第245話:憎しみも力に変えて
結局の所、幸彦も優斗の事は気に入らなかったのだ。
最初から異端を排除しようとしている思想。その危険が日に増していき、いつかは人を傷つける事にさえ躊躇しなくなることも。
気付いていながらも、自分が止めれば良いと思っていた。その油断がいけなかった。
日菜が優斗の事を嫌っていたのも、自分達の事を嫌っているだけでなくその憎悪が誰かに向けられる事。つまりは優菜や青龍に対して、過剰な事をしてしまうではないかと危惧していた。
実際におき、日菜は殆ど反射的に優斗を殴り幸彦は殺気を込めて「帰れ」と告げた。
その時の迫力を、黄龍として異世界に具現化している今でも強く心に残ってる。
『あの時のお前、マジで怖かった』
『うるさい。友人を傷付けられようとしたんだ、怒って当然だろう』
『お、おぅ……。そうかい』
(嬉しそう?)
その時の事を思い出してか、破軍は怒りに燃え黄龍は逆に気恥ずかしそうに顔を逸らした。流れを見ていた麗奈は、黄龍の変化に気付きながらも言わないでいる。
意識をサスクールへと向ける。
正しくはその隣に居る魔族のユウト。今の彼は死んだ存在でありながら、強い憎しみにより具現化を果たしている。そして彼女には聞こえている。
死者の声が。
「助けて」
「殺して……殺してくれ……」
「まっくら……嫌な空気」
「憎い、憎い……!!!」
(来るっ!?)
様々な死者の声を聞きながら、麗奈は結界の強度を強める。
それに合わせるように破軍は扇を刀のように振りかざし、徐々にその姿を変えていく。
「破軍さん、私の霊力を渡して強化します」
『すまない!!』
彼女の力を受け取り、霊力を刀へと変化させ怨霊を斬る。
憎しみも、悲しみも懇願も、ありとあらゆる声を聞きながら破軍はそれを容赦なく切り捨てる。その上から死神のザジが大鎌を使い一閃。
一気に数を減らすも、更に怨霊は多くなりユリウス達へと狙いを定める。
《アイシクル・レイン》
《バースト・フレア》
ウンディーネが氷の雨を降らせ、イフリートが拳程の大きさの炎を打ち出す。怨霊に当たった瞬間、大爆発が起き連鎖反応をするように、細かい火の玉が打ち出されていく。
しかし、ダメージを負った様子もなく突撃していくスピードが変わらない。それに驚いているとサスティスがザジと同じように大鎌で切り捨て、ユリウス達を囲う様に球体の結界を生み出した。
「今の怨霊は、あまりにも憎しみが強すぎる。大精霊であろうと掠れば、サスクールの呪いで消滅させられる。悪いけど大人しくしてて」
《だが、あの数を対処出来るのか!?》
「対処してみせるとも」
フェンリルの言葉に、サスティスは空を見る。
黒で埋め尽くされた空は全て怨霊によるもの。ユウトがこの世界に来てから、術の実験として様々な事をしてきた。同時にサスクールの呪いを強化していた事に舌打ちをする。
(怨霊に関しては彼女達の方が専門家だ。あの魔族、怨霊を作った本人ならどう強化すれば良いかは分かっている。ちっ、自分が死ぬのも計算に入れての用意周到さ……ムカつくね)
ハルヒの援護としてサスティスは、ユウトの作った術式を壊してきた。
それでハルヒは僅かな勝機を見出し、突破口として攻める事に成功した。破られる事に驚いてはいたが、それでも良いと思った。
その状態で、ハルヒを殺せるのなら破軍の悔しがる顔を見れずとも想像は出来る。
そして麗奈を主として共に居る黄龍には、力も戻らず何も出来ない事実を突き付ける。
生前で気に入らない2人を嫌と言う程に苦しめる事が出来るのなら良い。そして、極めつけはサスクールの創造主を殺すという目的。これは、竜神の子供である青龍への意趣返しだ。神が人間の何を学び、何を得ようとするのかがユウトには分からないし分かりたくもない。
そのイライラの正体が分かれば、彼がサスクールに協力するのは自然の事だった。
そしてサスティスは思い知る。例え何百年と生きていようと、1つの目的に執着した者の厄介な部分。必ずやり遂げるという思いは悪い意味でもいい意味でも働く。サスクールを殺す為に狙ってきたサスティス自身がよく知っている。
憎しみと言う原動力は、厄介なのだと。
「ちっ。上手くハマると面倒な感情だな」
小さく吐き捨て、見抜く事が出来なかった自身にイラつく。
復讐を遂げようとする者の力は凄まじい。現にユウトは、自分が死ぬのも計算に入れた状態で麗奈に対して多重の呪いを仕掛けた。
解いても終わらない連鎖。何処に居ようとも、魔物や魔族達に必ず補足される。城から出さない為の仕掛けにしては用意周到過ぎる。が、それも儀式を繋ぐ為の時間稼ぎであれば当たり前の事。
「……だったら今から潰す。奴等の予想を超えるだけの手は打ってある」
用意周到なのは、向こうだけではない。
自身の経験も含めあらゆる可能性を浮かべ、対策を練るのは向こうだけの特権ではない。
サスティスが仕掛ける前に、麗奈が破軍と共に狙いを定める。
サスクールの隣に居るユウト。最優先で倒すべき相手だ。
《れいちゃん!!》
「行きますっ」
白虎が空中を地のように駆け抜けていく。麗奈は自身の霊力で練り上げた矢で、サスクールとユウトへと放つ。
だが怨霊達が分厚い壁となり呆気なく吸い込まれる。だがこれは麗奈も予想していた事。すぐに青龍と朱雀がサスクール、ユウトとそれぞれに結界を張り固定させる。
「白虎!!」
『任せてっ』
麗奈の号令で、白虎は高く勢いをつけて突っ込んでいく。狙いは魔族のユウト。
ただ突撃するだけではない。既に麗奈は破軍を纏い神衣を完成させている。破軍が使う刀には、九尾を倒した時に施した魔除けの術がある。
今のユウトは魔族であり、怨霊へと堕ちた。
魔族であれば多少の効果はあるだろうが、怨霊に対しての効果は絶大。そのどちらの性質も持っているユウトには効果がある。
「くっ……」
サスクールとの距離を離され、ユウトの存在は少しだが揺らいだ。
それを見て、麗奈はやっぱりと思い狙いを定めた事に間違いはないと確信を持った。
(怨霊の呪いの塊は全てサスクールに集中している。でも、術式を組んでいるのはユウト。呪いを使えるサスクールと組んでいる事で大量に生み出している)
怨霊として具現化したユウトは、魔族としての力も陰陽師としての力も持っている。
それでも、呪いを強化できるサスクールが居て初めてその存在を確立させた。黒札を開発したユウトは元から人の憎しみや妬みと言った感情を札へと集め、力へと昇華せた術者であり呪いの開発者でもある。
似たような力を持った者同士。
即座に合わせるのが危険と判断した麗奈はユウトを狙う。術者を倒しても術は継続するだろうが、少なくとも力の増幅は止められる。
『お前との因縁、今度こそ終わらせてやる。主がお前を倒したのは無駄じゃない。だって――』
「ハルちゃんがここまで繋いだからこその連携だものっ!!!」
サスクールがユウトの元に行こうとするが、ザジとサスティスがそれを許さない。
具現化を果たした破軍と向かい合う様に、麗奈には新たな神衣を纏う。
白い着物に刀身が白い刀を持つ、黄龍との神衣。破軍の使う魔除けの刀と日菜の術で作り出した破魔の力。
そのどちらも、怨霊に対して絶大な力を発揮する。どちらも魔を退ける為の力。交差するようにユウトを貫くも――崩されたのは麗奈の方だ。
「うあっ」
『麗奈っ!!!』
ユウトを貫く寸前、麗奈と白虎は真横から来た力に吹き飛ばされる。
青龍が2人を受け止め、その力の正体に怒りを滲ませた。
『貴様っ……』
「ふふ、ユウトが居るならこっちだって居ると思っといた方が良いよー」
「うぐぅ、何で……」
意識が飛びそうになるのを抑え、麗奈は疑問を口にする。
ユウトの前にはラークが居た。血に魅力され、麗奈をしつこく狙ってきた魔族。一方で破軍の刀を受け止めていたのは、魔族のリート。
受け止めた手が焼かれるように熱くなるが、それに構う事無く刀を折る。すぐに麗奈の元へと行けば、日菜と共に結界を張り怨霊の波状攻撃を抑える。
『ちっ。アイツ等、死んでからもしつこいなっ!!』
『個々にバラすのは骨が折れる。ユリウス達を守っている結界も、徐々に浸食されているぞ』
青龍の言葉に麗奈は焦る。
サスティスの結界で守ってはいるが、怨霊の力は精霊にも効く。ツヴァイが受けた様に、大精霊達が浴びれば存在の危機だ。魔力を渡せば平気だが、それでは物量で押し潰されるのは時間の問題になる。
「……思ったよりも、早く約束を果たすみたいだ」
「サスティス?」
ふっと笑みを浮かべるサスティスに、思わずザジは呼び止める。
彼は一瞬だけザジを見た後で、手のひらから黄金に輝く水晶を放り投げた。
サスクールがその正体に気付くのと同時、怨霊で埋め尽くされた空が――落ちる雷と共に一掃された。




