第243話:同じ父親として
「では、一時的にニチリに行って来ます。ディルベルト君、悪いがハルヒ君の事を頼むね」
「はい。その、リッケルの事……お願いします」
疲れた様子のリッケルを心配するディルベルトに、誠一は分かったと頷く。衝撃的な内容が多く、リッケルは自分の中で処理出来ていない。
ベルスナント王に報告しようにも、話のスケールが大きすぎる。伝えて信じられる内容なのかは微妙な所だとしても、と思いつつ誠一は口には出さないでいる。
「補足は出来るぞ?」
引っ掻き回したドラゴンからは、そう言われリッケルは更に重い溜め息を吐く。釈然としない表情をしつつも、フォローは誠一に頼むしかないと思っている。
そう頼まれれば誠一としては断る理由もない。リッケルを休ませる目的もあるので、むしろ助かっている位だ。
「リッケル。何があったかは分かりませんが、よろしくお願いしますよ?」
「分かってる。想像を超える事ばかりで頭が疲れるんだ」
「そう、ですか。……では頼みます」
ニチリからラーグルング国との距離は海路が一番近い。だが、距離は相当のものでこれから船で行くには時間がかかる。
そこはあっさりとドラゴンが送ると言った。空を飛ぶのかと思ったが、ドラゴン同士で確認を取ればすぐにでも転移で行ける。互いの確認があればいつでも移動が可能だと言われ、魔法が凄いのかドラゴンが凄いのかとも思ったがリッケルは「何も言わん」と考えるのを放棄した。
ますますディルベルトが心配そうに見るも、誠一がどうにか説得しすぐに移動を開始。その前に誠一を呼び止めた人物が居る。アルベルトの父親であるジグルドだ。
「ニチリに行くなら俺も行くぞ。ノーム様に見張る様に頼まれたからな」
「術は使わないぞ?」
「信用ならん。ノーム様も言っていただろう。無理をしがちな一族だって」
「……俺を娘の麗奈と同じに見るな」
「違うとはっきり言えるのか?」
じっ、と見るジグルドの質問に誠一は即答出来なかった。
少し考えるも、由佳里も麗奈も無理がしがちなのは一族特有なのか性格からか。その様子にジグルドは「文句ないだろ」と無理矢理に付いて行く事に。
ドラゴンが最終的な確認を取り、誠一達を囲うように魔方陣を展開。眩い光が辺りを包んだかと思ったが、すぐに光はおさまった。風景が見慣れた国ではない海の香りがした事で場所が移動したのだと理解する。
「リッケル宰相、お帰りなさい!!」
「誠一様……。その、ベルスナント王がお待ちです」
「分かった。ジグルド、悪いんだが」
「平気だ。付いて行くが、話しには加わらない」
ジグルドとドラゴンは、誠一の後について行きリッケルはフラフラとなりながらも自室へと向かう。その様子に警備隊の人達は心配そうに見ながらも、「仮眠する」と言われた。しかも、付いてくるなと言わんばかりに睨まれたので彼等は頷くしかない。
そして、誠一達が案内された執務室にも既に重症者が1人。
「来たか、誠一」
「お邪魔します。ドラゴンの彼と、アルベルトの父親であるジグルドさんが居ますけど構いませんよね?」
「別に構わない……」
(相当、落ち込んでいる? 何があったんだ)
ラーグルング国に出る前に、武彦が作った緑茶を持って来ておいて良かった。そう思った誠一は、緑茶の準備に取り掛かり「あっ」と失敗に気付いた。
「す、すまないんだが……」
「何かな?」
紅い髪を有し、人間とは明らかに違う雰囲気のドラゴン。
今は人型として存在している為、誠一よりも背は高い。マズいとは思いつつある事を頼もうとして、制止をかけたのはジグルドだ。
「おい」
「うっ、やっぱりマズいか?」
「当たり前だ。彼等は……この方達は、神聖なブルーム様の眷族だぞ? 何をすればいい、やるから指示をくれ」
「あーうん。じゃあ頼みます」
キョトンとするドラゴンに、誠一は何でもないと答えつつジグルドと共に出て行く。数分後、人数分の湯飲みと1つの急須を持って用意を始めた。
「……それは何だ?」
不思議そうな表情をしながら、聞いて来たドラゴンに誠一は「緑茶だよ」と答え手慣れたように用意を進めていく。その動きを見ながら、何が始まるのかと静かに見守ると「はい」と言って渡された湯飲み。
「温かいな」
「熱い飲み物は嫌いだったかな」
「我々は水と果実が多いからな。……舌を火傷しないように注意する」
「難しいならこうすればいい」
そう言って、誠一は冷まし方を教える。
息を吹き、湯気を飛ばす。少しずつ飲んでいき、自分の好みの熱さにしていくことを覚える。素直に聞いたドラゴンは、心なしかワクワクした感じで冷ましていく。
(……こういう所なのか、彼等が気に入られてしまうのは)
アルベルトが最初に会った異世界人。そして、一目見て仲良くなったのが麗奈と誠一だ。親身に接する彼等に感化したからか、アルベルトは同族を探す事をしつつも彼女達と過ごす事が優先になった。
そして、ジグルド達も探していた同族は魔王城に囚われており、麗奈と既に仲が良い状態だ。
誰にでも親身になるからこそ惹かれる何かがある。その一端を見たジグルドは恐ろしささえ覚えた。
「な、なんだ。おかしい事でもしたか?」
「いや。お前さん達に何を言っても無駄だと再認識したんだ」
「……え」
妙な視線を感じ誠一が再度、ジグルドに聞く。言われた内容にポカンとなるも、気を取り直してとベルスナント王にも緑茶を渡す。少しは心を落ち着かせて欲しいと思いつつ、受け取った王はゆっくりながらもお茶を飲む。
「娘を……アウラを、取られた」
「へっ」
やっと言葉を発したかと思えば、アウラを取られた事による失意。誠一もどうにか返すのが手一杯であり、その状況を聞いていたジグルドとしては(あぁ……)と納得した。
それから誠一はベルスナントから話を聞く事に徹した。
彼にそう報告したのは、疲れ切っている様子のリッケル。そして、何で彼があんなにも疲れているのかも分かる。
(あのハルヒ君が告白を受け入れた、か。色々と苦労はあったし、彼なりに受け入れるのも時間が掛かったのだろうな)
「いずれ彼は元の世界へと帰るだろう。だと言うのに、アウラはずっとハルヒが好きだと言いこちらの話を聞かない」
「えっと、その事なのですが」
誠一はベルスナントに伝える。
彼が受け入れたと言うのであれば、彼の次の行動も分かる。ハルヒには元の世界に対しての未練はなく、この世界で生きていく。
本人から聞いていなくとも、誠一はハルヒの幼い頃を知っている。彼の両親は既に他界しており、土御門家に育てられたとはいえその待遇は酷いものだという事を。
「妻の由佳里が、幼いハルヒ君を無理矢理に土御門家から引き離し1年程はこちらで預かりました。その間、麗奈との交流もあって明るい性格にはなっています」
「……」
「武彦さんから聞きましたが、ハルヒ君は自分が嫌われ役を買う事で麗奈を守ろうとしていました。他の家の陰陽師家が貰う位なら、自分が何もかも守るのだと。いずれば土御門家も潰す気でいたようですしね」
そこには育ててきた土御門家も入っている。
遠縁である分家の土御門家にハルヒを預けたのも、本家のやり方を良しとしないとして協力してくれたから。ハルヒにとって、自分を助けてくれた麗奈には最大の恩義を感じている。
「娘を取られた父親同士ではありますが、私から見てもハルヒ君とアウラ様はお似合いだと思いますよ」
「そう言う割には、納得していない部分もあるようだが」
「……否定はしません」
ハルヒとの事を嬉しく思う反面、麗奈が好きになっているユリウスの事もあり誠一としては複雑だ。応援する気持ちはあるのに、娘の恋人が王族だという点も似ている。本当なら応援するのが当たり前だが、気持ち的にはベルスナントのようにショックを受けている。
「似た者同士だな。異世界人である事もだが、その相手が王族だという事も」
「「止めを刺すな……」」
ジグルドからの言葉に、誠一もベルスナントも反論。
一方のドラゴンは、すっかり緑茶に夢中なのか彼等の話を聞く気はない。黙って肩を叩き、無言で慰め合う2人にジグルドは呆れながらも緑茶を楽しむのだった。




