第234話:その方法は
ハルヒの援護が行われる少し前。
ラーグルング国ではゆき達が、ユリウス達の帰りを待っていた。
「麗奈ちゃん。ユリウス、ランセさん……」
はるか上空に居るであろう人達を思い、ゆきは固く唇を噛んだ。
助けられてばかりいる。
援護をしたくとも、それをするには距離がありすぎる事。自分に出来る事が少なく、また悔しい気持ちで一杯だ。
「ゆき。寒いだろ?」
彼女に優しく声を掛け、フワリと上着を肩に被せる。
ゆきの服装は魔道隊出来ていたもの。だが、魔王バルディルの呪いを受けた時に服は所々に破れている。
着替える暇もなく、こうして地上に降りてきたが思ったほどの肌寒さはなかった。
それは自分に上着を掛けてくれた男性が、炎の魔法を扱うだからだろう。
「ありがとう、ヤクル」
「ずっと立っているのも辛い筈だ。よければ」
「ゆきお姉ちゃん、ギュッとして。僕も温まりたい♪」
「うん。良いよ、リーグ君」
「わーい、やったぁ」
「……」
割り込むようにリーグが声を掛け、ゆきと抱き合う。
ヤクルと視線が合うと、ニヤリと笑っているのが分かる。しかも、ゆきからは見えないようにしている辺り確信的だ。
そう思ったヤクルはピクリと眉を動かす。
そのやり取りを見ていたティーラからは盛大に笑われ、リーナは既に視線を逸していた。だが、それで逃げられる筈もなく――。
「おい、リーナ」
「何も見てない、何も見てない」
「嘘言うな。最初から最後まで見ていた癖に」
「団長、落ち着いて下さい」
副団長のラウルが止めに入り、その間にブルトがゆきに手早く着替えさせた。
魔道隊の人達から新しく渡された制服を受け取り、即座に着替えを完了。麗奈の世話係として短くとも濃い時間を過ごしたお陰だろう。
ホッとしつつ、ゆきに「これで寒くないね」と言えば彼女は元気よく頷いてくれた。
「ありがとう、ブルト君」
「良いッス。いくら炎の魔法を使うと言っても、見た目が寒そうだと心配するから」
「お前も随分と様になったじゃねぇか」
ティーラが褒められるとは思わず、ブルトは感動して目をウルウルとさせていた。
が、すぐに爆弾発言がきた。
「ま、最初に麗奈の裸を見たんだから耐性がついてて当たり前だわな」
「えっ」
「ちょっ、ティーラさんっ!!! だから、それは誤解――ひぃ!?」
驚くゆきにブルトはすぐに誤解を解こうとした。
そんな彼の両サイドから剣先が向けられており、思わす悲鳴を上げた。実行に移したのは麗奈達の保護者役であるイーナス。それと義兄であるドーネルだ。
2人共、既に殺気が滲み出ており迫力が凄まじい。
しかもそんな2人に驚いているブルトの目の前で、新たなに剣先を向けて来た人物がいる。
「え、あの……」
「どういう事だ」
麗奈の守護騎士であるラウルだ。
彼の武器はラークとの戦いで壊しているので、ラウル自身は自分の魔力で練った氷の剣を出している。
睨まれているのもあるが、両サイドと正面という逃げ場のない雰囲気に既にブルトは涙目だ。思わず助けを求めるのは、自分を上級にしたティーラだ。
「テ、ティーラさんっ……」
「よし、倒されろ」
「酷いっ!!!」
「シュポポ~」
そこにドワーフのフィフィルが飛び込んでくる。
ブルトの肩に乗り、首を傾げて「シュポ?」と聞いてくる。恐らくどうしたのかと聞いているのだろうが、今のブルトにそれを読み取れる自信すらない。
「ゆ、ゆきちゃん~」
「あ、はいっ。フィフィルさん、あのですね」
睨み合い続く中、ゆきはフィフィルに説明した。
着替えが早いのもあるが、まずはティーラの発言の信憑性だ。ウンウンと頷くフィフィルはゆきに伝える。
麗奈が魔族のラークに襲われた時に、ブルトが治療した事。
その時に仕方なく服を脱がしたを話し、その場に自分も居た事を説明すると張り詰めていた空気が段々と和らいでいく。
「い、以上の事から事故だと言うのが分かります。えっと、驚いたけど仕方なかったというか……ティーラさんが面白がったと言いますか」
「ほ、ほらぁ!! 証明したッス。お願いだから、殺気を向けないで欲しいッス!!!」
「やはり魔族は信用なりません」
「――えっ。うぎゃあああっ!!!」
咄嗟に避ければ、そこには大剣を叩きつけているベールが居る。
にこやかに攻撃してきた彼に、ブルトは悲鳴をあげながら回避。イーナス達もさっとかわしており、そんなやり取りの中で合流をしたのはシグルド達だ。
「何をしてるんだ、あれは」
「じゃれつく元気があるとは……」
「その割には、あの魔族は必死で避けている様子だが?」
今のベールは、エルフとしての姿でブルトに攻撃をしている。
大剣を振り回しているが、その剣先には聖属性の魔力を纏わせていた。魔族、魔物に効果が高いので下手な魔法よりも殺傷能力は高い。
いくら上級と言えど、かすり傷も作りたくない。治療しても治らない可能性があるので、かなり必死だ。
そんな本能にも近い考えでブルトは今も避け続けている。
「いい加減にせんか!!!」
それを強制的に終わらせたのは、ベールの父親であるフィナントだ。
息子のベールに容赦なく、そして逃げ回ったブルトに対して問答無用で拳骨を喰らわす。
「うぅ……理不尽過ぎるッス」
「シュポポ」
「う……優しい」
慰めるようにブルトの肩をポンポンと叩くフィフィル。
その優しさに感動してブルトは更に泣いた。ティーラが「もう終わりか」と残念がるのを、ヤクルは止めろと言う意味で肘で突く。
ゆきが困ったように頬をかき、ラウルは釈然としない様子で魔法を解く。
それはイーナスとドーネルも同じだったようで、納得しない表情のまま剣を収めた。
「サラマンダー。俺達に出来る事ってもうないのか」
《無茶を言うな》
ヤクルは契約している精霊に問うた。
サラマンダーはとんでもないことを言い出したなと言った感じで、何も出来る事はないのだと言い切った。
出来る手段がない。それを言われゆきの表情がみるみる内に沈んでいく。
その変化にサラマンダーは悪いと思いつつも、出来る事などないのだから我慢だと言った。
「本当にないのか」
《ないと言ったらない。今、生き残っているのがどれだけの奇跡なのか分からないのか。……魔王に狙われて、呪いを受けても生きているんだ。そんな奇跡は何度も起きない》
「方法は精霊に聞けばいい……」
「師団長!! まだ動くのは危険です」
レーグに支えられながらも反論したのは大賢者のキールだ。
ヤクルとゆきは、方法があるのかと思い再度サラマンダーを見る。しかし、何の事だととぼける様子にキールは確信をつく。
「大精霊召喚って言えば分かる?」
《っ!? 何故、それを……!!!》
「やっぱりあるんじゃないか」
そこでサラマンダーは自分の失態に気付く。
鎌をかけられた。
そう感じるも、キールはその言葉だけは知っていた。
ラーグルング国は魔法国家と呼ばれ、また原初の大精霊アシュプが治めていた土地。キールもまた王族しか入れない隠し書庫を出入りしていた。
それもヘルスの協力を得てだ。
「王族の魔力にしか反応しない仕組みだったから、ヘルスとよく遊びに行ったよ。魔法の仕掛けは私が全て感知して解除していった。でも、その召喚の詳細は謎だ。サラマンダーの反応を見るに、精霊達は知っていて知らないフリをしたって事でしょ?」
《……ちっ》
悔し気に舌打ちしながら、サラマンダーは集まる視線にどうしたものかと考える。
すぐにゆきは、自分契約している精霊達に聞くことにした。
水の大精霊ルネシー。炎の大精霊ナル。風の大精霊リリス。
それぞれをすぐに呼び出し、大精霊召喚について質問すればサラマンダーと同じく口を噤んだ。
「ルネシー。どうしても言えないの?」
《ごめんなさい、ゆき。それにはどうしても答えられない》
「そんな……」
一方でサラマンダーは内心で驚いていた。
ゆきが大精霊と契約しているのは聞いていたが、一気に3体も呼び出すとは思わなかったのだ。思案し答えに迷っていたサラマンダーが、口を開くより早くフィナントがその理由を告げた。
「行えば必ず死ぬからだ。契約者が死ぬ所など、精霊達にとってはトラウマを呼んでいるようなもの。教える気にもならんさ」
「……エルフはその理由をご存じで?」
キールが睨んだのは、彼も知っていながら隠していただろう。
ヤクルとレーグも驚いたようにフィナントを見ており、ベール達も同じく彼の言葉を待った。
やがてフィナントは重い口を開く。
まずは召喚士が2人は居ないといけないという点。
「大精霊を送る側と受け取る側。それで最低でも2人。それと送る距離に応じての魔力の消費。同時に発生する大精霊達の数だ。大精霊1体を送り出すのに、一体どれだけの魔力を必要とする」
それだけではない。
麗奈達の居る所まで送るとなると、遥か上空だ。自分達は地上に降りた状態だが、麗奈達は今も上昇し続けている。
それは感知能力がある精霊が確認済みな上、キールも同じように言っていた。
「以上の点を踏まえても、今から送り出すのは不可能だ。ドラゴン達がここに居る理由も考えてみろ。落ちて来る城の後始末もあるんだ。その後で追いかけたって無駄だ」
《それはそうだけど。今回ばかりは上手くいくわ》
そこに割り込んできたのはアウラが契約をしているウンディーネだ。
フィナントの目の前に現れ、サラマンダーにはウィンクをしている。その表情には安心して良いのだと言われているようで、ゆきは緊張していた面持ちが落ち着いていく。
《条件が厳しいし、犠牲を出さずに済むと思う。ノームが上に向かってるからというのもだけど、お父様も居るし。なんてといっても、あの子が居る》
ウンディーネの妙に自信がある言い方に、フィナントは思わず眉を潜めた。
キールは気だるい体を無理に叩き起こしその方法を聞く。その様子を固唾を飲んで見守るイーナス達に緊張が走る。
もし、そんな方法があるなら教えて欲しい。
周りを見れば、覚悟を決めている面々ばかり。それを見て、ウンディーネは心の底から思う。これだけ想われている異世界人――朝霧 麗奈。
彼女が起こしてきた奇跡は、また周りにも影響を与え変わっていき変化していくのだと。




