第232話∶轟く雷鳴
「むっ、来たな」
ジグルドは自身の巨人化を解く事はしない。
ハルヒが落ちて来るまでは保たねばいけないと感じていた。
「よし。……ふっ、やはりな」
受け止めた時、ハルヒの意識はなかった。
大方、意識が保てるギリギリまで力を出し気力が尽きたのだろう。
落とさないように、しっかりと抱えれば自分の体が別の魔力に包まれているのを感じた。
次の瞬間、彼等は空中に居たのが場面が変わる様にして地面についていた。
周囲は森に囲まれ、ノームの言う通りであれば自分達はラーグルング国に居るのだろうと思う。
「ネスト、バネット。お前達もか」
「おう。お、やっぱり気絶してたか」
バネットも、予想していたとばかりに頷いている。
ハルヒは思考は、意外にも分かりやすいのかも知れない。
3人は揃って空を見上げた。
ノームはアルベルトと共に上へと行った。空は変わらず暗く、先が見えない上に時間もよく分からない。
鮮血の月が解かれてかなりの時間が経っている。
感覚的に言えば、真夜中なのかも知れない。そう思った時、第3者から声を掛けられる。
「あら、やっぱり。この気配はドワーフね」
「……アンタは一体」
驚いて振り向くと金髪の髪に深緑の瞳を持つ女性のエルフがニコニコと笑顔を向けている。その後ろでは複雑そうに見ている男性のエルフが居る。
「あ、自己紹介がまだだったわね。私はエレナ。彼は夫のフィナントよ」
「いらん事は言わなくて良い」
「えぇ~」
残念そうに頬を膨らまし、フィナントの言葉にショックを受けている様子。
そんな時に「ハルヒ君!!」と慌てて駆け寄る若い男性。その後ろを追うのは誠一に肩を貸している武彦が歩いてきていた。
「一体、何があったんだ」
誠一が聞くと、半透明のまま姿を表す男性が現れた。
ハルヒが契約している式神である破軍だ。
『――って事。主はギリギリまで意識を保ってたけどねぇ』
「そうか。アルベルトは上に、か」
複雑そうな表情をしながら、誠一は空を見上げる。
まだ降りてこない娘の麗奈。彼女を助けに向かったユリウスと魔王ランセ。そして、ハルヒの援護で上へと押し上げられたドワーフのアルベルト。
不安になるのは当たり前だった。
麗奈は魔王に狙わる可能性がある、とキールが言っていた。
自分達がこの世界に来て数日後には、ラーグルング国は魔族の襲撃を受けている。助ける為に無理に魔法を使ったユリウスは、それが引き金となり自身に掛けられた呪いを発動。
麗奈もその余波を受けたが、魔王ランセにより解除は出来た。
そこからユリウスの呪いを解く為に、柱に掛けられた呪いの解除に取り掛かり人柱の化身として、朝霧家の分家が四神として立ち塞がった。
そこから、巻き込まれるように様々な国に行き同盟を組み多くの精霊と関わって来た。
これまでの事を思い起こし、ギュッと固く拳を作る。
(麗奈……)
魔王の器として定められた自分の娘。
そして、あろうことか今まで行方知れずだったユリウスの兄であるヘルス。彼の体が魔王サスクールにより乗っ取られ、敵として立ちはだかった。
弟のユリウスは、創造主からそれらを知らされたと聞いている。
だとすれば、この戦いすら創造主が見えている可能性だってある。
「自分の力の無さが悔しいな」
「誠一君……」
思わず零れた言葉に、武彦も複雑そうに見つめる。
裕二は自分の魔力を使い、少しでもハルヒの回復を早めようとしている。そんな彼にエレナも習う様にして、自身の魔力を分け与える。
「その子は人気者ね」
「え」
ポツリと漏れた言葉に裕二は反応をする。
キョトンとしているとエレナは言った。
由佳里と同じなのだと。
「彼女の子供なら、色んなものに好かれるのは仕方ないわね。彼女も、ここで楽しく過ごしてたしここに居る人達とも仲良くしてたから」
「……由佳里さんらしいな、ホント」
「私も早く会いたいわ。その麗奈って子に」
精霊に好かれ、ドワーフにも多くの影響を与えた。
エレナは笑いながらある爆弾発言をした。
「ベールの義妹になる子だものね」
「ならん」
「いえ、諦めません!!!」
即座にフィナントが切り捨てる。
だが、何処から聞いていたのか息子のベールが反論してきた。
頭痛を覚えたかのように、溜め息を吐きながら言ったフィナント。反論してきたベールに対し、蹴りを入れると「お前も手伝え!!!」と一気に騒がしくなる。
この様子を見ていた裕二は思った。
こうして色んな人達に注目されるのも、由佳里と同じなのだろうなと。
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「寒気がした」
《は? 何を言っている》
下を見て言ったユリウスにブルームは困ったようにしながらも、同じように下を見る。
しかし、見えるのは黒い雲だけ。
追手が確認出来ず、何を言っているんだとジト目で見る。
「絶対にハルヒからだ。……アイツ、俺に恨みしかないし」
《確定的だな》
「まぁ、そうされても仕方ないっていうか」
身に覚えがありすぎる。
ユリウスの呪いを解いた時だってそうだ。大精霊ブルームとアシュプが封じられ、魔法が消えるかも知れないという事態。
彼等を捕えていたのは、同じ陰陽師のユウトの術によるもの。
だからこそ、同じ陰陽師である麗奈を呼び出して解いて貰おうとした。それが、ユリウスとの仮契約に必要な条件だったからだ。
しかし、麗奈はその話を聞き納得したがハルヒはそうではなかった。
巻き込まれた形である麗奈。危険があるかも知れない所に、幼馴染である彼女を行かせたくはなかった。その憤りと代わってあげられなかった自身に対する怒り。そんな思いもあり、ユリウスの事を思い切り殴った。
それ以降、ハルヒはユリウスの事を好いてはいない。
それはユリウス自身も分かるし、ハルヒの方も仲良くしようとは思っていない。だからだろう。妙な寒気を感じたのは、ユリウスの事を睨んだものだと何故か分かった。
《ちっ。面倒な攻撃を……!!!》
だが、ブルームは深く聞かない。
今の状況ではそれも叶わない。ユリウスに向けて黒い大きな手が迫ってくる。
それらの回避はブルームが行いながら、ユリウスは自身の持つ剣へと魔力を込める。
「このっ……!!!」
双剣に宿したのは自分の扱う属性である闇。
黒い魔力は剣の色をも変え、自分が扱う魔力と同じく黒へと変わる。斬撃を飛ばせば、ランセも同じように攻撃を仕掛ける。
迫る大きな手は、斬撃とぶつかると同時に爆発を起こす。
しかし、ぶつけた所とはまた違う場所から新たな黒い手が迫る。すぐにかき消したのは死神であるサスティス。
「ザジ。あの子を守れ!!!」
「当然だっ」
ユリウスへと攻撃を仕掛ける一方で、サスティスの相棒であるザジは麗奈の元を離れていない。
狙われているのもあるが、彼女はアシュプと契約して魔法を得た。
だが、その契約していた精霊は既に死んでいる。召喚士である彼女が魔法を扱えていたのは、契約していた精霊のお陰。
しかもアシュプは、ブルームと同じ虹の魔法を扱う。
完全に魔法は消えていないが、力を封じられていての期間もあり上手く練られていない。咄嗟の判断力も、軟禁していた事で対応が遅れる。
魔力も封じられ、自分の扱う霊力も削られていた状態だ。
例えハルヒがユウトを倒したとしても、術や魔法を使えば麗奈はすぐに体力の限界に達する。現に契約しているツヴァイの姿が半透明である事が、既に彼女の限界だと表現されている。
故にザジは麗奈を守りながら、そしてサスクールに渡さない為にと常に力を使い続けている。
足場の確保もザジが行っており、迫りくる黒い手を消しながら必死で守る。
《きゃっ》
「ツヴァイ!?」
そんな中、防ぎ切れなかった攻撃にツヴァイが直撃。
ツヴァイの体が、すぐに黒く染め上げられ力を吸われているのだろう。苦し気にしており、意識も失いかけている。
《うぅ……》
「ツヴァイっ!!!」
フラリと。
アルベルトよりも小さな体を持つ大精霊は倒れていく。今まで自分の魔力で足場を作っていたのに、崩れ落ちていく。
名前を呼び、手を伸ばすも――あと一歩の所で届かない。
「くっ」
「寄せ!!!」
「友達を見捨てたりなんて出来ないっ」
ザジが止めるのも聞かず、麗奈は真っ逆さまに落ちるツヴァイを追う。
死神であるザジから離れ過ぎれば、足場は失われ麗奈も同じく落ちる。やっとの事でツヴァイに手を伸ばし、どうにか自分の元へと引き寄せる事に成功。
「あっ……」
ホッとしたのも束の間。
サスクールがチャンスとばかりに、麗奈を捕える為にと黒い手を次々と出現させる。大精霊すらあの手に触れれば、体が変色するのだ。どんな効果があるか分からない上、1度は記憶を塗り潰される事をされたのだ。
今度こそ、記憶もろとも麗奈の意識を狩り取るに違いない。
防ぎに掛かるザジやユリウス達には足止めとばかりに、さらに多くの魔力を込めて雷を喰らわせる。
「ちっ」
「うぐっ……」
ランセは空中で回避をし、ユリウスは双剣へと雷を誘導。
しかし、強力に練られた攻撃に堪らず苦悶の声を上げる。
(くそっ、間に合わない!!!)
サスクールの攻撃を防ぎながらザジは焦る。もう2度と奪わせない為に、自分は死んでまで死神になったのだ。
今度こそ、麗奈を守り切る為の力を得た筈だ。サスティスも同様に焦りを見せており、彼もギリギリで間に合わないのだと悟る。
だが、下から来た青白い光が突き抜けていく。
それはツヴァイを抱きしめていた麗奈を守る様に。目を閉じ、もうダメだと思っていた麗奈の反応は思わず呆けた声を上げる。
「え」
「クポーー!!!」
『麗奈!!!』
久しく聞いていない声だと思った。
離れたのはほんの僅かだというのに、酷く懐かしく思ったのだ。
「アルベルトさん……。青龍……」
「フポポ!!」
『遅くなってすまない。本当に、悪かった……』
涙目のアルベルトに、四神の1人である青龍もまた同じく涙目になっていた。
主である麗奈の危機に駆け付ける事が出来たのは、最後の最後まで援護をする為にと自分の力を振り絞ったハルヒが居たから。
ユリウス達を襲っていた雷をも打ち消す様にして轟いた青白い光。
その激しい光は、ラーグルング国で麗奈達の帰りを待っていたゆき達にも見える程に激しいものだった。




