第235話:繋がる点と点
ウンディーネがフィナントに告げる。
今回の場合なら、誰の犠牲にもさせずに援護する事が出来るだろう、と。
「ハルヒ様。どうぞ、ゆっくり休んで下さい」
一方でシグルドが運んできたハルヒを木の幹に寄りかからせ、アウラとゆきは安堵した。
崩壊する城に残ったのは、自我を失ったアシュプを足止めしアウラ達が逃げる時間を稼ぐ為。だから彼女は不安で堪らなかった。
もし、戻って来なかったら……と。
泣きそうになるのを我慢する。ハルヒの事になるとここまで感情が揺れるのだ。
ここまで頑張った彼に、自分が出来る事をと考え彼女はウンディーネと元へと向かう。
「ウンディーネ。お願いです。その召喚の方法を話して下さい」
《元からそのつもりよ。今と昔とでは厳しさが違うから》
昔は大精霊を召喚するのに1人の召喚士の命を使う。
具現化もここまで長時間ではなくほんの数分。フィナントの言う様に、精霊を召喚する行為は精霊自身にもトラウマを植え付ける。
やっとの事で呼び出されても、扱える人物とまともに言葉をかわせない。
そして彼等は知っている。自分達の強すぎる魔力が、彼等をここまで苦しませているのだと。
《大昔、魔王が人間に対して攻撃を仕掛けて来た。私達も持てる力を持って対抗し、同時に術者を多く失った。人間を絶滅させる訳にはいかないしね》
「まさかその時の魔王がサスクールと言いたいのか」
《そうかも知れないし、違うかも知れない。真実を知っているとすれば……あの方しかいないと思う》
あの方と言われ、周りはハッとした。
精霊から度々聞いてはいた存在。そしてユリウスが麗奈が魔王の手に落ち、決断を迫られたのだと言った。
創造主。
今もこの光景を見ているかも知れない。
姿も気配も分からない相手。だが、この時は誰も知らない。
ユリウスだけでなく麗奈もその創造主に会っているのだと――。
「そうホイホイ名前を出して良いのか。我々も含めて消せたりしないのか?」
《そうするつもりなら最初からそうなってるわよ。私達だってあまり踏み込み過ぎると、存在を消されるもの。実際、ノームは痛い目をみたようだし》
それはニチリでの事。
ノームがサスクールの正体を麗奈に告げようとした時に起きた。ユリウスの兄の体を使い、サスクールは暗躍をしている。
だがそれを告げる前に、ノームは強烈な頭痛に襲われる。
頭が割れそうな中で創造主は告げて来た。それ以上、告げるのなら存在を消すのだと。
ノーム自身も麗奈も知らないが、その時にデューオの邪魔をしたのが式神の青龍。
異世界の神が創造主に対して横やりを入れたのだ。これには流石のデューオも驚きを隠せずにしており、またその時の状況をウンディーネ達は共有されていた。
見せつけられたのだ。
あまりに踏み込むと自分達もノームと同じになる。そう言った脅迫も含んでおり、今の今まで彼女達も話せなかった。
それこそ今から行おうとしている大精霊召喚についても。
《私達は世界の駒であり、あの方の道具。でもね。そうするなら最初から意思なんて宿らせなきゃいいのよ。ノームに変化を与えた彼女を失いたくない。その思いや意思は、あの方に操られてとかじゃないもの》
「……アルベルトの時にも思ったが、色々と巻き込んでいくな」
「それが主ちゃんだからね。そこは諦めて良いですよ、フィナントさん」
「彼女自身、そんな事してるとは微塵も思わないだろうと何故か想像がつく……」
あり得ると言った表情で、ゆき達は頷く。
麗奈と交流していた大精霊達も同じように頷いていた。その光景に武彦と誠一は揃って思ったのだ。
母親の影響を強く受け継いでいる、と。
ウンディーネが言う厳しい条件を、クリア出来る要素はノームが麗奈達の元へと向かっている事。
そして麗奈が召喚士であり、契約した精霊が原初の大精霊アシュプである事が上げられる。
それと精霊の欠片が2つある事で、条件がかなり緩和されているのだという。
「欠片、だと?」
《そんな器用な事が出来る存在は死神しかいない。今回の死神は2人組な上に、どうも彼女に対して強い思いがあるようね。でなきゃここまで干渉しないわ》
《待て、ウンディーネ。それはない。俺は最初に麗奈に死神の危険性を伝えているし、実際にディルバーレル国で対峙した》
フェンリルがすぐに反論する。
キールが魔力欠乏症で苦しんでいた時に、治せるのはフォルムの実と言う珍しい実であり作れる精霊がフォンテールしかいない。
その精霊に会う為に、フェンリルは麗奈の護衛として同行をした。その時に、ラウルの説明と合わせて死神の危険を告げている。
実際に死神のザジと会い、印象は最悪だった。
麗奈もそれを目の当たりにしているのだから、ワザワザ危険を冒す理由がない。そう断言するフェンリルに、ゆきは申し訳なさそうに言った。
自分達が捕まっている時、麗奈が死神と話しているかも知れないのを聞いている。
ブルトはそれを聞き、今まで麗奈に接した中で起きた不可思議な事が全て死神の存在である事に気付く。
自分は麗奈の目が死神と同じ瞳の色であるのを見た、と。
それを聞いたフェンリルは驚愕した。
《なっ……。い、今までそんなイレギュラーは聞いた事がないぞ。ちょっと待て。何で無事なんだ!?》
《そこは変わらず疑問なのよ。何で死神は、そこまで彼女に固執するのかってね》
《あ、じゃあ俺も言うわ。この嬢ちゃんの呪いを消すのを手伝ったのって、死神なんだよ》
《はあっ!? ガロウ、何で今言うんだ》
特に反省もなく、ガロウがゆきの事を指さして言った。
魔王バルディルにかけられた呪いの進行を遅くしたのだと。そこまで聞いて、フィナントはティーラに詰め寄った。
魔王バルディルが突如として燃え上がったあの時の光景。
まさかあれにも死神が関わったのではないか。そして、ティーラはそれを今まで告げずにいた。理由がある筈だと睨めば、舌打ちされ「そっとしろよ」と頭をガシガシと掻く。
「ティーラさん……?」
戸惑うブルトと視線をかわし、ティーラは言うしかなかった。
あの時、魔王バルディルに手を下したのは死神である事と殺された自分の部下。死神の誘いに乗るまま、彼等はバルディルに対し攻撃をしティーラを生かした。
そして、ブルトの事を頼むのだと言って消えた。
「成程な。そんなに前から深く死神と関わってて無事な人間はいない。大体、奴等が現れるのは自分が死ぬその瞬間だ。もしかしたら、麗奈はずっと前から決めたのかもな。……サスクールに体を乗っ取られるのも計算の内で、一緒に死ぬ気だったんだろう」
「だ、だからなの……。逃げてる時、妙に様子がおかしかったのも……何かを押し殺してるように見えたのも。全部、麗奈ちゃんは死ぬ気でいたって事?」
ブルトは時々感じていた嫌な感じ。
アルベルトもフィフィルも、麗奈が居なくなるような予感がした。別れが告げた時、彼女が妙にスッキリしていた事。
そこに麗奈自身も入っていない。
その違和感は父親の誠一も同様に感じており、今の会話ではっきりした。人を守る為なら、彼女は恐らく自分の命を捨てる覚悟がある。
早死にしやすい陰陽師と言う仕事。
自分も母親である由佳里も、武彦もその考えに染まっていた。だから決めたのだ。娘にはそんな思いをして欲しくない。
日常を過ごし平穏に。ただ安心して暮らすと言う選択を娘は最初から捨てているのだと、改めて気付かされた。
「確実なのは死神に頼む事だが……。それを死神が拒否したって事だな。でなきゃ連中がここまで出張って、邪魔してこない。よっぽど麗奈にご執心って訳だ。ククッ、魔族の俺等だけでなく死神まで味方につけるとか凄すぎ」
《笑い事じゃない!! クソ、頭が痛い……。何でそんな危険を冒していくんだ》
ティーラの結論にフェンリルが怒鳴る。
そして、危険性を説いたにも関わらず麗奈が今も死神と交流していた事実にショックを隠しきれていない。
しょげたように、そのままうずくまるフェンリルに咲とラウルが宥める。
ともかく、とウンディーネは切り替える。
その精霊の欠片はアシュプと光の大精霊サンクのもの。完全に死ぬ前に、死神のザジとサスティスがそれぞれ欠片を取り――何かに使えるだろうと思い持っていた。
精霊の父親と呼ばれるアシュプと魔族、魔物に効果が高い光の大精霊。その2つの欠片を麗奈に渡したのなら、自分達を喚ぶ事が出来る。膨大な魔力の補填は出来ているから、誰の犠牲も払わずに向かえる。
「だが、道としての確保はどうする。距離に応じて魔力が失われるのに、果たして補填が出来るからって可能なのか?」
《ノームは私達の中で唯一、転生をしてないの。それだけ長い時間と経験があるからこそ、眷族とは別の魔法を得ているでしょうね》
そう言って落ちて来るであろう城を見る。
ハルヒ達が居なくなってからか、少しずつ落ちて来るスピードが速くなったようにも見える。ノームが限定的に時の魔法を使い、落ちるスピードを遅らせた。
それだけの緻密なコントロールが出来るのなら、麗奈を起点として喚べるだろう。
ノームは今までにも転移を繰り返し、幻覚や感知能力を用いて魔王の追撃を逃れて来た。アシュプを相手にしても、まだ健在なのが彼の保有する魔力量が膨大である証拠。
――力を、貸してください!!!
《!?》
その時、大精霊の頭に響いた声。
紛れもない麗奈の声であり、自分達が行おうとしていた事を彼女は既に実行に移しているのだ。
そうなればもう止まる必要もない。
時間だと告げるウンディーネに、フェンリル達は覚悟を決めていく。契約者であるゆき達も、自分の持てる魔力を全て注げるようにと魔力を込める。
麗奈から貰った魔道具に次々と灯る魔力の光。
それは、大精霊アシュプとブルームが使う虹の魔法の色に似ている。
そこに駆け付けて来たのは、ダリューセクで待っている筈のセレーネ達。
彼女は自分達の聖属性を、大精霊達に付与しようと提案をした。相手は魔王サスクールであり、呪いに特化した存在。
何が起きても不思議ではないからと急いで駆け付けた様子に、咲は嬉しく思う。
様々な想いと意思が、ここに1つに集約されようとしていた――。




