第241話:やっと素直になれた③
ゆき達が起きたのは、イーナスが執務室に向かった頃。報告を受けている間に、彼女達は徐々に起きて来た。傍には魔王城で共に行動をしていたドワーフ達がおり、ゆきと目が合うと「フポー」、「ポポ」と嬉しそうに声を上げた。
その声に起きて来たのだと思い様子を見に来たのは、ドワーフの戦士でありアルベルトの父親のジグルド。そして、彼等の仲間であるネストとバベットの2人が揃って入って来た。
「起きたな。えーっと、誰だったかな。誰を呼ぶんだったか?」
「薬師のフリーゲか父親のリーファーのどっちかを呼べば良いんじゃないか?」
ジグルドの質問に答えたのはネスト。
一方のバベットは起きていたゆき達に水を用意。ゆっくりと水を飲み干し状況を確認していく。
「じゃあ誠一さんもここに来ているんですね」
「あぁ。アイツは魔王に腕を取られたからな。ノーム様に治療をして貰ったとは言え、安静にするようにと脅されている。下手に動かないだろう」
「……」
誠一の状況にゆきは苦しそうに顔を歪めた。
自分の魔法なら治せるかも知れないが、今の自分達にはその魔力がない状態だ。遥か上空で戦いをしている麗奈達に魔力を送った。
あの時はそれが正解だ。そう思っても、誠一の傷の深さに胸が苦しくなる。
「腕を取られたって……。そんな大怪我を治すノームは凄いんだな」
ヤクルが4大精霊の1つであるノームの力に驚いていると、あとから起きて来た咲達も同じように頷いていた。咲とナタール、そしてディルバーレル国の王であるドーネル王と共にゆき達が居る客室へと集まっていた。
「あと起きて来てないのは、ニチリに保護して貰ったハルヒ君だけかい?」
ドーネルが自分を含めた人達を確認しつつ、まだ起きていないハルヒの事を探す。
ドワーフの1人がゆきに説明をしていた。ハルヒは別室におり、今はアウラがずっと様子を見ているのだと。
「アウラ様、私達よりも早く起きたんだ。あれ、護衛のディルベルトさんも一緒じゃないんだ珍しいね」
「ポフポフ」
「んん?」
ゆきと咲は異世界人と言う点もあるからか、ドワーフの言葉が分かる。
懸命に説明をするドワーフ達によれば、アウラだけでなく護衛のディルベルトと宰相のリッケルが居る事も告げた。
あと世話係だと言ったウィルも居るのだと聞き、今から様子を見に行こうとなった。
自分達が出来る事は少ないので、ハルヒの様子を見ながらご飯を用意しようと思う。と、そこで奇妙な光景に思わず足を止めた。
ニチリの宰相であるリッケルは、何故だか護衛のディベルトに取り押さえられている。
部屋に入ろうとしているのが分かるが、何故それを止めているのかが分からない。すると、世話係のウィルがゆき達に気付き静かにするようにと小さく伝えた。
「アウラ。僕を好きだと言ったその言葉、今も信じて良いの?」
聞こえて来た声に全員が身を固くし、音を立てないようにと動く。しかし、その事を知らない薬師達を含めた魔道隊は気になりながらも言われた指示の為に走り回る。
その音が聞えるが、それよりもと全員がハルヒの言葉に耳を傾ける。体が小さいドワーフ達は、トーテムポールのようにして重なり合い耳を澄ましている。
「離れろハルヒ。姫様ごと斬る訳にもいかない」
「だってさ。でもアウラが離れてくれないから無理」
「嫌です。もう離したくないです」
「ワガママですよ、姫様!!!」
体力が落ちているハルヒにアウラは、嬉しそうにお粥を運ぶ。今までアウラはハルヒに向けて好きなのだと告げて来た。
それをハルヒは一方的に聞き流していたと思っていたが、きちんと彼女の気持ちに向き合った。告白を受け入れてからのアウラは、べったりでありハルヒの世話をするのだと聞かない。
ゆきはアウラの気持ちを知っているだけに、良かったと思うもリッケルの前ではそれも言えない。
今も怒りが収まらないのか睨み付けている。そして、腰に下げている剣へと既に手が伸びているのも見えてサッと視線を逸らす。
「わ、私、初めて聞いちゃった。なんか自分の事みたいで嬉しい」
「咲。その気持ちは心の中で思って下さい」
告白を聞いた咲は興奮していたが、その言葉にリッケルがギロリと睨む。だが、そんな視線をされていると気付かない咲はうっとりとしている。咲の恋人であるナタールは、そんな彼女に注意をしつつも聞いていないのだと分かる。
「お前が弱っているのは初めて見た。そうやって大人しくしていればずっと良いのに」
「れいちゃんに告白してフラれた奴の言葉を聞く気はないよ」
「はあ?」
今度はリッケルではなくラウルが反撃に出ようとしている。ちゃっかりリッケルから剣を渡されており、団長であるヤクルはすぐに止める。弱っていても嫌いな人物に対して毒を吐く所は全く変わらない。
ヤクルは何でラウルにこんなに厳しいのかと思っていると「最初に敵意を向けて来た」と、先回りをしてハルヒは答える。
「最初に挑発をしたのはハルヒの方です。自分が麗奈の婚約者だと宣言した時に、俺だけじゃなくキールさんとイーナスさんだって殺気を向けてました」
「あの時点で、ゆきかられいちゃんに好きな人が居るのは聞いてたもの。それにれいちゃんは、僕の事覚えてないからさ。ちょっとからかっただけだよ」
そうしたら思わぬ反応が返って来た。
そう説明しながらも悪びれなく答えるハルヒに、ラウルはお前のそういう所が嫌いだと改めて告げる。最初の印象がお互いに悪すぎたと思うだけに、ヤクルはこの2人を一緒にするのはダメだと思いゆきを見る。
彼女の方も、ヤクルの言いたいことが分かったのかしっかりと頷いた。
ドーネルはニヤニヤとした顔で見ており「協力できる事なら何でも言ってね」と言われ、ギョッとしたのはリッケルの方だ。
「協力って例えばどんな?」
「麗奈ちゃんの友達なんだから、こちらで対応出来るものならなんでもしよう」
「……アウラのお父さんの説得、とか言ってもやるの?」
「成程、ベルスナント王の……。ま、麗奈ちゃんの友達だし君には我が国を助けて貰った恩もある。それで良いなら説得をしてみよう」
「な、何を言ってるんです!!!」
流石のリッケルも、他国の王を睨む訳にもいかない。ハルヒはそれも計算してドーネルへと頼んでいる。一方でドーネルの幼馴染であり、ここまで付いて来たギルティスは小さく溜息を吐いていた。
「お前、麗奈様に褒められたいだけだろ」
「そうとも。だが、彼女だってハルヒ君の事なら喜ぶだろ?」
「だそうです。すみませんが、リッケル宰相。諦めて下さい。王がこうだと言ったら聞かないので」
「諦めるの早いですよ、ギルティス宰相!!!」
既に放置したギルティスに青ざめるリッケル。
慌てた様子のリッケルにハルヒは(面白なー)と思いつつ、クスクスと笑う。それを見て、アウラは嬉しく思いお粥を彼の口へと運んでいく。
嬉しそうに受け取るハルヒを見て、アウラは胸に染みる温かな気持ちに幸せを噛みしめる。
「ふふっ」
「どうしたの、アウラ」
「あ、いえ」
知らない内に笑っていた。
そんな自分の変化に驚きつつ、ハルヒがアウラに話しかける。自分はハルヒに呪いを解かれ自由になった。
20歳で死ぬ定めだった筈の呪いを破った陰陽師のハルヒ。
自由を得られるだけでなく、こうして友達をそして――自分の好きな人を得られた。
それが分かると途端に、嬉しくて抑えられない。
「ハルヒ様。改めて私を呪いから助けて頂きありがとうございます」
「まだ言うの。僕達、陰陽師は怨霊と戦う専門家だから自然と呪いに詳しくないと」
「それでもです。貴方に救われなければ、今の私はありません。何度でも言います。私を離さないで下さいね、ハルヒ様」
「リッケルさん。そういう事だから諦めてねー」
舌打ちをしせめてもの抵抗をする。
ディルベルトがこれからが大変だなと思っていると、自分達を探しに来ていたのだろう。レーグが慌てた様子で客室に入る。
「皆様、ここに居たんですね。体調に違和感はないですか?」
その後、魔力の安定も含めレーグと魔道隊はゆき達の調子を確かめていく。
動けないのはハルヒだけであり、彼の世話はそのままアウラが担当。護衛のディルベルトと彼女の世話係であるウィルはそのまま残る形に。
そして、リッケルは疲れた様子でニチリへと帰っていく。ついにハルヒが娘の告白を受け入れた。言いたくもない報告をしないといけないと思い、彼は胃痛を覚える。フラフラとした様子で行くリッケルについて行くのはドーネル王と宰相のギルティス。
ハルヒの約束を果たすのも含めて彼等がニチリへと戻り、鮮血の月から回復していたベルスナント王は愛娘の変化にショックを受けて再び気絶をした。
密かに応援していた者達からすれば、アウラとハルヒの状況の変化に微笑ましささえ覚える。これからのニチリは安泰だと考える者と、王への説得が大変になるなと思う者達の考え。
そんな空気を密かに感じ取っていたドーネル王は、ニチリの温かな変化を見て自分の事のように喜んだ。




