第242話:世界を滅ぼしかけた一族の名
一方で誠一はラーグルング国の結界の柱で待機していた。
王都の中心にある柱に寄りかかり、自分の契約した霊獣の気配と力を感知。思わずフッと口が緩むのは、嫌々ながらも完璧に行う九尾の仕事ぶりに感心した。
(麗奈に恰好が悪い所は見せられないから、と言って誰よりも真面目にやっているしな)
誠一が契約した霊獣である九尾。
娘の麗奈の世話をしていたが、清と同じく溺愛している。
2人で麗奈の事を取り合うのは当たり前。同じ狐なのに、どっちの触り心地が良いかなど、くだらない事での喧嘩は日常茶飯事。
(武彦さんと裕二君は仮眠中。俺はノームから術の使用を禁止されてるし。……暇になってしまった)
こうして結界の維持が出来ているのを、観察してから1時間は経っている。やれることがないと分かり、どうしようかと思っているとニチリのリッケルにあるお願いをされる事になった。
「今から……?」
「えぇ、出来れば今すぐにでも」
「ちょっ、ちょっと待ってくれ」
既に疲れているリッケルに、誠一はちゃんと休んでいるのかと問うた。だが、彼はずっと「精神的にです」と気にしないでくれ、とそう雰囲気が訴える。
しかし、リッケルのお願いに誠一は迷う。
少し考えた後で、宰相のイーナスに許可を取ってから行動を起こすと告げる。
「分かりました。それで大丈夫です。申し訳ない、そこまでの配慮がなくて……」
「いや、気にしないでくれ。では移動しよう」
見回りをしていた魔道隊の人間に、事情を話せばすぐに2人を執務室の前へと転送してくれた。そして、執務室前で待機している騎士が「事情は聞いてます」と言い中に入るように促した。
「……」
「どうしました?」
「あぁ、すまない。あまりに短距離に移動したから驚いてしまった」
以前、リッケルはキールの転送魔法を味わった事がある。
同盟を組んですぐニチリとダリューセクに大量の魔物が襲来。
その影に隠れるように、上級魔族達も居た。
ニチリは救援として、ラーグルング国に要請。ダリューセクの混乱が収まった後で、麗奈達はニチリへと赴いた。
まだ魔法に適応していない土地だったのもあり、キールが行った転送では軽く酔った。だか、今の転送では全くそういう事起きていない。
そのリッケルの疑問に答えたのは、キールだ。
「今のニチリは魔法に適するように作り変えたからね。前に変化ならすぐに現れますよと言ったの、忘れてました?」
「魔力に適応してから、少ししか経っていない気がして。正直、実感がないです」
「あー、まぁ、そうかもね。私はサスクールに重症を負わされたし、主ちゃんが攫われて、次はゆきちゃんだったから」
立て続けにやられたしねーと言うキールに、リッケルは内心で地雷を踏んだ事に気付く。少しだけ重い空気になってしまったが、イーナスがすぐに話題を変えた。
「平気ですよ、誠一さん。こちらでの防衛は、気絶して動けなかった騎士団も含めた魔道隊。それに、ブルーム様の指示で動いているドラゴン達が居ます。同盟を結んだディルバーレル国、ニチリ、ダリューセクの方も同じくドラゴン達が警戒に当たっていると聞いています」
「あぁ、そう聞いている。しかし、彼等の方も休憩を取らなくて大丈夫なのだろうか」
ふとした疑問。
ドラゴンも自分達と同じように休眠は必要だろう。そう考える誠一に「大丈夫です」と言って、執務室に突如として現れたのは1人の男性だ。
ノームと交流してきた誠一はすぐに理解した。人とは違う神秘を纏った存在――ドラゴンなのだと。
彼は紅い髪を肩まで伸ばした中性的な顔立ち。声が低い事から男性だと気付けるが、黙ったままでは女性と見間違えてしまう。
第3者が執務室に現れたのと、ドラゴンが来ている事に暫くイーナス達の思考が停止する。
「体が頑丈なので、休まなくても平気な位です。今回の戦いでは、多くの仲間達が来ているのも含めあの子が頑張っていますから」
「あの子……?」
身に覚えのない事だと思い、誠一は頭を捻る。イーナス達も考えるが、ドラゴンが言う「あの子」と言うのがいまいち分からない。現れたドラゴンはじっと誠一を見る。
観察、あるいは彼の持つ霊力を凝視するように。名を聞き「懐かしい」とポツリと言った。
「アサギリ……。久しくその名を聞いていなかった。この世界を滅ぼしかけた一族の名を再び聞くとはね。貴方方は数奇な運命にあるな」
「な……」
全員が息を飲んだ。
リッケルは目を見開き、イーナスもイディールも驚いて言葉を発せない。しかし、それにすぐに反応をしたのはキールだ。
「どういう意味なの、それ」
キッと彼はドラゴンを睨み付ける。
主である麗奈に仕える彼としては、信じられない内容だ。麗奈の母親である由佳里が2年もの間、ラーグルング国で過ごしてきた。
彼女の口から娘が居るのも聞いているし、夫である誠一の事も多少は聞いていた。だから、最初に会った時に名前を聞いた時に共に行動をすると決めた。
魔王の封印を成した誠一の妻である由佳里。
娘の麗奈が起こした数々の奇跡も含め、世界を滅ぼしかけたなどと言わないで欲しい。そう訴えるキールにドラゴンは「それもまた異常だ」と説明をした。
「最初にこの世界に来たユウナと言う人物は世界を滅ぼしかけ、ギリギリの所でアシュプ様が止めを刺した。同じアサギリなら、次もそうでないという保証はない」
「な、じゃあウォームは最初から主ちゃんの事を殺す気で契約したって言うの!?」
「ウォーム……? なんだ、その名は」
「主ちゃんが彼に付けた名前だよ。本来の名前よりもそっちの方が良いって、泣いて喜んでたのにっ」
「キール」
「……ふんっ」
イディールがキールを呼び、怒りを押しとどめるように視線で訴える。それが分かりつつも、イラついた様子のキールにイーナスは静かにため息を吐いた。ドラゴンの方は少し思案した後で、どうするつもりでいたのかは自分達にも分からないのだという。
「アシュプ様の考えは、私達にも分かりません。だがこれだけは言える。今のアサギリは、ユウナとは違い多くを味方に付けている」
加勢しているドラゴン達は、今の麗奈達の状況が伝わっている。
遥か上空とは言え、同じドラゴンが彼女達の傍におりブルームだけでなく大精霊達も居る。そして彼等の他に援護している存在も認識している。
「娘は魔王の器だと言われたが、そんな事はしないっ。絶対にだ!!」
「だがその者は、もしもの場合には死神に自分を狩る様にと頼んでいる。サスクールの器にされない最低限の処置だと」
「……やっぱりか」
誠一が感じていた麗奈への違和感。
助けに来たのに、彼女自身はそれに驚きつつも誠一を抱きしめた時の力が強かった。まるでこれで最後にでもするような感じ。父親としての勘が告げていたのだ。娘の麗奈は何かを隠している、と。
「普段、甘えない人間が甘えて来る。娘のその行動を変に思うのが普通だ。麗奈は由佳里を亡くした負い目がある。……何度も違うと言ってきたが、ついには直らなかった」
だから自分を優先せずに他人を優先する。
ゆきも気付いていたが、裕二も武彦も言い聞かせてはいるが本人は「分かってる」と答えるだけ。本心はずっと自分の事を責めて続けている。
由佳里が遠征に行く時、麗奈は約束していた。いい子にして待っている。そうすれば、母親は元気に帰ってくる。そう信じていたし疑わなかった。
「時々思っていた。娘も突然、消えてしまうのでは……。そんな不安に駆られるのは1度や2度じゃない。でも、麗奈には支えてくれる人間がいる。ユリウス君がそれを許す筈がない」
「その方が止めるのもあるが、死神が行うならもっと早くに行っていたでしょう。それが行わないというのは、今の死神は彼女に相当気があるらしい」
だからこそあの子が協力するのかも知れない。納得したのかドラゴンは満足げに頷いている。
セルティルは死神の存在を聞いた事はあるが、その姿を見てはいない。存在を見れば死ぬとされているからだ。
キールとイーナスは頭を抱えた。予想が確信に変わり、何で無事なのだと次の疑問が湧く。
「ホント……麗奈ちゃんって何者なの」
「主ちゃんが色んなのを巻き込むのは知ってるじゃんか。魔族にまで気に入られてる始末だし……死神にまで気に入られてるって」
麗奈とゆきの世話をしていたというティーラとブルト。そして、ティーラからは「魔族たらし」とまで言われている始末だ。ゆき達は納得しているのか誰1人して違うとは言っていない。
(まぁ、あの方がそう簡単には死なせないがそれを言えば流石に消される)
そうドラゴンは思っても口にはしない。
死神ザジと麗奈の関係は知らなくとも、創造主デューオが何かと援護している。知っていても口にすれば彼によって消されかねない。
死神よりも怖い存在だと思いつつ、誠一とリッケルをニチリに送り届けようと話題を変える。ハッとしたリッケルは最初の目的をしっかりと忘れており、誠一もつい呆気に取られた。




