第246話:任せた
怨霊が雷によってかき消され、黄金の粒子が舞い降りる。
その粒子を纏う1人の女性。粒子に負けない程の輝きを放つツインテールの黄金の髪、金と銀が入り混じった瞳の色。
スラリとした高身長に黒いドレスを、身に纏いながらも左手には黒い鳥かごを持ち右手にはサスティスとザジが使うような大鎌を持っている。刀身も柄の部分も全てが水色であり輝いている。
その場違いな雰囲気もありながら、彼女は微笑む。
してやったりと言った顔で悠然と足を組み、その場に座る様に佇む。
「ふふっ、予想外よね。私が参戦したなんて」
「っ、何故……。そうか、お前かっ!!!」
サスクールが睨んだ先には同じくニヤリとしたサスティス。
だが、体中にヒビが入り少し力を加えれば壊れてしまう程――その存在が危うい。
「サスティスさんっ!!!」
「なんだよ、これ……。どういう事だ、説明しろ。サスティス!!!」
駆け付ける麗奈に、ザジは戸惑いに声を上げる。
サスティスの存在が危ういからか、ユリウス達を守っていた結界が消滅しランセが駆け寄る。例え死神になっていようとも、自分に様々な事を教えた親友が心配でならない。
「サスティス、お前はまた消えるのか。私の前から」
悲しみに顔を歪め、思い出すのは自分の国が終わる少し前。
1人の魔王、サスティスが倒れた。
それはランセを酷く動揺させ、他の魔王達の警戒を強めた。サスティスが治めていた国は、彼が倒れたと同時に消滅しティーラに調べさせた。
だが、彼も彼の部下も成果は上げられなかった。
建物も人も、確かに存在していたのに穴が開けれたように底が見えない暗闇になっていた。
「死神になった事も驚いた。なのに、お前はまた……またなのか。何も守れないのかっ」
「驚かす気はなかったよ。逃げてたんだから当然だし。ってか、死んでるのにまたとか変な事言わないでよ」
麗奈は足元から徐々に消えゆくサスティスを見る。もう自分の涙で前が見えない。
止めたくても止められない。
はっとして上を見る。
サスクールの攻撃を予測したが予想に反して何も起きていない。ユリウスが警戒を続ける中、何も起きない事に疑問を感じていた。
そんな彼の隣に来たのは先程の女性だ。
戸惑うユリウスに彼女は言った。一時的に動きを止めただけだと。
(止めた?)
どう言う意味だと思っていると、女性が指を指す方向へと視線を向ける。
雷が意思を持つ様にして、サスクール達を囲っている。檻のようなそれは、彼女の力によるものであり一時的な拘束を意味している。
彼女が解かない限り、雷はサスクールを阻み続ける。触れれば、そのまま浄化される仕様のもの。
そして、その間にも溢れて来る怨霊は次々と鳥かごの中へと吸い込まれていく。どういう仕組みなのか分からないでいると、ユリウスに視線を向ける事なく話しかけられた。
「サスティスは私との約束で、自分の存在と命を差し出した。その代償で私はこの世界に干渉し、少しの間だけ力を貸すって訳。サスクールも流石に、私が居る状態で仕掛けて来る事はない」
「何でそんな事を……貴方は一体」
「言う気はないわね。サスティスに力を貸そうとしたのは、単に面白いから。アイツに一泡吹かせたいってのもある」
(アイツ?)
「貴方が心の底から嫌う相手。そう言えば分かる?」
スッと細められた目。
心を読まれたような感覚になるが、それよりもと言われた事を思い出す。ユリウスが嫌う相手、心の底から嫌う相手に思い当たりまさかと思った。
そんなことが可能なのか、とまた新たな疑問が出てくる。
「通常はないけど。まっ、それだけ重要なんでしょ。あの子の事が」
彼女がチラリと見た方向には麗奈が居る。
遮るようにユリウスが双剣を構えるも、相手は気にした様子もない。
笑う相手に戸惑うが、ブルームが《止めておけ》とユリウスへと注意する。
《我等の存在すら危ぶまれる。一歩間違えば、この場の全員が死ぬぞ》
「っ……。でも、余計に分からない。死神の願いを聞く為にこんな事」
「貴方の意見は聞いてない。私は願いを叶える為に来た。それだけよ」
文句は言わせない。
言葉の圧に、軽く睨まれたプレッシャーに心臓を掴まれたような錯覚を感じる。
思わず自身の心臓が動いているかと確かめる。それ程のものを目の前で浴び、ブルームの言うように存在が危うくなるという意味を分からされた。
「でも、だからこそ……見張らせて貰います」
「勝手にすればいいわ。アイツの事、随分と嫌いなのね。ま、私も大っ嫌いだけど!!!」
語尾を強めつつ、少しだけイラついている。
その様子を見て、ユリウスは自分の思い当たる嫌いな人物と女性の嫌いな人物が同じなのだと気付き――親近感が湧いた。
一方で麗奈はサスティスの手をずっと握っていた。
最後の時まで離さない。触れられなかった手があるからこそ、離したくない。
「変わった子だよね、君」
「うぅ……」
「私は君を利用した。サスクールが狙う器だと知ったからね。君ごと殺す筈、だったんだけど。どこでズレちゃったのかな」
見張りをしていたのに、事情を知らない麗奈は無邪気に話しかける。挙げ句に助けたお礼だからと、自分達に魔道具まで渡してきた。
会えないのが寂しいのだと、真正面から言われ恥ずかしさを覚えてしまった。
「私が置いてきた感情、全部……持って来るなんて。君は凄いよ。愛しいなんて思う筈がない。そう、思ってたんだけど」
復讐する気持ちと自身の名前以外は全て捨てた。
治めていたであろう国。臣下に部下、親友と呼べる者も居ただろう。
彼等の名前も風貌も分からない。
だが、今のサスティスには居たという記憶がある。
楽しい日々、苦しかった日々も鮮明でなくてもあったという事実が呼び起こされる。
「感化されたんだろうね。真っ直ぐな君に……眩しすぎる位に」
人の悪意に多く触れるだろうに、麗奈は負けなかった。
それどころかサスクールに身体を、乗っ取られる事を想定し自滅する気でいた。
ザジは麗奈を助ける為に動いている為に、元から麗奈からのお願いは聞く気がない。自分ごとサスクールを倒して貰う筈の手を、最後の最後まで断り続けた。隣で青龍が嫌な顔をしながらも、何度も説得を試みたが、麗奈もザジも譲る気はないまま来た。
「君達2人を……守りたいって思ったんだ。こんな気持ちを抱かないように、置いて来たって言うのにさ」
デューオの言う様に深く関わり過ぎたのかも知れない。
そう思いながらも、自分が決めた事を曲げる気はない。そして、体が半分になった時にサスティスはザジの手を握る。
「一緒に居れなくて悪い。でも、やれることは全部やったし私が消えたと同時に彼が起きる。……任せた」
「おう、分かった」
「同じ目的だったから良かったよ。そうじゃなきゃ、君の事を殺して自分の力に変換してたし」
「そんな気はしてた」
「あれ、知ってたの?」
「なんとなく……」
なんだかんだと言いながら、ザジは察知は早いのだろう。
でも、ザジは最初に言った。サスティスと目的は同じであり、共に麗奈を手助けるようになった。
自分の気持ちはザジに託した。
次は――と手を握る麗奈へと視線を動かす。
「サスティスさん……」
「利用した私を責めるでもなく、か。こっちに来て酷い目にあったでしょ?」
「でも、それでもサスティスさんがくれた情報も手助けもあって、今の私があります」
「参ったな……」
こんな筈じゃなかった。
計画していたもの全てが崩れていく。1人の少女によって、1人の死神によって。
麗奈に自分の近くへ寄る様に言う。不思議そうにしながらも、涙を拭きサスティスの近くへ行く。
頬に唇を寄せたサスティスは、死神の力を一部送る。
その時に感じた違和感に思わず顔をしかめると、ザジに告げた。
「君、彼女の体を使ったね? 馴染むのが早すぎるんだけど」
「ぐっ、それは……」
「あ、あの、これはどういう……」
慌てる麗奈とザジに思わず笑ってしまう。
ザジはその後、ムカつく魔族が傍に居て嫌だったと言い、1回だけ麗奈の体を乗っ取った事があるのだという。
(ブ、ブルト君の事……だよね。え、じゃあザジも?)
「ふーん。それだけの為に体を乗っ取ったの。必死過ぎじゃない?」
「うっさい。お前だって同じような事してんだろうが」
「ふっ……確かに。あぁ、そうそう。それ君に上げるよ、返さなくて良いから」
ランセに目を向けると、彼は戸惑ったような顔でサスティスを見返していた。
彼が手にしている大鎌は、サスティスから譲り受けたもの。呪いの類を切り、死者に対しての効果が絶大な武器。
「麗奈さんの事が好きなのか」
「そうとも言うね。ザジと触れ合ってて、感化されていつの間にか慈しんだりして……守りたいっていう思いが強くなった」
「だが彼女は――」
「平気、奪う気はないよ。彼女の幸せを壊してまで、自分の欲を優先するような事しないから。むしろ彼女が居ない世界に興味すら起きない」
「極端すぎるな」
「そうさせた彼女とザジが悪い」
ザジは「俺なのか!?」と驚愕に目を見開き、麗奈は急な告白に対応が追い付かない。
だが、崩壊は止まらない。両腕が無くなり肩まで形を保っていたが、壊れていくスピードが速くなる。
「サスティス!!」
「サスティスさんっ!!」
別れが近い。
それでも、サスティスは言わなければいけない。自分が最後に麗奈にした事を――。
「君にあげたのは祝福だ。ザジは牽制に使用したけど、本来はそうじゃない。ま、それもあって早く馴染んだから良いんだ。……死神からの祝福なんて嫌だろうけど我慢してね?」
「そんな事ないです!! サスティスさんの想い、託された事もまとめて受け取ります。受け取らせて下さいっ」
「……ホント、そう言う所だよ。君が好かれやすいのは」
麗奈は言った。
サスクールごと、自分をザジかサスティスに切って貰うのが最善の策だと。犠牲は自分だけで済むからと思っていたが、ザジが断り続けた理由を知った。
麗奈を助けたいからこそ死神になったのに、その彼女を犠牲には出来ない。
それはサスティスも同じ事だ。
「私に助ける価値はないって思ってた。お母さんとの約束も守れない自分がって……。ユリィ達の事、何も考えてなかった」
「力を封じられてたからね。心が弱くなるのも仕方ないさ。だから――頑張ってね?」
「っ、はい。サスティスさん、ありがとうございました」
死神サスティスは砕け散る。
託した力と自分の死をきっかけに彼の目覚めを後押しする。
サスティスにお礼として渡した魔道具は、そのまま下へと落ちた。同時にサスクール達へと虹の光が降り注がれていく。そこに参戦したのは、ドラゴンの背に乗せられ後を追って来たユリウスの兄、ヘルスだった。




