第247話:3人目の虹の魔力
「戻って来ちゃったな」
まぁ、それでも良いかと思いながらサスティスは歩き出す。
彼の目は生前と変わらないオレンジ色の瞳。片目ではなく両目に戻っている。
「そういう事か、サスティス」
「何? 怒られる理由なんて無いんだけども」
そう言いつつ、軽く睨んでいるディーオを気にした様子もない。
フィーはデューオの作り出した世界に干渉はしないし口出しもしない。とは言え、自分達と同じ創造主であるエレキの参戦には驚かされた。
「あの時、やたら自分を殺す様に促して来たけどエレキを呼ぶ気だったのか」
「取引したのは知ってるんじゃないの?」
「内容は分からないさ。彼女がそれをさせてくれる相手だと思う?」
「思わないね。アンタの事は嫌っていた様子だし」
同じ創造主同士での干渉は可能だ。
しかし、同じだからこそ見られても会話は聞かせられない。エレキがデューオの事を嫌っているのは知っていたがあの場での参戦とは思わなかった。
サスティスとザジの力を一時的に封した時から、特に妙だとは思っていた。
エレキが他所の世界に興味を持つ理由は分からない。そんな疑問を持っていたが、デューオを嫌うのなら話は簡単だ。
「大方、私の悔しがる所が見たかったとかそんな所か。してやられたとはこの事か。おまけに彼女に祝福まで施して」
「彼女は喜んで受け取ってくれましたけど?」
サスティスは良い笑顔で、デューオに言い返す。引き攣った顔をしながらも、麗奈に施された力の流れと参戦したヘルスを見る。
サスクールに体を乗っ取られ、衰弱していた筈の彼が体力を回復させる方法が通常でないのは見てわかる。サスティスの存在の崩壊の早さから見て、彼は麗奈達の援護をしながらも密かにヘルスにも力を譲渡していたのだろう。
「嫌がらせは得意なんで。特に嫌いな奴に対しての準備なら任せて欲しいね♪」
「誇らしげに言うな」
「見事にやられたんだから、そう言うなよ」
「うっさいぞ、フィー」
「わりー。でもよ、エレキを呼ぶのに存在と命を差し出した位で干渉は出来ないだろ。なんか条件でも追加されない限りはさ」
フィーの疑問に、サスティスは笑顔で無視を決め込む。
神が作った世界は、その作り出した神のもの。
例え同じ神でも干渉するのには、相当量の力が必要なのとそれぞれ神の言い渡す条件が必要だ。
「影響受ける所か、思い切り好意を抱くとか……。彼女も大変だな」
「でもそのお陰で、あの方の参戦が出来たんですから嬉しい限りですよ。こっちは告白する羽目になりましたけど」
「……その割に、何だか嬉しそうだな。サスティス」
「ふふ、そうですか?」
デューオの嫌味すらも気にならない。
それ位、今のサスティスは高揚していた。エレキが提示したものは、愛する者が居るかどうか。
その者の為に命を投げ打つだけの価値があるのか。
生前に居たであろうが、今のサスティスにはそれはただの思い出。
彼の原動力は、復讐心と同時に麗奈とザジを守りたいという強い思い。そして、接していく内に気付かされた。
麗奈を生かす事が、恩を返すのも含めて全てが愛おしいのだと。
復讐する事を決め、何を犠牲にしても止まらない。その最中、見付けてしまったもの。置いて来た感情を思い起こさせ、もう1度誰かを愛するという行為。
「ホント、あの子には参りますよ。何でもかんでも巻き込んで……。自分の事になると途端に危うい。見ていて不安です」
「奪う気はないんだな」
「アイツにも言ったけど、彼女の幸せを壊してまで奪う気はないって。あ、邪魔するなら頑張って殺すけど?」
「うわ、止めて。その目、本気じゃんか」
「嘘を言う理由すら思い浮かばない」
「凄い嫌われようだな。はははっ」
大笑いするフィーに、デューオを冗談じゃないと叫ぶ。
そんな話をしつつもサスティスは映し出される映像を見守る。
もう、自分があの場に向かう事は出来ない。
それでも可能な限りの手は打って来た。衰弱していた筈のヘルスを無理矢理に起こし、麗奈に施した死神の祝福の力。
それらきっと助けになると信じて――。
ザジならやり遂げるだろう。自分と同じ目的であり、同じ少女を守りたいと思ったのだから。
======
一方でヘルスは痛む体を無理に起こし、ドラゴンに告げた。
ユリウス達が戦っている場に自分も行かせて欲しいのだと。当初、彼の意識が深く体を動かすのも難しかった。
だが、彼の意識に直接呼びかける声が響く。
「私はもうすぐ消える。でも、やれることは全部やっておきたい。君はこんな所でずっと居る気なの?」
(誰だ……)
「悪いが記憶を見せて貰った。まさかサスクールに乗っ取られながらも、意識が細々と繋いでいたとはね。それだけ貴方にとって彼女は大事な人であり、必ず守りたいと決めた人な訳だ」
ヘルスはアリサと同じく魔族に体を乗っ取られていた。
相手は魔族の王にして、呪いを付与してくるサスクール。本来なら、人間としての意識はとっくになく消滅する。
ヘルスも自身の魔力が少ないのを理解していた。
抵抗は出来ても、ほんの僅かな時間しか稼げないのだと。だが、予想に反して彼はこの8年もの間サスクールに抵抗し続けた。
それは声の主の言う様に、やり遂げないといけない事だと思ったからか。
大事にしている子が、自分が守れなかった女性の子供だからか。
答えはよく分からない。だが、それでもヘルスは実行した。その僅かばかりの思いは、ある魔力として自分の身に起きた。
「驚いたよ。君も、弟君と同じく虹の魔力を身に宿していた人間だとはね」
(虹……。そうだ、私はあの時)
麗奈達の世界に来た時、サスクールが接触した時の事を思い出す。
ヘルスが魔力に気付いた時には朝霧家の状態は酷かった。ゆきと裕二は死にかけ、飼い猫であるザジは既に消滅した後。
由佳里の祖父である武彦も、霊獣の清も怪我を負わされていた。捕まった麗奈は抵抗出来ず、またザジを失った悲しみからサスクールの言葉の意のままにされていた。
それを防ぎたかった。
これ以上の悲しみを、麗奈が持つべきじゃない。本来、罵倒されるのは自分の方であるのにもかかわらず娘の麗奈は庇ったのだ。
(だから、せめてものと思って記憶を消した。彼女が少しでも安らかに過ごせるようにって……)
「乗っ取られて終わりにする? サスクールにやり返したいと思わないのか、君は」
語り掛ける様なその声に、思わずヘルスは反応しかけた。
出来る事ならやり返したい。だが、今の自分はサスクールから解放されたばかりであり衰弱が激しい。
こうして語り掛けはしても、口に出すのも本当は辛い。
うっすらと目を開ける。彼の目の前には、エメラルドグリーンの色を持つ髪に片目が朱色と髪と同じ色を持つ男性が居た。
(死神、か……。私を殺すか)
「安心して。ドラゴンもドワーフも気付いていない。大精霊の彼女すら、私の存在は気付かれない。……もうすぐ消えるからね。感知されづらいんだ」
(消える?)
「今は君の心の声を聞いているけどね。本当ならそれも辛いんだ。でも……彼女の為だ。お互いに守りたい子の為に一肌脱ごうよ」
(そんな事、出来るのか)
「やれないならこんな事言わない。実はね。あの子に貰った魔道具があるんだ。これを君の回復に当てるし、私の持つ魔力を譲渡しよう」
そうすれば、少しの間位は戦いに参戦できる。
代わりに自分の崩壊も早まるが、それでも良いのだと名もない死神は言った。
意識が浮上する。
目を開けられない程、力がなかったが徐々に体を起こす。ヘルスの様子に気付いたアルベルトと大精霊のツヴァイは驚きに声を上げる。
「クポポ?」
《え、何で起きて……。待って、すぐには動かな方が》
「いやいい。悪い、すぐに上に行ってくれ。奴を止める」
《し、しかし……》
「頼むっ」
その時、落ちて来た1つの装飾品がある。
麗奈がサスティスにも渡した魔道具。死神に言われた通り、その魔道具を手にして砕けば自分の魔力の回復を感じ取れる。
そしてヘルスの体が虹色の魔力を纏う。
ユリウスと麗奈が扱う虹の魔法そのもの。その変化に驚いたドラゴンは、目を見張ったがすぐに上に向かう事を決意した。
《一気に行きますっ》
「悪い」
急激な気圧に圧迫されるも、ヘルスは雷の檻に向けて魔法を放つ。
それはサスクールが嫌った始まりの魔法。ユリウスの隣に居た女性はそれに気付くとクスリと笑う。
「あら、あの死神……随分な置き土産を残したのね」
「っ、兄様!!」
ユリウスの隣にドラゴンが来る。成長したユリウスを見て、安堵しながらもかなりの時間が経ったのだと気付かされる。
「遅くなって、悪い。……ユリィ、また協力出来るか?」
「勿論です。当たり前ですよ、兄様っ!! 俺達、兄弟じゃないですか」
「そう、だな」
思わず言葉に詰まった。
8年も離れていたのに、ユリウスはそれでも自分を兄と慕う。真っすぐに育ったのだと理解し、イーナスを宰相にして良かったと思う。
「再会も良いけど、そろそろ限界よ」
エレキの言葉に2人はハッとなる。
檻を解除した瞬間、ユウトとラークが仕掛ける。その2人に向けて虹色の結界が覆う。
片目を朱色の瞳に宿した麗奈が、怨霊となった彼等に力を放つ。ザジとランセを大鎌を振るったタイミングに合わせ、彼女が死神の力を付与する。
サスティスが散った悲しみに負けないように、彼女の目には強い意思が宿る。必ずこの戦いを終わらせるという思いが込められた一撃は、ユウトが作り出した術を打ち破る程の威力を発揮した。




