第227話:覚醒は2度起きる
足場としていた闘技場の舞台。
それ以外は、既に城の城壁などが浮遊していた。麗奈を手中に収め、体を乗っ取り創造主の居る空間へと飛ぶ。
いくらか計画を潰されていたサスクールは、慎重になっていた。
朝霧家の人間が次にこの世界に現れるのが、いつになるのかが分からない。由佳里を失ったのは誤算だったが、サスクールは自身の魔力を付与させていた。
それは失わせない為のだったが、ヘルスから興味深い事を聞いた。
彼女には家族がいる。そして、その子供もいる。
だからすぐに由佳里を助けておくのは止めた。次に利用できる器がいる。ヘルスは知らない内にサスクールに情報を与えていた。
まさか弟のユリウスから引き剥がしたサスクールが、由佳里へと憑依していたとは思わないだろう。
そして、由佳里自身も思わなかった。自分の中にサスクールが既に入り込み、娘の麗奈を狙っているのだと――。
「今度こそ……今度こそ、上手くいくと思った。なのに、なのに!!!」
創造主デューオの先を行く。
干渉できる力も、限られているが奴には既に手足として動く駒が居る。
魂を狩る事に特化した存在の死神。
今まではデューオが1人でやっていたが、サスクールに殺された恨みで死神として生まれたサスティス。そして、サスクールの手で殺された麗奈の飼い猫であるザジ。
新たに追撃を頼まれた2人組。
姿を視認していなかったが、今はその姿がハッキリと分かる。
サスティスは、サスクールが殺した時の姿のまま。ミントグリーンの髪に、オレンジ色の瞳を持ち死神の象徴して言われている朱色の瞳を持っていた。
もう一方の死神は、麗奈とユリウスと同じ黒い髪。黒い瞳と、こちらも死神の象徴である朱色の瞳を持っていた。
死神を倒す方法はない。
向こうは死んでいる身であり、生きている存在には手出しが出来ない状態。だが、魂に対してはそうではない。
だから、サスクールは器である麗奈も含めて今までは、生きている人間に代わり代わりに乗っ取りを繰り返してきた。
入れ物がなければ、サスクールは魂だけの存在になる。そうなれば、死神の力によって消滅させられる。警戒してきた事だった。だが、彼の予想を超えて来たのは、その器にと選ばれていた麗奈だ。
「どういう事だ、貴様っ。死神と絆を結んでいるなど。そんな非常識……!!!」
「っ」
足場が肥大化したサスクールの肉体によって砕かれる。
最初は麗奈の形をとった影に過ぎなかった。だが、今は黒い霧が強大な人の形を成していた。彼女は既に大きな手が迫っている。
1度、乗っ取りが出来なかったからとは言え記憶を塗り潰したとはいえ油断はしない。
引き剥がされたのなら、同じように取り込むつもりなのだろう。何度でも、何度でも――。
「触んな!!!」
爆撃を受けても無傷なザジが、麗奈の前に立つと同時に手を蹴り飛ばす。質量の差があるにも関わらず、ザジの蹴りはその手をボロボロにしている。
四散した手は元の霧に戻り、また別の形へと成していく。
「麗奈さんっ」
空に投げ出されても、すぐに対応したのは魔王ランセ。
下に落ちる麗奈を抱き上げて様子を見る。何度か空に投げ出された事はあっても、真っ逆さまに落ちるのは初めてな筈。
案の定、麗奈は涙を堪えつつも体が震えていた。
「す、すみません……。ザジとサスティスさんに会えて、ホッとして……。ご、ごめんなさい」
ザジの正体を知り、今までの埋められなかった記憶を埋める事が出来た。
それに麗奈は記憶に触れた時、ザジだけでなくこの世界に来てからの思い出も触れた。今まで黒く塗りつぶされていて分からなかった。
何か大事な事があったはず。
この世界に来てから、初めての体験だけでなく周りの人達に優しくして貰えた。
今まで、言えなかった思いも全部言えた。
懐かしい幼馴染との再会も出来た。
そんな色々な思い出が見せられていく。
ザジが麗奈自身を思い出す様に言った時、誰かが傍に居てくれた。
あの場にはユリウスも来ていた。
彼に懐いている白いドラゴンも居たし、麗奈と契約したツヴァイも居たし風魔も傍に居た。彼等も麗奈の事を取り戻したくて、戻って来て欲しくて来てくれた。
どんな危険も顧みず、ただ取り戻したいという思い。
麗奈に戻って来て欲しいという強い想いが、ザジの記憶を触れた事で全てが思い出された。
だから、戻って来れた事に感謝した。どんなにお礼を言っても、きっと彼等なら気にするなというだろう。それでも、戻ってこれないと1度は思ってしまった。今はそれを後悔している。
とんでもない事だ。諦めてしまった事をここまで後悔したことはない。だから、もう諦めない。
彼等が麗奈を引き止めた様に――。
自分も、そんな彼等の力になりたい――。
「すみません、取り乱してしまって……」
「平気だよ。私も、戻って来れるとは思っていなかったから」
落ち着かせるように深呼吸をすれば、ランセから謝罪をされた。
ザジの言うように、麗奈の事を殺そうと動ていたのだから仕方ないのかも知れない。でも、麗奈は同時に思った。
それは、ランセの性格を考えれば当たり前なのだ。
誰よりも前に立ち、壁になろうとする所。そういう所が、ティーラや彼等の部下に慕われる理由なのだろう。
麗奈はランセにもう1度言った。
前にも言っていただろう、言葉を。
「気にしてないです。だってランセさんは、優しい魔王ですから」
「……また、そんな事を言うの」
困ったようにしながらも、少しだけ嬉しそうにしている。
そう思うと少しだけ気が楽になった。だが、それもすぐに終わった。
「なら麗奈さん。私達に何か隠している事、あるよね?」
「……え」
ランセを見れば、彼は笑顔を浮かべてはいる。だが、怒りが読み取れるほどの雰囲気を感じ顔が真っ青になる。
隠している事……。
それは一体、どこまでの事を言っているのかと考えた。
死神であるザジ達と関わった事なのだろう。
彼等とどこで会ったのか、交流していたのがいつからなのか。
何で今までそれを隠していたのか。
それとも、彼等に魔道具を渡した事も含めてなのか……。
考えれば考えた分だけ、麗奈には思い当たる節が多すぎだ。あまりにも多すぎる為に、一体どこから話をして良いのかと迷いだす。そんな麗奈の様子に、ランセはやはりと言うべきか「ま、麗奈さんだし」と納得したように呟かれた。
「全部、終わった後で話して貰う。それで良いね?」
「う……はい。すみません」
「何、脅してんだよ」
「意地悪だよ、それ。魔王がそんな弱い者をいじめるだなんて、酷いよね」
「君等は黙ってて!!!」
改めて麗奈にそう言ったら、死神である2人から抗議がなされる。
思わず黙れという意味も込めて、そう怒鳴ればサスティスはニヤニヤしたまま離れて行った。
そんな会話をしている間、死神である2人はサスクールの相手をしていた。
彼等は生者には関われないが、方法はいくらかあった。それがランセの相手をしていた時にも使った自身の魔法。
サスティスは、ランセと同じ魔王であり扱う魔法は闇魔法。
彼はそれだけでなく、光と聖属性の魔法以外の属性をそれなりに操れた。ただ、キールと違いどうしても得意なものは闇と無属性に限る。
生前に扱えた魔法は、死神になった今でも扱える。
魔力を通しての攻撃なら生者でも通る。今まで必要に迫られる場面が無かったから使わないだけ。
ランセに使ったのも、単に足止めのみ。そして、死神になって扱えたのは防御魔法だ。
サスティスは攻撃は得意としても、防御はしなかった。今までは相手の動きを見て避けたり、予想をしたりして相手を倒してきた。
逆に言えば、防御魔法すら使わずに今までランセに勝ってきた事を証明している。
今まで不要だと思っていたが、ここに来て防御の大切さを知った。なんせ、今はそのお陰で麗奈を守れるのだ。
それも広範囲に行える。今まで知ろうとしなかった自分自身を殴りたい程に、サスティスは後悔していた。
(ま、それも死ななきゃ分からなかったんだ。死んだ意味はあった、という事かな)
ランセに上げた大鎌は、今もサスティスの手に握られている。それをいつものように切り裂き、サスクールの攻撃を防ぎ切る。もちろん、相殺した分の余波も含めてランセ達に向けらせていない。死んだ時よりも、器用に扱える事にちょっとだけ嬉しいような気持ちになる。
一方で、ユリウスが目を覚ましたのはそんなサスティスが攻撃を防ぎ切った後。
目を開けられてもすぐに体が動かなかった。ザジに引っ張られるようにして麗奈の精神に触れ、そこで見た出来事を考えると――自分は死んだのかと思った。
死ぬ一歩手前、仮死状態になったんだと理解していると彼の契約している大精霊ブルームから怒声がした。
《いつまで寝ている!? それで、あの異界の女は取り戻せたのか!! どうなんだ》
「……っ。どうにか、な。それに死神達は味方だ。多分、今回だけの」
《!! どういう、意味だ》
「そう言えば、兄様は……。くぅ、少しクラクラする」
サスクールに体を乗っ取られた兄ヘルスの姿を探す。すると、ユリウスの傍に来たのは彼を乗せて来たドラゴンだ。すぐに人型になり兄を抱えているのが見えた。それを見て、ホッとしドラゴンにお礼を言えば《滅相もない、お言葉》と照れ臭そうに答えた。
「麗奈を安全な場所で保護したい。が、こんな状況でそんなの言ってられないな」
《それはそうだが……。ちっ、あとでどういう事なのか説明しろよ》
「分かってる。まずは――あれの対処だ」
ユリウスの言うあれ。
黒い霧が立ち込めているが、意思を持つ様にして動いている。纏わりつく感じも含めて、嫌なものを感じる。
自然に発生している霧ではない。
その1つ1つの霧に、サスクールの闇の魔力を感じる。自分を操り、思う様に動かしていた嫌な感覚。
「頼む、ブルーム。俺も、今度こそ終わらせたい。その為に力を貸してくれ」
《ふんっ、言われるまでもない。奴は目障りな上に、我を消そうとしたんだ。それ相応の報いを受けるのが普通だ!!!》
そう勢いよく声を響かせたブルームは、虹の魔力を帯びる。
それは彼の背に乗っているユリウスも例外ではない。その様は、現代でヘルスが起こした覚醒と似ていた。




