第231話:一矢を届かせる
《フィオーレ・トゥール》
ノームが杖を掲げ、ハルヒに魔力を渡す。
少しだけ体のだるさも回復し感謝を述べた。その隙に、アルベルトは密かに移動を開始していたが予想していたように、蔓に捕まり大人しくさせられる。
《私が扱う眷族は植物だからね。魔王バルディルから奪った魔力は、蕾に溜めていたしそれをどう使おうとこっちの勝手さ》
「でも、何で僕の魔力に変換を? ノーム自身の回復に努めた方が良いんじゃないの」
《それはそうだけど……。君の精霊も、最後まで諦めていないようだから最後のチャンスを作っただけだよ》
「そっか、ありがとう。ポセイドン」
ノームの心意気に感謝しつつ、自身の契約している精霊を呼んだ。
ハルヒの目の前には、ションボリとした小さなイカが浮いていた。大精霊ポセイドン。ハルヒの契約している精霊にして、元は呪いに侵された精霊だった存在。
「そんなにしょげなくても……」
《主殿を助ける事が出来なかった。それに、お父様の契約者である彼女もだ。感謝しているのに返しきれているとはとても思えない》
根が真面目なのかポセイドンはブツブツと文句を言っている。
自分に対するのも含めて、まだ数度しか麗奈と交流はしていない。だが、彼女の使役している式神である青龍のお陰で自身の呪いに勝てた。
その綻びを見付けてくれたといってもいい。
そして、その綻びの代わりに――隙間を埋めるようにしてやってのけたのが、契約者であるハルヒと協力した麗奈だ。
反省を続けているポセイドンに、ハルヒは真面目過ぎるだろうと考えつつ安心出来た。
彼はまだ戦える。ギリギリな自分と違い、精霊にはまだ踏ん張れる力があるのだ。
「僕も君も、結構ギリギリだって分かってるの? ノームがくれたチャンスを無駄には出来ない。最後の一仕事……きっちりやる。君はアルベルトと一緒にれいちゃんの援護、もしくは守りに徹して欲しい」
だから協力してくれるよね、とハルヒが言う。
ポセイドンは顔を上げて、無言で頷いた。自分達の残り僅かな力を――最後の援護をする為に、覚悟を決めたのだ。
「遥か上空にアルベルトを飛ばすとして、その方法は君の力で生み出した矢でやるのだな」
「はい。僕の霊力が続く限りではなく、初めから矢の具現化にありったけの霊力を込める。放つまで意識は保たせてやりますよ」
「諦めろアルベルト。大精霊様にグルグル巻きにされて、衝撃も和らげてくれるのだろう?」
「クポ!! フポポポ~」
暴れるアルベルトを抑えるのはポセイドン。
そんな彼は、アルベルトの体を抑えやすいようにとま自身の体をさらに小さくさせた。
涙目になっているのは、打ち上げられる恐怖と容赦のないハルヒ達だ。
後を託すというのは分かるが、それにしたってやり方が他にはないのかと叫んだ。
《悪いけど時間がない。もう私の魔法で留められる範囲も少なくなっている。君を飛ばしたら、彼等はラーグルング国に自動的に転送するようにしておく。その調整が大変なの、君は分からないでしょ》
ジト目で責めるノームにアルベルトは押し黙る。
細かい魔力の加減も含めて、繊細なコントロールが出来るのはこの中ではノームだけ。本来なら、崩壊する城に残れるのも不思議な位なのだから。
ポセイドンの足には既に札が3枚張られている。
白虎、朱雀、玄武の3人のもの。青龍は麗奈の所にまで導く役目を担いつつ、ハルヒの打ち出す矢のコントロールも担っている。
彼の目は今も正しく麗奈の居場所を示し続け、その戦況すらも見えている。
『辿り着いた時、一番に主に甘えれば良いだろ』
「……フポ」
頷いてそうしようと結論付ける。ハルヒは「好きだよね、ホント」と呆れたように言いジグルド達も言葉で出さないが(そんなのにか)と、考えている事は同じだった。
「ふぅ……」
ハルヒは集中する。
目を閉じ頭の中で何度もシミュレーションをする。外に出て上へと放つには、支えのない空を足場とする。
その点はジグルド達が補助をするのだという。同時に飛び降り、それぞれの武器の上に乗り投げ飛ばす。あるいは武器の乗った状態で上へと打ち上げるのだという。
「すみません。覚悟は決まりました。お願いします、ジグルドさん達」
「クポ!?」
覚悟を決めたハルヒと違い、アルベルトは驚いたように声を荒げた。
ハルヒはアルベルトの手に、精霊との契約に使った腕輪を渡す。中にはポセイドンがいる。事前に魔力を入れておいたので具現化し、少しの時間稼ぎは出来るだろう。
「防御が上手いのは保証する。僕も助けて貰ったもの」
「クポ」
託されたからにはやらない訳にはいかない。
気合いを入れたアルベルトは、ハルヒが作った矢にしがみつく。
矢じりの部分には意地でも付かない。
そんな意思表示も虚しく、ハルヒの手により先端に括り付けられた。
これにはジグルド達は大笑い。
抵抗虚しい。アルベルトがショックを受けたように黙る。
彼が契約したノームはクスリと笑いつつ、徐々に時間を止めている範囲は狭める。
「打ち上げるぞ!!」
「お願いします!!」
まずはネストが外へと身を投げつつ、自身の体を巨大化。
バベットがジグルドとハルヒを抱え素早くネストの手に乗る。
「行って来い!!」
言うと同時に、ハルヒはぐんっと体が上下に揺れた感覚になる。ジェットコースターに乗った時のような妙な浮遊感。
それを感じながらも、続けてバベットが同じように巨人化してジグルドとハルヒを頭上へと高く投げる。
『このままだ。真っ直ぐだ!!』
青龍の目は正しく麗奈の居る場所を捉えている。
ジグルドが2人と同じく、一瞬で巨人化。そしてハルヒとアルベルトに一言。
「魔王に目にものを見せてやれ!!」
2人からの返事を聞く前には上へと飛ばした。
少しの浮遊を感じたが、あとは上へと引っ張られるようにして上げられていく。ジグルドが思い切りハンマーを振り上げた。
それこそ物を飛ばすかの如く、いつものように慣れた様に飛ばしてきた。
(あとは上手くやっていけ、アルベルト)
ニヤリと悪人のような笑顔を浮かべた。
喧嘩をし、アルベルトがそのまま家出。疎遠になってかなりの年月が経っていたが、一緒に行動をしていた麗奈の影響だろうか。
気まずくなりながらも、不器用に歩もうとしている所は――自分そっくりだと。
「ふんっ。俺もアルベルトの事は言えんな。……異世界人か。全く不思議でいつの間にか、人の懐に入っていくのが上手い連中め」
まさか自分が人間との約束を守ろうと動くとは思わなかった。
それも、別世界から来た異世界人に。その異世界人の所為で、世界は滅ぼしかけられたというのに。
きっかけを与えた一族である朝霧。
それは戦士であるジグルド達にとっては、世界の仇に等しい存在。嫌悪すら抱くもの。そう、その筈だった。
「……戻ったら、謝らないとな。あの九尾とは、仲良くするのに時間がかかるがな」
行動を共にしながらも、隙があれば麗奈を殺そうとした。
誠一の霊獣である九尾は何度も防ぎ、麗奈を殺らせないようにと動き守って来た。
その子の為に、精霊達は動く。
あり得ない奇跡が次々と起きた。
4大精霊すらも動かす力が。そんな「何か」が麗奈にはあるのだろう。だから、ジグルドは賭けてみる事にした。
この世界の未来。自分達の行く末を――異世界人である彼等に託すのも悪いものではない。
そう思える位には、ジグルドの考え方が変わったのだ。
======
(あとは、僕が……!!!)
自分がアルベルトを上へと打ち上げるだけ。
青龍は上へと目指せばいいと言ったが、どれだけの距離なのかは分からない。それを言うだけ無駄な程に離れているのだろう。
そう感じ素早く弦を引く。
ジグルド達が連携して上へと打ち上げたが、最後の一押しが足りなければ結局は無駄なのだ。
そう心に決め、ハルヒは今ある霊力を無理矢理に寄せ集める。
『待て土御門!!! それ以上は止せ。お前の力が無くなるだけじゃない。最悪、霊力すら練れなくなるんだぞ』
「うるさい、黙ってろ……!!!」
『なっ』
力の増し方がおかしいと気付いた青龍が止めに入るが、それをハルヒは拒否した。
ユウトと戦う時から決めていた。
最悪、自分はこの戦いで陰陽師と名乗れなくなるだろう。その全てを失う覚悟で、ハルヒは挑んできた。
「僕はまだ……全然、返せていないんだ」
麗奈の母親である由佳里に会わなければ、無理矢理に世話をすると言われ連れ出さなければ陰陽師と言う職業自体を嫌いになっていた。
毎日を無気力に過ごしていただろう。
大人を恨み、土御門という苗字すら面倒だと思った事だろう。
「ここで返さなきゃ。れいちゃんに、誠一さんに。優しくしてくれた武彦さんに、裕二さんに!!!」
限界まで振り絞る。
その間、ハルヒは集中を続けている。
「ゆきにも迷惑を掛けて来た。こんな形でしか、僕は返せない。後悔だけはしたくない。全力を出さないで、終わる方が嫌なんだよ!!!」
それに、とハルヒはイライラもぶつけたい。
麗奈を狙うサスクールに。人間を侮り油断している今だからこそ、自分の援護は意味があるんだと。
「舐めてる奴に一泡吹かせたいって思うのは普通だ。だから黙ってろ!!!」
邪魔するなと青龍を睨めば、彼は無言でそれを受け取る。
ハルヒの想いと覚悟を汲み、自分に出来る事を再認識させられる。気付けば――青龍はふっと笑っていた。
『そこまで言うんだ。死ぬ気でやれ!!!』
「言われなくても――!!!」
麗奈が居るであろう空を睨む。
ハルヒがやるのはアルベルトを麗奈の所まで無事に届ける事。ピシっと弦に亀裂が入っていく。
ハルヒの霊力の限界を意味し、最後の最後まで力を注ぐことに集中する。
「届け―――!!!」
矢を放つ。
アルベルトは矢尻に捕まり、その周囲を結界により覆われている。衝撃も多少は防げるが、彼はハルヒに掛けられる言葉はない。
託された意思と願い。
ぐっと我慢するアルベルトは、遥か上空へと打ち上げられていった。
(あぁ、クソ……。頼りたくない、のに……結局は頼るしかないのかよ)
ムカつくし、未だに麗奈の隣に居るのがイライラが増していく。
薄れていく意識の中、ハルヒは託すしかなかった。
(ユリウス、だったか。負けたら承知しない、からな……)




