第23.5話∶宰相と魔王と
「あ~~~終わった」
ガンッ、と机に思い切り頭をぶつけたがそんな痛さよりも仕事が終わった事の達成感の方が勝っていた。そのままゆきが用意してくれたコーヒーを飲む。最初は温かったが渡されたのは既に3時間前、冷めきっているのは当たり前だ。
「はぁ………」
コーヒーの量が少ないのは仕事詰めのイーナスの為。ゆきと麗奈が毎日観察して彼に合う量を導き出しているのだ。最初に渡されたのより量が少ないね、と言えば仕事が優先だからその為ですよ、と言われ目を見開いた。
(………細やかな事に気付いて何気なく実行する。良い奥さんになるよね、あの2人は)
元々家事を担当していたゆきはここに来てからは、料理、洗濯、掃除などメイド達が行う仕事を淡々とこなしている上に早い。
たまに彼女から軽食などを貰う事があるが、これにフリーゲが絶賛し「店開け。絶対に売れるぞ」と勢いが凄くこっちにまで迫って来たのだから驚いた。
(麗奈ちゃんも料理するようになったし………)
麗奈は最初の2週間、イーナスからの挑戦とも脅迫ともとれる内容に奮闘。逃げる所か逆に受けて来た彼女は元居た世界では陰陽師と言う特殊な職業の人間でありその力は絶大だった。
中級クラスのキメラがそのまま上級クラスに進化。そんなハプニングすら乗り切って見せた彼女は、8年連絡が取れなかったキールと共にこれに立ち向かい見事に打ち勝って見せた。
流石にこの働きに大臣達も文句も言えず、ユリウスはこれが終わったと同時に彼女の元へと向かった事からどれだけ彼女の無事を願っていたのか分かる。
「アイツ、マジで仕事しないな」
椅子に寄りかかり浮かぶのは笑顔で「これお願い♪」と自分に押し付けて来たキールの書いた報告書。魔族の呪いで意識が戻らなくなった麗奈と、無理に力を使った反動で同じく意識が戻らなくなったユリウス。
その2人を助けたのは魔王のランセ、彼は麗奈が連れ去れるであろう場面で助太刀に入り魔族を殺すのに躊躇がなかった。
「力は貸すけど、今の陛下がダメだと言えば素直に出て行く」
はっきりとそう告げたランセは自分達が苦労し、原因が分からないままだった2人をあっさりと目覚めさせた。あっさり過ぎて最初、2人が起きた事が分からない位になったほどだ。
そこからの回復は順調になりフリーゲからも動いて良いと言う許可を得ていた矢先。キールが精霊・ウォームと共に騎士国家ダリューセクへと向かっていた。
ウォームは麗奈が目を覚まさない事での怒り、キールはそれを呼び戻した。
それが近場に行ってきた、みいな感覚で言うから殴った。間違ってはいだろう、と自分を納得させた。
それをどう麗奈が受け取ったかは知らない。キールの事だから話を大袈裟にして言ったのは明らかだ。彼女からも「ス、ストレスで当たるのは……良くないです」とビビりながらもはっきり言われキールを睨み付けた。
「そうだね。それは悪かったよ。でも麗奈ちゃん、理由が正当かつ明らかに悪いなら……何しても良いよね?」
「それはまぁ……。反省させるって事なんですものね」
その答えにキールはギョッとしながらも舌打ちした。彼女に気付かれるぞ、良いのか?と勝ち誇った顔をすればキールはそのまま押し黙った。
……彼女がいなくなったら反撃する気だな。
「キールが戻ってから問題しかない気が………。トラブルメーカーかあの人は」
あまり考えるとまた沸々と怒りが込み上げて来るので止めておく。陛下であるユリウスが異世界から来た麗奈に告白をした。しかも、最悪な事にキールに聞かれた事でその内容を城に居る全ての人に聞かせられた。
拒否する間もなく頭の中に流れる会話の内容に、それを行ったキールに成敗しようと剣を持ち出して襲った。
それを分かってたようにキールは応戦。ユリウスとラウルが怒る中、見張りをしていた兵士やメイド達、夜中の見張りを終えて来た者達、国民からは口々に「おめでとうございます、陛下」、「頑張って下さいね!!」、「っ、自分より陛下の方がお似合いですものね!!」と泣きながら言われる始末。
(そう言えば麗奈ちゃんの事が好きな兵士も居たな………隠れファン的な人も居るし元の世界でもモテたんだろうね)
と、考えながらもその後の対応に追われることになった。キールが流したのは告白内容だけではない。王家に掛かる呪いについても流されていた。
彼が倒れれば国は滅ぶのは流石に流れていなかったが、この呪いの事が公表された事でユリウスの父親や歴代の王家の人間達が短命だった理由が知られてしまった。
今、この国と同盟を結んでいた2つの国は今や魔王軍の拠点になってしまい他国との連絡はおろか、陸路での仕入れは出来なくなった。やろうものなら、即座に魔物が放たれ襲い掛かり第二第三の被害を生んでしまう。
唯一、外と繋がれるのは海路のみ。北の柱は海が広がっており空を飛んでくる魔物以外は滅多に近付かない。それも柱に引き寄せられる為に被害はゼロ。
もしもの場合でも、兵士達も魔物に対応できている為任しても平気になっている。外との連絡など頼りきりになっているがなんとかなっている。
(まさか、それを見越して………あんな事を?)
いやいやいや、と頭を振る。
面白い事は何でも手を出して後始末は部下やイジれる人に任すと言うとんでもない。それで師団長と言う地位に居るんだから絶対に間違いだ。
今からでも免除したいと思うも本人に言えば確実に「あははっ、面白い冗談♪燃やすね~」と城を本気で焼こうとするに決まっている。
(麗奈ちゃんのお陰でそれも潜めたけど、トラブルメーカーなのは変わらない)
魔法師。
魔法を扱う人の呼称。闇以外の属性を駆使する者、自身の属性に関する研究、変人の集まりなどなど国によっては凄い捉え方をする。軍事的に魔法師を扱う所は師団長と言う役職を与えられている。
まさか自分が既に20年、このラーグルングに住むとは思わず驚いている。この状態に自分も仕事人間だな、休めと言われても仕方ないなと思っているとノックする音が聞こえた。
「どうぞ」
「………良かったらこれでも食べて」
入って来たのは魔王ランセ。
彼の手にはココアとクッキーが用意されていた。甘い物が欲しいな、と思っていたイーナスにとってはありがたい事だった。しかも2人分用意されているのを見るとランセもここに居座る気なのが分かる。
「夜中までお疲れ様。朝はキールを追い回し、住人達の対応、街の復興……君、寝てるの?」
「これでもまだ軽いよ。まぁ、麗奈ちゃん達が来てから負担も結構減ったしね」
「………また、寝てるんだね」
宰相の仕事部屋は作業机として使っている長机には報告書の山、後ろに本棚、仮眠用の部屋、窓、応接用のソファと丸い長机。そしてそのソファには裕二がぐったりしたように寝ている。
「……君、彼に何かしたの?この頃、彼を使って書類の整理やらせてるし」
「裕二君は何もないと思うよ。本人も何で?って思いながらも仕事をするんだからおかしいよね。誠一さんに相当無理な事を言われてた癖が抜けてないから、私の言う無理な量の仕事量も普通にこなすし」
「………慣れって怖いね」
「実はね、麗奈ちゃんに最初、脅しを掛けたら私の事は信用しないって言ったんだ。笑顔で近付く人は信用しないって。恐らく、裕二君から言われた言葉だな~って思って………ただの八つ当たりだよ」
(大人げないな)
ココアを口に含み甘い香りを楽しむ。ユリウス同様に、自分も麗奈が来てから甘い物が好きになった、と思いそれを作ってくれる彼女には感謝しかない。
このココア、コーヒーは麗奈達の世界で親しんでいた飲み物だ。
森で取れる木の実を炒ったり、天日干しをしたりと行った事で見た目は違うが味が親しんでいた飲み物と言う事で彼女達は大いに喜んだ。
しかも、武彦は葉を蒸したりしてお茶、紅茶と言う物を作り出した。
薬剤師達の方々から「御師匠!!!」と呼ばれフリーゲは「許可するからその作り方覚えろ!!」と自分の地位にプライドはないのか、とツッコミを入れた。
(まぁこの国の貴族は他と違い過ぎてるしここの王族同様に優しすぎる………ま、だからこんなに落ち着くんだろうけど)
権力に胡坐をかくでもなく、平民を下に見る事もせず、同じ国の人間として助け合う精神。だからこの国の民は貴族は皆、親身になり自分達の代弁者となって王族に伝えている。
精霊もそんな暮らしをする彼等に協力的であり、初代達との盟約を守っている為もある。たまたまここでの生活が良いのか分からないが、この国が今も魔王軍の脅威にさらされている今も生き残っている。
「それにしてもキールの行動は読めなくて大変だね」
「……貴方もじゃない?」
「私?訓練しがいのある2人叩きのめしているだけだよ?」
「………魔力の使い方を教えるんじゃないの?」
「弱いもん。体に慣らせてからだよ、魔力の使い方を教えるの」
「………あぁ、そう…………」
静かにココアを飲みランセを見る。彼は普通にしているが時々、窓に映る星を見て「左………あ、右でも良いか」とブツブツと何か言っている。リーナの怪我をゆきが治療を行い思ったよりも復帰が早くなった。
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ユリウスからランセに特訓を受けて貰うと言われ準備する間もなくいきなり森に放り込まれた。
西の森で轟音と爆発が起き、見回りをしていた兵士達は慌てて魔法隊に知らせに来た。レーグが様子を見に行った時にはボロボロのユリウスとリーナが倒れておりまた魔物に襲われたのかと思い周囲を見るも爆発が起きているのに、森には被害はなく穏やかなままだ。
(な、何が………)
「あぁ、君、確かレーグだったね。悪いけど気絶してる2人を運んどいてくれないかな」
「き、気絶…………」
ならなんであんなにボロボロ?と目を見張り、その近くでは大剣を持ち欠伸をしながら言うランセ。リーナが起き上がるが何が起きたか分からずキョロキョロと見渡す。
「っ、ぐぅ、あの……これ、一体何なんです」
「え?何って……君も影を使うならこれ位はやっといてよ。君もユリウスも全然使えないって言うより、誰からも教わらないでここまできた。呆れた……魔法隊の人間が誰も教える事が出来ないなんてね」
「っ………」
ギロリ、と睨まれレーグは痛い所をつかれたと思った。陛下もリーナも自分達が扱う属性が自分達の扱う属性ではない為に教えたくても教えられない。
特に闇の属性は魔族特有の力の為、それを扱える者は人の中ではあまりいない。
闇の属性は魔の住人を呼び寄せる。
誰が言ったか分からない。闇の力を発現したのが原因で村、街、国が滅んだのは数知れずその破壊力から人間にも関わらず同じ魔物のように怯えたような、憎い仇のような目で見られ差別されてきた。
それが原因で心が壊れてそのまま死ぬ者、闇に魅入られてそのまま破壊衝動に従い力を使い果たして死ぬ者。いつしか闇の力は人を魅了し死を招く、とまで言われている。
「それはただの世迷言だ。確かに闇の力は絶大な力を引き出すが、代わりにコントロールが難しいだけだ。ものにすれば力が得られるんだから、感謝してくれないとな。さて………ユリウスは気絶したが、君はまだ平気だ。まずはどれだけ、闇の力が強いのか分からせる。………あ、レーグ、君は2人の回復しておいてよ。また怪我させるから。ついでに気絶してるユリウスは叩き起こして」
「は、はい………」
「ま、まだ行うんですか!!!」
「無論だ。言っただろ?分からせるって」
森に轟音が響き大地が震える。ランセの後ろにが影で作り出された巨人の手が出て来た。ユリウスがラーグに叩き起こされて起き上がれば黒い手が2つ、自分とリーナに向けられておりその大きさに驚く。
「っ、な、何だ……」
「気絶するの早いよ、ユリウス。じゃ、次に行ってみようか。避けれないだろうから頑張って生きてね♪」
「こ、この魔王めーーー!!!」
「その魔王から教わってるんだから慣れろ~」
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「で、ユリウスとリーナは」
「あの2人は疲れ切ってぐっすりだよ。筋肉痛だろうけど続けてやっても身に付かないからね。でも、ユリウスだけは借りていくよ」
「彼は物じゃないんだけど……」
「君の許可なくても連れて行くから良いんだけどさ」
「何で聞いたの!?」
思わず机を強く叩けば、その音で飛び上がった裕二が「ま、まだ書類……おわ、ってな……」と寝ぼけてまたソファに沈んだ。
その音に気付いた見張りの兵士が慌てて部屋に入れば大笑いする魔王と宰相に別の恐怖を感じ、静かに扉を閉めて(自分は何も見ていない、夢だ……)と必死で別の事を考え仕事に徹した。
「笑った笑った。……今の聞いた?どんだけ、書類整理嫌がったんだと思うのさ」
「嫌がってるの分かっててやらせたんでしょ?……今までの空気台無しじゃない。麗奈さんはどうしてるの。キールがあんな事したから部屋から出られてないんじゃない?」
「まぁ……ね。私もあんなのされたら部屋から出たくないし」
「………彼に人権なんてものは関係ないんだよきっと」
「魔王に言われたら終わりだね………。そう言えば、国の外に出てたのなら状況はそれなりに分かるよね?」
「陛下とリーナの戦力強化。国の防衛………おぉ、魔王相手にそんなに仕事させるんだ。恐ろしい宰相だね」
「そんな事言ってる場合じゃないでしょ。ダリューセクに被害が出てるなら他の国にも出てるだろうし、それらは全部陽動だろうしね」
「………恐らくそんなに放たれてないよ。こっちに戦力は多めにやったんだし。柱を壊して滅ぼすのが目的だ。このラーグルングを滅ぼせばその後ろにあるのはエルフ領とドワーフ領。唯一、魔族を殺せる属性を持つ聖を扱えるエルフの抹殺。サスクールはそれを行ってから他の国を滅ぼしにかかる」
空気がピリピリとなり寒気にも似たような空気。温かいはずのココアが冷たく感じられるのだから、見張りをしていた兵士は気絶か……と1度魔王のプレッシャーを身に受けたイーナスは思った。
「魔王もエルフが怖い訳か。……聖属性の魔法の解明はまだ出来てないけど分かってるのは魔物、魔族に有効であるって事だよね」
「闇に有効な属性の1つだし、エルフ自体こっちに関わる気はないからね。折り合い悪く言われるけど、戦闘しない魔族も多く居るんだ。魔王だって様々な性格の集まりだから一概に悪いって言われるのは困るんだけど」
「そうだね。こうして私達に協力してくれる訳だしお人よしで、色んなことがほっとけない魔王さんも居る訳だし」
「どっちもどっちだね。………では、私はこれで失礼するよ。ガロウが魔族の感知したから殺してくる」
そう言えば影がランセを包んでそのまま姿を消した。急に1人になったイーナスは注意してくる割に彼も寝てないだろ……と、思いつつも仕事に一区切りをつけて自室で寝ようと考える。
ソファで寝たままの裕二も見張りの兵士と共に運び、ベットで寝かせ自分は壁を背に床で寝る事にした。
こうして寝るのは暗殺の仕事をして以来だな、と思いつつも別に気にした様子もなくそのまま朝になるまで就寝した。




