斬る。
斬られた所から怨霊が出て行き、徐々にサスクールの体が縮んでいく。そのスピードの速さに、ザジが今まで細かく切り刻んでいた理由が分かった。
怨霊は無限ではない。恨みを持った魂が、サスクールに同調するようにユウトが術式を完成させた。例えユウトが死んでいたとしても、その術式はサスクールが居る事で完成する。
その材料となる怨霊が全て居なくならない限りは。
「クポ、クポポッ」
「平気。大丈夫だよ、アルベルトさん」
「……」
心配するアルベルトに麗奈は笑顔で答える。
それが無理をしていると分かるのは明らかだ。そして、アルベルトの体力も限界に近いのは理解している。
しかし、それよりも麗奈とユリウスの方が限界状態だというのは分かる。まだ、自分の方が体力があるのだと気付きある事を決断した。
「クポポ!!」
「「えっ」」
麗奈の肩から勢いよく飛び出したアルベルトは、瞬時に自分の体を大きくした。
戦士ドワーフだけが持つ特殊能力、巨人化だ。大昔に人間を守る為に覚醒したそれは、2つの種族の溝を生むきっかけになった。
だからアルベルトは怖かった。
この力で麗奈に嫌われてしまう事を。しかし、彼女は言った。どんな姿であってもアルベルトはアルベルトだからだと。
その言葉で、アルベルトの心はとっくに決まっている。いや、決まったと言う方が正しい。
「今更、人間を守るだとっ!?」
サスクールの驚きもアルベルトには関係ない。
今は少しでも、時間を稼ぐ。その為の力を使うのに、自分が怖がられる事を気にしている場合ではない。
アルベルトの行動を察したノームは、ユリウスと麗奈に攻撃をするように告げた。
「でもっ、それだと」
《アルベルトの覚悟を無駄にするな。私が言える事はそれだけだよ、麗奈さん》
「それって……」
アルベルトの覚悟に、ユリウスはすぐに行動を移した。
自分の持つ精剣に契約した天空の大精霊ブルームの魔力を込める。双剣から虹の魔力が纏い、その光が強く輝く。
この一撃に全てを込めるように、魔力を込めて願う。終わらせる、と。
アルベルトはその巨体を生かし、サスクールを抑え込む。例え何度も刺され、怨霊の声が頭の中に響いたとしても離す気はない。全てはユリウスと麗奈の攻撃の準備が整うまでの時間稼ぎ。
「くそっ!! お前、道ずれにする気か。今更、人間を守って何の意味がある。離せーー!!!」
一方でサスクールは、ザジが切り刻んだ事で怨霊が出て行く事に焦りを覚える。この体も、保てなくなるのも時間の問題だと分かるから。
アルベルトの体は、何度も刺され傷付いていく。意識は既になく、あるのはただの意地だ。コイツを離さない。
抑え込む力は無意識に強くなる。
サスクールを逃さない。アルベルトが出来る事はただそれだけ。その間に、麗奈は泣きながらも大精霊達の魔力を集めて力の制御を行う。
サスクールの両サイドから、虹の魔法陣が同時に浮かび――光線となって放たれた。




