第236話:大精霊達を送り出す
「セレーネ様!? ど、どうしてここに」
「ファルディールに押し付けてきました!!!」
(うわっ、可哀想な……)
大精霊召喚をしようとした時、ギリギリの所でダリューセクからセレーネ達が駆け付けた。
国の防衛と魔物と魔族に襲われた箇所の直しなど、国に留まらなければいけない筈だ。しかし、セレーネがあっさりと理由を告げ――その内容に、ナタールは同情したくなった。
「ナタール。文句があるの?」
「いえ、文句だなんて。ただ宰相が可哀想だなぁと」
「やっぱり文句があるんじゃない!?」
詰め寄るセレーネをナタールは慣れた様に、逃げ回りまたははぐらかす。
そして聖騎士であるイクネルとケルダンの2人からは、ファルディールだけでは手が足りないからという理由で、同じく聖騎士のファンネルとフラートを置いてきているのだと言った。
(完全に後処理を任されている。の間違いではないでしょうか……)
宰相のファルディールと聖騎士のファンネルの2人は咲にとっては恩人だ。
今頃は、2人で苦労しながら国の復興も含めて忙しく立ち回っているのだろう。フラートは仕事をサボる癖があるらしく、イクネルは「いい気味」とぼそりと言ったのを咲は聞こえてしまった。
そして、聞いていたのがバレていたのかニコリと笑顔を向けれた。一瞬、背筋が凍るようなゾクリとしたのを感じ咲は固まる。
ナタールが即座に反応し、咲とイクネルの間に割り込んだ。
「いきなりじゃない?」
「どうだか。お前の笑顔は、敵を殺す時と脅す時とでキツイからな。咲にそんなのを向けなくて良い」
「……独占欲が強い男は嫌われるよ?」
「脅してくる男よりはマシだろ」
金髪に蒼い瞳のイクネルは、ハルヒが成長した姿によく似ている。
実際、麗奈もきっとあんな感じになるのだろうと想像したしアウラとゆきも(似ている)と同時に思った。
睨み合い続ける2人に注意をしたのは、聖騎士のケルダンだ。
ファンネルとは酒を飲む合う仲であり仕事の愚痴も聞いている。そして、聖騎士達のまとめ役の1人だ。
「そんな事している場合か。この国に送って貰った協会の方々に申し訳ないと思わんのか」
「失礼しました」
「……申し訳、ありません」
喧嘩を収めつつ、キールはある言葉に引っかかりを覚えた。
もしかして――と思いケルダンに聞いた。協会とは魔法協会の事で当たっているのかと。
「何だ。協力したらいけないのか? バカ息子」
「げっ……」
セレーネ達を送ったのはキールの母親であるセルティル。
いつものように派手なドレスを着ているいつもの恰好。思わずキールが舌打ちをした。そんな彼女の後ろから歩いて来たのは彼女の夫であるイディールだ。
「キール。頼むからそんなに嫌そうな顔をしないでくれ」
「嫌な顔にもなるだろう。自分と似たような顔がいるのって嫌なんだよ」
「親子だっていう立派な証拠じゃないか」
「主ちゃんにした事、許した記憶はないんだけどね」
「あの事をまだ気にしてるのか……。もう過ぎた事だろうに」
「……まだ反省してないようだね」
睨み合う親子にイディールが強制的に終わらせる。
イーナスがセルティルの姿を見て納得し、セレーネ達をここに呼んだのが彼女の魔法によるものだと分かる。
念には念を入れて、これから向かって貰う大精霊達に聖属性の魔力を付与して行こうと考えたのだ。
意外にもそれを提案したのは魔族のティーラだ。
「ま、バルディルの呪いもサスクールの力で上がったものだ。呪いに特化した魔王を相手にしてるのは、呪いの解除に特化した俺の主。精霊達に消えて貰っちゃあ困るしな」
「ティーラさんが頭使ってる……」
「あ?」
ブルトの一言にティーラは反応し、手をボキボキと鳴らし殴る体勢へと移る。
一気に青ざめるブルトに「うるせぇよ!!!」と言い容赦なく殴り飛ばした。
「シュポポ~」
「うぐぅ……。加減を一切してくんないし」
本当なら頬が腫れているブルトに治療したいが、無駄な魔力は使うなとフィナントに言われてしまう。気の毒そうに見るゆきと咲はどうしたものかと考える。
見知った顔が見え、ゆきが「あっ」と声を上げる。
彼女達が居るのは、ラーグルング国の城。その中庭に集合しており、周囲はドラゴン達が固めている。フラフラとした足取りだが、アリサとリーファーに支えられてきたのはフリーゲだ。
「あー、くそっ。頭がまた痛む」
「動くなと何度も言ったが、動くと言ったのはお前だ。バカ」
「ゆきお姉ちゃん、レーグお兄さんっ!!!」
「アリサちゃん!!」
「アリサ様。良かった、無事ですね」
ぱあっとアリサが笑顔になり、駆け出していく。ゆきとレーグが彼女の元に辿り着くと同時に、アリサは思い切り抱き着いた。
小さな体が震えている。ゆきに会えた事が嬉しいのと、キールの言いつけを守ったからだろう。ここに来て一気に気が抜けた様にヘナヘナと崩れていく。
「うぅ……良かった。良かったよぉ」
「うん、うんっ。私もアリサちゃんに会えて嬉しいよ」
「ママとパパは?」
「麗奈ちゃんとユリウスはまだ戻ってないよ」
その事実にアリサがしょんぼりとし、レーグが労わる様に頭を撫でた。
ブルトは麗奈のママ呼びにショックを受けたのか石のように固まり、ティーラはヤクルを引っ張り出して理由を聞いた。
「ほぅ……。闇の魔法を使うのか。そりゃあ運のない事だな」
「魔族だという事は言うなよ? 彼女には違いが分からないんだから」
「へいへいっと」
一方でセレーネ達の扱う聖騎士の力。裕二とゆきの異世界人である2人。フィナントとエレナ、ベールとフィルが扱う聖属性の魔力。ヤクルとフーリエの扱える煉獄の魔力を抽出し、まとめ上げる仕事をしているのは魔女のセルティルと息子のキール。
イーナスはその間に、大精霊と契約を交わしたアウラ達を集めかき集められるだけの魔力と麗奈から貰ったという魔道具を一か所に集めていく。
麗奈が付与した魔力も合わせ、それらの魔力をまとめて上げるのは魔道隊の面々達が行っている。その間にも、レーグから指示を受けて様々な人達が忙しく立ち回る。
「ほら、これで少しは和らいだと思うが……どうだ」
「ありがとうッス。ティーラさんが加減ないのは知ってるけど、ホントもう少しコントロールをして欲しい」
「もう一発殴れば治るんじゃねぇか?」
「止めてっ!!!」
涙目のブルトはもう一発殴ろうとするティーラに戦慄する。
リーファーが霊薬を使った塗り薬を治療としてやったが、また怪我が増えるのかと遠い目をした。フリーゲがどっしりと座り込み、自分の体力が思った以上に奪われている事にショックを受けている。
「普段から閉じこもってるんだから、これを機に運動でもしたら?」
「うっせぇ……。お前みたいに動き回る方がおかしいわ」
悔しそうに言うフリーゲを軽く茶化すのはキールだ。
作業がもう終わったのかと言えば、あとの微調整はセルティルがやるから邪魔だと言われたのだ。
「うわっ、流石はキールの母親。ハッキリと言い切るな」
「あれでも優しいよ。……それもこれも主ちゃんのお陰だ」
「にしてもよ。嬢ちゃんの周りには魔族も集まるのか? 見た目は一緒だけど、俺だって感じるぞ。闇の魔力持ってるだろ」
「ホント。主ちゃんは動き回って、状況を色々とひっくり返すのが好きだよねぇ」
そう言って笑うキールだったが、次の瞬間には凄く落ち込んだように表情が沈んだ。
その変化にフリーゲは敢えて何も言わず黙ったまま。
見上げれば今にも落ちて来そうな瓦礫は、更に上から落ちて来るのは城の残骸だ。
すぐにドラゴン達が迎撃態勢に入り、魔力を瞬時に高めていく。
一斉に放たれたブレスは、落ちて来る瓦礫も含めて全てを吹き飛ばした。細かい破片も含めそれらがフリーゲ達に落ちて来る事はない。
その音を聞いても、セルティルは慌てる事無く作業を続けた。
「よし。次は大精霊達の番だ。今、具現化している大精霊全てに付与するぞ」
「こらちも麗奈様の作った魔道具から、魔力を抽出しました。――行けます!!!」
レーグのその号令で、大精霊達に聖属性の魔力が付与されていく。更には麗奈が作った魔道具から抽出された魔力は虹の魔力。淡い光に包まれていた大精霊達が次の瞬間には、虹の魔力を纏っていた。
《ここに集いて、力を示せ――大精霊召喚!!!》
ノームの声がイーナス達にも聞こえた。
それと同時に大精霊達の足元には、茶色の魔法陣と虹の魔法陣とが混ざり合い――一瞬で姿を消していく。
一気に静まり返るも、これで自分達が出来る事はないのを意味する。
不思議と不安はなかった。
持てる力を使い、僅かな可能性に全てを懸ける。彼等の想いは確かに届いたのだろう。
その過程を全て見ていたデューオは微笑む。
そんな彼を見たエレキは、静かにその場を去った。――彼女はサスティスとの願いを叶える為に、ある事を実行に移したのだった。




