第238話:協力します
「ちっ、お前……!!!」
「恨んでいるんだから、やり返すのだって普通だろ?」
憎々し気に呟くサスクールと違い、サスティスは涼しい顔でそう言い放つ。
麗奈の姿をかたどり黒い霧に包まれたサスクール。元々、肉体を失っていたので創造主デューオに対する攻撃が出来なくなった。
肉体があったからこそ出来る事が出来なくなる。
それは行動を制限される事に繋がる。魔族に転生したユウトと出会う前までは、サスクールは手当たり次第に人の体に入り込んだ。
だが、どれも馴染む感覚が掴めずにいた。
慣れて来た頃には必ず乗っ取った体の者は死んだからだ。魂になれば、必ず死神が察知し狩る。
それを分かっていたからこそ、乗り移れる体を限界をサスクールは調べ尽くした。そして、ユウトに出会い霊の姿を見れる彼の能力を上手く利用して貰った。
「人間に乗り移れるなら、魔族にだって可能な筈だ。試しに入ってみればどうだ」
言われるまで気付かなかった。
サスクールの中で、魔物、魔族は勝手に拒絶反応を示し人間と同じように死ぬと思っていたからだ。
成功して以来、サスクールはユウトと共存する形で死神に見付からずに生き延びた。
そして簡単には死なない上、上手く順応するであろうヘルスを見付けるまでそれは続いた。
器と評した麗奈は、1度はサスクールに体を乗っ取る事に成功した。
だが、体の主導権を再び握られ邪魔をしてきたのも死神。
そして、今もサスクールの行動の障害になるのもまた死神だった。
「この、邪魔ばかり……!!!」
怒りを覚えながらも、サスクールは心の中は冷静でいた。
今は亡きユウトと提案し完成させた術。それを起動するのに時間は掛からなかった。
『むっ。お前達、結界を張れ。主はユリウス達を守れ!!!』
「えっ」
『了解!!』
「分かった!!」
ユリウスとランセは霊力を感知できない。それは死神であるサスティスも同じ。
だが、青龍は僅かな霊力を感じ取りすぐに四神に結界で覆う様に発動。状況が分からないユリウスとランセは、麗奈の作り出す結界に守られる。
大精霊達も守りに徹する。
念の為にと2重3重とブルームが大きな守りを作り出す。その瞬間、黒い雷が麗奈達に向けて降り注がれた。
魔力で作られた守りは通り抜けられたのを見て、青龍は焦りすぐに精霊達を覆えるだけの結界を張る。他の四神も同様に結界を張り、麗奈も調整を瞬時に行う。
『ちっ、どうやら死ぬのも計算の内……って事か』
「えっ」
『見てみろ、主。サスクールのすぐ近くにユウトが居る』
「!!」
青龍の言葉に麗奈は驚き、サスクールの近くに居ると言われる方へと視線を向ける。
ユリウスもランセも、その言葉に驚き注意深く見るが魂を見る事が出来ない彼等には、サスクールが居る以外には見えない状態だ。
だが、麗奈は見えた。
そして他の四神達も見えていたようで、黄龍が心の底から『しつこいな』と吐き捨てた。
「え、黄龍?」
『やぁ。私が居たらいけないかい?』
驚く麗奈に黄龍は気にした様子はない。だが、青龍から黄龍と風魔はラーグルング国の柱の守護をしていると聞いていた。なので、ここに居る事に驚いた形になる。
そして、麗奈の表情を見て黄龍はそれを見抜き『実はね』と話を切り出した。
『風魔に文句を言われたんだ。四神が行ってて、君は行かないのかって。そう言われるとは思わず固まったんだけど、彼言ってたよ』
そう言って麗奈に耳打ちした。
曰く、風魔は黄龍に簡潔に告げたのだ。麗奈との契約を行ったのだと。
四神達は風魔と麗奈が契約を交わしていない事に気付いていた。が、何か理由があると思いそして麗奈も気付いている様子はなかった。
様子見と言う事で、黄龍には言われていたらしい。
風魔自身が言った契約をしている、と言う嘘を彼等は既に見抜いていた。
『私達だって術者だからね。出来ているのか、そうじゃないのか位の見極めは出来ている』
「……それが出来ていない私って」
うぅ、と落ち込んだ。
なんせ風魔の言葉をそのまま鵜呑みにし、今までを過ごしていた。四神達は気を使っていたのだろう事にショックを隠せないでいたが、黄龍としてはそれは良かったのだと話す。
わだかまりは他人には見えずらい。
それが式神と契約者との間での事なら、当人で解決しないといけないことだ。周りから言われてやるのではなく、自身で気付くべき事なのだと。
『まぁ、こうして回り道をしたけど結果としてそれで良かったんだよ。風魔が私の事を押し出す位には自信がついたという証拠でもあるんだし』
そして、風魔は言ったのだ。
帰る場所は必ず守る。僕は主には付いていけないけれども、黄龍達に麗奈の事を託したい。
『だから戻ったら、一杯褒めて欲しいし撫でて欲しいんだって』
「ふふ。……風魔らしい」
『あと、自分の方が年上だから我慢もすると言ってたよ』
それでも拗ねている感じで言っているのは想像出来た。
風魔が甘えん坊なのは、何も麗奈に関わったからではない。母親である由佳里が、風魔の事を式神としてそして1人の家族として扱った結果だ。
朝霧家と言う他の陰陽師家から見れば異端だと見られている事でも、風魔や九尾のように彼女達に救われているのも事実。
『ついで、アイツも呼んどいた』
「え。あ……破軍さん」
麗奈の呟きにユリウスとランセも破軍を見る。
だが、彼は怖い表情のままサスクールの横を陣取っているユウトを睨んでいる。それこそ親の仇のように、戦闘時ではない怖い表情。激情に駆られる破軍を麗奈は、今まで見た事がない。
ハルヒの式神である彼は、黄龍と同じように茶化したりする。だが、いつも冷静に立ち回っているのも知っていた。
そんな彼がユウトに対しての怒りと、憎しみの視線を向けている。視線が集まっているのも分かっているだろうに、彼が集中しているのはユウトにだけ。
「破軍さんっ」
彼女の思いをすぐに察した白虎は、すぐに破軍の元へと向かった。
彼が彼でなくなる。そう思ったからだろう。麗奈は咄嗟に破軍の手を握ったのだ。
『っ!!』
破軍はビクリと驚き、そして自身の手を握って来た人物を見る。
契約者であるハルヒでないのはすぐに分かった。そうなれば、消去法で残るのは麗奈だけ。だが、破軍はすっかりその事が頭から抜けていた。
それ程、彼はユウトが死んでもなお自分の前に居る事の事実の重みを与えて来る。
そして彼を殺したのが自分だというどうしようもない、逃れられない事実に嫌気がさす。麗奈がしっかりと破軍の手を握り、固く離さないでいる。
そんな破軍へ麗奈は訴えた。
「破軍さん。ダメです……。自分を見失うような事、憎しみに囚われたらハルちゃんに言い訳がつかないですよ」
『……』
ハルヒの名前を出され、破軍はハッとする。
同時にここに契約者であるハルヒが居ない事に、心の底からホッとした。そんな安堵の息を吐くと、黄龍からコツンと頭を叩かれた。
『お前が怖い顔をするからだろうが、バカ』
『ふんっ。人をバカと言うな、バーカ』
軽く睨んだが、先程のような憎しみを込めたものではない。
破軍の纏う空気が軽くなったのを感じ、麗奈はホッとした。いつもの破軍になったのが嬉しくて笑うと、黄龍は破軍の事を小突く。
次に破軍は麗奈へと謝った。
我を忘れるとは当主、失格だなと言葉を添えて。
『当主もなにも、俺達は死んでるだろうが』
『うっさい。それを今、言うなよ。恥ずかしい……』
『え、ワザとだと思ったが違うのか』
『うる、さい……』
軽口を言い合う2人に、心配する必要はないと思い麗奈はそっと破軍から手を離す。
彼女の行動と気持ちを、すぐに察した白虎の事を撫でる。
「ありがとう、白虎」
『ううん。主ならそうするだろうなぁ、と思ったからやっただけだよ』
「それでもだよ。ありがとう」
お礼を言われ、白虎の尻尾がユラユラと嬉しそうに揺れる。
ザジとサスティスが精霊達を守るようにして、展開した防御の魔法。死神が扱う力は、この世界を創った創造主そのもの。
例え魔法と言う分類だとしても、その力の根源は創造主のもの。
系統が違うからか、サスクールの呪いからもユウトが作り出した呪いすらはね返す。逆に言えば、精霊達は死神の作られた範囲から出られない事を意味する。
ユリウスは、降り注がれる雷が自分の動きを封じ魔力を阻害するものだと察する。
そして、ランセ自身も気付いた。あれは呪いであるが、自分の力が何処まで及ぶのか想像がつかないのだと。
「それって」
「一応、私もあれを喰らう訳にはいかないって事だ。唯一、無事でいられるのは死神である2人と、麗奈さん達だけって事になるね」
歯がゆい気持ちになりながらも、死んだ者の相手は出来る方法は限りなくゼロに近い。
そして、ユウトとの決着をつける為にと破軍は軽く息を整え麗奈にお願いをした。
『本来なら主と行うべき事だった。妙な勝ち逃げもあったから、終わらせる。――協力をして欲しい』
「はい。私も破軍さん達に助けられてばかりですから、おあいこです。ハルちゃんの代わりですが、よろしくお願いします」
心強い返事は、ハルヒのそれと被り同時に理解する。生まれた家が違うが、ハルヒと麗奈の想いが1つである事に破軍は安心した。
陰陽師の家系に生まれ、その歪みで生まれた因縁なのなら――同じ陰陽師で決着をつけるべきなのだと。




